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おもちゃ劇団お芝居『遠州しぶき』 ―巻き戻る時間― (澤村千夜座長・要正大さん・颯天蓮さんゲスト)

2018.8.20 夜@梅南座

数十年前に放してしまった手が、帰ってくる。

「歌舞伎役者になぞらえて、付けた名前が菊之助」
「遠州灘の浜辺、あたしは菊之助の手を引いて、お登勢を背負って」
「お登勢をおっかさんに預けに行って戻ってみると、もう菊之助の姿はどこにもなかった」

3日前に梅南座で観てきた『遠州しぶき』は、生き別れになった姉弟の人生を語る――というか“つぶやく”ようなお芝居だった。
体の底の悲しみは大きな声では語れない。


姉・おしん役(市川恵子太夫元)

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弟・菊之助役(ゲスト 澤村千夜座長)

旅芝居がじっと客席を見つめて、“語ろうとする何か”がある。それは誰の記憶だろう。お芝居を作った人の心象風景なのか、もしくはもっと古い元ネタがあるんだろうか…。
『遠州しぶき』のあちこちに差し込まれた仕掛けを見ると、この芝居を作った人はどんな人だったんだろうと思わずにいられなかった。

※ここから下、ラストシーンまでがっつりネタバレしているので避けたい方はご注意ください。

【全配役】
おしん 市川恵子太夫元
菊之助 ゲスト・澤村千夜座長
お登勢 市川ななみさん
銀次 ゲスト・颯天蓮さん
大五郎 高羽ひろきさん
大五郎の身内 三好かずやさん
大五郎の身内 ゲスト・蘭竜華さん
金兵衛 ゲスト・要正大さん


◆「優しそうな顔をしているのに」
姉のおしんと妹のお登勢、それに若い衆の銀次、3人だけの役人一家。おしんたちは、百両首の大盗人・夕霧菊之助の捕り親に任命された。
冒頭でななみさん演じるお登勢が夕霧菊之助の人相書きを見ながら、ぽつり言う。
「この人、そんなに悪いことしたの?優しそうな顔をしているのに」
聞いたときも心の通った良いセリフだなあ…と思ったけど、本当の意味はあとで分かった。

おしんとお登勢の間には、幼い頃に行き方知れずになった弟がいる。それが実は夕霧菊之助だということが、途中で明かされる。
家族で遠州灘を訪れたとき、おしんが手を放したわずかな間にいなくなってしまった菊之助。そのときお登勢はまだ赤ん坊だったというから、兄の顔を覚えていない。
“優しそうな顔”
兄だと知らず、それでもお登勢の無邪気は何かを感じ取っていたのだなぁと思い当たると、冒頭のセリフの切なさがじわじわ効いてきた。

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妹・お登勢役の市川ななみさん。終始、懸命な演技だった。


◆「生きていてくれれば」と「飯は済んだのかい」
見せ場の一つは、中盤、菊之助が姉妹の家を訪れる場面。弟だとは名乗らないまま、ためらいがちに、おしんに問いかける。
「お前さんの弟がもし生きていて、盗人になっていたらどうするんです」
てっきり、おしんは、役人としての職務と弟への情の間で葛藤するセリフを言うんだと予想していた。だから、次の恵子さんのセリフには圧倒された。
「弟が生きて帰ってきてくれたなら、たとえどんな姿でも生きて帰ってくれさえすれば…、生きて…。そうしたなら、両の腕(かいな)でしっかりと抱きしめてやります…」
繰り返される“生きて”の三音が耳に残る。どんな生き方をしていてもいい、生きてさえいてくれれば――と弟を待ち続けた、祈りの歳月が浮かんでくる。

