劇団KAZUMAお芝居「千鳥の曲」

2013.5.6@夢劇場

俺が十三、お前は八つ。
兄役の藤美一馬座長が、切れそうな糸を思わせる声で語る。

「俺の後をお前はひたすら追いかけて来て、なぁ兄ちゃん、その竹とんぼくれよ、ってその竹とんぼくれよって」
「俺は意地悪して、どんどん林の奥へ奥へと行って、気づいたら後ろのお前の声が泣き声に変わってたんだ」
「慌てて戻ってみたら、池に落ちて溺れているお前がいた…」

弟役の柚姫将さんはじっと聞いている。
盲いた目、開かない目を、それでも健気に兄のほうに向けて。

私の頭の中には、一馬座長が語る光景が、墨絵のような淡色で描かれていた。
幼い兄弟の足音、林の薄暗がり、のぞきこんだ池の深み。


写真・藤美一馬座長(当日舞踊ショーより)


写真・柚姫将さん(当日舞踊ショーより)


遠征最終日のお芝居「千鳥の曲」は、三味線弾きの兄弟の物語だった。
弟思いの兄の名は宗太郎(藤美一馬座長)。
素直な弟の名は宗吉(柚姫将さん)。
宗吉は、幼い頃池に落ちたときの傷が元で、盲目になってしまった。
冒頭で書いた通り、宗太郎による語りで、観客にその事が伝えられる。

目の見えない弟を、宗太郎はずっと守ってきた。
三味線弾きの仕事を終え、くたくたに疲れて帰って来ても。
「おう、今帰ったぜ。食事の支度、できてるか」
と弟の前では明るい声を出す。
宗吉に「おいらも働けるよ」と言い募られれば、
「いや、いい。兄ちゃんが働くから、お前には家にいてほしいんだ」

宗吉は盲目ゆえに、周囲の心なさに散々傷つけられてきたのかもしれない。
とりわけ二親を亡くしてから、世間の冷たい風に晒されてきたのか。
兄弟のやり取りには、そんな過去を想像させる含みがあった。

というのもこのお芝居は、兄弟が世間の痛烈な裏切りを受ける場面から始まるのだ。
序盤で、兄弟は弟子入りしていた三味線の師匠・杵屋の旦那(龍美佑馬さん)から破門される。
宗太郎が、同じ弟子である大黒屋の若旦那(冴刃竜也さん)に殴りかかったという理由で。

だが、大元の原因は大黒屋の若旦那のほうにあった。
宗吉と杵屋の娘・お香さん(霞ゆうかさん)が好き合っていることに、若旦那は嫉妬したのだ。
「宗吉、お前、本当は三味線の稽古なんてどうでもいいんだろう。お香さん目当てでここに通っているくせに」
あろうことか、若旦那は宗吉を乱暴に足蹴にする。
宗太郎が怒りのあまり拳を振り上げたところを、杵屋の旦那に見咎められたのだ。

「待ってください、これにはわけが」
「若旦那のほうが先に手を出したんです」
宗太郎が何度説明しても、杵屋の旦那は聞き入れない。
元々、目くらの宗吉と愛娘の仲が睦まじいことを苦々しく思っていたためだ。

「いいわけをするな!お前達二人とも出て行け!」

この一言で、この裏切りで。
宗吉はたった一つの愉しみだった、三味線を弾くことすら奪われてしまった。

それから数年、兄弟は二人きりで寄り添って生きてきた。
真っ暗い部屋の中でただ独り、ひたすら兄を待って座っている宗吉の姿には、胸を締めつけられた。
「おいら目くらだよ、目くらに灯りは要らないよ」
どんなに世間に蹴られても踏まれても、宗吉の笑顔は純なまま。
「兄ちゃん、お腹空いたろう」
兄を思う心は柔らかなまま。

二人の生活が崩されるのは、かつての裏切りの相手が兄弟の住まいを再び訪れたためだ。
宗吉が近所の風呂屋に行っている間に、杵屋の旦那が平身低頭で現れる。
「宗太郎、宗吉をうちに返してくれんか」
そこで宗太郎は衝撃の事実を聞かされる。
お香が恋慕う宗吉と同じになろうと、自ら目を突いたというのだ。
「娘がここまで宗吉を好きなら、なんとか一緒にさせてやりたい。頼む宗太郎、宗吉を杵屋に返してくれんか」

宗太郎は、「今さら、ふざけるんじゃあないですよ」と口調も荒く追い返す。
だが、一人になった宗太郎は考えこむ。
杵屋に戻れば、宗吉は好き合った相手と一緒になれる。
三味線も再び弾ける。
大黒屋の若旦那の財力で、もしかしたら目も開くかもしれないという。

この場面は無音。
灯りを落とした部屋の中、徳利片手に考えごとをしている一馬座長。
舞台の空気は、糸をぴぃんと通されたように、鋭敏な形を現わしていく。

やがて宗吉が風呂屋から帰って来る。
宗太郎は弟の顔を見ないで言う。

「お前、俺を恨んでるだろう」

一馬座長の語り声は、感情を殺したように静かだった。

「俺が短気を起こしたせいで、絹屋を破門になった。お前は大好きな三味線を弾けなくなった」
「元はと言えば、お前が目くらになった原因も俺にあるんだ」

宗吉が「そんなはずないじゃないか」と必死に首を振っても、宗太郎は「恨んでるはずだ」の一点張り。
部屋は夜の闇を表して暗いまま。
兄弟を照らし出す小さな灯りだけが、頼りなく浮かんでいる。

