2015年 珠玉の舞踊 ベスト5

2016年始まって20日も経っちゃいましたが、今頃ですが振り返りです。
ストーリーが浮かんで涙した舞踊…そういう踊りに出会えたときは、一日中酩酊状態です。何度も何度も、写真を見て思い返します。
順位なし、観た順です、2015年の5本!

★辰巳小龍さん(たつみ演劇BOX)
『おんな道』~『愛の賛歌』2015.3.1@三吉演芸場

一流の戯作者であり演者。現代の大衆演劇ファンで良かったなぁと思わせてくれる、敬愛する姉上様。



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“打ちひしがれてなお生きる女”というのが小龍さんの舞踊にはよく出てくる。打たれて、踏まれて、崩れ落ちるも、まだ前を見据える女。この舞踊も前半の「おんな道」は歌詞が痛烈で、まるで女という生き物に生まれたことへの呪詛のような詞だった。

―嫌なお客にせがまれて男の枕にされながら つくる笑顔も生きるため―

この歌詞で女優さんが踊る。これを受け取る客席も多くが女性。男という絶対的な強者を持った上で、女は生きていかねばならない…。舞台に倒れ伏す小龍さんの、生々しい痛みに体が締めつけられた―と思ったら。
曲が変わった。「愛の賛歌」。倒れていた小龍さんが、何かに呼ばれたように顔を上げる。

―ただ命の限り 私は愛したい―

小龍さんの表情に光が差していく。体を起こし、ゆったりと踊り始める。こみ上げる情を抑えるように胸に手を置く(写真2枚目)。舞踊の中の女性が、恨みと侮辱から解き放たれて、燦々と注ぐ希望に向かっていくのがハッキリ見て取れた。赦し、望み、愛、そういうものを自身の底から生み出して、女は生きていく。奈落の底で始まり、晴れやかな笑顔で終わる物語だった。

★高野花子さん(下町かぶき組)
『旅人のうた』2015.3.22@浪速クラブ

2014年に三吉演芸場で個人舞踊『惚れちゃった』を観たときから、気になっている役者さん。舞踊の中のキャラクターが、全身の表情で豊かに伝わってくるのだ。

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高野さんの『旅人のうた』は、芝居『化猫』を観に行った浪速クラブで出会えた一本。席と私の写真の腕がアレで全身が撮れてないのだけど(後悔…)、袴での舞踊だった。リンと音のしそうなまっすぐな立ち姿(写真1枚目)。と思えば、慈愛で包み込むようなやわらかな笑顔(写真2枚目)。

――男には男のふるさとがあるという 女には女のふるさとがあるという―

下町かぶき組webサイトを見ると、高野さんは商業演劇にもかなり出演されているようだ。広く他の選択肢がある中で、自ら旅役者という道を選ばれた方なんだろうか…そんなことを考えながら淡々と踊るしなやかな身体を観ていると。旅役者としての毎日が、それを意識的に選びとった女性の覚悟のようなものが、どこかに滲んでいる気がした。

―なにも持たないのは さすらう者ばかり―
―どこへ帰るのかもわからない者ばかり―


★橘大五郎座長(橘劇団)
『願わくば桜の下で』2015.5.31@大宮健康センターゆの郷
(⇒観た当時、この舞踊で一本記事書きました)
大衆演劇界の大スター大五郎さん。いつ見ても明るいキャラクターだけど、彼がひとりで踊るとき、とても澄んだ“さみしさ”という持ち味が現れるように思う。

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傘を持って、杖をついて。どこか魂半分、抜け出てしまったような風情で。黒い着物の女が一人で歩いていく。その行き先は高野山なのだそうです。「高野山に亡くなった旦那さんのお参りに行くってイメージなんですよ」と、送り出しで、大五郎さんの中にある物語を伺うことができたのは幸運だった。

―枝垂桜のこの下であなたと散りたい この春に―

女の歩みは、ゆっくりゆっくり。一歩進んでは目を伏せる。半歩進んでは客席に微笑する。やがて胸から旦那さんの遺髪を取り出して、ハッと喪失の深さに思い当たるように目を見開く(写真2枚目)。

