劇団天華お芝居『素浪人日和』―冷たい記憶―

2017.1.8 夜の部@池田呉服座

『素浪人日和』は、多くの劇団さんで演じられている演目らしい。いつ、誰がこの芝居を立てたんだろう。あのラストシーンは、誰の記憶なんだろう?
芝居はほのぼのとした物語の最後に、さらりと冷徹な絵を差し出す。

※今回はがっつりお芝居のラストに言及しています。未見でネタバレ嫌な方はご注意ください!


喜多川志保さん

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澤村千夜座長

『素浪人日和』ってのんびりした題名からして、まったり楽しめるお芝居かなと思いつつ、大阪遠征中に池田呉服座へ向かった。
実際、笑いどころが多くて楽しかった。主人公の素浪人(千夜座長)は、馴染みの芸者・千代香(澤村丞弥さん)と、田舎から出てきた千代香の母(喜多川志保さん)のため、悪者から50両を取り返してやる。お金が戻れば千代香を嫁にもらうという条件で。こういう筋立てのお芝居はたいてい、主人公が悪者を倒してヒロインとうまいことくっついて終わり…。

――と、なっただろう。
もし主人公の素浪人が、耳が聞こえるキャラクターだったなら。

悪者を倒し、事が終わったラスト数分、芝居が変質する。
――バカにしたのか?
千夜さん演じる“おし”の素浪人は、身振り手振りで激昂する。母親に付き添っていた清さん(澤村悠介さん)が、実は千代香のいいなずけだと伝えられたためだ。

中盤、素浪人が千代香に“俺の嫁になれ”と手話で伝えるシーンがあった。戸惑う千代香を押し切ったのは母親だった。
「千代香、わかったと言っておけ」
「でも、おっかさん」
「とにかく盗られた50両を取り返してもらわにゃ。それから後のことはどうにでもなる」
それもそうか、と千代香と清さんも頷く。目の前で大声で交わされている内容は、素浪人にはわからない。
「先生、わかったわ、先生のお嫁さんになります。だからお願いします」
千代香が手話付きで伝えると、喜色を浮かべて任せておけと笑う。

でもそれは嘘だった。騙された。
怒りのあまり刀を抜く素浪人。すると、母親が千代香の前に飛び出して土下座する。
「申し訳ありませんでした、どうかお許しを」
地に伏せる志保さんの体。握った刀を震わせる千夜さんの体。二人の姿がシンボルめいて舞台から浮き上がる。

母親には決して悪意があったわけじゃなかった。ただ必死だったのだ。盗られた50両は、貧しさゆえに売った千代香を身請けするための金だったから。江戸に到着する場面、母親はニコニコ笑っている。
「ようやく身請けのお金が溜まった。これで千代香を清さんと一緒にしてやれる」
その大事なお金を盗られた。何が何でも娘を想い合った相手と結婚させてやりたいという親心が、結果的に素浪人を騙すことになった。

母親を演じているのが、志保さんという、高齢かつ非常に小柄な役者さんであることが視覚的に効く。
「申し訳ありません、どうか…」
地に頭をこすりつけるお年寄りに、素浪人は刀を振り下ろすこともできない。

片や、小さな、善良な、田舎から出てきたばかりのお年寄り。
片や、剣の腕も立つ大の男。
けれど“聞こえない”という一点で、二人の強弱がひっくり返る。
彼のいる所は、一番弱い者のさらに下。

謝る母親、千代香、清さんの前に立ち尽くす素浪人。刃に映った自らを凝視する。音を発しない唇がぱくぱく動く。やがて彼は刀を鞘に納め、背を向ける。千夜さんが目をやや潤ませて、淡々と花道をはけていくところで幕。
昔も今も――ハンディを負って生きている者の、言葉(セリフ)で言い切れない口惜しさ悲しさが、無言の一場面に冷え冷えと凝縮される。

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千夜座長、お芝居後の口上より。

この芝居を他の関西の劇団さんで観ている友人たちいわく、そちらでは天華版にいない人物が登場することでハッピーエンドになるそうだ。それはそれで、痛快な芝居として優れているだろうなぁと思う。
けれど天華さんはじめ、騙された素浪人が独りで去るエンドを選択している劇団さんもいくつかあるようだ。どっちにしろお芝居全体はコメディタッチなので、演じる側は楽しいお芝居として演じられているのだと思うのだけど。
現代の役者さんたちが筋立てに沿って誠実に演じる中に、ラストシーンに組み込まれた古い時代の記憶が見えてくる。この風景は、誰に見えていたものなのか。

歌舞伎や宝塚と違って、大衆演劇は上演の記録がない。けれど芝居は、かつてたしかに誰かが作ったもの。
花道を去る、物言えぬ背中に、芝居を立てた者の名残が漂っている。
私たちは、客席から見届けることができる。
涙にも言葉にもならなかった、ここにいない誰かの痛みを。

【劇団天華 今後の予定】
2月 大江戸温泉物語あわら(福井)
3月 奥道後壱湯の守(愛媛)
4月 宝劇場(福岡)
5月 城山温泉(香川)
6月 大江戸温泉物語ながやま(石川)

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