剣戟はる駒座お芝居「桐の木」

2013.4.13 昼の部@篠原演芸場

<桐の木 桐の木 大きゅなれ
 大きくなったら はっちゃんの…>

いとけない歌声が、幕の向こう側からころんと転がって来る。
捨て子だったお初、通称はっちゃん(千晃丸子さん)。
歳は9つ。

一人の捨て子を巡る物語「桐の木」は、他の劇団さんでも観たことがあった。
子役のあどけなさ、愛らしさが光るお芝居だと、これまで思っていた。

丸子さんはそりゃあ愛らしかったけれど(お顔はもちろん、声が可愛いのだ声が!)。
お芝居の骨格になっていたのは、はっちゃんを巡る大人たちの意志のぶつかり合いだと見えた。
はっちゃんの将来を思うが故に、大の大人同士が怒り、泣き、互いの感情を吐露しあう。
そんな「大人の喧嘩」(この題の洋画がありましたね)に着目して観ていた今回。

第1の喧嘩: 小平(津川竜座長)と寅やん(不動倭さん)

写真・津川竜座長(4/13舞踊ショーより)


写真・不動倭さん(4/13舞踊ショーより)


小平「お前な、言うたらいかんで。捨てられとった子やて、近所の連中に絶対言うたらいかんで!」
寅やん「わかっとるけど、ついぽろりと…」

寒さ厳しい冬の夜。
家の前に捨てられていた赤ん坊を、育てることに決めた小平とお吉(晃大洋さん)の夫婦。

そもそも赤ん坊を見つけて夫婦を呼んだのは、小平の友人・寅やんだった。
寅やんは気のいい男だが、博打好きが祟って素寒貧…。
ついでに悪気はないが、口が軽いのが心配所。
「誰もこの子が私らの実の子やないなんて知らん。――ただ、一人を除いてはな」
お吉は寅やんに厳しい目を向け、寅やんはバツが悪そうに目を瞬かせる。

ため息一つ、小平が世話の焼ける友人のために懐から取り出したのは。
じゃらりじゃらり、金子の音。
「お前もなぁ、これを機に真面目に働け。博打はやめい」

小平の友情に感動する寅やん。
「わかったわ。わし、博打、やめるわ。博打は明日で最後にする!」
「なんで明日やるんや!今日で終わりやろ!」

ちょっと博打の誘惑に弱いものの、心にぽっと情け深さが灯っている寅やんは、倭さんが演じると実に自然。
一方で、クールで面倒見のいい小平は、竜座長が演じると実にしなやか。
この2人の友情は、「桐の木」全体の大きなキーになる。

第2の喧嘩: 小平とお吉

写真・晃大洋さん(4/13舞踊ショーより)


小平「あのお殿様、泣いとったんや。子供に会いたい、抱きしめてやりたい、それが親やろ」
お吉「私は絶対嫌や。たとえあんたと別れても、はっちゃんと離れるのは嫌や!」

9年の月日が経ち、賢く素直な子に成長したはっちゃん。
だが、はっちゃんを可愛がる小平の着物は、薄汚れて穴が開いている。
わりかし裕福だった小平の家は大きく傾いていたのだ。

「なんで、米の相場になんか手ぇ出したんや」
尋ねる寅やんに、小平は俯いて答える。
「――はっちゃんのため」

愛娘に良い暮らしをさせようと、無理をして田畑を担保にしたのがいけなかった。
あっという間に大損、暮らしはきつくなる一方だった。

そんな折、土地の旗本から出されたお触れから、思わぬ真実に行き当たる。
9年前、旗本の当主・中村新十郎(勝小虎さん)は家から勘当されていた。
恋人のお美沙(宝華弥寿さん)との間の赤ん坊も、貧困ゆえに育てる余裕がなく、捨てざるを得なかった。
だが新十郎が旗本を継ぐことになったため、その赤ん坊を探しているという。

はっちゃんは旗本の令嬢だったのだ!
慌てふためく小平とお吉夫婦の下へも、新十郎が視察にやってくる。

「この子は、歳は7つです、7つになります」
小平は必死に誤魔化し、娘を取り上げられまいとする。
だが、迷いもあった。
このまま自分が育てても、貧乏に苦労するばかり。
それより、旗本のお嬢様として良い暮らしをさせてやったほうが、はっちゃんのためなのではないか?

