美味しいごはんの話―お芝居に描かれる「食」①―

もぐもぐ、はぐはぐ、美味しそう。
そういえば私もお腹が空いた。
幕間になったら飴の一つでもつまもう。
なにぶん食いしん坊なので、舞台上で頬張られる食べ物があると、つい目がいく。

大衆演劇のお芝居にはわりと頻繁に食べるシーンがあるように思う。
物語の鍵として、キャラクターのシンボルとして、あるいは情景に肉付けを与えるものとして。
役者さんが食べるのを観ていると、食べ物に託された意味づけを、勝手にむくむくと想像して止まらなくなる。
そこで今回の記事は、私がこれまでに観たお芝居の中から、美味しそうなごはんを並べてみました。
大衆演劇の食卓から、ちょっとつまみ食い。


◆米・握り飯
お米=エネルギー=生命力。
やっぱり身体の基本はお米です。
旅烏も侍も商人も、みんなとりあえず握り飯は必携!

お米の命への繋がりを、くっきり浮かび上がらせるシーンといえば。
「兄弟やからな、何でも半分こや。この米も半分こしよ」
剣戟はる駒座の「河内十人斬り」のクライマックスの場面だ(2013.3.9鑑賞・鑑賞録の記事)。

警察に追われ、3日間飢えた熊太郎(勝小虎さん)と弥五郎(津川竜座長)の義兄弟が、村人の情けで恵んでもらった一杯の米。
割り箸を口で割り、椀に顔を突っ込むようにかきこむ。
熊太も弥五郎も、山の泥に汚れ、雨で冷え切っている。
身内に手酷い裏切りを受け、恨みも凍る復讐の果て、その咎で追われた山狩りの果て。
人の心情けに飢え尽くした2人にとって、この米は最後の恵みだ。
ひとかけらの生きるよすがを体に詰め込んでいるかのような2人の姿が、ひりひりと肌に迫る。

それからもう一つ、この食事シーンが投げかけるもの。
「俺はもう腹一杯や、お前が食え」
「茶碗一杯で何が腹いっぱいなもんか、お前が食え」
空腹の限界にあっても、わずかな米を互いに譲ろうとする2人。

「河内十人斬り」は、義兄弟の固い絆という極めて男性的なテーマをもつお芝居だ。
お米は生命力のシンボル。
ゆえに、力強い男性性とひじょうに相性が良いみたい。

はる駒座の「びびり剣法」でも、男同士の絆を託されたのは握り飯だった(2013.4.6鑑賞・鑑賞録の記事)。
「この壇ノ浦団兵衛は、恩を忘れない男だ!」
物語冒頭、壇ノ浦団兵衛(不動倭さん)の晴れやかなセリフ。
告げる相手は、団兵衛に昼食の握り飯をくれた侍・青江源四朗(津川竜座長)だ。
腹を空かしきっていた団兵衛は、大きな握り飯をあっという間にむしゃむしゃ。
手の平に残った米粒までぺろんと食べれば、本来の剛力が沸いてきて、喧嘩を売って来た役人を軽々と斬ってのける。

この邂逅をきっかけに、2人の侍を結ぶ友情が始まる。
紆余曲折を経て、ラストシーンは団兵衛のセリフ再び。
「わしは、恩を忘れん男だと言っただろうが!」
うーん、握り飯の恩義ってすごい。

共に豪快にお米を頬張りながら、男たちは絆を結ぶ。
生命力を漲らせて、喧嘩へ、決闘へと駆け出していく。


◆そば・うどん
しょっちゅうお芝居の中に現れる、そば屋さん・うどん屋さん。
そばやうどんは、お米と同様に主食だけど、だいぶ柔らかくって食べやすい。
そのせいか、老人のイメージと結びつくことが多い気がする。
ふつりと切れる麺のように、弱々しさを抱えた老け役の姿と。

