剣戟はる駒座お芝居「八幡祭 江戸の朱月」②津川竜座長の新助役

2013.4.7夜の部@篠原演芸場

“新助さん”
芸妓のために田畑を売った、哀れな名前。
“新助さん”
包丁を玩具のように振り回す、怖い怖い名前。
幕が降りた後、耳の奥にまだ残っているのは、美代吉が新助を呼ぶ声だ。
鶫汀さんの女形特有の、歌うような高音。

それから脳裏に蘇る、”新助さん”の崩れた般若顔。

写真・津川竜座長(4/7舞踊ショーより)

こんなに美麗な竜座長の、恐ろしい表情を観たものです…

縮屋の新助は、越後から江戸へ行商に来ている。
真面目で清廉潔白、八幡祭にいくら誘われても、
「故郷の母が私の帰りを今か今かと待っておりますので、私は祭を待たずに帰ります」

でも、行商中の家の窓の外を、通りかかる小舟がある。
船の中から、艶やかに笑いかける紅色がある。
「ねえ新助さん、きっとあたしを訪ねておくれよ」
「明日の祭、あたしも出るんだよ。見てくれないのかい?」
美代吉の色香にころりと当てられたのが、新助の運の尽きだった。

胸ときめかせ、いそいそと美代吉の家を訪ねる。
けれど、焦がれる芸妓は失望の表情をしていた。
「百両…百両の借金が返せないと、あたしは祭に出られないんだよ。美代吉姐さんもこれで終わりさ」
好きな人が打ちひしがれているのを目にして。
新助は、緊張に震えながらも、口に出してしまった。
思いきった未来に手をかけてしまった。

「私が、私がその百両を払うことができたら」
「美代吉姐さんと一緒に暮らしてもいいですか」
「故郷の母をここに呼んでもいいですか」

観ていて胸がきりきりしていた。
観客側にははっきり見て取れるように、鶫汀さんが演じていたからだ。
美代吉の顔に浮かぶ、欺瞞の色。
「ああ…いいよ。もちろんじゃないか」
快諾の声に滲む、明白な裏切りの色。
「本当ですか!ああ…よかった。約束ですよ」
冷たい舞台の上で、竜座長演じる新助一人が道化だ。

それから新助は、百両をかき集めに外に出て。
金策の果て、袖に小判をざらざら詰め込んで、美代吉の下に戻って来たときには、すっかり事態は変わっていた。

「もうそのお金はねぇ、要らないんだよ」

新助が金策に出ている間に、贔屓の若旦那が百両を届けさせたのだ。
新助の汗にまみれた百両は、不要になってしまった。
「一両も使ってないんだからいいだろ。お金、持って帰っとくれ」
さすがにバツが悪いのか、目を合わせずに言い捨てる美代吉。

でも、新助は。

――「帰る家が、ありません……!」

慟哭になる直前、ぎりぎりの正気で踏みとどまっている声音。
竜座長の白い顔を覆う掌がおもむろに下がり、血走った目が覗く。

それから新助は語る。
越後の商売仲間に頭を下げ、借りられるだけのお金を借りたこと。
故郷の田畑まで、先祖に胸中で手を合わせて売り払ったこと。
美代吉の口約束を信じて、愚直な男は全てを犠牲にしてしまったのだ。

「約束を、守ってくださいよ」
「私は約束を守りました、今度は美代吉姐さんが、約束を守ってください」

ここの竜座長のセリフ回しは、段々舌がもつれていく。
新助の心がよろけていくように。
そこへ、美代吉のとどめの一言。

「約束約束って、しつこいねぇ。これだから田舎者は嫌なんだ!」

――観客が次に新助を見るのは、あくる夜の八幡祭の場面だ。
行き違う人々の手を、はらりと掴む腕がある。

「あの女は、うそつきだ」
「江戸っ子は、みぃんな、うそつきだ」

既に目の焦点合わず、虚空に話しかける、くにゃりと歪んだ笑顔の新助さん。
時折、「きぇーっ」とも「ひぃーっ」とも聞きとれる奇声を発する。

いわゆる「狂人」というのが出てくるお芝居は、初めて観たけれど。
竜座長の狂気の演技は、客席の私を凍りつかせるのに十分だった。
観たら怖い、でも観るのをやめられない、ホラー映画を怖々指の隙間から覗く感覚。

クライマックスは、包丁を手に美代吉を追い回す新助。
美代吉は必死に逃げようとするも、足がもつれてずるずると地を滑る。
鶫汀さんの「滑る」演技が、観ていてあんまり恐ろしいのだ!
すぐそこに包丁を振りかざした相手がいるのに、思うように進まない。
「来ないで、来ないで」
焦燥、恐怖、下駄を投げつけて這いずって逃げる。

けれど遂に、捕まった美代吉は血に染まり。
江戸の空に朱い月が昇る。
新助さんのタガの外れた笑い声と、瞳孔の開いた瞳を観客に見せつけて終演。

終わった後も、まだ心臓がばくばくとうるさくて。
せっかく竜座長と鶫汀さんが、芝居とは打って変わって仲良く口上挨拶しているというのに、なかなか入っていけない…。

でも竜座長が、このお芝居の基になった河竹黙阿弥さんの「八幡祭小望月賑(はちまんまつりよみやのにぎわい)」を紹介していたので、早速図書館で探して読んでみました。
それによれば、通称「縮屋新助」ともいうそう。

縮屋新助。
“新助さん”
通勤電車の中でページをめくっていても、時折思い出してぞくり。
はる駒歌舞伎が魅せてくれた夜は、底知れない朱いとばりの向こう側。
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