高槻千鳥から②劇団天華お芝居「釣忍」―ある家の幸福―

2016.5.22昼@高槻千鳥劇場

前回からの続き!
日曜日のロングラン公演二本目は、お芝居を観る幸福について、再度教えてくれるものでした。

5.22(日)芝居二本目「釣忍」
おなじみ「釣忍」。定次郎・おはんの夫婦は、つましいながらも仲良く暮らしている。けれどもある日、実家の兄が定次郎を跡取りとして連れ戻しにやってくる。

亭主の定次郎に千夜さん。

澤村千夜座長

(5/22個人舞踊。この鬘、トレードマークなんでしょうか?珍しいし、よくお似合い!)

役者さんのニンとぴたり合う役の出会いは、気持ちいい舞台を約束してくれるものだと思うけど。この定次郎役と千夜さんは、合うというか、もう持ち味そのまま!な感じがします。すんごいナチュラル。
「俺が惚れた女ってのは、おめぇをおいて他にはいねえよ」
決め台詞にもどこかフワッと浮き上がった感じがあって、この世を楽しく泳いでいる人物像が浮かぶ。

そして女房のおはんに神龍さん。

澤村神龍副座長
CIMG8795.jpg
(5/21 個人舞踊)

神龍さんおはんの愛想づかしの場面が抜群だった!夫婦の暮らしがほころびていくのは、定次郎の実家・白金屋から兄・佐太郎(澤村龍太郎さん)が訪れたとき。
「定次郎が白金屋の跡取りに決まった。おはんさん、どうか何も言わず定次郎と別れてほしい」
頭を下げ、そうでなければ切腹するとまで言う佐太郎に、おはんは泣く泣く別れを承知する。
「芸者上がりの後ろめたさに、飲まないと決めたお酒だけれど…」
意を決した表情で酒をあおり始める。そこへ帰って来た定次郎。おはんは振り返りもせず、キツイ言葉を次々浴びせていく。
「これはね、あたしが自分で働いて自分で買ったお酒なんだ。定さんはこの2年、ろくに働きもしないじゃないか」
うっすら笑んで次の一言。
「帰る場所なら立派な実家があるじゃない。結局定さんにはこういった暮らしは無理なんだよ、ねえ坊ちゃん」
この言葉に、女房をなだめていた定次郎の顔つきが変わる。
「言っていいことと悪いことがあるぞ…」

愛情で覆われていた、埋めがたい格差が露わになる。金持ちの家で大事に育てられた定次郎と、陽の当たらない芸者の人生を歩んで来たおはん。
「坊ちゃん、ねえ、ボンボン?」
おはんは執拗にからかうような口調で、定次郎を怒らせる。遠ざける。自分の生きてきた低みから、高いところへ夫を戻してやる。

おはんは部屋の隅に座って、出ていく支度をする夫をじっ…と見ている。定次郎がいなくなり、暗い部屋に一人残された後。そろそろと立ち上がって、玄関口に下げてある釣忍を見に行く。咲かない花を無言で見上げる。神龍さんのほっそりした横顔が浮かび上がる。
もう希望は自分の人生から出て行った。
定さん――
畳にへたりこみ、 顔を覆って引き裂く泣き声。
気取りも照れもなく、“おはん”という女の役に全身で飛び込む神龍さんは、やっぱり素敵な役者さんだなぁと思いました。

ここまでのところだと、白金屋が完全に悪者だけども。定次郎の家族も、決して悪人じゃないのだ。
たとえば龍太郎さん演じる兄の佐太郎。

澤村龍太郎さん
CIMG8799.jpg
(5/21 個人舞踊)

妾腹の子であるため、ご本家(澤村悠介さん)とお付きの女(沢村静華さん)からは冷たくあしらわれている。
「佐太郎さんは先代がよその女の人に産ませた子…いわば妾の子です。いくらかのお金を持たせて家を出て行かせなさい」
佐太郎は弟を恨んでも当然の立場。けども、実家に帰るのは嫌だと言う定次郎の頬をパシンと張ってしまった後、ハッと手を押さえる。しまった!と自分でおののくような表情に、口にはしない弟への愛情が現れていた。

