芝居でしか言えない ―“ありがとう”のありか―

“上手く言えない 上手く言えない 思ってることが言えない”
“上手く言えない 上手く言えない どうしても上手く言えない”

(ハロー!プロジェクト アンジュルム『上手く言えない』)

お気に入りの女性アイドルの歌から、こんな歌詞を引用してみたものの。
ある劇団の花形さんは、送り出しでめっちゃ“上手く言える”人である。いわゆる神対応。
ぎゅっとお客さんの手を両手で握り。
「ありがとうございました!」
一人一人、顔をのぞきこんで。
時々こちらが何か言ったら、「そうなんですよ~」とか、「そんな風に言ってもらえたらすごく嬉しいです!」とかテンション高めに対応してくれた後で。
「また来てくださいね。お待ちしてます!」
最後に満面の笑み。
お疲れなのになんて丁寧な対応…すごいなぁ、偉いなぁ。そんな愛想のいい役者さんがいる一方で。

数年前の夏、大島劇場の送り出しで、畳にドスッと立っていらしたベテラン役者さんを思い出す。

無題

彼はマネキンのように棒立ち。大きな目をジロリ見開いてはいるのだけど、お客さんと目は合わせない。会釈や笑顔もない。
そんな風なのでお客さんも戸惑って、誰も彼には話しかけていなかった。
「あの…お芝居の親分の役、とても良かったです」
私がノコノコ声をかけたのは、芝居の悪親分役が素晴らしかったからだった。それを一言お伝えしたかった。
「重たい貫禄があって、舞台をどっしり貫くというか…」
「…あぁ、ありがとうございます…」
ちょっと戸惑ったように、微かな声で返答された(やはり目は合わない笑)。

昔、大衆演劇に送り出しの習慣はなかったから、世代差も出るとはいえ。
このベテランさんと同世代で、お客さんと気さくにペラペラお話される役者さんもいることを考えると。
やっぱり、「舞台を降りると喋らない」気質の役者さんっているのだなあと思う。

太夫元や後見ならまだしも。現役の座長さんでそういったタイプの方は、毎日の送り出しも孤軍奮闘じゃないだろうか。芝居のセリフは立て板に水のごとくでも、劇場の出口を出た途端、シャイな顔つきの座長さんに出くわすことが時々ある。

劇団炎舞・橘炎鷹座長の場合は、雑誌のインタビューで率直に語っている。
<今、送り出しが重要視されています。送り出しは、正直に言って苦手です>
(『演劇グラフ』2015年12月号)

今年の6・7月の東京公演で、木馬館や篠原演芸場の出口に立っていた炎鷹さん。友人たちが芝居の感想を口々にお伝えするのを、うん、うんと頷きながら聞いていらした。
Twitterには、小さな子どものお客さんとの、優しい表情の2ショットが流れて来る。饒舌ではないけれど、穏やかで誠実な人柄が滲んでいる。

今年は遠征もしまくったけど(汗)、仕事の出張で大阪にいることも多い一年だった。大阪に行くと、空き時間はレトロ喫茶に行きたくなる習性がついている。
ある駅近でのコーヒータイム。向かいの席のご婦人たちのグループに、男の人が一人入って来た。あ。すっぴんなので一瞬わからなかったけど、近くの劇場で公演している座長さんだ!ご贔屓さんたちとのお茶会かな?と、ついつい気になっていると。
「さっきの送り出し、あんなんじゃあかんよ、座長。もっと丁寧に、一人一人なんか言って相手せんと」
「やっぱり女の人やから、大事に扱われたら嬉しいわ」
どうやら彼の送り出しへのアドバイスが、集まりの主旨らしかった。わりかし辛辣な内容に、もちろん彼のためを思ってなのだろうけど、厳しいな…と内心ヒヤヒヤしていると。
「送り出し、難しい」
黙っていた座長さんが一言だけつぶやいた。グレーのジャケットが、心なしか肩を落としているように見えた。

たしかに、役者さんが笑顔で接してくれたら気持ちが晴れる。「いつもありがとう」「遠くから来てくれたんですね」「また来てね」と声をかけてくれたら、気遣いの行き届いた方なのだなと思う。

