ふるさとの春 ―“一般家庭出身”の役者さんのこと―

息子さんが、娘さんが。
大衆演劇の役者になって良かったと思ってくれるでしょうか。


「今日、○○くんのお父さんとお母さん、観に来てるでしょう。ほら、あそこに親戚で固まって座ってる…」
隣の人の話し声でそちらを見れば、本当だ、最前列に親戚一同。ある役者さんが舞台に登場するたび、大きな拍手を送っている。本人は照れくさそうにはにかんでいた。個人舞踊の最中、ご家族から贈り物を受け取るときには、家族を包むような拍手が起きた。

大衆演劇の役者さんに一番多いのは、親が役者だったので子役の頃から舞台に立っているという人。特に座長さんはほとんど役者家系だ。
でも中には、まったく役者の血筋でなく、入門という形でこの世界に入ってくる役者さんがいる。中学卒業したて、まだあどけない顔の少年少女もいれば。職歴を経て、30代後半で初舞台にトライという伝記でも書けそうな経歴の人もいる。

私の大衆演劇ライフのきっかけだった柚姫将副座長(劇団KAZUMA)も、19歳で入団するまで舞台とは無縁だったそう。口上などで時折熊本のご家族のことを話題に出しているくらい、ご家族仲はよさそうだ。とはいえ、将さんが「旅役者になる」って言ったときは、ご両親はびっくりされたんじゃないかな…


柚姫将副座長。役者生活も15年になられるのかな。芝居にまっすぐな心根がにじんでいる。

なんせ休日はほぼない。夜は遅い。生活は不規則。地元には滅多に帰って来られない。そして毎月住所が変わる。
今、役者を志す若い人には、もともと親御さんが大衆演劇ファンで、親と一緒に小さい頃から観ていたという場合が多いみたいだけど。それでも自分の息子さん・娘さんが舞台に立つとなったら、話は趣味じゃ収まらない。
だって、もし私の親戚の子が役者をやりたがったらと想像すると、やっぱり軽いノリでやりなよ~とは言えない。相当な覚悟が必要だ。

ずいぶん前にセンターで出会った、仲良しのお母さんと中学生の娘さんを思い出す。母娘そろって目を輝かせて舞台を観ていた。
数か月後、娘さんは中学を卒業した後、劇団に入団したという。共通の知り合いの方が教えてくれた。
「もうお母さんな、娘が心配で毎日泣いとるんよ。最初のうちは里心がついてしまうからって家族に連絡もせんようにしとるらしくて、あの子が元気なのかもわからんし」
あの元気でチャーミングなお母さんが、そんなに憔悴しているなんて…。
「お母さんを気晴らしさせよと思って、ほかの劇団を観に連れて行っても、舞踊ショーで曲がかかると『この曲、あの子が好きやった…』ってまた泣く。故人か!(笑) 死んだのとちゃうやろ!(笑)」
話してくれた方は笑い飛ばしながらも、お母さんへの気づかいを言葉の端々にのぞかせた。

15年間育てた娘が、たった一人で他人だらけの所へ行く。しかもかなり独特な世界へ。子どもが自分で決めたこととはいえ、心配で胸がつぶれそうになっている親御さんがいても無理はない。
劇場でも時々、見かける光景だ。ある10代の女優さんの誕生日公演、彼女のお母さんは花道に立つ娘をじっと見ていた。お母さんの席の真横を通って後方へ行っても、体ごと振り返って食い入るように見ていた。

血縁以外にも、地元の先生・先輩・友達。どの役者さんにも、舞台に上がる前に毎日顔を合わせていた人たちがいる。
周囲に役者になると話すと、え、そもそも大衆演劇って何…?とハテナを浮かべられたりしたかもしれない。
親しい人みんなと離れて、今日から役者――となった途端、彼・彼女を囲む面々はガラリと変わる。

まず、劇団の仲間と24時間一緒の生活になる。集団生活が苦手な身には想像だけでなかなかストレスフル(汗)
だから入団した座員さんを大事にしている座長さんを見ると、客としてもホッとする。座員さんが未成年なら、なおさら。
ある座長さんは「ご家族からお預かりしているわけですから」と、礼節を崩さない口調で語っていた。

