劇団KAZUMAお芝居「生首仁義」

2013. 9. 21 昼の部 @浅草木馬館

あれから1年2カ月になるんだな。
昨年7月の木馬館で、劇団KAZUMAの「生首仁義」を観て、大衆演劇の世界に飛び込んでから。

個人的な思い入れを抱えながら迎えた、今回の「生首仁義」の日。
このお芝居については、今年2月にくだまつ健康パークで観たときにさんざ書いているので、逆に今さら書き加えることは少ないんだけども。
(くだまつ健康パークでの鑑賞録
 「生首仁義」①柚姫将さんの三代目役・一馬座長の二代目役
 「生首仁義」②華原涼さんの仙蔵役・冴刃竜也さんの長五郎役
 「生首仁義」③宿命と意志
我ながらどれだけ好きなんだというくらい語りまくっている…)

それでも、全く同じお芝居は二度とない。
9/21(土)の「生首仁義」で、印象深かった方をお2人挙げておく。
まずやっぱり外せないのは、実質主役である三代目を演じている将さん。

柚姫将さん(当日ミニショーより)


三代目の自決の場面は、何度観ても泣いてしまう。
気弱な三代目が、汚いやり口で騙されて、突如として目の前に突き付けられた切腹。
震えて、泣いて、抗って、それでも腹を切らなきゃならない。
動かせない運命の重みにつぶされそうになりながら、最期の最期で、発せられる意志の光。
「おいらの首を横車一家に渡して、渡世の仁義を通しておくれ!」
どこまでも暗いさだめの中にあっても、抵抗をやめない人間の声。

私が今回最も落涙したのは、自決の場面の最後だ。
おのが手で首を掻き切って、三代目の命の灯が消え入る直前。
ぱた…と、三代目の上半身が、糸に引っ張られるように持ち上がる。
将さんの目は、どことも言えない遠くを覗きこんでいる。
体は一度床に倒れ、でも命はまだ消えない。
ぱた…と虚空に持ち上がる、今度は腕一本。
小さな命の最後の抵抗が、静寂の降りた舞台の上、囁くように発せられる。
まだ生きてる、まだ生きてる、まだ……
私は二階席で、完全に没入して観ていた。
遂に三代目の体から力が抜けたとき、自分でもびっくりするくらい溜まった涙が流れ落ちた。

それから、今回の「生首仁義」にはゲストさんがいらしたのだ。
「劇団秀」の千澤秀座長。
私がこのお芝居で最も格好いいキャラクターだと思っている、白鷺一家の若い衆のうち兄貴分のほうを演じていた。

千澤秀座長(当日舞踊ショーより)


普段は、兄貴分のキャラクターの名前は「仙蔵」で、その弟分が「長五郎」。
――なんだけど、この日は舞台上のちょっとしたはずみで二人の名前が入れ替わり、秀座長演じる兄貴分が「長五郎」、弟分が「仙蔵」になっていた。
こんな事件も含めて、生のお芝居ならでは。
なのでこの日の「生首仁義」では、冷静沈着な兄貴分の名前は「長五郎」ということで。
それにしても秀座長、二人のキャラクターの名前が混同されていることを一瞬で把握して、
「よさねえか仙蔵!」
と、即座のセリフで場を整理した。
初めての劇団、初めてのお芝居で、こんなに冷静に物事を判断できるものなのか…。
凄まじい手腕を垣間見るような思いがした。

秀座長の「長五郎」は、その声の良さが印象的だった。
静かで、聞きやすく、温かみのある声。
「ねえ二代目、三代目は気の弱い御方だ、どうかあまりきついことは言わないでやっておくんなせえよ」
決して三代目を怒らず、怯えさせない話し方に、慈しみを感じさせる。

お芝居終えて、舞踊ショーで改めて秀座長をよく観てみた。
偉丈夫なのに体のラインがまあるいせいか、格好良さの中に、可愛い風情のある方でした。
可愛い役者さんの好きな友人は、隣席で大喜び。
秀座長を表現していわく、「まりまりしていてすごく良い」らしい。
まりまりしている…うまい擬態語だ。

しかし「生首仁義」観た後は毎回、どっと過集中が解けるのと散々泣いたのとで、軽く虚脱状態(笑)
客席で多少ぐったりしながらも、心底「観た…良いお芝居観た…」という気持ちに満たされていて、大層幸せでした。

にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)