なら、言葉をかけない=お客さんへの気持ちがない…んだろうか?
「○○さん、遠征して来たのにそっけなくて」「舞台は良いけど、愛想がね…」
劇場をあとにして駅に向かう道で、そんな声が耳に入った。せっかく遠くから来たのにと、きっと寂しく感じられたのだろう。
色々考えあぐねたので、少し時間を巻き戻してみる。
送り出しの数十秒より、もっと前まで。
3時間をかけた舞台まで。
そこで彼らが何か、言っていた気がする…。

「兄ちゃんの縄解いてやってください、もう逃げへんな兄ちゃん、ホラもう逃げへんて言ってます、なぁ親方」
『上州百両首』の牙次郎は懇願していた。兄・正太郎を捕えている親方の足元にへたりこんでいた。
牙次郎役の役者さん。お客さんとの間にカッチリ距離を置くので、時折冷たいと言われている。前月から、お客さんを飽きさせない演目の並びを練り続けてきたそうだ。

「一生懸命貯めてきたお金なんだろ?!」
『へちまの花』の大工さんは涙ぐんで言っていた。おちょこちゃんを騙そうとしていた自分を恥じていた。
大工さん役の若手さん。人見知りが強いほうで、新しいお客さんの前では人懐っこい笑顔がなかなか出ない。大衆演劇公演を始めたばかりのセンターで、客席にはまだ常連さんと言える人もそんなにいなかったようだ。

「男で、負けた…!」
『喧嘩屋五郎兵衛』の五郎兵衛は叫んでいた。殺めてしまった伊之助の真心に気がついて、ぶるぶる震えていた。
五郎兵衛役の役者さん。まじめすぎる性格ゆえに、時々発言がきつく聞こえてしまう。色んな五郎兵衛のパターンがある中で、最も肌に合う演じ方を選んだそうだ。

――週末の演目は、好きな人の多い『上州』がいいんじゃないか。
――大衆演劇に慣れていない人にもわかりやすい、『へちまの花』だっただろうか。
――『五郎兵衛』は、やっぱり自分の納得できるやり方で行こう。
お客さんに、届くように。

「ほんと、大衆演劇の役者さんて、不器用な人が多いなぁと思うんです」
友人の一人が苦笑しながら言った。

“上手く言えない”人たち。
昼の部。夜の部。深夜までの稽古。付き合い。移動が近づけば荷物。
隙間もない生活の中、寝る前の数分間で考えるのは芝居のこと。睡眠時間を削って書くのは台本。
彼らの多くは、人生ずっと舞台だけしてきて、これしか知らない。

「送り出しでシャイな人って、いくら芸が良くってもやっぱ人気出ないのかな…」
「影でうまくやればええのに、あの人は全部正直に口に出すやん。ほんと損な気性やなぁ」
「どうしても、愛想よくニコニコするのが苦手な子やねん。でも一人で真面目に稽古してんのに」
その不器用っぷりに、各々のファンをやきもきさせながら。

“芝居でしか言えない”人たち。
ヤマ上げ。掛け合い。立ち回り。涙。流れ出るセリフ。
握手で握る手よりも強く、お客さんの心の根っこを握りしめて。顔をのぞきこむよりも深く、一人一人の胸中をのぞきこんで。
全身で観客に叫ぶ、“見てくれ!”
そんな芝居1つは、100の言葉よりも、時に雄弁になりえないだろうか?

「送り出しは、正直に言って苦手です」
「送り出し、難しい」
だから、誰も、下を向かないでくださいな。
素敵な舞台でしたから。

大島劇場で棒立ちになっていたベテランさん。彼の悪親分役を思い出す。主役を今にも取って食いそうな、ゾクゾクする粗暴さ。
主役をジロリと睨み据え、「てめえ、ただですむと思っていやがるのか!」。
それはお客さんへの“ありがとう”。
彼なりの、最大の。

“上手く言えない 上手く言えない どうしても上手く言えない
上手く言えない 上手く言えない あぁもうやり切れない”

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