橘大五郎座長 個人舞踊『Forget me not』(橘劇団)

2015.8.2 昼の部@浅草木馬館

確信している。
橘大五郎座長の『Forget me not』を、この夏の衝撃の一つとして、私は長いこと記憶しているだろうと。
感情の栓は、全部全開。
目つき、眉、指先、たたずまい。
そこに乗っている情のひだ一つ一つが、ドッと観客の内側に入り込んでくる。

『Forget me not』は、恋人に愛を語る熱烈なラブソングだ。
若い役者さんが流し目決めつつ踊ったら、さぞハマるだろう。
なのに、大五郎さんのそれを観た後、カッコ良かったとか素敵だったとか言うより。
「す、すごかった…」
私と友人は異口同音に、呆然とした面持ちで呟いていた。
“観た”というより“体験した”のだ。

まず、出てきてすぐに舞台の左端に座る。
客席に語りかけ始める。

―小さな朝の光は 疲れて眠る愛にこぼれて
流れた時の多さに うなずく様に よりそう二人―

(なんて書き出すのが恥ずかしい歌詞だ…)

座ったまま、表情だけで描き出される風景の、なんと鮮やかな。

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笑みには、芯からの幸福が響いていたり。

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何かに驚いて、子どものようなまん丸な目になったり。

これだけ陶酔しろと言わんばかりの曲でも、当然カッコつけてはいるのだけど、酔っていない。
飾っていない。
この座長さんの表現は常々まっすぐで、その硬度に毎度驚いてしまう。
剥き身の、健やかな愛情が曲に流し込まれる。

―初めて君と出会った日 僕はビルのむこうの空を
いつまでも さがしてた―


サビを過ぎたあたりで、舞台中央に踊り出て客席を振り返る。
目に光を湛え、300人超を相手に、古くからの知り合いに出会うように笑う。
ビーンと直線的に放たれる、圧倒的な情感の量!
心と身体の間に何の境目もないんですか…?と問いたくなる。

―時々僕は無理に君を 僕の形に
はめてしまいそうになるけれど―

CIMG9946.jpg

歌詞に合わせて、こんな当て振りもあったりする。
ふいに、舞台から降りてきて。
赤のシースルーの衣装が、ひらひらと客席の間をうごめく。
二階席まで、一人一人を覗きこむ。
木馬館の全員のまなざしを、余すところなく身体へ惹きつける。

右側の通路から舞台へ戻り、再び舞台に腰かける。
熱っぽく人を想う風情。

―狂った街では
二人のこの愛さえ うつろい踏みにじられる―


ふっと笑みを消して、恋の歓喜は鳴り止む。
上半身が舞台にもたれるようにかたむき、目線が舞台=地面に落ちる。
伸びた手が小さな花をすくう。

―君がおしえてくれた 花の名前は
街にうもれそうな 小さなわすれな草―


歌に心身を溶かすように。
大五郎さんの大きな目が真摯な哀しみに行き当たる。
幸福の影に咲く、哀しみ。

エモーショナルな曲を、踊り手のエモーションがはるかに越えていく。
じんじんじん、と木馬館の奥の奥まで広がる、感情の波紋。
流しこまれる生々しい息吹に溺れそうになりつつ、舞台を見上げれば今度は吸うような笑み。

無題

嬉しくて、驚きもあって、時に哀しくて、でも底に揺らぐのは確かに幸せ。
“恋”という演技が、爆発していた。

そして、矛盾するようだけど。
甘く濃く煮詰めた恋の熱の根底に、温かく溶ける情愛をも感じ取れたのだ。
だから『Forget me not』は個の物語に留まらず、どこまでも広がりがあった。
この持ち味が、“大ちゃん”が幅広く愛される理由なんだろうか。

大五郎さんの魅力については、お仕事の「SPICE」連載でも書かせていただいたばかりなので、よろしければぜひ。
大衆演劇の入り口から[其之弐] “清らかさ”にふれたくて 橘大五郎座長(別窓に飛びます)

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