劇団天華お芝居「峠の残雪」―声なく独りきり―

2016.2.13 昼夜@堺東羅い舞座

ひとりきりだった。
降りそそぐ雪の中、男一人の情景。
彼は口がきけない。
身ぶり手ぶりで心通じた弟は、先ほど死んだ。
堺東で観た『峠の残雪』を思い返すと、まず浮かぶのは雪の降りしきるラストシーンだ。

「これはね、ホントに良いお芝居なんです。僕の役者人生で一番好きなお芝居なんですよ」
と千夜座長が1月京橋公演の口上で言っていた。

白に埋もれて、兄・新造(澤村千夜座長)が、弟・新吉(澤村神龍副座長)の亡骸を腕に抱え上げる。
周囲には、ようやく討ち果たした仇の一味が転がる。けれど先刻までの立ち回りで自身も致命傷を負い、予感されるもうじきの死。
白い大きな世界に飲まれるように、人間のあがきがひとつ。

澤村千夜座長(当日舞踊ショーより)


澤村神龍副座長(当日舞踊ショーより)
CIMG6582.jpg

2/13-2/14、再び仕事の大阪出張に合わせて堺東へ。お外題が出た瞬間から、大変楽しみにしていた。
会社は残業続きでも「土曜日は峠の残雪峠の残雪…!」と唱えてなんとか乗り切り、いざ羅い舞座へ。

雪のラストに至るまでに。
“持てる者”だった新造が、持っていたものを一つ一つ奪われていくような筋書きだ。
元々は新造・新吉とも五体満足で、亀甲組を担っていた。
亀甲組は将軍からのお墨付きをもらい受け、今後の栄華は約束されたようなもの。
―そのお墨付きを狙ったのが、神馬弥十郎(澤村龍太郎さん)と丹波屋長治(澤村悠介さん)だ。

芝居冒頭で、兄弟の母(喜多川志保さん)は斬り殺され。
新造は毒入りの酒で声を奪われ、新吉は目をつぶされ。
1年後、新造はおこもになっていた新吉を見つけ、ようやく兄弟再会したものの。
粗末な小屋のような住まいを、新造が少し留守にした間に。
新吉は神馬と丹波屋に襲われ、無残に殺されていた。

留守にする前、新造はちゃんとお願いしておいたのに。
お地蔵さんに、笠をかぶせて頼んでおいたのに。
自分の代わりに弟をちゃんと見守っていてくれ。悪い奴が来ないか、見張っていてくれと。
声が出せないから、身ぶり手ぶりで。
千夜さんが花道を行きかけながら、心配そうにお地蔵さんを何度も振り返って、手をせわしなくパタパタさせて伝える。
その仕草がユーモラスで、弟への情愛に満ちて。
かつ、頼るもののなさが哀しく滲む場面だった。

でも祈りは届かず、帰って来て目にしたのは、斬られて冷たくなった弟。
一人残された新造の上に、なおも刺すような雪が降る。
ず、ず、と。
弟の亡骸に縋ろうと必死に地を蹴る草履が、雪で滑って進まない。
神馬と丹波屋の一味を斬り伏せ、けれど自身も斬られ、命尽きようとするときに。

―I am GOD’S CHILD(私は神の子供) ―
流れてくる音楽は『月光』(大衆演劇でこの曲を使ってるの初めて聞いた!)。

―この腐敗した世界に墜とされた―
―How do I live on such a field?(こんな場所でどうやって生きろと言うの?)―


風景はまさにこの世の果て。
千夜さんが左側に神龍さんを抱えて、汗にまみれて、舞台中央ににじり寄る。ざんざんとまだ雪は降る。

本来、この雪は単純に画面を盛り上げる効果なのかもしれないけど。
あまりにも残酷な展開の後だったためか。曲のせいか。
なにか、そこには巨視的な絵があった。
生きることの無慈悲なうねりの中で、ちっぽけな人間が一人あがいているような、遠近を組み込んだ絵に見えた。

新造の持つ“独り”の輪郭。
そこには、この人物の「喋れない」という設定が大きく作用しているんだろうな…と思う。
“言葉”“会話”は他者との最大のつながりだ。それを奪われた新造の意思疎通は、かなり手間がかかるものであることが、劇中何度も描かれる。
たとえば“食べ物をもらってくる”とひとこと言うにも。弟の手を取って、茶碗と箸を持つポーズをさせて、むしゃむしゃという咀嚼音を出してみせて。
「ああ兄さん、奴の親分のところで食べ物をもらってくるって?」
とようやく伝わる。

声をつぶされる前、小気味よい名乗りを上げていた新造を思い出すと、さぞ、まだるっこしいことだろう。
出口を失った無数の思いが、男の中に沈殿している。
ただ一つの温もりだった弟も死に、母はとうに死に、この世の底を独りでいざる。

―I can’t hang out this world(この世界を掲げる事など出来ない)―

最後の力で弟の亡骸を抱え上げ、神馬たちから取り戻したお墨付きをかざす。
千夜さんの赤い目から涙が散り、汗が散る。
雪をかきわけるような、鋭い雄たけびを上げて。
その力強さに、かすかな人間の希望を感じる一方で。
同時に舞台をよぎるのは、この紙切れ一枚のために何もかも失わなければいけなかったのだ―という、一つの小さな人生の哀しさ。

出会ってまだ4か月の天華さんは、華やかで、現代的で、きらきらしい劇団さんだ。舞踊ショーでは宙づりとかケレンもあって、電飾の光がよく似合う。

けれど芝居では、弱き者、小さな者たちの影がこんなにも生々しく映し出されるのはなぜだろう。
持っていたものをもぎ取られた人間の造形が、客席をしんと見上げてくる。

翌日2/14、『丸髷芸者』との再会編に続きます。
あれこれ忙殺されてカタツムリ並みの進度で進むブログですが、よければぼちぼちお付き合いくださいませ~

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