橘劇団お芝居「悲恋 涙の馬子唄」―1・パラパラ渚ちゃんの涙―

2015.5.10 昼の部@三吉演芸場

とつとつとつ、と体の深奥に何かが滴る。
「おっかあー!」
舞台景色に汗と涙がまとわりつくようだ。

馬方の家のラストシーン。
母親に手を伸ばし、泣き叫ぶ子(パラパラ渚さん)。
断腸の思いで、我が子を手放した母(橘大五郎座長)。

「5月10日は母の日ですから、母にちなんだお芝居を」
大五郎さんが何日も前からそう宣伝していた、オリジナル芝居『悲恋 涙の馬子唄』。
骨格自体は、大衆演劇ではよくある話だと思う。
“貧しい中で懸命に育てた我が子を、金持ちの跡取りにと望まれ、子どもの将来を思って手放す”話。
(橘劇団「水郷夫婦船」とか剣劇はる駒座「桐の木」とかがこのパターン)

この筋の芝居はなんでこんなに多いんだろう?と思っていた。
最後は絶対子どもを手放して終わりだし、救われないし、カタルシスがなくない?って。

私の浅見を突き破ってくれたのは、パラパラ渚ちゃんの胸に刺さる泣き声。
この昼、この芝居は、小さな女優さんのものだった。

パラパラ渚さん(当日個人舞踊より)


渚ちゃんは伍條ひろしさんの娘さん。
9歳、小学3年生の彼女が演じるのは馬方の子・新吉(つまり男の子の役)。
「おっかあ、ただいま。今日の稼ぎはこれくらいだったよ」
新吉はお母さん思いで、たくましい少年だ。
家族は、母の志津(大五郎さん)と叔父(橘菊太郎総座長)だけ。
父はいない。
実は父親は三千石の殿様なのだ。

一幕目でその辺のいきさつをやる。
8年前、母の志津は“志津香”という名で芸者をしながら、恋人の“新さん” (橘良二副座長)と暮らしていた。
突然中西(伍條ひろしさん)という侍が現れて、志津に懇願する。
「志津香殿、何も言わず、どうか若子と別れていただきたい」
実は新さんは武家の跡取りであり、その将来を思って、芸者には身を引いてほしいという。
「わかりました…」
志津は畳に手のひらを叩きつけ、号泣しながら別れを承諾した。

すでに身重だった志津は、馬方をしている実家の兄の下へ戻った。
そして、生まれたのが新吉だ。

8年後。
ある日、新吉がもらってきた一両小判が、別れの伏線。
「新吉、お前、これどうしたの」
「今日馬に乗せたきれいなお殿様が、かわいい子だねって言って、おいらに一両くれたんだ」
案の定、その殿様は、今や三千石の大名となった新さんだった。
新さんは奥方(小月きよみさん)とともに、貧しい馬方の家を訪れる。

「わらわの子は女子しかおりません。その子を引き取り、跡取りとして育てましょう」
奥方の傲慢な言葉。
けれど、このまま志津が育てても、新吉は馬方で一生を終えるしかない。
志津は、俯いて震えながら、新吉を手放すことを決意する。
「新吉、今日から新吉はお父と暮らすのよ」
「おっかあ、おいら、行きたくないよ」
「行きなさい」
「嫌だ、行きたくない」
志津はパシンと我が子の頬を叩く。
叩いた手を押さえ、振り絞った声で、
「おっかあの言うことが聞けないの!おっかあ、そんな子嫌いよ!」
この辺で会場からは啜り泣き。
ここは大五郎さんの女形芝居独壇場。
情け深そうな雰囲気のせいだろうな、この方にはかわいそうな女の人の役が本当によく似合う。

「最後にもう一度だけ、新吉の馬子唄が聞きてえなあ」
叔父に乞われて、新吉は唄い始める。
渚ちゃんが舞台中央に歩み出て、ぽろぽろ泣きながら、細い声で唄う。
思いきり観客の涙線に火をつけた後で。

唄い終えた新吉が、堪えきれなくなり、志津に絶叫する。
「おっかあぁー!!」
ざざ、と私の手足を鳥肌が覆った。
志津に駆け寄ろうとする新吉を、新さんが押さえて止める。
渚ちゃんが、懸命に大五郎さんに手を伸ばし、大粒の涙を舞台に落とす。
しがみつかんとする小さな手が宙を掻く。

恋しい、恋しい、恋しい。
子が母に縋る、苦しいまでに濃い思慕。
渚ちゃんの歳でも、当然芝居と現実の区別はついているのだろうけど。
親と引き離される悲しみは、9歳の彼女の本心からの叫びじゃなかったろうか。
以前、良二さんが口上で「この子は稽古のときから本気で泣くんですよ」と話していた。

泣く渚ちゃんと、泣き声を聞くまいと両耳をふさぐ大五郎さんを見ていたら。
私自身、心のどこかで、お母さんに縋る子どもの気持ちになっていて。
同時に、子に縋られる母の心境も浮かんでいた。
昔どこかでこんな気持ちになったような、ずっと持っていたような…
引き離される親子の姿が、心のふたを剥がして、人間の根源に沈むものを唄っていたのかもしれない。

これだから大衆演劇はやめられない。
橘劇団は現代的な明るさ・華やかさを持つ劇団だけど、根底に九州的な温度の高いぬめりがあって、そこに私はとても惹かれる。

今回は、新吉と志津の話に終始したけど。
『悲恋 涙の馬子唄』は、志津と兄(新吉にとっては叔父)の兄妹の物語でもあった。
次の記事では、菊太郎総座長の話をします。

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