劇団獅子(レオ)お芝居『遠山の金さん』 ―永遠の夢―

2018.3.11昼@大島劇場

※もはや相当古くなってしまった(^-^; 先月、初めて拝見した劇団さんの話。

『遠山の金さん』…と聞くと、テレビで金さんを演じていた杉良太郎さんによる文章を思い出す。杉さんは、96年に熊本のハンセン病の療養所で、入園者の方々を観客に『遠山の金さん』の芝居を上演したことがあるそうだ。そのラストシーンについての箇所。

私は胸がつまり、「これにて一件落着」をなかなか言えません。なぜなら、私たちの目の前にいる方々には生涯、一件落着はないのですから。胸が締め付けられセリフの言えない私に、皆さんが体を震わせ声援を送ってくれました。やっとの思いで「一件落着」と言った瞬間、怒涛の拍手が起きました。
(『ハンセン病 日本と世界(病い・差別・いきる)』ハンセン病フォーラム編、工作舎、2016)


これを読んだとき号泣してしまい、一生懸命涙で本を汚さないようにした…。ハンセン病には無知と偏見に基づく差別があった。療養所の入園者には何十年も家に帰れず、亡くなっても骨も引き取ってもらえなかった人もいたという。
苦難という苦難の底で、それでもお芝居は“いつか”の夢を見せる花になりえるのか。

話は劇団獅子の『遠山の金さん』に移る。この日の大島劇場は、ぎゅうぎゅうの満席。畳の上にむっとお客さんの熱気が広がって、お手洗いに立つのも大変そうだった。
幕が開くと、さっそく早縄の清次(桂木昇座長)から事件が持ち込まれた。金さん(獅童礼斗座長)は即答する。
「こいつは一番、乗り出さなきゃならねぇな!」
礼斗(あきと)座長のセリフ回しは、太くて、底が固まったような独特の音。扇子をバッと開き、スポットライトに照らされる姿は実にヒーロー!



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(この日は7年目の3.11。【ひとつ】を踊る座長に、土にしゃがんで花を撫でるような印象的な仕草があった)

『遠山の金さん』はパーフェクトな勧善懲悪だ。金さんがうまいこと全部の現場に居合わせて、善人への誤解は解け、真実の悪が暴かれる。そして肩に咲く桜吹雪は、真・善・美のシンボル。
現実の世界にこんなすっきりした正義が見当たらないからこそ、金さんは愛されるのだろう。

そして、舞台の上の人生もまた――すっきりとはいかないのかもしれない。
礼斗座長は1月に『劇団獅子』を旗揚げしたばかりだ。今の芸名になられる前、舞台から離れていた時期もあると聞く。関東のさまざまな劇団さんに助っ人として参加され、静かにサポート役に徹していた時期は、自分も何度か目にしている。

金さんの最初の見せ場は、「悪い男に聞かれたな、悪い桜に見られたなァ!」と夜鴉伝次(樋口勝次朗さん)の腕をつかむ場面。ここに差し掛かった瞬間、客席からハンチョウが飛んだ。
「座長ぉ!」
音量が、かなりでかめ (;・∀・)

お白州で襖の奥からスッと登場すれば間髪入れず、
「座長~!」
「この桜吹雪を見忘れたとは言わせねぇぞ!」
「座長ぉぉ~!」
複数人から、お腹の底からの大きな掛け声が飛んだ。

繰り返し耳にするうち、ふと思った。いま客席で声を掛けている方々は、この役者さんの紆余曲折を観てきたのだろうか。
開演前に周囲の方と話したら、遠方から駆けつけたファンの方や、座長を10代のときから観ているという長年のファンの方もいた。

旗揚げされた礼斗さんは、いま晴れ晴れと、舞台中央ど真ん中。
北町奉行の長袴。

事件解決した後、金さん一人が舞台に残る。客席の右・中央・左に向かって、深々とお辞儀をすると、
「座長ぉ!!」
ドッと波打つように声が飛んだ。長いこと、この人をこう呼びたかった、ずいぶん待ったと言わんばかりの渾身のハンチョウだった。

