橘小次郎さん個人舞踊「夢追い人」(橘菊太郎劇団)

2014.9.13 夜の部@篠原演芸場

「彼ら(役者さん)は、メロディとかじゃなく、歌詞をまず見るの。自分で歌詞をこういうことなんだと理解して、それで踊るの」
大衆演劇を40年見ている方から、教えていただいたことがある。
ということは個人舞踊って、自分の振り、着物、化粧、雰囲気まで、歌詞に描かれた物語に限りなく近づけていく手仕事なんだろうか。

歌詞と、役者さんと。
二つの存在が、ぴたりと縫い合わされた舞踊を見た。
――アー惚れただけ未練だね
もう移り香さえも残ってないのに――

哀愁気味の歌詞と、小次郎さんと、水色の鬘と。
まとめて一体になって、複合的に醸される芳醇。
極上だぁ。

橘小次郎さん「夢追い人」


左手から、ゆっくり出てきた。
涼しげな水色の鬘が印象的だった。
初めは茫洋とした顔つきで。
段々、沈み込むように、曲の中に入っていく。

――馬鹿だよ いつまでも若くはないのに
きのうを心に 抱いてるなんて――

舞台右手に歩み寄って、腰を落とす。
指で、ちょいと頬に触れる仕草。
貼りつく艶に、おおう…と胸中で唸った。
いかにもキメる感じでなく、目線に力が抜けているので、さりげない姿に映るのだ。

両手を打ち合わせたり、片腕だけ掲げて客席にポーズを決めたり。
誰でもやる踊りの仕草が、とても決まって見える。
多分、速度があるから。
手足の動きが、極めて俊敏だからだ。
しかも、鷹揚な振りから俊敏な振りへ移る間が、全然ない。
シュパッと切れ味よく、旋律に乗る。

ずっと昔から、体がこういう反応を覚えているのだろうか。
芸の強さが、目に爛々と光る。

「夢追い人」の歌詞が語るのは、いくつかの懐古だ。
まず、直接的に言葉にされている、別れた女性への未練。
――アーいい女だったよね
やさしくなんか なかったけど――

それから、歌の端々に現れる、皮肉気味に人生を眺める男の心。
――幸せの真似させてくれて――
そして歌世界全体から零れるのは、ふいに過去を振り返るときの、胸の底が薄く空くざわめき。
――別れ人 思いで人 夢追い人
この雨がやんでも 帰ってこない――

雨に見るのは、通り過ぎた日。
歳月を経ても、いまだに心の隅で呼び続ける、切り取られた時間。

今、小次郎さんは33歳とのこと。
絶妙な年齢だと思う。
まだ若者なんだけど、通り過ぎた日々も多くなったのじゃないか。
紆余曲折も指の数を越えたのじゃないか。
そんな想像が勝手にはたらく、熱と影の境目の歳。

気づくと小次郎さんが、何の感情ともつかぬ笑みの形を刷いていた。


中盤からは、笑顔が目につく。
曲中の“未練”もひっくるんで、笑ってしなやかに流す。

最後のサビ、
――アーいい女だったよね――
のところ、歌のキーが感傷的に少し上がる。
ここで舞台中央にしゃがんで、目を伏せて。
思い返す、噛みしめる。
橘劇団・頭の内側には、沈んでいるものが、きっとたくさん。

やがて、ふわりと笑顔が浮かぶ。
懐古すら楽しむように、今の舞台で、笑う。
溜めた間とともに、客席に指先を放つ。

…今はできるだけ冷静に書いてるつもりだけど、見ていたときはカッコよすぎて大変でした。
うわぁー!やられた!って叫びたかった(笑)

そして「夢追い人」を検索してみたら、またも作詞が荒木とよひさ。
「あんたの大阪」の詞に続く衝撃。
普通の言葉なのに、いつまでも耳に残る。
こういう詞はどうやったら出て来るんだろう。

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コメント

私は最近大衆演劇を見始めた、初心者ですが、舞踊をこんなに深く見ているのですね
私は芝居の方に関心が強く、舞踊はよくわからないなあといったレベルだったので、大変勉強になりました
ランキングをクリックさせていただきます

>山口ジジイ様

いらっしゃいませ!
お誉めいただき、恐縮です。
私も元々は、断然、芝居>>>>舞踊でした。
舞踊が大好きという友人が多いので、「なぜこの衣装・鬘・曲を選んだんだろう?」と注視するようになったら、舞踊ショーも役者さん一人一人の魅力をじっくり味わえる時間になりました。

私もランキングから山口ジジイさんのブログ、拝見させていただいていました。
芝居の筋・演出を細かく書いてくださっているので、情景を思い浮かべながら読んでいます。

よろしければ、また遊びにきてくださいね♪

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