剣戟はる駒座お芝居「河内十人斬り」②津川竜座長の弥五郎役

2013.3.9 夜の部@浅草木馬館

「兄やん、そんな危ないとこ、行かんとって!」

妹の泣き声と、兄の耐え忍ぶ表情と。
仇討ちの決行前、弥五郎がたった一人の妹・おやな(宝華紗宮子さん)に別れを告げる場面。
ここでは、全幕中で最も甘やかな兄妹の情が前面に押し出される。

写真・津川竜座長(3/24舞踊ショーより)


場面冒頭から、弥五郎は何かを堪えているような風情だ。
妹の奉公先の大阪まで行き、妹を呼び出しても、視線は落ち着かずにあっちを見たりこっちを見たり。

手土産の着物を渡すと、おやなは無邪気に喜ぶ。
「うわぁ、きれいな着物!これ、誰の?」
「阿呆、お前のやないかい」
「うちの!ええの?」
金の無心ばかりしてきたやくざな兄とは思えない、贈りものなぞして。
もうすぐ自分は、兄貴分のために死にに行くのだ。

弥五郎は九州の炭鉱に働きに行くと嘘をついた。
どこにあるかも知らない"きゅうしゅう"という遠い地。
炭鉱で事故でも起きたら死んでしまうと、おやなは不安に目を潤ませる。

「兄やんが死んだら、私は誰を頼りにしたらええの」
「お酒は、なんぼでも飲んでええ。遊びたいんやったら、私のお給金、みんなあげる」
「だからそんな危ないとこ、行かんとって」

鈴が鳴るような声、とは言うけれど。
宝華紗宮子さんの声は、もっとか細く、もっと切なく、吐息のように消え入りそうだ。
その声に、観ているこちらの胸は引き絞られて、締めつけられて。

「なあ兄やん、行かんとって」

おやなの瞳から涙の粒がころんと落ちれば、呼応するように観客席も涙、涙。
私も当然泣いてたけれども、隣の観劇仲間も前のご婦人連れも、ハンカチを取り出していた。

一方弥五郎は、妹の泣き顔を見ようとはしない。
ただ耐えるようにじっと地を見つめ、眉を寄せている。

沈黙の後、弥五郎はおやなに背を向ける。
感情を押さえた声で語り出す。

「お前、俺のことより自分のこと心配せい」
「そろそろ年頃やろ。好きな人の一人くらいおるんやろ」
「お前が誰と一緒になっても、文句言えるような立場やないけどな――」

ここだ。
次の一言だ。
竜座長、くるり振り向き、伏せていた目をかっと開いて見得を切る。

「やくざの亭主だけは、持つんやないで…!」

ずっと押さえていた心の蓋が開いて、弥五郎の悲哀と愛情が放出する。
親代わりとなって育てた妹。
たった一人の肉親と、永久の別れ。
舞台から鮮烈な悲しみが飛散して、胸を抉られる。

兄妹の温もりは、ともすれば殺伐となりがちな復讐劇の中で、あまりにも優しく美しい。

弥五郎は全編通して、ひたすら熊太郎への忠義と慕情あふれる弟分として描かれる。
心弱さが端々に見える熊太郎に対して、弥五郎はちょっと理想の渡世人っぽく見えていたんだけれど。

「あのな、兄やんな、ちょっと遠いとこへ行って来るわ」

この妹との別れの場面が、弥五郎というキャラクターの深みを一瞬で増してくれた。

それに、観劇仲間が帰り際に話してくれた面白い考察。
弥五郎が熊太郎をあれだけ慕うのも、妹と二人っきりで生きてきたことに起因するのではないかと。
「親のない兄妹で、弥五郎はずっと妹を守らなきゃいけない立場だったから、初めて"兄貴"っていう自分より頼れる存在ができたことが、ものすごく嬉しかったんじゃないかなあ?」
成程!

熊太郎と弥五郎。
小虎さんと竜座長。
この組み合わせじゃないと決して見られなかった、出会えなかったキャラクター。

<借りは必ず二人で返す~>
通勤電車に揺られ、浪曲の河内十人斬りを聴きながら。
心の中に当分滞在しそうな二人です。
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コメント

堪能しました。臨場感溢れるリポートありがとうございます。いつも更新を待ちわびているブログはこれだけです。大衆演劇を知ってまだ半年ですが、何故もっと早く知らなかったのか悔しくてなりません。この魅力を伝えてください。私にはできませんので。

>浪速のおっさん様
記事を楽しんでいただけて、とてもとても嬉しいです!
私も歴史の浅いファンですが、日々大衆演劇の魅力は増すばかりです。あの夢舞台の楽しさを、足りない言葉ですが一生懸命語っていきますので、またいらしてくださいませ。
本当に感謝の思いでいっぱいですv-252

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