空をゆく女 ―大衆演劇の女優さんと、共に―

驚いた。小龍さん、旅姿だ!
『かもめはかもめ』って男に別れた女の曲なんだと思っていたけれど。

“諦めました あなたのことは”
“あなたの望む素直な女には はじめからなれない”


「あれは社会になじめない女性ですね。寂しい、孤独な…」
10/22、辰己小龍さん(たつみ演劇BOX)お誕生日公演。クライマックスの個人舞踊。旅装束をまとった女性が、悲哀の表情で空を仰ぐ。

辰己小龍さん(10/22)


舞踊を見ているうちに。
翻る合羽の影に、いくつもの顔が浮かんできた。大衆演劇の世界に生きる女優さんたちの顔。
男優の着付けをし、食事の用意をし、あくまで脇役で芝居をする――それでもなお、舞台の光を見つめ続ける顔。

ある10代の女優さんは叫ぶように言った。
「子どものとき、お母さんから、あんたは女の子だから控えめにしろーとか、どうせ女優だからーって言われるのがすごく嫌だったんです。なんで女だからって?あたしは嫌!自由にやってやる!って思って」
彼女の舞台は若さと勢いに満ち、私はこれを見せたいの!という世界がはじけている。
まぶしいパワーにワクワクさせられる一方で。
未来ある娘にそう言わなければいけなかった、お母さんの胸中を思う。女優として何十年も舞台に立って、その耳に聞こえてきたのは何であったか。

「やだあ、女ばっか。あたし正直、女優観たくないのよ」
「あたしも~。男がいいわ、どうせ観るなら」
篠原演芸場に大声で響いていた、あけすけな会話にヒヤッとして振り返ったことがある。
「女優を2人も出すなって、座長のところにお客さんから苦情がいったらしいの」
好きな劇団に届いた“苦情”について、友人が残念そうにつぶやいていたこともある。
客席の会話は、きっと舞台の上の女性たちには筒抜けなのだろう。

もちろん、女優さんがあんまり好きじゃないという人がいたって、それも一つの好みだ。好みは他人が批判することじゃない。
けれど、女の人が女の人を好きじゃない…というとき。
客席の側にも、ぬぐえない疲労があるような気がして、私は行き止まってしまう。

勉強や仕事ができれば、「女の子はお洒落もして可愛くならないと」。
誰かとつきあえば「早く結婚したほうがいいよ、リミットがあるんだし」。
結婚すれば「旦那の面倒も見ずに観劇に行くの?」。
まったくうるさい世間のリクエスト。どうしたって、女は見られる性。比較される性。男のやさしい添え花としての役割で競わされる性。あーもう!
老いも若きも、中学生からおばあちゃんまで、“女であること”に疲れていない人がいるだろうかと客席を眺める。
舞台の上の同性に対して、綺麗!とか巧い!とかいう気持ちにブレーキをかける、そんなため息はありはしないかと耳をすませる。

「女の人がこういう世界のことを書いていくのは、なかなか大変と思うけど…頑張ってな」
と、ルポライターの大先輩の男性はおっしゃった。
ズボンにジャンパーを羽織って、サクサクとした足取りでどこにでも取材に行かれる。
私はその言葉の意味を考える。スカートの膝をすり合わせて、何度も考える。

そういえば『かもめはかもめ』は、敬愛する中島みゆきさんの作詞・作曲だ。
彼女は代表曲のひとつで、こう歌っている。
“あたし 男だったらよかったわ”
“力ずくで男の思うままにならずにすんだかもしれないだけ あたし 男に生まれればよかったわ”

(『ファイト!』より)

女優さん。大衆演劇の、女優さん。
一部のお客さんの尖った声の中で。
一般社会よりも、さらに男、男、男の強権を煮詰めたような特殊な芸の世界の中で。
その小さな体は押さえつけられてきた。
目立つな、前に出るな、個性を捨てろ、男を立てろ。
頑張ったって、巧くなったって、人気役者にはなれない。
考えてみろ、女が前に出てお客が沸くもんか。

でも、一部の女たちは、押さえつける手をしなやかにかわす。
ある女優さんは嫌!と、きっぱり。
ある女優さんはやなこった、と負けん気強く。
ある女優さんはいいえ、と柔らかく首を振って。

“あなたの望む素直な女には、はじめからなれない”