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舞台の上にも下にも言葉に尽くせぬ、いろいろ、いろいろ……。
お芝居の中の桜吹雪はまぶしい。どの人生にも届きがたい、永遠の“いつか”の夢に咲く。

だからこそ私たちは、その言葉を待っている。
劇団獅子、走り始めたばかりの座長が舞台中央から告げた。

「これにて、一件落着!」

【劇団獅子 今後の公演予定】
4月 宇都宮 南温泉ふくろう乃湯(栃木県)
5月 みのりの湯 柏健康センター(千葉県)

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【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之三十] 13歳、未来の座長!親子が歩んできた道とは?「優木劇団」登場

インタビュー中に、こんなにほっこりした気持ちにさせてもらったのは初めてかもしれません😊

「(この子は)けっこう照れ屋さんやから」
と言うお父さんの顔をちろっと見上げ、
「…初めて知った」
とぽそりと言う13歳。

優木劇団座長・優木誠さんと、花形・優木直弥さんの会話です。

ようやく雪の溶けた3月の青森。
弘前からリゾートしらかみで2時間の深浦観光ホテル。
この素敵な親子の話が聞きたくて、行って聞いてきました!

大衆演劇の入り口から[其之三十] 13歳、未来の座長!親子が歩んできた道とは?「優木劇団」登場 

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「仲良しな感じでお願いします!」と言ったらガシッと肩を組んでくださった!

お二人を初めて観たのは、思えばわりと最近。昨年9月、劇団天華に助っ人として一か月出演されていたときだ。
初めての役者さん、どんな方だろう?と九条笑楽座へ足を運んだその日。ミニショーに出て来た誠さんが【男意気】を踊り始めた途端。
…?!
し、しなやか…。そして昔の空気の中からひょっこり出て来たような、この風情は何だろう。懐かしさをかきたてる、この匂いは。
以来、「優木劇団座長、優木誠のステージです!」とアナウンスが流れると、脳内ではキター!誠ターイム!と興奮の実況がかかるように(笑)

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今回のインタビューでは、誠座長の15歳からという豊かな芸歴の一端を聞かせてもらった。そうそうたる名前が、次から次に出てきた。

(本文より)
座長 2年ぐらいは、いろんな劇団を数日とか数か月とかの期間で手伝わせてもらってた。たとえば都を出て半年ほどした頃に行ったのが、今の劇団炎舞のボス、橘魅乃瑠(たちばな・みのる)さんのところ。メンバーのあきらと橘広人(ひろと)は、俺と同い年で友達やったしね。俺の目の前で魅乃瑠さんが城太郎先生に電話して、「誠くん来とるんやけど、うちも今とんぼ(現・炎鷹座長)がいなくて困っとるから出てもらってええかな?」って話をしてくれて、15日間だけ行かせてもらった。森川竜二(もりかわ・りゅうじ)さんのところも、鈴成り座のこけら落としのときに行ったよ。だから鈴成りの一番のゲストは俺やったんよね。

そして花形・直弥さん。初めて観た9月の時点ではまだ12歳だったけれど、どんな役でも全身で「汲む」姿に心をつかまれた!
たとえば劇団天華『喧嘩屋五郎兵衛』では子分役をしていた。朝比奈(千夜座長)が、自分の羽織を弟・五郎兵衛(丞弥副座長)の遺体ではなく、あえて伊之助(悠介花形)の遺体にかけてあげるシーンがある。直弥さん演じる子分は朝比奈の行動が信じられないとばかりに、千夜座長の後ろで大きく目を見開いていた。どうして実の弟でなく?!という叫びが聞こえてくるようだった。

こういう細かな芝居を、直弥さん本人も指導役である誠さんも、あんまりスゴイと思わず、当たり前のこととしてとらえているのにまた驚く。

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インタビューでは、一生懸命言葉を探しながら答えてくださった直弥さん。その発言から、父・誠さんの背中をまっすぐに見つめ続けてきたことが伝わってくる。13歳になったばかりの凛とした少年は、私たちが未来に迎える座長の姿だ。

