劇団花吹雪お芝居「波止場の狼」

2014.7.13 夜の部@三吉演芸場

『波止場の狼 横浜を舞台にしたオリジナル狂言』
劇団側の自作という予告チラシに、そうあった。
「今夜の演芸場のお芝居、横浜が舞台なんでしょ。お客さんにその話してくる人が多くて、ちょっと気になってるのよ」
開演前、地元の商店街の下駄屋さんと話していたら、そう言われた。

そんなわけで気になっていたその内容は、とても大衆演劇らしい母子ものだった。
おしゃれな横浜が舞台と言えど、生き別れの母とやくざの息子の物語は、『瞼の母』を彷彿させる。
ただ、よくある母子ものと一線を為していたのは。
「博、お前…なんて、なんて姿になってくれたんだい!」
母を演じる桜京誉さんの、匂い立つ色香だった。

当日の舞踊ショーでは京誉さんの女形がなかったので、お芝居の雰囲気を伝えるために、昨年の写真を引っ張りだしてきた↓
写真・桜京誉さん(2013/2/24舞踊ショーより)



2014/07/13当日の京誉さんの個人舞踊はこちら↓


京誉さんが演じるのは、横浜にあるバーのマダム。
小桜あきなさんの女給に、「ママ、ちょっと来て」と呼ばれ、舞台袖から初めて京誉さんが現れたとき。
濃い艶めきが、舞台の板にねっとりと絡み始めた。
あの、目。
映るもの丸ごと全部、軽くいなすような眼差しに、ほんのり赤いアイシャドーが色づく。
金色に近いような亜麻色の鬘が、モダンだった。
着物の黒が、姿を引き締める。

マダムが呼ばれたのは、やくざの波止場組が押し掛けてきたからだった。
組長の博(桜春之丞座長)が、じろりとねめつける。
「逃げ込んできた二人組が、奥にいるはずだ」
組から逃げ出した若い衆(桜恵介さん)とその姉(小春かおりさん)を、バーでかくまっていると疑っているのだ。
でもマダムは、ちっとも怯えず。
「何言ってるんだい。そんな二人なんか知らないよ。知ってるんなら出すけども、本当に知らないんだから出しようがないじゃないか」
肩をすくめて言ってみせて。
そして組長が去ってから、実際には奥に隠れていた二人を、「もう大丈夫だよ」と呼ぶ。

京誉さんのちょっとした仕草にも、私は見惚れっぱなしだった。
たとえば、組長に言われて、外出するとき。
「ちょっと待っておくんなさいよ」
と、着物の襟元を整えて、首をわずかに揺らす。
首筋から、立ち昇る強い甘さ。
多分、全て狙っていらっしゃるんだろうと思っていても、やられる…!

京誉さんの女形芝居は昨年も見たけど(「おとめ与三郎」)。
尋常じゃない色気だと思うのだ。
切れ長の目が、物憂い気に、一種かったるそうに開く。
目線は、斜めに傾いて、硬い線の輪郭にしゅうっと差し込まれる。
御年52歳になられるのかな。
熟しきって、渋みと甘みがぐずっと滴る実みたいだ。

「波止場の狼」のマダムは、実は“母”という設定が面白い。
組長の博が、幼い頃、生き別れた息子だということが判明したとき。
マダムが泣いて訴えるのは、「かたぎの姿で会いたかった」。
それこそ、『瞼の母』の水熊のおはまのように。

でも、京誉さんのセリフのトーンは、どこまでも“女”。
「なんて姿になってくれたんだい…!やくざなんて、良いもの着て、大勢引き連れてたって、心が汚れてるよ!」
母親らしい包容力とか忍耐とかなく、自分の落胆の気持ちを迸らせる。
「貧乏したっていいじゃないか。牛乳配達だって、どんな仕事だって、かたぎの姿で現れてくれれば…なのに、博の馬鹿!」
泣き崩れるというより、甘くしなだれる姿は、やっぱり“女”。
高い声に、心弱さがにじむのが、またたまらない。

マダムは、確かに息子に愛情を感じているんだけど。
息子から離れていた何十年もの間、身の内側では母性が培われなくって、その分、女性性だけが肥えたような…
ちょっと毒を秘めた女形芝居に、心を浸しきった。

京誉さんは、クールな面差しとは裏腹に。
お兄さんの寿美英二さんと、楽しげにお芝居の中で遊んでいる様子が、とっても好きだな。

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