劇団KAZUMAお芝居「大江戸の鬼」

2013. 9. 22 昼の部 @浅草木馬館

気持ちを一つ作って、一つ積んで。
将さんの演技って積み木みたいだなぁ、と思った。

「恩ある堤様に腹を斬らせるわけにはいかない…なんとしても人斬り千太郎、捕まえなければ」
物語の進行に合わせて、気持ちを一つ作り出して、舞台に積んで。
「駄目なんだ、お吉、この縄はどうしても解くわけにはいかないんだ」
また一つ、積んで。
丁寧に積み上げたその頂点に、ここぞというセリフを乗せる。
「恩義の―ためだ!」
積み木のてっぺんから、すとんと感動が胸に落ちて来る。

柚姫将さん(当日舞踊ショーより)


…というようなことを、勝手につらつら考えていた「大江戸の鬼」。
登場人物多いし、筋もわりと入り組んでいるので、見どころのとても多いお芝居だった。

たくさんあるキーの一つが、幼い頃生き別れになった兄妹の辰三(柚姫将さん)とお吉(霞ゆうかさん)だ。
二十年前、両親が死に、まだ子どもの辰三とお吉は二人きりになった。
「大江戸の鬼」で私が一番惹きつけられたのは、辰三が過去を語るシーンだった(ファンの贔屓目が入り過ぎかな?)。

「俺もお吉もまだ子どもだった。でも、親が死んだ途端、村の人たちの態度が変わった」
「ある人は、辰三、お前のおっかあには米をあげたことがあった、その貸しをどうするんだと言ってきた」
「ある人は、辰三、お前の親父には金を貸していたんだ、あの金をどうするんだ、と」

将さんの表情と声から、子どもが追い詰められていく心が、その苦しさが、ひりひりと迫って来る。

「なあ、辰三、どうするんだどうするんだどうするんだ、と…」

うあ、やめてくれ。
周囲の大人に詰問される子どもの心に、私はすっかりシンクロしてしまって、
このセリフのときは、本当に自分が責められているような心地だったのだ。

そして、ちょっと冷静に戻ってから。
悲痛な表情で語り上げる将さんを観ていると、気持ちを「積む」手が、舞台に現れているような気がした。
村に居場所がなくなったからこそ、辰三はお吉の手を引いて村を出た。
だがお吉がいると、思うように道は進まない。
お吉がいると、食べ物が手に入ってもお腹一杯食べられない。
幼い辰三のもどかしさが「積まれ」、ひもじさが「積まれ」、そしてとうとう。

「天保山のふもとに、お吉を置いて、すぐ帰って来るからなと言って」
「俺はその場を離れて、走り出した…」

感情は頂点に達する。
そのときの辰三の「どうしようもなかった」切迫感、罪悪感がどっと雪崩れこんできて、私はやっぱりぽろぽろ泣いてしまった。

皆さんが東京にいてくれるうちにできる限り観たい!と、9月の土日は木馬館に入り浸り。
(その代わり平日は残業三昧だったけど、観劇のためと思えば幸せな残業だった…)
ひとつひとつ感想を書いていると、なかなか追いつかない。
文章力不足ゆえに、違うよKAZUMAの魅力はこんなもんじゃないよと煩悶して、手が止まってしまうこともしばしば。
けど、やっぱり残しておきたい。
大事な大事な、2か月限りの舞台録。

にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)