(本文より)
花形 僕が物心ついたときには、お父さんが(座・笑泰夢の)座長だったので。実際には僕が生まれたときには(見海堂劇団の)副座長だったんですけど、でも記憶にあるのは座長だった姿なんですよね。

――ほかの職業とは迷わなかったんですか。

花形 迷わなかったですね。小学校で将来の夢を書くときも、漢字が分からずひらがなで「ざちょう」って書いてました。

⇒全編はこちら!(SPICEサイトに飛びます)


ところで、誠さんが直弥さんのことを「直(なお)」って呼ぶ優しいトーンは、もう心温まりすぎてぽかぽかになりました。

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優木誠座長・優木直弥花形は
4/10(火)・11(水)・12(木)→此花演劇館(劇団要)
4/19(木)・20(金)・21(土)→九条笑楽座(南條光貴劇団)

に出演されるとのこと!

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春陽座さんは素敵だ!と書きたい理由 ―三吉の舞台から―

昨年2月以来、春陽座(はるひざ)さんが1年1か月ぶりに横浜・三吉演芸場に帰って来ています。少人数ながら、今月上旬に観られた舞台はいずれも素敵でした。

「良いよね」とか「大好き」とか日常の話し言葉より、あえて「素敵だ」と、ちょっとよそ行きの言葉で称賛したくなる感じ。全然まだ本数を観られたわけじゃないけれど、この劇団さん好きだな、楽しいな、と改めて思ったところを…5つほど並べてみる。
※あくまで個人の感想です。

①ミニショーの物語性


【3/4 清水次郎長】

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【3/7 名月赤城山】

ミニショー全体が一つの物語に沿って組まれているパターンに何回か遭遇。さらに、顔見せショーという「役者個人」に極めて重きを置いた場面にも関わらず、きちんと役者さんのニンを押さえた配役になっているのも嬉しい!

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【清水次郎長】より。スピード感のある澤村拓馬さんは小政にぴったり。

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大政は貫禄のある澤村京弥さん。

そしてこのパターンは、幕が開いたら板付きで国定忠治や次郎長がいるという、「最初からクライマックス」感にテンションが上がる(/・ω・)/


②澤村心座長の、役に溶け入る感

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二枚看板のうち、先輩座長に当たる澤村心座長。 6年前の東京公演で初拝見したときからカッコいい役者さんだったけど。39歳の現在、年輪と艶と風格がフュージョンして、えらいこっちゃな男前になられている(震)

カッコいいにも関わらず、心さんのお芝居は「我」がほとんど前に出てこない。
たとえば3/7『江戸の花駕籠』では主役の三太郎を演じていた心さん。病の女房を救うための三十両を、情に厚い念仏四郎兵衛親分(かずま座長)に恵んでもらい、三太郎は温情に泣きながら小判をかき集める。
「お菊、お菊、これでお前を助けてやれる…!」
地面を転げて小判を抱きしめ、頬にはぺったりと涙。乱れた鬘の下で、目はくしゃくしゃに細められている。役者さんの姿形を見ているというより、三太郎という不器用な男がそこにいると自然に思える、そういう温度がある。
すんなりと、平熱で役に溶け入る。その魅力が回数を重ねるごとに沁みてくる役者さんだ😊


③澤村かずま座長のMAX感

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無題

二枚看板の後輩座長は澤村かずま座長。元気はつらつを絵に描いたような35歳の花盛り!
「お客さんが今日は少なめですが、その中でここにいる方は、来にくい日に来てくれたってことですもんね?! ありがとうございます!」
と、先日大きな目をしぱしぱ瞬いて御礼を述べていた様は、実に健康的なお人柄を思わせた。このキュートさが愛されるゆえんなのだろうなぁ…。