そして汚泥の中から、彼女たちの舞台が花開く。
たとえば、劇団新・小龍優さんの椎名林檎的なマッド・ワールド。
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たとえば、劇団千咲・千咲凛笑さん(劇団KAZUMA在籍中)のファンタジックな儚い世界。
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たとえば、橘小竜丸劇団・たちばな千夏さんのカッチリ形の決まる芝居。
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たとえば、劇団天華・喜多川志保さんの躍動するドラマに貫かれた舞踊。
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たとえば、三河家諒さんのザラリと乾いた技巧。
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女だけど上手だね、頑張ってるねと声をかけられながら。
兄が、弟が、父が、同門の男弟子が、喝采を浴びるのを舞台袖で聞きながら。
諦めたものは何だったろう。
失くしたものは何だったろう。
今日まで貴女も、一人で泣いてきたのかもしれない…。

“青空を渡るよりも 見たい夢はあるけれど”

『かもめはかもめ』が鳴りやむ。小龍さん演じる旅人は、颯爽と去っていく。遠い新天地を見つめて。

“かもめはかもめ ひとりで空をゆくのがお似合い”

「小龍!」「小龍!」とハンチョウが重なって、新開地劇場を飛んでいった。
小龍さんは、舞台を支配するほどに大きく見えた。どんなガタイのいい男優さんよりも、はるかに巨大な。
苦渋を振りほどいて昇る龍には、誰も追いつけない。

はかり知れない涙の後に。
女だけど、は。
女だから、に転換される。

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今、空をゆく貴女は、私!
抑圧の底を生きて来た大衆演劇の女優さんが、魂を芝居や舞踊に注ぎこむとき。
悔しさも、喪失も、なお燃える心も、全部が芸に昇華される一瞬。
客席の私たちもまた、解放される。

「男の役者さんも良いけど、あたし、あの女優さん大好きなの!」
女性客が女優さんを好きだと言うとき。
そこに込められた愛は、男優さんへの“好き”よりも、時にずっと深い。
一緒に、抑圧を跳ね飛ばして。
もろい体を持つ者同士、見つめることのできる遥かな空。

遠征用キャリーの中に、丸めてもシワにならないお気に入りのスカートを放りこむ。
迷いながらでも、書いてかねば。
小さな歩幅でも、えっちらおっちら進んでいかねば。

舞台も、客席も、女の心は旅姿。
“あなたの望む素直な女には 最後までなれない”
かもめの行く先は、私たちだけが知っている。

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コメント

彼も彼女も役者さん。女優さんを観たくないって、宝塚ファンがパクパク酸欠しますね(笑)。役者さんが観たくないのに観劇って。
けど、大衆演劇の特異性と言う所で分からなくもないです。ある大学教授の考察ではこんな感じの文面。
《全てのエンタ-テイメントに性的ニュアンスは不可欠だが、大衆演劇程に凝縮されたものは類をみない。大衆演劇は大衆に向けて作られているものではなく、一部の熱狂的信者を魅了しているだけである・・・ウンヌン》確かに、否めない考察。性的ニュアンスを強く求めるなら、女性は男性役者の女形を観ていた方がいい。けど、鈴丸さんの女形はそれを超えますね(笑)。小さな社会で男性強権。私もそんな業界で生きる一人だから、彼女達の奮闘に心持っていかれます。スタ-になりたい訳じゃない。私の人生を!
コチラの記事にお似合いの一曲。中島みゆき の「やまねこ」はどうですか。
♪女に、生まれて、喜んでくれたのは~♪
11月は夜会に行ってきます。楽しみ!(^^)!
お萩さんの記事には喰いつきすぎなのでレス不要です~。

スーパー兄弟の龍魔裟斗さんは決して美人ではないけれど座長兄弟よりも才能あると思います。

>のん様

「やまねこ」と聞くとつい食いついてしまいます(笑)小学生のとき、あの曲で「女衒」という言葉を覚えました。
夜会、いいですね~楽しまれてくださいね。
大衆演劇と性的ニュアンスの関係性は、その通りだと思うところもあります。これだけ女性客のリビドーが前面に出る空間は、他になかなかないかもしれませんね…(笑)
それでも私は基本的に女性の賢さというか、健気さを信じているので。女性客と女優の間に成り立つ愛情もたしかに大きいはず、と表したかったのです。読んで、受け止めて下さる方がいて嬉しいです♪

>かさ様

龍魔裟斗さん、数回しか拝見してないのですが独特の雰囲気をお持ちの女優さんだとお見受けしました。一度一緒に観た方が、魔裟斗さんについて「旅役者の哀しみと覚悟を誰より一番、あの妹さんに感じた」と言っていました。

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