美味しいごはんの話―お芝居に描かれる「食」②―

緞帳の向こう側から、まだまだ食欲をそそる匂いが漂ってくるのにつられて。
前回に引き続き、お芝居に登場する食べ物たちの話を続けます!

◆野菜
野菜は土に連なる。
前に挙げた魚よりも、さらにささやかな生活を連想させる、農のいとなみ。

私が観た中で野菜が印象的に使われるのは、剣戟はる駒座の「桐の木」だ(2013.4.13鑑賞・鑑賞録の記事)。
9歳の少女・はっちゃん(千晃丸子さん)の出生を巡って、大人たちの思いが交錯する物語。
「野菜ができたから、また食べてもらおうと思ってな」
野菜売りの青年・寅やん(不動倭さん)が、はっちゃんに微笑みかけながら差し出すカゴには、人参・大根・葉物が一杯に盛られている。
わあ、と可愛らしい歓声を上げるはっちゃん。

「寅やんの差し出す野菜」は、単に寅やんの親切さを象徴する以上の役割を担っている。
「桐の木」の第1幕では、9年前、博打好きでまともに働かなかった寅やんの姿が描かれているからだ。
友人の小平(津川竜座長)は捨て子のはっちゃんを拾った夜、寅やんに、
「お前もなぁ、これを機に真面目に働け。博打はやめい」
といくばくかのお金を渡す。
「わかったわ。わし、博打、やめるわ!」
寅やんの決意の一言から、幕が開いて閉じて、第2幕は9年後。
本当に博打をやめて、真面目に野菜売りをしている寅やんの姿に、おお!となる。
「わしもなぁ、どうしたら野菜を買うてもらえるか、色々考えとんのや。わしの口のうまさで、お客さんを喜ばせんといかん」
寅やんは得意げに小平に説明してみせる。

はる駒座の「桐の木」では、寅やんや小平といった村人の素朴な日常が、温かく丁寧に紡ぎ出される。
はっちゃんという捨て子を拾ってから、貧しさに耐えて、一日一日積み重ねられた9年の歳月。
カゴに入ったみずみずしい野菜は、物語の幕間に存在したであろうキャラクターたちの歳月を、ささやかに語りかける。
しかしあの野菜、今思い出しても美味しそうだったなぁ(笑)

◆甘味
前の記事で触れたようにお米が男性性のシンボルなら、女性・子どものシンボルはやっぱりスイーツかな?

女性と甘味の組み合わせといって、すぐさま思い出せるのは、辰巳小龍さん演じる「おいっちゃん」だ。

写真・辰巳小龍さん(2013.7.7舞踊ショーより)


たつみ演劇BOX「雪の渡り鳥」(2013.7.7鑑賞・鑑賞録の記事)のヒロイン、お市の実家は駄菓子と荒物のお店を営んでいる。
浅草木馬館の舞台上、店先にところ狭しと並べられた飴、おせんべい、駄菓子の数々。
その奥に憂い顔のお市が、しんとたたずむ。
小龍さんのもつ凛とした風情と相まって、お市のキャラクターには気品と気丈さが目立つだけに。
色付きの駄菓子が、適度に親近感を加味してくれて、お市は親しみやすい「おいっちゃん」になった。

「雪の渡り鳥」にはもう一つ、甘味に繋がるキーがある。
お芝居冒頭で噂話をしている、飴売りの女性だ。
「今度、大鍋一家と帆立一家で、大きな喧嘩になるみたいよ」
と、お市の駄菓子屋の前で近所の女性たちと立ち話をしている(申し訳ないことに飴売り役の女優さんのお名前がわからない…)。
背中に背負ったカゴの中、ピンクや赤の飴が揺れる。
お市は、不安げに眉を寄せながら、その様子を見ている。
割れやすく、口の中で簡単に溶けてしまう、飴というお菓子。
お市という女性の、この後の運命の頼りなさを表しているように、飴たちは風にゆらゆら。

さて、私の観劇回数が最も多いはる駒座でも、物語の隙間にちらほらと隠れているお菓子を探してみた。
「月天下江戸小狐」(2013.5.19鑑賞・観賞録の記事)では、津川鶫汀副座長演じる商家のお嬢さんが、奉公人の平左(不動倭さん)にお饅頭をあげる場面があった。
お嬢さんは平左が好きなのだ。
だが、このお饅頭は結局、お嬢さんに想いを寄せる番頭さん(勝小虎さん)に取られてしまう。
ただのお饅頭なんだけど、ここでは可愛いお嬢さんの心の依り代として扱われている。
やっぱり女の子の恋心を代弁するには、スイーツが似合いですよね!

