生きていく惚れ神と、生きていく私たちの話

――あぁ 惚れ神と生きる気になった――
この歌詞。
決定的なものを突きつけられたときみたいに、体に留まっている。

ご存知、『惚れ神』。
舞踊ショー鉄板曲の一つだし、きっと大衆演劇を象徴する曲でもある。
――惚れ神に会ったよ
そりゃもう 突然だったよ――

私は役者に惚れて、夢に惚れて、きつい香水の漂うあの異空間に惚れこんで。
惚れる心が無数に泳ぎ回っているからこそ、劇場の匂いはいつも濃厚だ。

でも“惚”の漢字を改めて見てみると、うすら寒い。
心が勿(ない)と書くのだ。
何かに夢中になったら、その分心を吸われてしまうみたいに。

思い当たる節はある。
劇場通いは、時間もお金もエネルギーも、かなりすり減る。
私の場合で言えば、大衆演劇にハマって以来、服飾にかけるお金がグンと減った。
「このスカート一枚で、何回木馬館行ける?って思っちゃうんだよねー」
これは、大衆演劇歴が同じくらいの友人の言葉。
そう、いつの間にか、デパートでは財布をなかなか開けないようになった。
第一、自分が可愛いスカートを履くよりも、可愛い女形を見ているほうがよっぽど幸せ…!

――惚れなさい 自分を捨てて 惚れなさい
誰かのために 生きなさい――

だもの。
惚れるってつまり、何かを吸い取られるってこと。

「しんどいわ…近くに来ると楽しいけど、とにかく、体力的に大変だった…」
お手洗いで漏れ聞いた、女性の一言。
このたび関東に乗ったのは、彼女が長年応援している劇団だったから。
大入りをできるだけ出すべく、腰や肩に鞭打って、ほぼ毎日通ったのだという。
千秋楽の日、彼女は大仕事を終えた責任者のように、静かに白髪を撫でつけていた。

惚れ神ってつまり、色々と吸い取っていく人のこと。

ホントに惚れてしまったら、服をちょっと我慢、なんてものじゃすまないようで。
“お花”は、その一枚一枚から、胸苦しいほどの思いが滴って見える。
こめられた思いの量だけ、なくなった心の数だけ。

役者に惚れる究極は、花井お梅になるのだろうか。
お芝居でもよくかかる、『明治一代女』のヒロイン。
「津の国屋ぁ―っ!」
最期は、喝采を送るみたいに歌舞伎役者の名を呼びながら、命を終えていく。

役者のために、罪を犯したお梅は哀れなんだけど。
自分の心が選んだものに全身全霊で奉仕するって、絶対気持ちいいだろうな。
物語に自分を重ねると、ふと口の中に恍惚を食む。
吸われて、捧げて、失って、空っぽの身を横たえる。
惚れるということは、本質的に死のベクトルを孕んでいるのではないか――

けれど、ここで思考に大きくブレーキをかけるものがある。
9月の篠原演芸場で出会った、『惚れ神』の光景。
この美貌の副座長さんの個人舞踊だった。↓

橘劇団・橘良二副座長(舞踊ショーより)


『惚れ神』がこんなに肌に吸いつくように似合うなんて…。
赤いサラサラの鬘、白い着物の光沢。
「良二―!」と、黄色い声が重なって飛ぶ。

惚れなさーい…と、軽く指先をくいっと手前に引き寄せる。
猫みたいな眼差しが、秘密めいて細まる。
「良二―!」「かっこいいー!」
ちょっと待って、何なのだろう、この場に渦巻く熱は。
周りを見回すと、歓声を上げる女性の、紅潮した頬。
惚れるってすり減るだの言っていた自分の浅はかさが、吹かれて飛ばされるようだ。

「あー、会いたいー!5月まで仕事頑張ろう、そしたら自分へのご褒美で遠征する!」
友人が、一番好きな役者さんの話をしているときの表情を思い出す。
人間、こんなに嬉しそうな顔ができるのかってくらいの。
喋ってるうちに照れてきて、彼女は童顔をうつ伏せてコーヒーを啜る。

「あらゆる芸能というのはね、結局、元気をあげるってことだと思うのね。凝り固まった心をほどいて」
長く興行の世界を見てきた方が、私に言った。

役者さんが客席に飛び込んでくる(ように見える)大衆演劇空間では、もらえる元気も、もしかしたら倍増されているのかも。
だって、目の前のお客さんの満足度に、今月の客入りがかかっているのだ。
芝居も、舞踊も、のっぴきならない生活勝負なのだ。
こっちも、自分の思いに酔って、吸い取られてる場合じゃない。
元気に通って、入場料を落として、舞台を回さなくっちゃ。

大衆演劇の本当にすごい所って、その生命力なんじゃないかと思う。
良い時期も悪い時期も、ある朝誰かがドロンしようとも、明日の幕は容赦なく開く。
だからなのか、あの舞台が投げかけるのは、一種の切羽詰まった勢いだ。
私は千と数百円の入場料で、生命の坩堝の中に降りていく。

――ああ 惚れ神と生きる気になった――

惚れちゃった分だけ、ちょっと疲弊する日もあるけれど。
お梅の恍惚も、この心には薄くよぎるけど。
送り出しの「また来てね」、ええ、行きますとも。

だから、受け取ったパワーを胸に、日常に帰る。
毎日しっかり働いて、お金稼いで。
ご飯食べて、たまにはスカートも買って。

私の、貴方の、惚れ神と一緒に、ずっと生きていく。
捧げきって倒れていては、この世界は回らないのだ。

“あぁ 惚れ神と生きる気になった!”

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