劇団天華お芝居「三浦屋孫次郎」―数珠を握る手―

2016.1.16 昼の部@京橋羅い舞座

『三浦屋孫次郎』って任侠のお話だと思っていた。
盃交わした義理が何より重くて、いつも死を見据えて、一家のために潔く自分の命を捨てる。そんな常人とは異なる常識を持った、ダークヒーローの世界。

でも劇団天華の『三浦屋孫次郎』は、“私たち”にとても近かった。千夜さん演じる孫次郎には、元々は旅籠のボンボンだったという設定が最後まで効く。
悪い拍子に、人生があるべきところから外れてしまって。
暗いところに落ちてしまって。
元いたところの光をじっと見上げながら、いつかやってくる死を待ちわびる――

澤村千夜座長(1/16舞踊ショー)


京都でお仕事があったのをいいことに、仕事を終えた後、足はサクサクと京橋へ!羅い舞座はお外題をマメにブログで発表してくれるので、16日の昼は『三浦屋孫次郎』と知って心待ちにしていた。

飯岡助五郎一家に草鞋を脱いだ旅人・孫次郎(澤村千夜座長)は、笹川繁蔵(澤村神龍副座長)を殺すよう依頼される。気が進まないながらも、一宿一飯の恩義を受けたがゆえ、繁蔵を夜道で斬る。
そこに現れるお侍・昇天の徳次郎(澤村丞弥さん)。飯岡の用心棒だという。
「孫、わしはお前を殺すように命じられてきた」
助五郎は孫次郎をも邪魔に思い、罠にハメたのだった。孫次郎は、このままでは親の敵として笹川の子分たちに殺される。しかし飯岡に帰っても結局殺される。
「孫。その笹川繁蔵の首、どこへ持っていったらいいと思う?」
徳次郎の問いかけに、孫次郎はしばし逡巡して。
「決めた。この首、笹川へ持っていく」
大きくうなずく徳次郎。

丞弥さん徳次郎が繰り返し「孫」と呼ぶ声が、とても親しげなのが印象に残る。徳次郎は本来なら飯岡に忠実でならなければならない身だけど、なぜ孫次郎を助けたのか…その理由づけは後半に出て来る。
花形のシンパシ―のある演技が素敵でした!

澤村丞弥さん(1/16舞踊ショー)
CIMG5688.jpg

孫次郎が笹川一家に首を持っていくと、当然親の仇として若い衆に殺されかかる。それを上ずった声で懸命に制す。
「一宿一飯の恩義だって言ってんだろ!」
お、お…?ちょっと驚いた。視線は落ち着かないし、身体は強張っているし、明らかに殺されるのを怖がっている演技。この孫次郎は、いわゆるやくざ者の造形じゃないみたいだなぁと思っていたら。
「俺は、元々は旅籠屋のせがれだ。蝶よ花よと、そりゃあ大事に大事に育てられた…」
けれど両親が多額の借金を押しつけられたことから、人生が狂い始めた。
「ある朝、二親様は梁に縄を引っかけて、首をくくってあえない最期…旅籠は人手に渡っちまった。俺は見よう見まねで長ドス一本ぶち込んで」

舞台中央に腰を下ろした千夜さんの居住まいには。完全に殺気立った笹川の若い衆と比べて、やくざの世界との“ズレ”、“戸惑い”がどこか漂っているようで。笹川繁蔵の首に丁寧に手を合わせ、
「半端なやくざの俺ですが、あの世へ行ったらやくざのイロハ教えてくだせえ…」
長い年月を経てなお、やくざになりきれない――その哀しみは、ストーリーが進むにつれ、核として剥き出しになってくる。

笹川一家と孫次郎一人の喧嘩の前、自ら刀をつぶす孫次郎。そこへひょっこり、徳次郎が現れる。
「わしと兄弟分にならんか、孫。わしとお前はよく似ているのだ」
いきなり兄弟分?と思うのだけど、聞けば、徳次郎もかつては大きな旗本の家に生まれたという。大事に育てられたものの、家が没落し、今はやくざの用心棒にまで身を落とした。

ああそっか、と納得した。孫次郎と徳次郎、二人とも、本来は斬った張ったの世界で生きている人間ではないんだ。侍と旅人、今の立場は違えど、背負ってきた悲しみの種類が近いんだ。

「孫、この喧嘩でお前が死んだら、兄弟分のわしが骨を拾ってやる」
「そうか…俺は死ぬのは構わねえ、だが亡骸は野ざらしになるしかねえかと思っていたが、お前さんが骨を拾ってくれるってのか…」
よく似た過去の二人が、初めて心を通わすのは弔いの約束。

「親なし、子なし、帰る家なし…」
千夜さんの誰に聞かせるともなしの、独り言のような。このつぶやきが、孫次郎の心の有様を一番ハッキリとわかる形で観客に差し出す。足は地面についていても、心は天を見上げている。失われた幸福をずっと見つめている。
孫次郎がふいに夜空を見上げて、
「星が、おっかさんの下に、導いてくれっかね」
隣の徳次郎が温かに応える。
「ああ、必ず導いてくれるとも」

そして喧嘩の場面。孫次郎は死装束のように白に身を包み、背には経文、首には長い数珠がじゃらり。刀はつぶれているし、多勢に無勢なので、当然ほぼ一方的に押される。すると孫次郎の手はだんだん刀を離れ、首に下げた数珠を探る。心は少しずつ現世を離れ、あの世に発とうとする。

ふいに千夜さんが殺陣を抜けて、ひとり花道に駆け出す。しばしの静謐。視線は上方。何かを探すように、食い入るように空を見上げる。手を数珠にやり、ぐ、ぐ、ぐ、と握りしめる。

ここっっ!!(フォント大で叫ぶ)

全編通してこの場面が最も焼きついているのは、“孫次郎の心が完全に彼岸に行った”瞬間だったから。
この場面の後、殺陣の中に戻った孫次郎は、刀を捨てる。斬られ、刺され、足蹴にされながら、地を這いずって数珠だけを握りしめる。肉体はまだこの世にあっても、心は二親の待つあの世へ、失った過去へ、ひたすらに向かっていく。
「おっかさん…!!」
最期に叫んで、数珠に指を食い込ませて、絶命する。

死装束にまつわる昏さが、芝居中の舞台にうっすらたなびいて、幕が下りた後も胸の底に沈んでいる。
“おっかさんの下に”
かつての温かな光をまなうらに見ながら生きた。
置き忘れたものを振り返りながら、それでも生きた。

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コメント

私も孫次郎見ました!

初めましてm(__)m
昨年、天華を見て大衆演劇に、ハマりましてお萩様の記事を最近読ませていただきました。
天華の舞台は魅力たくさんですね〜先月京橋で見ました。記事もうなずきながら読ませていただきました。まだ3劇団しか見ていないので、お萩様の記事を参考にドシドシ大衆演劇に足を運びたいと思っております。
ステキな記事、ありがとうございましたm(__)m

>まりんとう様

初めまして!天華をお好きな方にコメントいただいて有頂天です(*^-^*)
私自身も劇団天華は観始めたばかりの劇団さんですが、この三浦屋孫次郎をはじめ、お芝居のみずみずしい切り口に魅せられています。見せ方は斬新ですが、根底には昔ながらの人情があるところに惹かれます。おっしゃる通り、舞台が魅力たくさんですよね!

これからたくさんの劇団さんをご覧になるのですね♪ 拙ブログをまりんとうさんに楽しんでいただけたら何よりです。私も一緒に勉強していけたら…と思います。
よければ、またいらしてくださいね。
本当に素敵なコメント、ありがとうございました!

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