―草を枕に寝ころべば あなたの胸の 音がする―

寄る辺なく、頼りなく、喪われたものだけを懐かしみながら。亡くなった旦那さんのお参り――今はもうないものへの憧憬を全身に宿して、女形が哀しく微笑む。そこにはたしかに、儚い死生の際をなぞっていく光景がありました。
この舞踊を観られた「大宮健康センターゆの郷」が、8月末に最終日を迎えたことで余計に感慨深い。

★柚姫将副座長(劇団KAZUMA)
『越後獅子の唄』2015.9.19@東海健康センター「平針座」
(⇒この舞踊でも一本記事書いてます)

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―笛にうかれて 逆立ちすれば山が見えます―

将さんの越後獅子!イントロが鳴り出したときは、哀愁と望郷の景色が広がるのかと思ったけど。中盤、曲がアップテンポになり、一気に喜びが沸き上がる。将さんが小さな「平針座」の舞台を勢いよく駆け回り、足を踏み鳴らす。そのキレの良い躍動感。加えて晴れ晴れとした笑顔!

―暮れて恋しい宿屋の灯 遠く眺めてひと踊り―

歌の世界の凪いだ風景とさらり絡まって、舞台は光が差すように明るかった。この月は一馬座長不在で、竜也副座長・大介さんと初めての3人座長体制だった。客席に見えない大変さは推し測りようもないけれど。柚姫将さんという役者さんの生み出す喜びの深さは、唯一無二のものだと思う。“今ここに在る”という素朴な歓喜が、温かに手渡されるようだ。
11月に劇団KAZUMA@浪速クラブをご一緒した友人が、将さんについて語ってくれた言葉が忘れがたい。「柚姫さんを観ていると、ご本人の“人を信じよう、信じたい”という気持ちをとても感じる」
2016年。副座長の舞台には、どんな色が加わっていくだろう?

★喜多川志保さん(劇団天華)
『母ざんげ』2015.12.18@ユラックス

小さな体が、舞台に絵を紡いでいく。華やかな劇団天華の舞踊ショーの、いつも一番最後。志保さんの織り成す情感豊かな風景で、ショーが閉じられるのが好きだ。お写真もこれだけ1枚多く(笑)。

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『母ざんげ』は歌舞伎の『伽羅先代萩』の政岡の心情を歌った歌(若君をお家騒動から守るため、乳母の政岡の子・千松が毒見役として毒入りの菓子を食べて死ぬ)。
志保さんの政岡は、最初から最後までひとりだ。他の役者さんで、千松役の子役を登場させて表現する手法を観たことがあるけれど。大きなユラックスには、志保さんの孤独な影がぽつんと浮き上がっていた(写真1枚目)。

―毒と見えたら食えと言う 倅 千松 許しておくれ―

自分の影と対話するような姿。演じられる政岡が、千松の最期を思い出しているのがわかる。何度も何度も、この母はひとりで思い出してきたのだろう。影を見つめながら、身を切られるような痛苦を、そのたびに自分の身体に蘇らせてきたのだろう。

―幼い命を最後が最後まで母と呼べず逝ったのか―

ぎりぎりと自分の身体を抱きしめて(写真2枚目)。首を振り、震える腕を空に差し出し、床に崩れる。小さな女一人が武家社会のならいの前に、吹きこぼす悔恨、怒り(写真3枚目)。この日の客席を圧倒したのは、政岡という人物の清らかで立派な悲しみでなく。生木を裂かれるような、剥き出しの悲鳴だったと思う。

―血を吐く胸の 血を吐く胸の 母ざんげ―

ユラックスに喝采が沸いた。送り出しで志保さんに涙が出ました!とお伝えすると、「舞踊で泣いてくれたの?ああ、それが一番嬉しい。心が伝わるように踊っています」とニッコリ。キュートでいらっしゃる…

以上、5本が2015年のマイベスト舞踊!たった数分の曲で私たちを物語に誘ってくれる舞踊に、そんな世界を開いてくれた彼らに、感謝を込めて。
今年は辰巳小龍さんの『夢やぶれて』という、2016年ベスト入り候補に早くも出会って幸運な幕開けです!

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