「宗吉、兄ちゃんだってなぁ、お前がいなきゃ好きに生きていけるんだ」
「お前は足手まといなんだよ。この家から出て行ってくれ」

兄の突然の豹変に、宗吉はわけもわからず戸惑う。
「兄ちゃん、おいら、悪いことしたのなら謝るよ」
「ここに置いといてくれよ、追い出さないでくれよ」

兄弟の応酬は段々と激しくなる。
「足手まといだって言ってんだ、出て行け!」
宗太郎は、ぶつけるような怒鳴り声。
「やめておくれよ、ここにいさせてくれよ、兄ちゃん!」
宗吉は、必死に手繰り寄せるような叫び声。

「とっとと出てけ、お前さえいなきゃ!」
宗太郎の声は心を殺したままで。
部屋の闇は増すばかりで。
兄弟が築き上げてきた年月が、叩き壊されていく。
「兄ちゃん、なぁ、兄ちゃんー!」
引き裂かれるような慟哭が、舞台に響く。

遠い観客席から、私は肩震わせて見つめていた。
舞台では、宗吉が蹴り出されそうになりながら、全身で兄の足に縋りついている。
演じる将さんの目から、本物の滂沱の涙が流れているのが見えた。

兄弟の絆が瓦解した住まいに、お香さんと大黒屋の若旦那が訪れる。
居場所を失った宗吉に、お香さんは私と行きましょうと呼びかける。
他に頼る人もなく、宗吉はよろよろとついていく。
未練に引かれ、見えない目で兄を振り返りながら。

弟たちの姿が見えなくなった途端、宗太郎の顔がくしゃりと歪む。
「宗吉ぃ、勘弁してくれ」
「ああでも言わなきゃ、お前は俺と一緒にいるって聞かねえだろう…」
もう遠くなった弟に、涙声で呼びかける。
「どこにいても、兄ちゃん、お前を見守ってるからな」
「お前の作った曲が、千鳥の曲が、聞こえてきやがるよ…」

寄り添って生きてきた兄弟なのに。
幼い頃からの互いへの情けを、積み重ねてきたささやかな幸福を、自らの手で引き千切らねばならなかった。
その哀しみの深さに、幕が閉じた後も私はしばらく泣きっぱなしだった。

東京に戻り、観賞から一月近く経った今も。
劇団KAZUMAの「千鳥の曲」からいただいた心のさざめきが、ふと肌に蘇ることがある。

幼い兄弟の足音、林の薄暗がり、のぞきこんだ池の深み。
お芝居の向こうに、淡く浮かび続ける情景。
「なぁ兄ちゃん、その竹とんぼくれよ、その竹とんぼくれよ…」
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コメント

劇団KAZUMAの観劇リポート読んで涙が出ました。情景が目に浮かんでボタボタ出ました。最高の芝居を見ることは至福ですね。剣戟はる駒座もエンターテイナーです。トータルで魅せてくれます。大好きな劇団です。6月1日に梅田呉服座にKAZUMAを観に行きました。やっぱり最高でした。5月が柿落としで劇団九州男の大川良太郎。テレビ取材も数回あって、大入が139回出ました。KAZUMAがそのあとで苦戦しそうです。1日は7割くらいの入りでした。でも、座長以下皆さん元気いっぱいで、そこがこの劇団のいいところ。いつも元気をもらって帰ります。今度、都若丸を三吉に観に行ってくれませんか。レーザー光線を使った舞踊や楽しい芝居。副座長も芝居がうまいんです。リポートを読みたいです。よろしくお願いいたします。

いいリポートです。

劇団KAZUMAの観劇リポート読んで涙が出ました。情景が目に浮かんでボタボタ出ました。最高の芝居を見ることは至福ですね。剣戟はる駒座もエンターテイナーです。トータルで魅せてくれます。大好きな劇団です。6月1日に梅田呉服座にKAZUMAを観に行きました。やっぱり最高でした。5月が柿落としで劇団九州男の大川良太郎。テレビ取材も数回あって、大入が139回出ました。KAZUMAがそのあとで苦戦しそうです。1日は7割くらいの入りでした。でも、座長以下皆さん元気いっぱいで、そこがこの劇団のいいところ。いつも元気をもらって帰ります。今度、都若丸を三吉に観に行ってくれませんか。レーザー光線を使った舞踊や楽しい芝居。副座長も芝居がうまいんです。リポートを読みたいです。よろしくお願いいたします。

>浪速のファン様
"涙が出ました"とのお言葉、文を書く者にとっては何よりの贈り物です。
「千鳥の曲」、記事を書きながら私もまた泣いてしまいました。心の底に残る、宝物のようなお芝居です。

梅田呉服座での劇団KAZUMAの様子を教えていただき、ありがとうございます。好きな劇団の様子は常々気になっているので、大変嬉しいです。
皆さんが元気なら何よりです。お客さんを楽しませているKAZUMAの面々の明るい笑顔が浮かんできます。

都若丸さんの評判は聞いております。ぜひ行きたいと思っていたのですが、いかんせん住んでいるところから三吉が遠く…時間がなかなか作れないので残念ながら難しいそうです。
でも読みたいとおっしゃって下さったこと、心から嬉しいです。今後も一生懸命書いて参りますので!

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