甘いお菓子は、女性ばかりじゃなく、無邪気な子どものシンボルにもなりうる。
はる駒座の「荒川の佐吉」(2013.4.21鑑賞)には、盲目の少年・卯之吉(千晃丸子さん)が登場する。
主人公・佐吉(津川竜座長)とその弟分(晃大洋さん)によって育てられた、健気で利発な男の子だ。
卯之吉は、いただきもののおはぎを、なかなか食べようとしない。
あんこの匂い、子どもにはたまらないはずなのに。
「父ちゃんが帰ってから、半分こして食べようと思って!」
く、なんという健気さ。
まあ、佐吉は帰るなり、おはぎをぽいと口に放り込んでしまって、
「それは卯之坊が、兄貴と半分こするために取っておいた…!」
と弟分に突っ込まれるというオチがつくんだけど。

一方で、無骨な男性と甘味っていうのもまた、ギャップがあってたまらないと思うのです。
というのは、劇団花吹雪の「兄の真心」(2012.11.9鑑賞・鑑賞録の記事)を思い出したから。
桜京之介座長演じる主人公・定吉は、妹・直江(小春かおりさん)の許嫁・多三郎(桜春之丞座長)の実家に、手土産としてぼた餅を持参する。
定吉の心に曇りを落とすのは、多三郎は本当に妹を好いてくれているのだろうかという疑いだ。
そこで定吉は、多三郎の両親(寿美英二さん・桜京誉さん)に、ひと芝居打ってくれるようお願いする。
「お前はうちとは格が違う貧乏人、こんな汚いぼた餅なんか、食べられますか、けっけっけ!…って、俺のぼた餅を踏みつけてほしいんや」
滑稽なくらい不自然で、妙な芝居なんだけど。
それだけに、定吉が不器用に妹を想う気持ちが迫って来る。

ここで、羊羹でもなくお団子でもなく、ぼた餅というチョイスがいい。
青竹のような若い三代目座長・京之介さんが演じる定吉は、ちょっと無骨で、ぶっきらぼうで、でも情の深いキャラクター。
直江が村の衆に意地悪をされていようものなら、青筋立てて「お前ら何しとる!」と蹴散らす。
風呂敷に包まれた「ぼた餅」は、兄の真心そのもの。
野暮ったいまでの肉親の情が、ぎゅっと包み込まれている。
この「ぼた餅」には、お芝居終盤で明かされる秘密もあって、それがまた胸を打つのだった。

◆酒
もう、数えるのが面倒になるくらい、お芝居の中で飲みまくられるお酒(笑)。
お祭りの祝い酒や、やくざ一家の宴席ももちろんあるけど。
やっぱり強く余韻を残していくのは、悲しみや諦念が流し込まれたお酒だなぁ。

悲しい酒のイメージと直結しているキャラクターの一人が、唐人お吉。
劇団朱光「お吉物語」(2012.12.13鑑賞・鑑賞録の記事)では、お吉(水葉朱光座長)が度重なる苦難によれよれになりながら、泣き酒を飲んでいた。
故郷・下田の人々の、「唐人」への蔑みの眼差しと石つぶてに疲れ果てて。
朱光座長のお吉は、お芝居の始めでは、まるで少女のようだったのだ。
「ねぇ、鶴さん、あたしねぇ」
恋人・鶴松(この日ゲストの龍新座長)に呼びかける声の、うきうきした調子が可愛らしくって。
だからこそ、5年後の酔いどれ姿は、落差があまりにも痛ましい。
ふらふらと流れ着いた茶店で、店の主人に「お客さん、そんなに飲んじゃあ、最近話題の唐人お吉と間違われちまいますぜ」とからかわれて。
くく、ふふ。
嘲り笑いの後、お酒にしゃがれた声で、
「あたしがねぇ、唐人お吉なんだよ、このあたしがね」
投げやりに、諦め混じりに言い放つ。
そしてまた、千鳥足で店を追われる。
ああ、今思い出しながら書いてても、つくづくこのお芝居がハッピーエンドになって良かった!ホントに!

そして、私の記憶の杯の底に溜まった濁り酒。
覗いてみれば、劇団KAZUMA「千鳥の曲」(2013.5.6鑑賞・鑑賞録の記事)の一場面が映る。三味線弾きの宗太郎(藤美一馬座長)が、一人晩酌をしている。
灯りを落とした仄青い部屋、徳利のコトリという音以外は静寂。
思いつめた目の宗太郎が考えているのは、盲目の弟・宗吉(柚姫将さん)のことだ。
かつて、宗吉と宗太郎は、三味線の師匠(龍美佑馬さん)から誤解によって破門された。
その師匠の誤解が解け、「頼む宗太郎、宗吉をうちに返してくれんか」と言う。

師匠の店に戻れば、弟はまた三味線が弾ける。
好き合っていた師匠の娘(霞ゆうかさん)とも一緒になれる。
だが心の優しい弟は、行けと言ったって「兄ちゃんと一緒にいる」と言ってきかないだろう。
無音の中でお酒を飲み干したとき、宗太郎の意は決していた。
風呂から帰って来た宗吉に対し、宗太郎は残酷な行動に出る。

――この結末は、何度思い出しても、鑑賞時の胸を衝かれるような悲しみが蘇る。
醒めない酔いのように、何度も同じ悲しみに絡め取られる。

大衆演劇の食卓からつまみ食い…のつもりが、ついあっちもこっちもと味見しているうちに、けっこうガッツリたいらげてしまった。
長い上、食い意地の張った記事に、お付き合いありがとうございました!


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