藤美一馬座長 個人舞踊「船頭小唄」(劇団KAZUMA)

2014.8.6 昼の部・夜の部@和歌山ぶらくり劇場

藤美一馬座長は、そりゃもう、美しいです。
特に女形は、ほっそりと可憐で、品の良い令嬢みたいな魅力があって。
かつて私は友人と、“座長さんの女形みたいなお嬢さんの下女になりたい”と妄想トークをしていたことがあるくらい…。
「あんなお嬢さんに、あれ取って来てとかあのお菓子焼いてとか、命令されたいー!」
遠征先の旅館で、朝から晩まではしゃいだものだ。

ついこの前、もう一度、改めて。
この役者さんの美しさを、しっかり見つめたいと思わせられた。
華やかな女形ではなくて。
――己は河原の枯れ芒――
影に浮き沈む、ひとりの男の唄。

写真・藤美一馬座長「船頭小唄」より


ぶらくり劇場で久しぶりに出会えた、一馬座長の「船頭小唄」。
上方に照明で月を作りだし、場は薄闇。
笠で顔を隠したまま踊るので、見る側の意識は、自然と滑らかな動きに集中する。

――己もお前も 利根川の
船の船頭で 暮らそうよ――


踊る手足から、筋から、旋律が漏れ出てくるようだ。
深い川底にある、水の流れを思わせる。
音を立てることもなく、ただ決まった方向へ、脈々と流れる。

こういう舞踊を見ていると、幼い頃から踊りが体に染みついているのを、思い知らされる。
“もともと父が大衆演劇の役者だったので、僕は3歳くらいから舞台に立っていました”
“父と三波春夫さんの「船方さんよ」という曲で踊ったりしたのを覚えています”

「演劇グラフ」2013年6月号の、一馬座長のインタビューより。

それから、40年以上。
長い年月だ。
長い人生だ。
毎日、毎日、砂粒を数えるように果てのない、日々の積み重ね。
踊りの向こうに、その道程の長さが、ほんの少し透ける。

照明のやっさんが、幕に投げかける月の下。
全身は墨の色。
笠の中、どんな表情で踊ってらっしゃるのかな。

劇団KAZUMAをたった2年しか見ていない私でも、気づけば舞台の風景はじわじわと変化した。
若手さんの舞踊が増えたり。
お芝居の主役を、座長さんだけでなくローテーションしていたり。
メンバーも何人か入れ替わった。

日々変わりゆく座を、背負って立つ人の荷を思う。
2013年秋の東京公演だったか、一馬座長が口上で言っていたことを思い出した。
「最近は、どんどん若い座長さんが増えてきて。もう、私の歳で一人座長って、本当に全然おらんのですよ」
言われれば、そうかも。
あっちもこっちも、世代交代に忙しい。
わんさかいる30代座長さんは男盛り、これまたドドッといる20代座長さんは花盛り。

――枯れた真菰に 照らしてる
潮来出島の お月さん――


一人で、一馬座長は淡々と踊っている。
空の月一つを抱いて。
ため息が出るほど、しなやかに、
手足の一振りに呼応するように、凛然とした空気が客席に霧散して、小さな痺れが私の体内にも残る。

体に染みついた芸は、もちろんとして。
上乗せされているのは、積もり積もった歳月の数だろうか。
重ね重ねたこころの数だろうか。

この「船頭小唄」を受け止めるには、まだ私の目も言葉も、全然足りないけれど。

――熱い涙の 出た時は
汲んでおくれよ お月さん――


幾重にも塗り重ねたものにだけ芽吹く、風合いがそこにあったのだ。

劇団KAZUMAの芝居の余韻に浸りながら、ぼんやり座っているとき。
興奮冷めやらぬ遠征帰り、夜行バスに乗り込むとき。
情の固まりを、ぎゅっと両手に握らせてもらったような、不思議な感触が残っている。

この掌に受け取るぬくさは、いつまでも変わらないといい。
劇団の要に、一馬座長がいる限り。
いつだって、しれっとギャグを飛ばしながら、陽気に太鼓を叩いてくれる座長さん。

座長さんが、若手さんと絡んでいる光景が好きだ。
たしか8/6(水)の口上では、舞台に上がった差し入れの袋を抱えて、一言。
「いただくものは、どんなもんでもいただきますよー、腐ったもんは全部コイツ(お隣のKEITAくんを指して)に食わせますから。お前は若いから大丈夫やろ~!」
私の隣の常連さんが、ぽそっと、
「若いけど、一番弱そうやんなぁ」
うん(笑)

一馬座長が楽しそうに笑ってて、今日は良い日だ。

写真・8/7(木)昼の部舞踊ショーより


藤美一馬座長は、そりゃもう、美しい。
歳月を折り込むほどに、深く笑む、やさしく咲く、藤花の面影。

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