このセリフを言う恵子さんは、私の座っていた7列目からでもはっきり分かるくらい、目が潤んでいた。小柄な体の中に、重ね重ねた弟への思いが透けて見えるおしんだった。

そして、弟を見失ったことを悔やみ続けてきたおしんの人生が明かされるにつれ、若い衆として一家にいる、銀次という男(蓮さん)の意味付けが違ってくる。多分だけど、銀次は弟の穴埋めとしての機能を持っているのじゃないか。 
と思ったのは、銀次がライバルの大五郎一家の嫌がらせに怒って飛び出そうとするのを、おしんが止めるシーン。
「はやるばかりが役人じゃない、我慢も道具の一つだよ。(表情を和らげて)…銀次、お前飯は済んだのかい」
「へえ、いただきました」
“飯は済んだのかい”は、もちろん親方としての純粋な労わりなんだけれども。この一言のトーンがとても優しくて、ふと血のつながりは何もない銀次が一家にいる理由を想像した。銀次は、弟に注ぐはずだった愛情の受け皿にもなっているのじゃないか…。

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銀次役のゲスト 颯天蓮さん。高身長美女!

後半ではおしん、菊之助、お登勢の三姉弟が揃った場に銀次が駆け込んでくるシーンがある。実の弟が戻って来た場では、逆に銀次が入って来た途端、他人であることが浮き彫りになっていた。


◆戻っていく時間
そして恵子さん・千夜さん二人によるラストシーンは、きっともう忘れられないと思う。
遠州灘で盗人の一味にさらわれ、どうにもならない事情で盗人にならざるを得なかったという菊之助。最後は姉と妹の窮状を救うため、自分の首にかかった百両を与えようと、自ら捕らえられる。声を上げるのはお登勢。
「夕霧菊之助、きりきり立―てー!」
あどけない、ななみさんの声なのが余計に悲しい。
捕り縄の先はおしんが握る。菊之助は手をくくられたまま戸の外に出て、懐かしく語り始める。
「思い出すなぁ、優しい姉さんと可愛い妹、一緒に行った遠州灘」
舞台の左端に立つ千夜さんは、視線を遠くにやっている。笑みを浮かべたまま、ゆったり噛みしめるような口調。

「しずくがかかって、冷てぇなぁ…」

――これはなんてセリフだろう、“冷たい”。
波の音が聞こえるとか、目に浮かぶとかじゃなく。

熱い冷たいは肉体の感覚だ。どこか楽しげに遠くに語りかけている菊之助は、昔を思い出しているのじゃなく、その体ごともうとっくに子ども時代に帰っているということが、“冷たい”の一言で、矢を射る勢いで迫ってくる。

弟の言葉にハッと突かれて、捕り縄を握るおしんの手が動く。ぐるぐると手繰り寄せ、長い縄が短くなっていく。自然、菊之助が戸の中に引っ張られるような形になり、おしんに近づく。
ぐるぐる、ぐるぐる。
ピンと張られた白い縄が、観客の前で巻き戻されていく。
ぐるぐる、ぐるぐる。
姉弟の何十年もの時間が、巻き戻っていく。

やがて姉弟の体が触れ合う。でもおしんは鳥目なので、夜になると物が見えない。(冒頭で出てきた鳥目の病という設定はここで効くんだ!と感動した)
おしんは見えないながらも、真っ先に弟の手を握る。左右の手を重ね合わせて、自分の小さな掌で包む。
“あたしは菊之助の手を引いて”
幼い日に遠州灘で放してしまった手。今、数十年を経て帰ってきた手。
重なった手にじっと目を凝らして、それからようやく弟の顔を見上げるのだ。

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ラストショーより。恵子太夫元と千夜座長の相舞踊。

送り出しで、このお芝居について伺おうと恵子さんを探したけど出てらっしゃらなかった…撃沈💦

『遠州しぶき』は色々な劇団さんで演じられているようだし、大衆演劇には類似の兄弟もののお芝居が多い。
でも、それぞれの役に演者の技術と心が丁寧に染み通るとき、初めて、芝居の根っこの何かが動き出すのかもしれない。

“生きて帰って来てくれれば…生きて…”

これは誰の記憶だろう。
物語にしか託せなかった、いつか誰かの悲しみや祈りが、まだ芝居の中に眠っている。

【おもちゃ劇団 今後の公演先】
8月 梅南座(大阪府)
9月 高槻千鳥劇場(大阪府)

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