声も大きく、動作も大きく、描線がぐりぐり太い役者さん。3/3『神崎東下り』で演じていた馬子・丑五郎は粗野だけど実直な役柄で、かずまさんにとても合っていた。
「神崎さん、死んじまったのか、ごめんよぉ…」
丑五郎は自分の非礼を悔いて、途方にくれた顔つきでよろよろ歩む。神崎さぁん、と子どもみたいな泣き声に、役の気持ちがいっぱいに膨らんでいる。
喜怒哀楽、いずれの表現にもエネルギーがほとばしっていて、観ているとパワーをいただける気がする。「かずMAX」ってこれ以上ないくらいのニックネームは一体誰が付けたのか…。


④群舞の色彩

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わ、きれい!バランスいい!と写真に収めたくなる、群舞の配色。シンメトリーの形が決まると、クレパスを広げたみたいだ。ライティングとの相性も計算されているのだろう。


⑤舞台の“ふんわり”
これはまだきちんと言語化できていない感覚なのだけど…。春陽座といえば「上品」という言葉をよく聞くし、本当に舞台が品良く整えられているのを感じる。だけどそれが堅苦しい「型」「様式」にならず、芝居では役の気持ちが伝わってくる。それは何に拠るものなのだろう?と考えると…。

何か「ふんわり」した感触が、いつも舞台にあるように思う。

たとえば、心座長の優しいお顔立ちや、かずま座長のキュートな表情など役者さん由来のもの。人間の気持ちを丁寧に描こうとする脚本。それから、観る人に心地良い色がさりげなく選ばれている、衣装・道具の色彩。お芝居の見せ場に流れる音楽が、やわらかで耳に馴染みやすい曲調であること…。

三吉に行くたび、ああ心地よいな、と思う。まるで上品な和菓子が口の中で溶けるみたいに。


【春陽座 今後の予定】
3月 三吉演芸場(神奈川県)
4月 おふろcafe湯守座(三重県)
5月 清水劇場(広島県)
6月 玄海ロイヤルホテル(福岡県)

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私にその顔見せて ―『お千代人形』『狂乱暴れ獅子』より―

この冬、ハマっていたのが『金田一少年の事件簿』文庫版(^^♪ 推理マンガという認識しかなかったけど、通しで読んでみたら事件の裏にある人間ドラマが濃い!!
その中に、何度読んでも涙がにじんでしまうページがある。ある事件の犯人(女性)が、毒を飲んで死ぬ間際、息子に手を伸ばすシーンだ。
「ごめんなさいね、何もしてあげられなくて…」
「こっちへ来て、あたしにその顔見せて…」
何がこんなに涙腺を刺激するのかわからなかったけれど、とにかくこのセリフが突き刺さった。

1月、立川けやき座で劇団美鳳『お千代人形』を観たとき、似た場面に出会った。
ラストシーン、紫鳳友也座長演じる時雨の源次は、瀕死状態から起き上がる。最後に残された気力で、初めて対面する娘の顔に手をやる。小さな丸い頬を撫でさする。
「おとっちゃん、おとっちゃん」
頬に添えられた手に、きらりさん演じるお千代の涙がほろほろ降りかかる。娘の顔を目に焼きつけて、源次は崩れ落ちていく。

紫鳳友也
紫鳳友也座長 ほっそりした美形の友也さん。

ハッとしたのは、物語に対してだけではなく。「顔を見せて」という願いの、切実さに対してだ。

日常会話の中で、ひとこと、別れの挨拶として言う。
「また、お元気な顔を見せてくださいね」
仕事で職場を訪れた人からメールが届く。
「昨日は○○さんの顔が見られて嬉しかったです」
これらはただの礼儀作法として、大した意味を込めずに使っていた。聞いて流していた。でも、この言葉を初めて口にした昔の人の心は、ずっと深かったのではないか……。

娘の顔を見届けて逝く『お千代人形』とは、対照的な幕切れの芝居もある。劇団天華『狂乱暴れ獅子』。政吉(澤村千夜座長)と、おとよ(澤村丞弥副座長)の夫婦は共に斬られるが……。
「お前さん、もう目が霞む、見えないよ、どこだい、顔が見えない、お前さんの顔が…」
先におとよのほうが視力を失い、良人の顔が「見えない」と、恐怖と悲しみに目を見開いて死んでいく。

