貴方の、私の、「日本一」の話

今まで聞いた中で、一番共感したハンチョウ。
「日本一ぃ―っ!」
とある座長大会で。
とある若い座長さんの踊る『山河』の最中だった。
声の主はわからなかったし、踊っている座長さんもその日初めて観た方だった。
なのに、自分でも不思議なくらい心打たれた。
この一言に、なんて濃度の愛情が詰まっていることだろう!

なんとなく、勝手な想像。
ハンチョウをかけたのは、多分、長いファンの方じゃないかな。
座長さんも、その声にニカッと歯をむいて応えていたし。
激しい動きで乱れたロングの鬘の合間から、生気にあふれた目が光っていた。

しかし、“日本一”。
これって主観なので、なかなか難しい。
やっと少年から青年になったような彼の『山河』は、一振り一振りに情熱が迸っていて、澄んだ感じがした。
見方を変えれば、凄みや迫力はあんまりなかったかも…。
この座長大会の中でも、もっと剛を引き絞るような踊りをするベテラン座長はいた。

でも肝心なのは、そんなつまらない比較じゃない。
ハンチョウをかけた方にとっては、確かに日本一なのだ。
一つのまなざしの中で、彼の『山河』はどんなに巧みな芸とも代えられないのだ。

何かの縁で、ファンと役者さんが出会って。
心に火がついてしまったその日から、その踊りの一振り、その芝居の一声だけが、深く染み入る。
今、この文を読んでくださっている方も含めて。
多くの大衆演劇ファンの胸には、きっとそんな、代えられない誰かが住んでいるんじゃないだろうか?

かく言う私にも、惚れこんでいる役者さんは何人かいる。
彼に、彼女に出会ったとき、本気で“日本一”だと思った。
独りよがりな感動が体中で爆発した。
だってほら、芝居がこんなに深く落ちてくる。
踊りにこんなにくっきり物語が見いだせる。
ここまで涙を引き出せる人、他にいる?!
あの人、すごい!

「今はこの役者が一番すごいと思ってもな、そのうち必ず、もっと好きな役者、もっとすごいと思える役者が出てくるから」
観劇歴40年超の方のなだめるような言葉を思い出す。
あまりのめり込みすぎないようにという、新参ファンへの温情だったのだと思う。

それでも、興奮にまかせてこの世界に踏み込んでから3年。
たかが3年、されど3年。
ビックリするほど巧い役者さんに、何十人も出会った。
あの人が一番!なんて幼い主観を吹き飛ばす、圧倒的な心技体が通り過ぎていった。

――少し前までは、確かにあの人の芸が一番だったはずなのに。
思い込んだ“日本一”が、いつしか色褪せてしまうこと。
舞台の感動はいつまでも残ってはいるけれど、当時の弾ける興奮は静まって。
深奥で穏やかに揺らぐものになってしまうこと。
観劇のたび、こんなすごい人もいるのかと驚かされるたび。
「何年大衆演劇を見ても、○○さん以上に感動する芝居なんてないんだろうな」
と、はしゃいだ日は少しずつ薄らぐ。

けれど。
役者さんも、同じ時を生きている。
彼も、彼女もまた、変わっていく。

たとえば、私が追っている某副座長。
芝居で主役じゃないときは悪役か子分が多かったけど、今年に入ってから親分役を見るようになった。
子分に「ささ、親分」と案内されて、ゆったりと落ちついた歩き方で現れる。
高身長でない分、かえって静かな貫禄が滲む。
――かつて心酔した、名悪役の向こう側に積み上げられる、新しい色。

たとえば、私が一目惚れした某女優さん。
暗い情念みたいな曲を踊ることが多かったけど、先月までの東京公演では、明るめの流行歌をよく踊っていた。
『かもめの飛んだ日』とか『さそり座の女』とか。
テロテロの歌謡曲メロディーを、意志の強い瞳が好バランスに引き締める。
――かつて虜になった、情念あふれる舞台とは、異なるところから芽吹く色。

出会った頃と変わらず、大好きな、大好きな。
その腕が新たな世界を開いていくのを見ると。
胸の底に横たわっている懐かしい感動が、むくむくと疼きだす。
惚れこんだ個性に、また一つ新しい味が加わる。
そうなの、だからこの人が好きなのと、心が語り出す。

「今度、また新しいショーを作ろうと思っているんです。今までうちになかったタイプの曲で…」
副座長はそう話してくれた。
「次東京に来る時は、また新しい芝居をいっぱい考えてきますからね!」
女優さんは晴れやかに笑った。

変わっていく彼と、彼女と。
私は同じ時代を生きているのだ、嬉しいことに。

この世界に、どんなに名優が多くとも。
あの日の芝居、あの日の踊りが、頭の中をめぐりめぐる。
他でもない、この役者さんの客席で過ごした時間。
そして、垣間見えるこれから。
そんなものが、向かって行く未来に対して、心いっぱい叫ばせるのじゃあないか。

「日本一ぃーっ!」

――声は、大音量の『山河』の中でも響いた。
若き座長さんは、ニカッと歯をむいて応えていた。

貴方の、私の、それぞれの心深くに住む、“日本一”!

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