劇団KAZUMAお芝居「天神の半五郎」

2014.11.22 昼の部@四国健康村

ずしん、と飛行機が高松に着陸して、爆睡からパッチリ覚めた。
はるばる香川、はるばる四国健康村。
ちょうどうまいこと、四国で親戚の結婚式があったもので。
結婚式の前後に観劇を入れて、いざ2年ぶりのシコケン!

「天神の半五郎」は、まだ当たったことのない外題だったので嬉しかった。
登場人物たくさん、表される人間関係もたくさんのお芝居だった。

まず、半五郎(藤美一馬座長)・又五郎(柚姫将さん)が、実の兄弟。
半五郎・又五郎と乳兄弟なのが、上総の伍蔵(龍美佑馬さん)。
又五郎を自分の若い衆に入れたがっているのが、井草の菊蔵(冴刃竜也さん)。
又五郎と恋仲なのが、芸者の小染(千咲菜野芭さん)。

個人的には、上総の伍蔵の、又五郎に対する恨みがダントツで見所でした!
佑馬さんの熱演に心打たれた!

龍美佑馬さん(当日舞踊ショーより)


佑馬さんは、悪役を演じていても、どうしても素の温かみが出ているなぁと思うこともあるのだけど…。
この伍蔵役では、引け目ゆえに曲がった、性根の悪さが表現されていた。
(“コンプレックスゆえの悪役”というのが私にはたまらない)
一馬座長にも、口上で「今日は本当に悪い奴やったなあ」といじられていたくらい。

伍蔵は、赤ん坊の時、捨てられていたのを、半五郎・又五郎の両親が拾って育てた。
だが、大人になった伍蔵は、乳兄弟を裏切った。
佑馬さんが登場したとき、腰に差している、十手の朱色の房が目についた。
又五郎いわく、「俺たちやくざの大嫌ぇな二足のわらじ」=十手持ちになったのだ。

そればかりでなく。
「なあ、又五郎、悪いことは言わねえ、井草の親分の若い衆になれよ。それで俺とも、またガキの頃みたいに、楽しくやろうぜ」
伍蔵は、井草の親分の下についた。

伍蔵が、なぜ、手のひらを返してしまったのか?
ということが紐解かれるのが、天神の森で、又五郎と伍蔵が対峙する場面。
井草の親分に捕らわれた又五郎=将さんが、縄の下から、鋭くねめつける。
「上総屋、お前って野郎はそれでも人間か。犬か、畜生か」
「おっかあの右の乳房を俺が吸い、左の乳房をお前が吸って…俺たち兄弟とお前は、何の分け隔てもなく育てられたじゃねえか」

けれど、伍蔵は又五郎に憎悪のまなざしを返す。
「ふざけるな!俺は子どもの頃、世間から捨て子、捨て子と蔑まれた目で見られてきた。そんな俺を、お前たち親子はよく庇ってくれたよ。けどな、結局お前たちだって、俺を見る目は同じだ。捨て子を見る目だ」

幼い捨て子の見ていた風景が、暗くせり出してくる。
「俺がいないときに限って、お前のお父とおっかあが、お前たちにだけまんじゅう買ってやったり、飴舐めさせてやったり。それを陰から見ていた俺の気持ちが、お前にわかるか?」

佑馬さんの語りを聞くうちに、伍蔵のねじれた心の内が明かされる。
忘恩の底に浮かぶのは、捨て子が抱き続けてきた、羨望と恨みの情景。

伍蔵は口調を荒げて、又五郎への憎しみを叩きつける。
「又五郎…俺は子どもの頃から、お前が嫌いで嫌いで仕方なかった。何度叩き斬ってやろう思ったか知れねえ。絶対に、お前よりは偉くなってやると決めていたんだ」
「だから俺は十手持ちになった。井草の親分の下についた。今、俺が通れば、俺を見下していた世間の奴らがみんな、親分さん、親分さんと頭を下げるようになったぜ」
灰色の着物に、朱い十手が咲く。

「それでも、世間の見る目が変わっても、又五郎、お前だけは変わらねえ。相変わらず、俺を見下した目で見るじゃねえか!その目を見るたび、俺は悔しくて悔しくて、夜も眠れねえ思いがするんだ!」
伍蔵の叫びとともに、両者の尖った眼光が、舞台中央で絡み合う。
佑馬さん・将さんとも汗流して、憤怒の熱が、客席にも流れ込んでくるようだ。

佑馬さんのお爺ちゃん役が逸品なのは、誰もが知るところと思うんだけど。
最近は、こんな敵役も見る機会が増えた。
どんな役も、懸命に演技される姿が清々しい。

ところでこの芝居を見るとき、端のほうの席に座っていた。
端の席だと実感するのが、将さんのお芝居の“見やすさ”である。

柚姫将副座長(当日個人舞踊「酔っぱらって子守唄」より)


たとえば最初の場面で、又五郎は小染と話をしている。
客席から見て、将さんが左側、菜野芭ちゃんが右側。
このとき、将さんの体は菜野芭ちゃんのほうを向いているけど、顔は不自然にならない程度に、客席正面に向けられている。
「すぐに、また金策に行かなきゃならねえ…」
と喋りながら、要所要所で、客席の左手に顔を向けたりする。
だから、客席全方位から、表情がよく見てとれる。
(懐かしい1年前の篠原演芸場でも、同じ工夫に感動した)

それから、小染が用意してくれた、お金を受け取る場面では。
「ありがてぇ、これで兄さんを迎えてやれる」
と言いながら、左手に乗せられた小判の包みが、体からかなり離されて、客席に向けて差し出されている。
自然と、小判の包みに目が行く。
そういえば、昔おっしゃってたなと思い出した。
「舞台で物を持つとき、普通に持ったらいけないんです。必ず、お客さんに物がハッキリ見えるような持ち方をすることにしてるんですよ」

将さんについて、いい役者さんだな、と繰り返し思わされるのは。
派手な見せ場より何より、こういう、さりげない芝居作りを見たときである。

にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)