春陽座お芝居「オランダ吉五郎」

2012.10.12@篠原演芸場
お芝居「オランダ吉五郎」


写真・おみつを演じた澤村みさとさん(舞踊ショー10/12より)。
春陽座


特にお芝居の中で重要なセリフだったわけでもないのに。
何気ないセリフ一言が、いつまでも耳に残ることがある。

それは観ている私のその時の気持ちにぴったりだったり。
思い入れのある役者さんが言ったセリフだったり。
単に語感がきれいだったり、理由は様々。

春陽座の「オランダ吉五郎」でもそんなセリフに出会った。

年老いた母(北条真緒さん)と娘のおみつ(澤村みさとさん)は、幼い頃に生き別れた息子を探して旅をしている。
息子(滝川まことさん)は偶然母娘を助け、互いに親子だと気づく。
でも息子はおっかさん、と手を伸ばしかけてやめてしまう。
息子は「オランダ吉五郎」と名の知られた犯罪人になっていたからだ。
こんな俺がせがれだとしたら、嫁入り前の娘さんに傷がつくじゃあありませんか。
涙こらえてそう言う。
母娘のほうも全部分かっていながら、吉五郎の気持ちを察して泣きながら頷く。

「故郷に帰って、せがれの帰ってくるのを待つとしようか…」。

絶対に帰ってくることはない、目の前にいるせがれの帰りを。
もうここ自体、春陽座の演技力で演じられると涙の浮かぶ名場面なんだけど、肝心なのはこの後。

吉五郎と別れて場を立ち去りつつ、おみつが母に呼びかける。
「帰りましょう、おっかさん」
この一言を二回繰り返しながら、お母さんを支えて歩いて行く。

なんてことないセリフなんだけど、私は胸を衝かれてしまった。
だって吉五郎はまだ夕焼け空の下に一人いて、母娘を見送っているのだ。
その息子を残して故郷に帰りましょうって。
どこに帰るの。
何のために帰るの。

夢から帰るのかな、とふと思った。

何の手掛かりもない旅だけど、いつか生き別れた吉五郎を見つけて、一緒に連れて帰る。
そして親子三人で一緒に暮らす。
旅の道中、母娘はそんな淡い未来を思い描いていたはず。
でも現実に息子を見つけたら、一緒に暮らせない相手になっていた。
せっかく会えたのに、別れなきゃいけない相手になっていた。

だから夢はおしまい。
夢から帰って、また二人で暮らしましょう。

勝手に深読みをしまくるのが性なもので…。
実際にはこんな意味はないと思う。
でもあのセリフが二回、噛みしめるように繰り返された瞬間。
この別れの場面に込められた意味、お芝居の人物のここに至るまでの歴史、そういうものが私にどうしようもなく迫ってきた。

結局このお芝居は、終盤で吉五郎が母娘を追いかけていって、ハッピーエンドの予感を漂わせつつ幕となるのだけど。
あの悲しく歌うような「帰りましょう」は、珠玉だったと思う。

母娘が花道を行く。
「帰りましょう、おっかさん」
「帰りましょう」
後ろに夢を残して、故郷へ向かう。
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