そして役者仲間の次に顔を見ることになるのは、私たちお客さんなのだろう。昼の部、夜の部、お出迎え、送り出し――客席の無数の顔と出会う生活になる。

その中に時々、冷たいものが飛び込んでくる。
『このアカウント、どこの誰か全くわかりません』
先日、SNSに若い役者さんの訴えが回ってきた。自分の“彼女”を名乗る誰かが色々放言しているが、成りすましであり、やめてほしいという内容だった。

大衆演劇の距離の近さがそうさせるのか、SNSや掲示板では火のない所にも煙が立ちまくっている。恋愛の噂。素行の噂。
特に陰惨なのは、人気の男優さんと親しくしているという理由で女優さんを攻撃する言葉。
燃料はなんだろう。嫉妬。独占欲。好きが行き過ぎた恨み?

インターネットは繋がっている。彼・彼女の実家のPCや、地元の友達のスマホにも。
ふとあの子は元気でやってるんだろうかと検索して、懐かしい顔が匿名の罵詈雑言の下敷きになっているのを目の当たりにしてしまうとき。
その胸をえぐっているのは誰。
その悲憤を握りつぶしているのは誰。

どんな事情があっても。
舞台に乗っている一人残らず、無遠慮な言葉で刺されていいとは思わない。
踊る手足も、芝居でセリフを言う声も、いっぺんに優しい印象になる笑い顔も、これまで何年もかけて大勢の人が育んだもの。
たまの里帰りを心待ちにしている誰かがいる。
その背中に積もった長い時間を思えば、おもちゃのように消費されていいはずがない。
舞台の下の私たちと同じように。

昔ながらの大衆演劇の歴史から見ると、ずいぶん甘い考えかもしれない。家族や友達の温もりを離れて、座長に厳しくしごかれ、客の悪口もバネにしてこそ役者…旧来、芸の世界はそういうところだったかもしれない。
実際、昭和の名優たちのインタビューを読むと、民主主義や人権すら時には無視されるような環境で自身を磨いてきた人もいる。それが結果的に強い芸を育ててきた面は否めない。

でも、世は平成29年。楽屋も社会と一緒に時間を刻んでいる。日々、現代のお客さんの共感を得る舞台を作ろうとしている。座員さんが極端に恐縮せず、のびのび精進している舞台は観ていて気持ちがいい。

そういう意味で惹かれるのは澤村紀久二郎総座長(千代丸劇団)だ。
お弟子さんの澤村千夜座長(劇団天華)澤村玄武座長(劇団王座)澤村慎太郎座長(澤村慎太郎劇団)を舞台経験のないところから育てて、結果的にみんな座長にしている。信じがたい教育力だと思う。

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澤村紀久二郎総座長。とらえどころのない、ふわっと浮力のある踊り方。

昨年10月の千夜座長誕生日公演にゲストでいらした。役どころは弟子である千夜座長の影武者役(!)。
「稽古してるうちにうまく乗せられて、気づいたら影武者に(笑)」とニコニコしていらした。当然ながら師匠としては厳しい方だと聞くけれど、偉ぶらない姿が大らかで温かかった。

やっぱり私は、一般の家庭に育って、普通の学校を出た役者さんも可能性を試していける、平成の大衆演劇であってほしい。次代の芸がそこから生まれていくのだから。
15歳で入団した娘さん。最近、ネットで舞台姿の写真を見かけた。すっかり艶のある女優さんに成長していた。

「ブログ、読んでいます」
ごくまれにだが、役者さんのご家族から思いがけない言葉をかけていただくことがある。
息子さんが、娘さんが。
教え子が、後輩が、友達が。
大衆演劇の役者になって良かったと思ってくれるでしょうか?
一大衆演劇ファンの私は、本当に良かったです。唯一無二のその人の舞台に出会えて、嬉しいです。
彼・彼女を送り出してくれて、ありがとうございました。

ume3 - コピー

ご近所の梅も満開で、今日から3月。中学校の卒業式が終わる頃から、今年もまた新しくこの世界に入ってくる役者さんがいるのだろう。
彼らのふるさとでは、旅立つ前にご家族で揃って出かけたりしているかもしれない。はたまた、友人の誰かが大衆演劇って何…?と思っているかもしれない。
どうか伝わるといい。広まるといい。

芝居。舞踊。物語。汗。パッと咲く笑顔。
あなたの大切な人の選んだ、大衆演劇役者という職業は。
私たち大勢に、かけがえのない希望を与えてくれる仕事です。

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