剣戟はる駒座お芝居「河内十人斬り」①勝小虎さんの熊太郎役

2013.3.9 夜の部@浅草木馬館

クライマックスは圧倒的な「飢え」の情景だった。

熊太郎(勝小虎さん)と弥五郎(津川竜座長)。
警察に追われ三日間食べていない兄弟分は、村人の情けで白米にありついて。
割り箸を口で割るが早いか、一心不乱に白米をかきこむ。
舞台に広がる、はぐ、はぐという咀嚼音。

でも、この直後。

「俺はもう腹一杯や、お前が食え」
「茶碗一杯で何が腹いっぱいなもんか、お前が食え」
「お前が食えと言うとるのに」
「要らんわ、一気に食べたら腹ぱーんと張ってしもうた」

たった一杯残った米を、相手に譲り合う。
やがて竜座長演じる弥五郎が、しびれを切らしたように、
「兄弟やからな、何でも半分こや。この米も半分こしよ」
と、米を半分ずつ茶碗によそう。

前置き長くなりましたが、剣戟はる駒座の「河内十人斬り」。
ミニショーなしで、前後半に休憩を挟みつつ演じられた、スケールの大きなお芝居。
胸をずがぁんとやられた。
肌がぶるっ!と震えた。
仕事に忙殺されて、記事書くのが随分遅くなってしまったけどようやく書ける!

写真・勝小虎さん(3/24舞踊ショーより)
3/9当日はデジカメを忘れてしまったため別の日のショーから…


物語の軸は二つ。
一つは、小虎さん演じる熊太郎の、どん底まで打ちのめされた後の仇討ち。
二つ目は、竜座長演じる弟分・弥五郎の、切っても切れぬ慕情の強さ。
今回の記事は、まず一つ目。

序盤、博打打ちの熊太郎の生き様はあまりに悲惨だ。
「こんな貧乏な男とわかってたら、娘を嫁にやるんじゃあなかったわ!」
妻のおぬい(千晃ららさん)・義母のおかく(晃大洋さん)に徹底的にないがしろにされ、甲斐性なしと馬鹿にされている。
熊太郎の留守中、おぬいは松永一家の次男坊・寅次郎(津川隼さん)といい仲に。
熊太郎は怒って松永一家に乗り込むものの、多勢に無勢。
松永一家の長男・傅次郎(不動倭さん)を筆頭に、寄ってたかって痛めつけられ、踏みつけられ、さらには貸したお金の証文を破られる。

この場面で辛いのは、熊太郎の「真摯さ」と周囲の「嗤い」の差。
「何すんのや、大事な証文を!」
破られた証文の破片を必死に掻き集める熊太郎。
それを囲んでげらげら嗤う松永兄弟。
おぬいやおかくまで、一緒になって嗤うのだ。
熊太郎というキャラクターがどこか心弱さを感じさせるだけに、この場面は観ているこっちが痛々しくて苦しくて。

血まみれで道に転がされた熊太郎の、慟哭の一言。
「わしは、悔しいんじゃ…!」
矜持をずたずたにされる痛みが、舞台にぎりぎり揉みこまれるような。
もうこれは、どんな復讐を誓っても仕方ないと思わせる、凄絶な場面だった。

小虎さんのお芝居が、私はものすごく好きなので、この辺で既に鳥肌。
実は初鑑賞の「秋葉の宗太」のときから、小虎さんはぐいぐい来ていた(このときはむごさを感じるほどの悪役だった)。

なんと言うか、動作一つ、セリフ一言に、生の感情が満ち満ちている気がする。
たとえば、熊太郎の弟分の弥五郎が、松永一家に乗り込んで兄貴の仇を取って来ると行き勇むのを制止する場面。
憤りの眼差しで、指を固く握り締めて、このセリフ。

