劇団天華お芝居「釣忍」

2015.11.22 夜の部@篠原演芸場

笑う。
どんな状況下でもヘラリと笑う。
そうでないと生きていけない。
世の中の悲哀が見えすぎて、多すぎて、彼はここに在ることに耐えられない。
千夜座長の定次郎は、そんな男の人だった。

澤村千夜座長(11/22)


11/8(日)、千夜座長の芝居に衝撃を受けたけど。
遅い…我ながら遅すぎたよ…天華さんは9月から東京公演してくれてたのに…。過ぎたことを悔いてもしゃーないので、11月下旬はけっこうまめまめしく通った。
その中で出会った『釣忍』。あの夜の篠原演芸場の舞台に生きていた定次郎を、私はずっと忘れられないだろう。

筋は多くの人がご存知と思うけれど、山本周五郎原作の名作。遊び人の定次郎と、芸者上がりの女房のおはん(澤村神龍副座長・女役)は、小さな家でつましいながらも愛情に満ちた暮らしをしている。

夫婦を演じたお二人。澤村千夜座長(右)&澤村神龍副座長(左)(11/22)
CIMG3606.jpg

印象的なのが、夫婦関係において定次郎の腰がひじょーに低いこと!たとえば定次郎が他の女に鼻の下を伸ばしていたと痴話喧嘩になれば、
「ごめん、悪かったって。なぁ、俺には女房のお前だけだよ、ごめん、この通りだ!」
と妻相手にアッサリ正座して頭を下げる。
(定次郎は2年も働かずにおはんが全面的に面倒を見ているので、当然といえば当然だけど…)

定次郎は、もともとは大店・白金屋の次男坊。ある日、定次郎の留守に兄・佐太郎(澤村龍太郎さん)が訪れる。
「白金屋の跡取りには定次郎と決まったのです。どうか弟と別れていただきたい!」
別れてくれなければ切腹するとまで言う佐太郎に、おはんは泣く泣く別れる覚悟を決める。
帰って来た定次郎に、おはんは愛想づかしの演技をする。
「まったく、働かないで一銭も家に入れない男なんて、もううんざりなんだよ」
ここでも、なかなか定次郎の怒りに火がつかず、困り顔で頭を下げるばかり。
「うん、お前の言うとおりだ。俺が悪かった。よし、これからちゃんとするから!」
大衆演劇の芝居で、自分を立てようとする力みがない男、という千夜さんのやり方は新鮮だった。

「お前さんは結局、坊ちゃんなんだよ」
おはんの一言に、定次郎の表情から曖昧な笑いが消える。声が冷える。
「おい、それは言わねえって約束だろ」
「坊ちゃんに坊ちゃんって言って、何が悪いのさ。ねえ、ボンボン?」
定次郎のまなじりが尖り、明らかな苛立ちを見せる。

少しずつ舞台にひらめく、定次郎の人となりの切片。それらはクライマックスの一場面で、一本の糸に回収される。

おはんと別れて白金家に戻った後の場面。
兄の佐太郎・定次郎の母(喜多川志保さん)・御本家(澤村悠介さん)・御本家の女(澤村ゆう華さん)、一同が揃った席に。
定次郎は遅刻した挙句、泥酔して転がりこむ。
御本家の決定は酷いものだった。正妻の子である定次郎を跡取りにし、妾の子である佐太郎は、いくらかの財産を渡して家から追い出すという。
それを聞いて、定次郎は散々暴れる。
「そりゃないだろ。今の白金屋があるのは、あんちゃんが雨の日も風の日もお得意さんを回って、白金屋をお願いいたしますって頭下げてきたおかげじゃねえか!」

御本家に乱暴した責任を取って、定次郎は勘当されることになる。
けれど定次郎は、本来のへらっとした顔に戻って佐太郎に言う。
「俺には跡取りなんて向かねえんだよ。白金屋はあんちゃんが継ぐべきだ」
「定次郎!お前は…それでいいのか?」
兄の強い口調に、定次郎はしばし押し黙ってから。わずかに笑んで、独り言のように語る。

「あんちゃん、祭りって行ったことあるか?」
「今ちょうど祭りをやってる。行けばそりゃあ楽しいんだ。貧乏人も金持ちも、年寄りも若いのも関係ねえんだ」
「みんなで一緒に飲んで踊って、三日三晩酔っ払って…楽しいぜ、祭りはよ」

懐から取り出すのはひょっとこのお面。定次郎は、お面を着けて陽気な踊りを始める。
母と佐太郎の怪訝な目線が突き刺さる。勘当されるときにまで、この次男は何を考えているのか、と。
場違いにもほどがある、ひょうきんな姿。

ああ、この人はどんなときも笑っていないと生きていられないんだ…

千夜さんがひらひらと踊る姿から、哀しみと尽きない慈愛が染み出して。手の一振り、足の一振りのたび、舞台中に広がるようだった。

定次郎には見えているんだろう。
妾腹であるために跡取りにはなれない兄の姿。
芸者上がりの後ろめたさを身に沈めて生きているおはんの姿。
おはんとの生活の周辺にあった、その日その日を細々と暮らす人々の姿も。

“貧乏人も金持ちも関係ねえんだ”
世の理不尽を知りながら。
安寧を取りこぼしてしまう者たちの切なさを目にしながら。
自分自身は生まれながらのボンボンで、しかも正妻の子。
その立場から不運な人々を見下ろす傲慢さに、この人は耐えられないのだ…。

だから定次郎は、高いところから降りる。
情けなく女房に頭を下げて、親類の前に泥酔して現れる。
どんな状況でも笑って、千鳥足でよろけて、それでも身を裂く悲しみに笑いきれなくなったときの「極まり」としてお面が出現する。

志保さん演じる母が、定次郎の膝にしがみついて泣き叫ぶ。
「お前、お前、この家を出て行くのがそんなに楽しいの?!」
実母の悲嘆に、定次郎は立ち止まる。ゆっくりお面を引き剥がす。その顔はもう笑えてはいない。じっと静かに、何かをこらえるような表情。

泣く母と戸惑う兄を向こうに残して、幕が閉まる。花道の端に千夜さん一人だけが立っている。
目は潤み、目の回りは震えて、もう涙をこぼす寸前。
「ふ、ふ」
それでも、唇の端を上げて笑う。
ポン、ポン。
手に持ったひょっとこの面を軽く叩く。長年の相棒の労をねぎらうみたいに。
この瞬間、定次郎の人物像が波打つように押し寄せてきた。

終演後の口上の千夜座長(11/22)
CIMG3608.jpg

11月、急ぎ足で観た天華のお芝居はなんとか8本。その8本に限っての感想だけれど、千夜さんの芝居には「世の中に身の置き所がない人間」というモチーフがよく似合うような…

いやいや、まだまだ観始めたばかりの方だから。
これからゆっくり観ていこう。ぽつぽつと、面白く観ていこう。
今後もきっと天華のお芝居に出会うとき、私の頭には定次郎の踊る姿がよぎっていると思うのです。この座長さんが呼び起こす通奏低音のように、繰り返し、繰り返し。
“貧乏人も金持ちも、年寄りも若いのも関係ねえんだ、そりゃあ楽しいぜ、祭りはよ…”

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