劇団荒城お芝居「母恋し田原坂」

2014.6.15 昼の部@浅草木馬館

「薩摩軍の死者は、6800人にも及んだ」
「だが、政府軍にも6400人の死者を出した」
最後の場面、荒城真吾座長の語りには驚いた。

「両軍ともに多くの若者が死んでいった。だが、戦争は何も残さなかった」
引かれた幕を背に、木馬館の観客に向かって朗々と訴えかける。
ごまかしのない、包まない、殻を剥かれた思想――反戦!

写真・荒城真吾座長(当日舞踊ショーより)


前日の「上州土産百両首」があんまり素晴らしかったので、この機を逃すまいと連日で駆け込んだ木馬館。
この日の「母恋し田原坂」も負けず劣らずの名舞台だったので、私は荒城さんに本当に心を掴まれたのです。

時代は西南戦争。
三兄弟の正吾(荒城勘太郎若座長)・健二(荒城蘭太郎さん)・竜太(荒城月太郎さん)は、死を覚悟して、薩摩軍に参戦する。
(役名の漢字は当て字です)

長男として常に冷静であろうとするも、ふいに弟思いが覗く勘太郎さんの正吾。
生き別れた母を恋い、壮絶な最期を迎える蘭太郎さんの健二。
性根が優しく、あどけなさが悲劇に際立つ、月太郎さんの竜太。
それぞれに私が心打たれたのは、三人ともの演技が、とにかく真剣そのものだったからだ。

たとえば健二が、政府軍司令官の息子・修一(蒼城莉也さん)に、「薩摩は人にして人にあらず」と侮辱される場面。
「薩摩は人ではないと、そう申すのか!我らとて、目があり鼻があり口がある、笑いもする、斬られれば熱い血潮が吹き出る――涙も流す…!同じ人間ではないか!」
蘭太郎さんは、涙を流して、声を絞り出して、全身を木馬館の板の上に叩きつける。

各人の巧みさもさることながら、その気迫に押される。
1時間半以上あってけっこう長いお芝居なのに、数秒も緩むことがない。

それが結晶するのが、最後の真吾さんの場面。
真吾さんは、月太郎さん演じる末弟・竜太が生き残り、年を重ねた姿だ。
「本当は僕も早く兄さんたちの所に行きたいけど、まだ行くことはできない。生き残った者として、やるべきことが残っているから」
最後も薩摩軍の悲惨さを裏づけて、悲劇の幕を閉じるのだろう…。

という私の安易な予想は、次の一言で打ち破られた。

「西南戦争は、日本最後の内戦だった。薩摩軍の死者は6800人。けれど、政府軍にも6400人もの死者を出した」
敵軍だった政府軍の死者にも言及して、さらに深く踏み込んだ。

「大勢の死者を出して、戦争は何一つ残さない。戦争からは何も生まれない。国は違えども、人種は違えども、この世界のどこかで!今も戦争は続いている」

ともすれば、場が固くなってしまいそうなセリフだと思うのだけど。
胸にびりびり響いたのは、真吾さんの姿が、ひたすら真摯だったから。
まっすぐな目、祈るように合わせられた両手、声、言葉と言葉の間まで。
客席の視線を引き集めて、その一つ一つに応えるように、志をセリフに乗せて放つ。

心底から、真剣な人がひとり。
その訴える力ほど強いものはない、と私は思う。
「戦争の虚しさを伝えていくことが、生き残った者の役割だ…」
今、この役者さんは、観客に対して本気でおっしゃってる…!

もう何年も荒城ファンだという女性と、休憩時間に話した。
女性は、若手さんがみんな芝居上手、莉也さんも独特の魅力で面白い、などと説明してくれた後で。
真面目な顔つきで言った。
「真吾さんはね、尊敬できるの」
「若手さんがみんな真剣なのは、まず座長が真剣だからよ」

真吾さんがまっすぐに客席を見据える様子は、切れ味の鋭い剣みたいだ。
遅ればせながら、この奥深そうな座長さんを見始めたばかり。

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