劇団KAZUMAお芝居「千鳥の曲」

2013.9.15 昼の部@浅草木馬館

台風が全国を襲った土日。
あいにくの強い雨と風でも、東京メトロは頑張って私を浅草へ運んでくれました。
おかげで土日の昼夜、どっぷり芝居の世界に浸ることができた。
幸せ!

「千鳥の曲」は、今年五月の福山遠征で観たお芝居だった(2013.5.6@夢劇場 鑑賞録の記事)。
三味線弾きの兄弟の悲話に、ボロボロと涙が止まらなかったのを覚えている。
この日のお昼はお外題をチェックせずにいたもので。
第二部開演前のアナウンスで、「千鳥の曲」と聞いた瞬間に、バッグからミニタオルを取り出して膝に置いて、泣く準備完了。

心根の優しい、盲目の弟は宗吉(柚姫将さん)。
弟に罪悪感混じりの愛情を抱え、苦悩する兄は宗太郎(藤美一馬座長)。
兄弟は、三味線の師匠である杵屋の旦那(美影愛さん)から、誤解が元で破門されてしまう。

だが数年後、つましく暮らしている兄弟のところに、杵屋の旦那が訪れる。
今更、兄弟に杵屋に戻って来て欲しいと言う。
聞けば、娘のお香(霞ゆうかさん)が宗吉を恋慕うあまり、自ら両目を突いて盲目になったと――

今回の鑑賞で、五月に観たときよりずっとずっと深く見えてきた人物が二人いる。
一人目は一馬座長演じる宗太郎だ。

写真・藤美一馬座長(当日ミニショーより)


宗太郎は、正直観ていて苦しいキャラクターだ。
このキャラクターの芯には苦悩があり、一馬座長の表情は絶えず険しい。
全ては、盲目の弟を助けるため、食わせていくため、世間の冷たい風から守ってやるため。
「宗吉は、俺の手元に置いておきたいんです。どこにもやりたくないんですよ」

だけど、宗太郎の真の望みは異なる。
「俺がいなくなっても、弟がなんとか一人で生きていけるように」
訪ねてきた杵屋の旦那に対し、宗太郎がこれまでの思いを吐露する場面は圧巻だ。

「俺に何かあっても、宗吉が一人で生きていけるようにしなくちゃならないと思って」
「宗吉に『お前何がしたい?』と聞いたら、『三味線をやりたい』って言うから、全部のツテを頼って、あの杵屋に弟子入りしたんだ」

だが、杵屋の旦那は兄弟を破門するときこう言った。
『宗吉は一人では何もできないだろう。宗太郎が助けてやらないと、杵屋に来ることもできないだろう』
『だから宗太郎が破門なら、一緒に宗吉も破門だ』

「あ、そうか、世間はそう見るんだなと思った」

一人では何もできない宗吉だから、自分が守ってやらねばならない。
いつまでも自分が助けていては駄目だ、本当は宗吉が一人で生きられるようにしてやりたい。
「いくら俺が、『宗吉が一人で食べていけるように』と思っても、世間は違うんだな」
「俺がいなきゃ宗吉は何もできないと思うんだな」
一馬座長の叩きつけるような語りの中に、宗太郎を引き裂くジレンマが浮かび上がる。

そして奥深いジレンマの、さらに底には、罪悪感が潜んでいる。
宗吉が盲目になったきっかけは、幼い頃の宗太郎のいたずらにあったのだ。
「お前の泣き声がして慌てて戻ったら、お前が古池に落ちていた」
「『この子の目は生涯開かないでしょう』…あのときの医者の言葉は一生忘れられねえや」
この事実が、お芝居終盤に差しかかって初めて、宗太郎の口から語られるという構造がすごいと思う。
最初はよく見えなかった宗太郎の心の奥深くに、段々と肉薄していくような気になるからだ。

幼い自分の過ちで、光を奪ってしまった弟。
「宗吉が一人でやっていけるように」ということに固執する宗太郎の姿からは、うずくような罪の意識が感じられる。
極めつけは、一馬座長がたった一人で晩酌をしている場面の凄みだ。
無音、無明の舞台に、宗太郎の心中の痛みが張りつめる。

より深みを増したキャラクター、いま一人は美影さんの杵屋の旦那。

写真・美影愛さん(当日舞踊ショーより)


五月に観たときは龍美佑馬さんが演じていた、
佑馬さんの杵屋の旦那は、根っからの悪人でも善人でもない、市井の常識人といった風情で、これも好きだった。

美影さんバージョンでは、「心折った者の哀れさ」がより強く感じられた。
というのは、宗太郎に自分の過去を語る長台詞があったからだ。

「私は杵屋の婿養子だった。立場なんてないも同然だ」
「芸者を囲ったことがあった。惚れていたんだ。この女と私の子なら、それなりの三味線弾きに育つだろうと思っていた」
「だが、突然芸者は姿を消した。杵屋が何かしたんだろうと思った」

ただの敵役と思っていた、杵屋の旦那にそんな過去があったなんて…!
と、私は衝撃を受けながら観ていた。

「それでも、婿養子の私に何が言える。何ができる」
立場のために、断腸の思いで、心を犠牲にしなければならなかった。

だが、月日が流れて娘のお香が宗吉を好きだと言ったとき、旦那は杵屋を守るために反対した。
その過ちのために、最愛の娘に自ら目を突かせてしまった。
「片目を突いた後、その痛みがわかっていながら、もう片方の目を突けるか。私は突けないよ。恐ろしくて。でもあの子はね、突いたんだ」
本心を封じ込め、家を守り続け、そのために何もかもを取り零した人生の哀れさ。
美影さんのやわらかな声が、かえって諦観を膨らませる。

とにかく同じお芝居でも、役者さんや劇場やお客さんによって、全く違う面がせり出して来るのが面白い。

「千鳥の曲」は、三味線というアイテムを核に据えている。
贅沢を言うと、実際に三味線を弾く場面がひとつ挿入されていれば、どんなに美しいだろう。
幕間や、号泣必須のラストシーンで、たっぷり三味線の音色は聴かせてくれるんだけどね。
でも、やっぱりお芝居の中で観てみたいなあ。

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