橘劇団お芝居「悲恋 涙の馬子唄」―2・橘菊太郎総座長の“兄”―

2015.5.10 昼の部@三吉演芸場

「悲恋 涙の馬子唄」―1・パラパラ渚ちゃんの涙―はこちら。

正直に言うと。
大五郎さんの清らかさ華やかさ、芸の巧さに目を取られて。
総座長の芝居に心をつかまれるのに、時間がかかりました(総座長ファンの方すみません)。

や、でも、言い訳すると。
私が当たってきた総座長のお芝居って、わりと緩くて、芝居の中で遊んでるみたいなときが多かったんだもの。
アドリブというかぶちまけというか、若手さんにも客席にも好きなことを言って、あの丸い笑顔でにまーっと笑いなさる。
もう本気の芝居なんて、若いときにやり尽くして飽きちゃったのかしらと思うほど。

でも、『悲恋 涙の馬子唄』で菊太郎さんが演じる、志津(大五郎座長)の兄。
田舎の村を出ず、ずっと一人で馬方をしてきた兄。
馬方の小屋の隅に、総座長がちょんと座りこむ姿は。
懐かしくて、温い気配に満ちていて、切ない。

橘菊太郎総座長(当日舞踊ショーより)


兄にしてみれば、酷い話なのだ。
たった一人の妹が芸者になると都へ行って、誰かの子どもを孕んで帰って来たのだから。
だから、良二さん演じる新さんが、志津たちの一家を訪れたとき。
「志津、この人が、都の“新さん”か」
志津がうなずくが早いか。
兄の手は、壁にかかっていた鎌に伸びて。
何のためらいもなく、新さんに飛びかかっていく。

「兄やん、やめて」
と必死に志津に止められ、どうにか怒りを噛み殺して。
「どうか、私の話、一通り聞いてやってください」
兄は小屋の隅に腰を下ろす。
志津、新吉(パラパラ渚ちゃん)、新さん、新さんの奥方(小月きよみさん)、お付きの中西(伍條ひろしさん)…満座の中、菊太郎さんが語り始める。

まだ子どもの頃に両親がなくなり、兄と志津は二人っきりで暮らしてきた。
「ある日、志津が言い出しました。“兄やん、あたし、都に行って芸者になりたい”と」
「反対はしませんでした。お前の好きにしたらいいと、黙って送り出しました」
菊太郎さんは、とかく声質が若々しいなと思う。
男っぽいのだけど、聴いているうちに、優しさを感じさせる声だ。

「妹は琴も三味線もやったことがない。最初は大変だったようです。でも、しばらく経ってこんな手紙がありました。“今ではすっかり慣れて、みんなに可愛がられて、人気芸者の一人です”って」
菊太郎さんは目を伏せたまま、わずかに笑う。
「こんな田舎から志津は人気芸者になったと、鼻高々で、自慢して歩きました」
鼻高々で、と天狗のような仕草をする。
この兄は言葉少なだけど、心底妹が愛しくてならないのだと伝わってくる。

「でも、ある雪の夜、誰かが戸口に立っている気配がする。――開けると、志津がぼんやりと雪を肩に積もらせて立っていました」
限りなく、寂しい景色が目に浮かんだ。
都で華やかに暮らしているはずの妹が、雪の中、虚ろに立っている。
「何かあったなと思いました。でも一言も聞かず、中に入れました。翌日から昔通り、鋤・鍬持って畑仕事です」
「でも、おかしなことがありました。日が経つにつれ、志津のお腹が大きくなる。どういうことだと問い詰めました。すると志津は、ボロボロ涙をこぼして…兄やんごめん、とようやく事のいきさつを話し始めました」

床をじっと見つめて、肩をいからせて、菊太郎さんの一言。
「初めて、叱りました…」

このたった一つのセリフに、全部こもっていたと思う。
兄妹の暮らし。
兄妹の時間。
お前の好きにしたらいいと見送った日までの、長い長い時間。

それを叩き壊された兄の胸中は、直接的なセリフでは語られないけど。
菊太郎さんの語りが全編に染みて、芝居の重い陰影になる。

総座長、このお芝居ではそれなりに、本気?
それとも、まだ実力のこれっぽっちも出してないって感じなのだろうか。

たまに個人舞踊の中に童謡みたいなのを挟まれることがあって。
(聴いたことがあるのは『しゃぼん玉』と『ふるさと』)
どんな意図なんだろうと気になっています。

この日の個人舞踊の中の『ふるさと』(“小鮒釣りし”の歌詞に合わせて小鮒を釣り上げるポーズ)↓


いつもニコニコと微笑まれる丸いお顔。
てんてんっと走られる姿が、いつの間にか記憶に焼きついている。

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