たとえば桐龍座恋川劇団の「まぬけな泥棒」では、中風(ちゅうぶ)の老人(初代恋川純太夫元)がうどんの出前を取る(2012.10.10鑑賞)。
だが、病に震えまくる腕のせいで、なかなかうどんが口に入らない。
ぴしゃんぴしゃんと舞台に飛び散る麺。
太夫元が悪戯めいて楽しそうに演じられていたから笑いが起きたものの、状況だけ考えたら同情を禁じ得ない場面だと思う。

哀れといえば外せないのが、はる駒座の「秋葉の宗太」だ(2013.3.3鑑賞・鑑賞録の記事)。
勝龍治さん演じる豊田家一家の新兵衛親分は、かつての身内に裏切られ、咎なくして島流しに遭う。
加えて目をつぶされ、乞食に身をやつして、ほうほうの体で辿りついたそば屋。
親分がたった一杯のそばを大事そうに抱えて、いざ食べようとしたとき、箸が手から落ちる。
盲目の親分は、手探りで箸を探す。
「あれ、どこだ」
胸が苦しくなるような切なさ。
「箸は、どこだ」
目も当てられない哀れさ。
椀の中、細々としたそばの麺が、悲しいくらい親分に似合う。

極めつけは、劇団KAZUMA「雪の夜の父」(2012.8.18鑑賞)。
龍美佑馬さんの名老け役の中でも、絶品の一作だ。
老いた父親(龍美佑馬さん)は痴呆ゆえに、実の息子(柚姫将さん)とその嫁(霞ゆうかさん)に疎ましがられている。
明日の朝までに金を用意できなければ家を出て行ってもらうと言われ、父親は仕方なく辻占売りに立つ。

商家・井筒屋の旦那(冴刃竜也さん)は父親に同情し、辻占を買ってあげ、さらに一杯のうどんをおごる。
雪の降る中、父親は寒さに体を縮めて、うどんを啜る。
次第にその肩が震え出し、殺した嗚咽が漏れ出す。
雪はますます激しくなる。
白に埋もれながら、父親は弱々しく箸を握りしめ、静かにうどんを口に運ぶ。
セリフが一切ないシーンにも関わらず、佑馬さんに引き込まれるように、自然と篠原演芸場の観客席からは拍手が沸いた。

登場頻度の高いそば・うどんは、これまたお芝居に付き物の老人のキャラクターと切り離せないのかも。


◆魚
主食だけじゃお腹は膨れない。
次に桟敷席のお皿に盛るのは、ヘルシーなお魚。

日本一有名な魚屋さん・一心太助の食卓を覗いてみよう。
劇団花吹雪「太助と家光」では、桜春之丞座長が太助役(2012.12.22鑑賞・鑑賞録の記事) 。
背中にでっかく「魚」と白抜きされているお衣装で、そりゃもう男前な太助を演じてられていた。

今回文字ばっかりの記事なので、1枚くらいお写真を。
写真・「劇団花吹雪」桜春之丞座長(2012.12.22舞踊ショーより)


さて、そんな二枚目の魚屋が次期将軍・竹千代(桜京之介座長)を家に預かる。
出した食事はメザシ。
世間知らずな竹千代がメザシの頭を除けようとすると、太助はその手を厳しく止めて。
「苦いところがうまいのに…」
と文句を言いながら、竹千代が食べやすいように魚の骨を外してやる。
太助の気遣いが胸にしみる、安らかな場面だった。

「太助と家光」は、竹千代が庶民生活に馴染む過程をコミカルに描いたお芝居だ。
メザシは、庶民としての太助のいとなみの切片だろう。
ボンボンの竹千代にそれを食べさせるというのは、お芝居全体の筋と照らして、とっても象徴的。

ああ、やっぱり食べ物語りは楽しいなぁ。
書いていたら予想外に長くなったので、続きは次の記事へ。
まだ胃には空きがあるので、晩餐を続けたいところ!

ひっそりと参加させていただきました。
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