橘菊太郎劇団お芝居「水郷夫婦船」

2014.9.6 夜の部@篠原演芸場

光に、どうしようもなく、取り残されていく人生が四つ。

まずは、悲しみにくれる夫婦の影。
小さな娘(パラパラ渚さん)を手放した、父は橘大五郎座長、母は小月きよみさん。
残された夫婦の情景は、冷え冷えと暗い。

橘大五郎座長(当日舞踊ショーより)


小月きよみさん(当日舞踊ショーより)


昨年12月から、実に9か月ぶり(!)の篠原演芸場。
靴を脱いで靴箱の板を抜き取る…この感触がすでに懐かしい。

「水郷夫婦船」は、よくある“大事に育てた子を、子の将来のために手放す”お話。
けど、今まで見たこの型の芝居で、最も喪失感があったのだ。

大五郎さん演じる大次郎が、婿入り先の江戸屋を追い出される場面で始まる。
大次郎の妻・お国(三條ゆきえさん)は、心底嫌そうに言う。
「大次郎さんはね、胸を患ってるの。ずっと変な咳をしてるわ。もしかしたら労咳かもしれないじゃない」
お国の兄(橘良二副座長)に「子が生まれたばかりだろう」とたしなめられても。
「あの子は、大次郎さんにあげるわ。それであたしは、別の人のところにお嫁に行くの」

大次郎は仕方なく、まだ赤ん坊の娘を連れて、故郷の水郷に帰った。
きよみさん演じる女船頭と知り合い、やがて連れ添うようになる。

七年後、水郷名物のあやめ祭りの季節。
貧しいながらも仲良く暮らす親子三人を、江戸屋の兄妹が訪れる。
「今さら、あんたたちが、何の用で来たんです」
大次郎は冷めきって言う。
だが、兄は憔悴した様子で訴えた。
――江戸屋には、跡取りがいないんだ。
――お前の娘を、江戸屋の跡取りにくれないか。

当然、大次郎は断った。
けれど、血の繋がらない娘を溺愛していた女船頭は、「返しましょうよ」と言う。
「このままあたしたちが育てても、所詮、この子の将来は女船頭だよ。返せば、江戸の大店の跡取りになれる」
加えて、大次郎がずっと患っていた胸の病が、命を蝕むところまで進行していた。
「次に血を吐いたら、もう助からないって…」

愛娘を、貧しい父なし子にするわけにはいかない。
夫婦は泣く泣く娘を行かせた。
「お母ちゃん、遊びに来いよ。お父ちゃん、病気治せよ!」
渚ちゃんが、涙こらえて呼びかけながら、花道をはけていく。

「遠くから、あの子の幸せ、祈ってやろうねえ…!」
大五郎さんときよみさんだけが残された舞台を見て、ハッとした。
暗い。
さっきまでと同じ、あばら家の前、造花のあやめが並べられた光景なのに。
「もうあの子は今頃、水郷を出ているんだ…」
希望を失って泣き崩れる夫婦を見ていると、空気の一張り一張りに、切れる闇が深い。

花道脇の席で泣きながら、私は、もう二つの暗い人生のことを考えていた。
良二さんとゆきえさんの、江戸屋の兄妹のことだ。

橘良二副座長(当日舞踊ショーより)


三條ゆきえさん(当日舞踊ショーより)


序盤の兄妹は、裕福に育てられた者特有の傲慢さで、婿の大次郎を追い出す。
けれど、兄妹の人生にも、落とし穴が待っていた。

「二年前、江戸屋は火事になった」
「私たちが財産を失うと、お国と和泉屋の若旦那との間で進んでいた縁談話も、それきりになった」

七年後の場面で、兄妹が再び大次郎を訪れた時、変貌ぶりに驚いた。
ゆきえさんが、頼りなさげに地面に手をつく。
「大次郎さん、本当に、本当にごめんなさい」
お国は、自分が和泉屋の若旦那に捨てられて、初めて大次郎に申し訳ないと思ったという。
細い体を覆う、喪服のような黒の礼服。
七年前のピンクの振袖の面影は、どこにもない。

そして兄は、火事で失明していた。
七年前、扇子を優雅に携えていた彼は(良二さんがやると涼しげな風情ですごく似合う)、お国に行き杖を引かれて、のろのろと現れる。
「火事から懸命に立て直し、今は昔以上の江戸屋になっている、でもその江戸屋には跡取りがいない……頼む、大次郎」
途方にくれた声が弱々しい。

夫婦も、兄妹も、人生の一番良い時期を過ぎた。
あの光はどこへ行った。

「どうせ助からねえ命なら、この命、子供のために使いてえ!」
命潰える大次郎の前で、並べられたあやめの紫だけが鮮烈だ。

人生の哀しさが四つ、舞台の上で身をよじる。

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