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澤村丞弥副座長 このシーンはどろりとした熱を感じた。

顔が見たい――。
何かを託すことも、言葉を交わすこともできずに最期を迎えるとき、人間の頭にはその一筋の望みが残るのだろうか。

家族、友人、知人、贔屓の役者さんまで含めて、好きな人々の顔を思い浮かべてみる。目に鼻に口に、色んなものがまつわっている。その人特有の笑い方や、優しさ。喜怒哀楽が行き来する目や喋りかける唇の、一つ一つが懐かしい。
ほんの短い間でも、それを見るだけでいい。相手も自分も生きていることが嬉しくなる。

たとえば長患いで出演していなかった役者さんが、久々に舞台にひょっこり顔を出したとき。じんわりこみ上げてくる嬉しさは、理屈じゃない。
お芝居って本当のことを何もかも知っているなぁ、とつくづく感じる。

「元気な顔を見せてね」
「少しでいいから顔を出して」
「顔が見られて嬉しかった」…
誰かに直接言葉をかけるときやメールを送るとき、そこには本心があると思うようになった。

互いの顔が見られることが、いかに稀で、切ないことか。

だから貴方の笑い顔が見られたら、それだけで嬉しい。

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筑紫桃太郎一座 花の三兄弟お芝居『月夜に泣いた一文銭』 ―優しい言葉と百両首―

2018.2.9 夜の部@新開地劇場

「そんなこと言って、あんちゃん、牙次郎が邪魔なんやろ」
牙次郎(桃太郎さん)はうつむいて拗ねた口調で言う。大好きな兄貴分・正太郎(花道さん)に、かたぎになるために別々に暮らそうと提案されたからだ。
「そんなわけはねぇ、俺はお前が邪魔だとか嫌いだとか一度も思ったことはねえ」
「ほんとに?」
「ああ」
牙次郎はニパアと笑い、大きな体ごとうなずく。
「ありがとう!」
印象に残る場面だった。頭の弱い牙次郎が、これまで数多くの人に邪険にされてきたことを示唆するような。
冒頭近くのこの場面が、後半の“百両首”の重みにつながってゆく。


牙次郎=博多家桃太郎弟座長。登場シーン、186cmあるという体躯が、「あんちゃん、あんちゃん」と大きな泣き声とともに花道を歩いてくる。幼く見えるから不思議…。

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正太郎=玄海花道花形。実際とは逆に桃太郎さんの兄役。牙次郎に対して、正太郎が時折“思わず”という感じで見せる笑みがやわらかい。

そして筑紫桃之助座長がスリの親方。普段とは異なる配役ということだった。関西での仕事を昼過ぎで終え、新開地の夜の部へ行けたのはほんとにラッキー!
この一本を通して、『月夜に泣いた一文銭』という物語がどういう姿をしているのか、おぼろげに…ではあるけどストンと自分の心に落ちたからだ。

色んな劇団さんが演じる『一文銭』。喜怒哀楽が率直な牙次郎は、気持ちがわかりやすいことが多い。正太郎が捕らえられた後のクライマックスでは、牙次郎が泣きながら、正太郎がいかに優しくしてくれたかを語る様が見どころだ。
一方、正太郎の思いは、牙次郎への接し方の中に垣間見えたり、牙次郎の語りの中に浮かび上がってきたりする。
このペアは、どちらも同じだけ大事に思いあっているけれど、表が牙次郎、裏が正太郎のように造形されているんだなと思っていた。

三兄弟さんの『一文銭』でも、牙次郎の感情は素直に観客に差し出される。
正太郎がスリの一味を抜けさせてくれるよう親方に頼む場面で、後ろで話の成り行きを見守る牙次郎は、こわごわ…といった表情。正太郎が「俺の腕を落としてくだせえ」と言ったときは、ギョッとした顔つきで思わず手を出しそうになっていたり。
桃太郎さん牙次郎は、リアルな役作りに加えて、体格が大きい分むちゃくちゃ可愛かったです。サイズ的に花道さん正太郎の背後に収まるわけないのに、体を丸めて隠れ(ようとして)る様とか恐ろしく可愛い…!

