劇団炎舞お芝居「次郎長外伝: 血槍富士」

2013.6.2 昼の部@川越温泉湯遊ランド

一頭の鷹に出逢った。
その人の瞳がぐり、ぐりっ!と光れば、観客席の左にも中央にも右にも、既に狩りが仕掛けられている。

写真・橘炎鷹座長(当日舞踊ショーより)


初めてお目にかかる劇団炎舞座長・橘炎鷹さんの第一印象は、名は性を裏切らないなぁと思わせるに十分。
舞踊ショーの最初の一曲が終わった時点で、少しばかり観客席の盛り上がりが足りないようだと感じられたのか。
(確かに手拍子の音はささやかだった)
「ちょっとすいません」
2曲目が始まる前に、黒幕がひらりと割れ、炎鷹座長が登場した。

「どうも、座長です」
「なんだかお客さんのお元気がないようなんで、見に来ちゃいましたー」
突然現れた座長の姿に、観客席は楽しげにざわつきだした。
炎鷹座長の大きな大きな眼が、きらきらしくライトに照り映える。
「皆さん、元気ですかー?!」
盛り上げるためにわざわざ出てきた心意気に応えるべく、観客席からははーい!とこれまでで一番大きな声。
「なんだ、皆さんやればできるじゃないですか!最初からやってくださいよ!」
わあ、弾けるような破顔一笑!
その笑顔は、原色の明るさ。
溢れんばかりのパワーごと、剥き身で舞台から放たれる。

私の席の近くだったご夫婦は、互いの肘をつつき合いながら、笑い混じりの「なんか、面白いね、あの人」。
なんとなく散逸していた観客席の眼差しが、舞台に収束していく。
「じゃ、この後もお楽しみください!」
炎鷹座長は、固くなっていた会場の空気をぱりぱりと解凍してから、また黒幕の向こうに消えていった。

その後の演目では、途切れることのない拍手・手拍子が、親しげな熱をこめて舞台に送られていた。
私自身も、ポッと温かくなった胸を抱えながら、うきうき手拍子。
カリスマティックな手腕で場の空気を染め変えたその人は、うってかわってモダンな可愛い女形で踊っていた。

そんな舞踊ショーが印象的だったけど。
お芝居でも、炎鷹座長のしなやかな技巧が垣間見えた。

「次郎長外伝: 血槍富士」は、ほんの些細な過ちのために、命を絶たなくてはいけなくなる男の悲劇。
過ちとは、清水次郎長一家の三下・吉松(橘炎鷹さん)が犯した宿間違いだ。
旅の道中、吉松は一家の大事な槍を預かり、兄貴分たちを追っていた。
宿の外に掛けられた黒い笠を、兄貴分のものだと思い、喜色を浮かべて宿に駆け込む。
ところが居たのは、但馬の五平(橘進一さん)の一家だった。
「てめぇ、宿間違いの挙句に槍を持ったまま上がりこむとは…」
五平は苛立ちに任せて、槍を取り上げる。
「どうか、その槍だけは、その槍だけは返してください、この通りです」
地に伏して嘆願する吉松に、五平は残酷な提案をする。

「槍を返してほしくば、詫びとしてお前の首を差し出せ」。

槍か首か。
仁義か命か。
気性の優しい男の運命が、突如として冷たく切り刻まれることになる。

このお芝居は、以前別の劇団さんでも観たことがあった(お外題は別だったけど)。
その劇団さんでは、筋はまったく一緒でも次郎長ものではなかった。
<宿間違いをした槍持ちが切腹してその首を差し出す>というモチーフだけが伝播して、劇団ごとに変容しているのかな、なんて勝手に推理するのも面白い。

劇団炎舞版で特筆すべきは、なんと炎鷹座長が吉松と次郎長二役を演じるということ!

吉松を演じるとき舞台に響くのは、気弱さをくるんだ、まあるい声。
「俺もいつか、次郎長親分のように世に名を馳せる男になるんだ」
炎鷹座長の顔に、やくざ稼業は向いていなさそうな慕情が宿る。

私が吉松の演技で白眉だと感じたのは、「槍か首か」という選択を突きつけられた直後の場面だ。
放心状態のまま宿を追い出され、吉松はぼんやりと自分が見誤った笠を見やる。
そして、自分の愚かさを悔いるように、笠をふらりとつつく。
セリフはなく、炎鷹座長は観客席に背を向けている。
けれど揺れる黒い笠が、冷酷な選択に揺れる吉松の心のようで。
途方に暮れた吉松の心情が、炎鷹座長の背中越しに伝わってきた。

吉松は槍を取り戻すため、自決という悲壮な覚悟を決める。
「兄貴、おっかあに、故郷のおっかあに、吉松は立派な男として死んでいったと伝えてください」
兄貴分の大政(橘佑之介さん)に、縋りつくように訴える場面で、物語は悲しみの頂点に達する。

この吉松が死んだ直後から、炎鷹座長が次郎長親分役で再登場するのだ。
「大政、吉松の首を落としてやれ」
「吉松は立派なやくざとして死んだんだ。その心をわかってやれ」
今度は、底にわずかな苦みすらある、精悍な親分の声。
さらに今度は、折れることのない意志を畳み込んだ面差し。
奥行きの深そうな芸の引き出しを、軽々と目の前で開けていただきました。

炎鷹座長以外に印象的だったのは、橘進一さんの五平役。
かなりの悪役ながら、威圧感が大仰でなくさらりとしている。
「この槍か、お前の首か、どちらかだ」
独特の涼しげな目元で、何でもないことのように言う。
五平にとって、これは軽いお遊び。
まさか吉松が思い詰めた挙句、本当に切腹しようとは思わない。

次郎長から吉松の首を受け取ったときは、さすがに色を変えたものの。
「おい、まぁ、待て、待ってくれ」
憤怒に燃える次郎長に、待ったを要請する調子はまだ冷静だ。
他人の命を扱うのにどこか本気でない、そんな軽みのある悪役が、いかにも熟練の味だった。

さて口上によれば、劇団炎舞さんは秋頃まで東京にいてくださるらしく。
鮮やかな原色の鷹に、再びお目にかかることができそうです。
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