そんな小平の心を、徹底的に突き動かしたのは。
「勝手はわかっている。しかし、どうしても我が子に会って親子の名乗りがしたい。この手で抱きしめてやりたいのだ…」
新十郎の涙だった。

「こんな貧乏人の前で、あんな偉い人が涙流して…」
小平は、はっちゃんを新十郎に差し出す決意をする。

だが大反対したのが妻のお吉だ。
事態が分からず、きょとんとするはっちゃんを抱き寄せて叫ぶ。
「なんでや。9年育てたのは私らや、勝手に捨てといて!なんで今さらはっちゃんを取り上げられないかんの!」
「この子と離れるのは嫌や、嫌や!」
この場面の洋さんは体を震わせて、振り絞るように涙を流して。
慟哭のような声が、観客席に響き渡っていた。

だが、小平は断腸の思いで、寅やんに頼む。
「旗本屋敷へ行ってくれ。名乗り出て来てくれ!」
お吉は必死に取りすがる。
小平は自らの心を噛みつぶすように目を閉じている。
そして寅やんは、泣きそうな顔で(倭さんに泣きそうな顔されると観ているこちらの涙線も緩む)――旗本屋敷へ駆けて行った…。

第3の喧嘩: 小平・お吉夫婦と新十郎・お美沙夫婦

写真・勝小虎さん(4/13舞踊ショーより)


写真・宝華弥寿さん(4/13舞踊ショーより)


小平「梅雨はおむつがどうしても乾かなくて、暑い中火鉢を出して。一枚一枚、夫婦でおむつを火鉢の上にかざして、汗まみれになりながら乾かすんです」
新十郎「今まで、本当に苦労だった、すまなかった。この通りだ」
旗本当主の夫婦は、深々と頭を下げる。

この3つ目の喧嘩は、今までの2つとは違うかもしれない。
喧嘩と言うには、あまりに片一方に分がありすぎる。
愛娘を「返し」に来た小平とお吉が、新十郎とお美沙を前に語る、9年間の歳月に詰まりに詰まった子育ての苦労。
その愛情の深さ。

お吉は、はっちゃんが2歳になる前に高熱を出したことを、まるで昨日のことのように話す。
「はっちゃんが死んだら私も死ぬって思って。どうかはっちゃんを助けてください、助けてくださいって夜通し夫婦で祈ったんです」
小平は、かぶりを振りながら吐き出す。
「9年、9年…そりゃあ、苦労なんて一言じゃあ表せません」
「でも、はっちゃんのためやったら、苦労だなんて思ったことは一度もないです」

旗本夫婦は、ただ聞くしかない。
彼らは血の繋がったはっちゃんとの間に、空白の時間しかないのだから。

この場面は、舞台に溢れる感情の量が、あまりにも圧倒的で。
完全に小平・お吉夫婦に感情移入させる作りだった。
新十郎の「私の子はどこに?」というセリフが、観ていて胸に引っかかるくらい。
殿様の子じゃない、はっちゃんは小平とお吉の子だ!と、潤んだ視界の向こうに反論してしまうくらい。

そしてはっちゃんだって、今まで育ててくれた二親と離れるのは嫌に決まっている。
「はっちゃんは、きれいな着物なんか欲しくない。美味しい食べ物なんかいらない。お父ちゃんとお母ちゃんと一緒にいたい」
丸子さんが泣きながら訴える、声の健気さと言ったら!

けれど、小平が娘を無理にでも旗本の下へ行かせようとしたばっかりに。
衝撃の底に突き落とされるラストが待っていた(他の劇団さんで観た時はなかった)。

未見の方のために、詳しくは書かないけれど。
記しておけるのは、観終わった後しばらく立てず、両隣の観劇仲間と、
「あんまりだ…」
「そんなのあんまりだ…」
と、涙で赤くなった顔を見合わせたこと。
それから観劇後のカフェのテーブルでも、チョコレートをかじりながら、話題は「桐の木」に終始したこと。

大人の喧嘩。
ぶつかる心と心は、一人の少女に寄せられた各々の愛情が、深いゆえに、濃いゆえに。
悲劇の幕が閉じる直前、舞台の上の大人たちを少女の声が包み込む。

<桐の木 桐の木 大きゅなれ
 大きくなったら はっちゃんの…>
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