橘小次郎さん個人舞踊「夜叉のように」(橘菊太郎劇団)

2014.9.21 夜の部@篠原演芸場

一の面は、女。
二の面は、怨。
三の面は、夜叉。
四の面は…?

胸底を抉る芸だった。

橘小次郎さん「夜叉のように」より


面というアイテムの奥深さ。
私は、大学時代に民俗学・文化人類学をやっていたのもあって、やたらと好きだ。
面は憑依、面は念。
顔に付ければ、尖った情念をそのまま被る。

この夜の橘小次郎さんの面の踊りには、篠原の客席のあちこちがドォッと沸いていた。
舞踊が終わった時、右隣の連れも、
「今のすごかったじゃない、ねえ!」
と言っていた。
横の私はその十倍くらい、すごい!すごーい!と興奮しっぱなしだったのだけど。

なんたって、四枚も面を使うのだ。
その一つ一つを、瞬時に付ける。
瞬時に入れ替える。
小次郎さんが腕を眼前に上げたと思ったら、次の瞬間には別の顔。
前の顔を割り割くように、異なる人格が突き出してくる。

――燃えるいのちに赤く染まって
ああ この胸に激しい鬼がいる――


曲は、女性の愛憎を歌った、山本譲二の「夜叉のように」。
一番が終わるあたりで、最初の面が現れる。
赤い着物が、小次郎さんの顔の前で揺れ、女の面が飛び出す。
鋭い目をした女の顔が、ねっとりと首をひねる。

私の脳裏に焼きついたのは、次の二枚目の面。

――一人寝する夜の呼びかけは
あなたの胸に 突き刺り――


歌に現れる心は、苦しい恋情にもつれて。
再び、一瞬の仕草で。
女の面は、怨みを凝縮したかのような面に変わる。

小次郎さんは花道中央で歩みを止めて、腰を落とす。
全身が、苦悶に耐えかねるかのように、わななく。



――ああ ひとすじの悲しい鬼がいる――

震える腕、肩、足から、煩悶が体の外に染み出す。
けれど、“女”の一人きりのもがきは、孤独を深めていくばかり。
体の内に、さらなる憎悪を吸い上げる。

私は花道脇の席だったので、この場面は本当に目の前だった。
ぎり、ぎり、ぎりと、地の底で悶える痛みが、私の胸にも差し込まれるようだ。

小次郎さんがおもむろに立ち上がって、舞台へ戻っていく。
二枚目の怨の面が外されると、その下から三枚目の面が現れる(最初の写真はちょうどその場面)。
ついに、夜叉の面だ。

――惚れたあなたに 辿りつくまで
乱れた紅のまま――


曲的にも、“女”の愛憎は濃く頂点に達し、ここがクライマックス。

…でも、私がハッとしたのは、この後。
情念が最も尖りきったところで。
小次郎さんは、一度、面を取って素顔に戻る。
そのときの表情に驚いた。
しんどそうに目を伏せて、今にも眠りこんでしまいそうな顔つき。



夜叉が、人に戻った。
さっきまで、何かが憑依していたんだろうか。
面に込められた情感が、踊り手の心と重なっていったりするんだろうか。

ひそんだ呪いは、面を通して、踊り手の呪いになる。
そこには、確かな芸の力が、なんと苛烈に迸っていることだろう。

最後に、四枚目の面が客席に剥かれる。
身を焦がす“女”の行き先がどうなるか…
これは、私の文より、ぜひ実際に見てみていただきたいので、あえて書かないことにします。

橘劇団・頭、橘小次郎さん。
絶妙な粘り気のある芝居に、惹きつけられる。
哀愁と懐古をまとう舞踊も、心に染み入った。
どちらも、この役者さんの中に沈めてある、広い世界の一端を見ているに過ぎないのだろう。

お萩は、また一人、本当にすごい役者さんに出会えました。
幸せ!

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