それから志保さん演じる定次郎の母。

喜多川志保さん
CIMG8903.jpg
(5/22 個人舞踊『滝の白糸』。芝居のような絶品でした)

勘当した我が子のことをひたすら心配しつつも。
「佐太郎、すまないね、お前にはいつも苦労をかけるねえ…」
自分が産んだ子と同じくらい、なさぬ仲の子にも心を注ぐ、“お母さん”の姿がとても好きだった。

そんな家族だから。定次郎のほうも心の内では母と兄を慕っている。
「今の白金屋があるのは、あんちゃんが雨の日も風の日もご贔屓さん回りして、どうか白金屋をお願いしますって頭下げてくれたおかげじゃねえか!」
とご本家相手に啖呵を切る。
「おっかさん…許してやっておくんなせえよ…!」
と去り際にしぼり出す声で母を振り返る。

「釣忍」って、夫婦愛を描いたお話だと思っていたけど。
白金屋という家族の物語でもあるんだな。
定次郎もおはんも佐太郎も母も、みんながお互いを思いやっているのに。誰一人、悪人ではないのに。
“芸者上がりの後ろめたさに”
“いわば妾の子です”
“ 結局定さんにはこういった暮らしは無理なんだよ ”
生まれの差、育ちの差…浮世のしがらみに絡みつかれて、苦しいほどにうまくいかない。

だからクライマックスの場面はひとつの浄化のようだ。ご本家を激怒させ、再び勘当になった定次郎。母と兄の前で、ひとりごとみたいに口を開く。
「なぁあんちゃん、お前、祭りって行ったことあるか?ねえよな、お前は昔から仕事ばっかりだったもんな」
「あんちゃん、祭りってのは楽しいよ。仲の良いもん同士で集まってよ、朝までたらふく酒飲んで神輿かつぐんだ、そりゃあ景気がいいもんだよ!」
「祭りの太鼓はてんつくつ、てんてんつくつく、てんつくつ…」
ひょっとこのお面を懐から取り出して。舞台の右から左へと、お面を着けた千夜さんが滑らかに踊っていく。
もつれあった糸をスルスルほどくように。
ただみんなでお酒を飲む―ハレの祭りの情景。現実にがんじがらめになった人々を、淡い夢がひっそりよぎっていく。

踊りが終わると、お面を外し、ひょっとこの口のあたりを指でつつく。
トン、トン…
おどけた面。悲しみを隠せる笑い顔。
トン、トン…
お面と向かい合う千夜さんの表情はしんとしている。定次郎という人物は、この“おどけ”を相棒にずっと生きてきたのだろう。高いところにいられないように。低みに降りられるように。

定次郎が家を出ると、飲み仲間の留(澤村丞弥さん)と出くわす。軽口叩いている間に、おはんが迎えに来る。佐太郎と母とも和解し、白金屋は佐太郎が継ぐことになり、最後は大団円だ。
「おはんさん、私ね、そこにいる定次郎、勘当いたしましたのよ。だからこれからは、どうぞこの子をよろしくお願いします」 
母のにこやかな言葉を聞いて、お母さんに対してだけは最後まで気まずそうに背を向けていた定次郎が、ようやく安堵した笑みに変わる。

定次郎、おはん、佐太郎、母。
最後は舞台の上のみんなが幸福そうな光景。
千夜さん、神龍さん、龍太郎さん、志保さん。
それぞれが役に寄り添っているからこその。

お芝居が終わったとき、素敵な芝居だった、幸せ!と思えるのは。
舞台に立っている人たちの、役として振る舞う真摯な姿勢のおかげなのだと思う。
“イケメン軍団”である彼らが、思いきり顔を崩し、膝をついてむせび、泣き声上げて、慌てふためき、ごろっと老ける。
“俺”がいなくなって、役と、汗だけが見える。

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(5/22 オープニング)

そういうとき私はいつも、華やかなこの劇団さんの、芝居に対しての誠実さを見る気がするのです。

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