「それでは、わしの男が立たんのじゃ…!」

―それでは、わしのおとこがたたん―
おおお、耳に残る。
歯ぎしりまで聞こえてきそうな怨嗟の声が、しばらく鼓膜に宿る。
この「生」感が、舞台にじっとりと熱をもたらす。
「河内十人斬り」の随所随所に現れる生々しさは、小虎さんならではのものだったと思うのです。

熊太郎と弥五郎は一年近くの辛抱の後、松永一家を奇襲し、遂に仇討に成功する。
けれど物語はここからが見せ場だった。

警察に追われる二人は、山に隠れ忍ぶ。
二人に味方する村人(勝龍治さん)の差し入れた白米。
飢えた兄弟が、これをがつがつと食べる。
セリフも音楽もなく、ただ舞台の上で白米を食べる。

「こんな美味いもの、食ったのは生まれて初めてじゃ…!」
熊太郎の噛みしめるような一言。
「何を言うとるんじゃ」
と弥五郎に苦笑混じりに言われても、涙を流して米を掻きこむ。
熊太郎が飢えていたのは、きっと腹だけではなく。
誇りと、仁義と、温もりと。
全てを奪われ尽くした人間にとって、最期の最期に弟分と半分こした飯の味はどんなに染みたろう。

ラスト、熊太郎は仇討を「もうええ」と言う。
弥五郎は、討ち損ねた寅次郎を殺すまでは兄貴はなんとしても生き延びて、そのために村人を手に掛けてでも山を突破しようと主張するのだけど。
それを撃ってまで止めて、熊太郎は告げる。

「お世話になった村人を殺す、それだけはしたらいけん。それより、もうここで二人で死のう」

熊太郎は、一人で仇討ちをするよりも、弥五郎と死にたかったのではないか。
弥五郎がいてくれたことで、熊太郎の「飢え」は満たされたのではないか?
そんな風に思いながら、兄弟の自決の場面を見つめていた。
「兄貴!聴こえるか。河内音頭じゃ。聴こえるか。兄貴…」
村祭りの河内音頭の幻の中、兄弟の最期。

打ち木の音とともに幕が引かれても、しばらく客席から立てずにいた。
骨の太い、大きな、お芝居に呑まれていた。

観てから2週間以上が経過する今も、その余韻はふと甦ることがあって。
そんなときは、劇中でも使われていた「河内十人斬り」の浪曲をひたすら聴く。
あの忘れがたい舞台に心を引き戻す。

次の記事はもう一人の主人公・弥五郎の話。
竜座長は私と観劇仲間の涙を絞り取っていきました。
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追記です。他の方のコメントを見ますと同感だったのはレポートにすごい筆力を感じること。KAZUMAの生首仁義やはる駒座の七福神と河内10人斬りは見たことがありますが、素晴らしいレポートです。お願いになりますが、観客の感じ方はどうでしょうか。関東関西の違いとか。よろしくお願いします。

> 浪速のおっさん 様
コメントありがとうございます!もう、お言葉の一つ一つが励みになりました。
KAZUMAの「生首仁義」、はる駒座の「七福神」「河内十人斬り」…どれも素晴らしいお芝居ですよね。
それぞれの役者さんたちの演技の見事なこと!
舞台から受ける感動が大きすぎて筆の力が追いつかず、PCの前でああでもないこうでもないと首をひねりひねり書いております。
なので、同じお芝居をご覧になった方に拙文を気に入っていただけて、本当に嬉しさいっぱいです。

関西で観劇したのは山口・香川・尼崎のKAZUMA遠征くらいですので、全然正確なことは言えませんが…
山口のくだまつ健康パーク・香川の四国健康村では、常連のお客さんが心から役者さんに親しみを感じているのが伝わってきました。
東京の劇場だと、役者さんの見せ場にはどなたかのきれいなハンチョウに続けて拍手が起こる流れが多いですが、むしろ「愛ちゃん!」「真ちゃーん!」という歓声があちらこちらから自然に湧いていました。
お客さん同士もとても親しげでした。

これからも頑張って更新していきますv-22

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