橘菊太郎劇団お芝居「お化け月夜は妻恋宿の留八」・2

2014.9.27 昼の部@篠原演芸場

篠原に通った9月、私の最大の目的は。
劇団の頭・橘小次郎さんの芝居を、ガッツリ見ることだった。

よく見る、やくざの若衆の一人みたいな役だって、芝居を太く締める声とか、場全体を計算した動きとかは、よくわかるけれど。
「明治一代女」の巳之吉や、「鶴八鶴次郎」の佐平に垣間見えた、あの絶妙な粘っこい演技にもう一度出会いたい!
願っていたら、当たった。

「お化け月夜は妻恋宿の留八」の流れ星の源太。
留八の兄貴分であるこの役は、唯一、最後の最後まで留八を裏切らない。
(大五郎座長の留八の切なさを語った前回の記事)
「親分、留八にも語るべき話があります。こいつ(留八)が言えないようであれば、代わって話させていただきましょう…」
小次郎さんの声の中に、義と情が膨らむ。

橘小次郎さん(当日個人舞踊「酒の川」より)


この人の芝居は、なんでこんなに見事なんだろう。
私が目を見張ったのは、前半の火事の場面。

赤い照明に包まれた舞台で、三吉一家の若衆たちが立ち往生している。
燃える屋敷には、親分(水城新吾さん)とお嬢さん(三條ゆきえさん)がまだいる。
小次郎さん=源太は「親分!」と叫んで、舞台右手の屋敷に飛びこもうとするけれど。
火の勢いと煙に押されて、地面に転がる。

そこに大五郎さん=留八が駆けつけ、無理やりに屋敷の中へ飛び込んでいく。
弟分が火の中に消えるのを見て、源太は跳ね起きる。
「留八――留!」
今度はどんなに火勢が強かろうが、ためらわずに、火の中へ突進する。
だが、他の若衆に「やめろ、死ぬぞ!」と押さえつけられる(裕太郎さんだったか…?)。
源太は、止める腕を振りほどこうともがく。

これより前の場面の留八のセリフで、
「俺がこの一家に来たのは、源太の兄貴が連れて来てくれたからだろ。お嬢さんとの仲人を頼みたいのは、兄貴しかいねえんだよ」
と、兄弟分の縁の長さがほのめかされているのが、効く。

「離せ、おい離せ、留がいる、中に留八がいる!」
赤い照明に浮かぶ、小次郎さんの横顔は、牙をむいて噛みつかんばかり。
自由のきかない体が、それでも必死で燃え盛る屋敷に向かう。
腰を捕まえられているので、足がずりずり地面を滑る。
とにかく、凄まじい臨場感だった。
火中の弟分に伸ばされる腕に、子を守る親にも似た、庇護の心が噴き上がる。

源太の愛情深さは、後半の祝言での長ゼリフに響いてくる。
お嬢さんと、文太郎(橘良二副座長)の祝言の日。
憤怒のあまり、幼子のように肩で息をする留八を、源太は背後に庇い、親分に向き合う。

「こいつはね、親分、あの火の中に飛びこむ前、こんな可愛いことを言ったんですよ。“お嬢さんは俺と夫婦になる人だ、親分はおとっつぁんになる人だ、おとっつぁんを俺が助けないで誰が助けるんだ”って」
「命がけで親分と嬢さんを助けた留八に、化け物、化け物と…もっと違う、言うべきことがあるんじゃないんですかい」

留八本人でなく、源太がその心を代弁する光景に、わずかに救われる気持ちになった。
生傷にまみれた恨みは、せめてもの兄貴分の情けの膜に包まれて、観客に晒される。

「留八が歩けば、町の女衆たちが、まあ良い男ねと騒いだもんだったのに。それがほんの一時、半時で、こんな化け――こんな顔に…」
小次郎さんの語り口に、静かな悲嘆と怒りが浮き沈む。
いくら説得しても態度を改めない親分に、源太はとうとう告げた。
「留八一人にはさせやしません。この流れ星の源太も、親分子分の盃は、今日限りで水にしていただきたい」
矜持は、親分子分の義を捨て、兄弟分の義を選び取った。

そして、義を超えて。
「さ、留八、家に帰ろう。おふくろさんのところへ帰らなきゃな」
小次郎さんの表情・仕草一つ一つに、“人としての情け”が大きく脈打つ。
――化け物はさっさと帰れ!
先ほどまで舞台に響いていた、三吉一家の連中の冷酷な言葉と相反して。
「ちょいと待ってなよ?ん?」
と、あやすように留八を覗きこむ源太の姿。
そのまなざしに溶ける温情は、見る側の心にねばぁっと、滴る糸を引く。

…引くんだけど、湿り気は一瞬だけ。
「留、ここを出るまで、誰にも顔を見られたくないだろう。俺が今から行って、提灯を全部消してきてやるから、それまで待ってなよ」
晴れ晴れとした笑顔が、場の感じをカラッと乾かす。
芝居に感情が沸き上がったと思うと、くどくなる前に、あっけらかんとした窄まりに落とされる。
このバランスが、どうにもこうにも、妙技…!

衝撃を受けたばかりの私は、酩酊状態みたいなものなので、ちとアタマを冷やすべく。
同様に、この東京公演で初・橘劇団の観劇仲間達から、小次郎さん評を聞いてみる。
ある友人は「小次郎さんの芝居、存在が好きです」と言い、私が見逃した女形芝居の良さを教えてくれた。
ある友人は、凄みのある悪役と楽しげな舞踊姿のギャップに触れて、「この方はどれだけの引き出しをお持ちなのだろうか?」

うん、やっぱり、引き出し、底なしよね?
ひそむ世界が、深そうだよね?
たった2ヶ月の東京公演。
幕は開いたばかりで、瞳の妖気を一瞬閃かせて、すぐに閉じてしまった。
続きは、来年の関東公演で。

ところで、9月の篠原通いを通して友人になれた橘ファンの方が。
小次郎さんについて可愛いたとえをしていた。
「くしゃっと笑う表情が、狛犬みたいで可愛いですよねー」
に、似てる…!
以来、近所の神社の狛犬を見ると、かの頭を重ねてしまう日々。

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