正太郎の足抜けが許されて、
「あんちゃん、良かったなぁ」
と破顔一笑する屈託なさに、桃之助さん演じる親方も優しい声で言う。
「正太郎、この子を大事にするんだぞ」
そう、“この子”と呼びたくなる感じのピュアネスだった。

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桃之助座長&桃太郎弟座長。やわらかさと鋭さが引き立つペア。

この牙次郎に対する、正太郎の“言葉”が実に優しい。たとえば一年後に再会を果たした後、牙次郎が自分の仕事を自慢するシーン。
「牙次郎はな、悪い奴を捕まえる仕事をしてる」
「悪い奴? 殿様かなんかか?」
「ううん、そんなんやない、普通の人。捕まえたら、たくさんお金がもらえる」
役人という単語が出てこず、要領を得ない牙次郎の説明に、正太郎はゆっくり返す。
「なぁ、あんちゃん、そんなむつかしい話はわからねぇよ」
なんでもない一言だけど、胸を突くセリフだった。

知能が他人と違う子どもを持った、お母さんの話を読んだことがある。「アホ」という言葉を一度だってお母さんは口にしていないのに、いつの間にか子どもは「アホ」が口癖になっていた。世間の人々がその子に「アホ」と繰り返し言ったから――。
牙次郎に対し、必ず優しい言葉を投げかける正太郎。慈愛に満ちた兄弟分の関係は、一種ユートピア的に見える。

そしてクライマックスの場面では、もちろん牙次郎の語り・泣かせもあるけれど、かなりあっさりしていて。むしろ、役人に縄をかけられた正太郎の語りがメインに据えられていた。
「あんちゃんがここまでどんな気持ちでやって来たか、お前にわかるのか…?」
花道さんのよく通る声が、少しずつ震えを帯びていく。
「俺は人を刺しても捕まるわけにはいかなかった、だってそうじゃありゃあしねえか、牙次郎、お前を一人きりにしてしまう」
「でもなぁ、お前に会いたい一心でここまで来たはいいが、お前に手土産の一つも無かった。あるのは百両かかった、あんちゃんの首だけ。だから手土産代わりに持ってきた、上州土産百両首だ」
足元に伏せた牙次郎に、降りかかる正太郎の細い声。
「お前、昔はどうだった? みんなにバカだアホだと散々言われてきたよなぁ、だけど、百両だぞ」

「百両が手元にあったなら――金がなぁ、お前を利口に見せてくれるだろう…」

ここはユートピアじゃない。世間というものが、どんなに冷たいかは知っている。
“あんちゃん、牙次郎が邪魔なんやろ” 
頭の弱い子に優しい人ばかりじゃないと、知っている。バカだアホだと、罵りの言葉で満ちていると。
それでも、もう牙次郎を一人で置いていかなくちゃならないから。せめて、心の悪い者がこの子を苛めないように。
「牙次郎、わがまま言っちゃならねえよ、お利口さんにしてるんだぞ…」
あんちゃんがいなくなっても。
命がけで残していく置き土産、百両首。

『月夜に泣いた一文銭』のもう一つの題は『上州土産百両首』。この芝居の主題――の少なくとも一つ――は、“正太郎から牙次郎への”献身なのじゃないだろうか…。

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三兄弟揃うと、画面がぴしりと完成した感がある。

ラスト近く、子どものように手をつないで、正太郎と牙次郎が花道をはけていく。
「懐かしいなぁ、子どもの頃もこうやって手をつないで、お前と色々な所へ遊びに行った」
「うん、また行こうなぁ」
島流しの意味をきちんと理解していない牙次郎は、あっけらかんと笑っている。

悪意の中ではとうてい生きていけない者を、残していかなくてはいけない。
そのとき、百両の重さが浮かび上がってくる。
「あんちゃんな、やっぱりお前が一番かわいい」

残していく側の、祈りの重さが。


【筑紫桃太郎一座 花の三兄弟 今後の予定】
3月 博多新劇座(福岡県)
4月 ヤング劇場(大分県)
5月 小倉宝劇場(福岡県)

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