木漏れ日に憩う―春陽座・澤村心二代目座長―

いつ見ても、きれい。
いつ見ても、ほろほろ白く。
“心様”は、たおやかにそこにいる。

写真・2014/4/6舞踊ショーより


先週、1年半ぶりに春陽座に再会して、改めて沁みてきたものがある。
澤村心さんから滲み出る、安らかな美しさ。
澤村かずま三代目座長の、強烈に人を惹きつける明るい引力もさることながら。
気づくと、二代目のアルカイック・スマイルに目が行く。

心さんは、お芝居のスタイルも凛ときれいだ。
もう2年前だけど、忘れられない場面がある。
2012年9月の浅草木馬館千秋楽、お外題は『笠飛び峠』。
昔なじみの二人の男のうち、一人がもう片方の男の父を殺した上、許嫁を奪って逃亡してしまう。
裏切ったほうの男がかずまさん、裏切られたほうが心さんだった。

年月を経て、二人の男は再会する。
かずまさんは、犯した罪の大きさに慄き、地に伏せて「許してくれ」と繰り返し哀願する。
一方心さんは、裏切り者にまっすぐ刀を突きつける。

心さんは刀を時折傾けたり、じりじりと近づけたりしながら。
大きく踏み出した片足、厳しい眼差しの横顔。
その姿は、遺恨に挑みながら、自らの心の奥底を確かめているようで。
裏切った者と裏切られた者の邂逅の絵の中を、一種の心清さが通り抜ける。
心さんの作る人物像の底のきれいさゆえに、この一枚の絵は私の胸に焼きついた。

また、心さん大ファンの私の友人いわく、
「やっぱり心さんは女形の美しさがピカ一!」

写真・2014/4/5舞踊ショーより


このお写真を見ても、心さんの女形は、賢くて冷静な女性に見える。
演歌にありがちな、恋情のあまり倫理を見失ったり、男に騙されて恨んだりっていう事がなさそう。
春色の着物で踊る女形は、淡々と、静かに先の先まで見据えていそう。

そんな舞台を見ていて、心さんって基本的に人に対して怒らないんじゃないかな、なんて思っていた所。
先週、ユラックスのかずまさんの口上で、聞いて驚いた。
「心座長はとにかく優しいんですよ、若手に対しても叱るっていうより注意するって感じで。“ごめんな、次はこう刺してな、頼むで”っていう感じで言うんですよ」
「もう13年つき合ってますけど、心座長が声を上げて怒るのって…2回しか見たことないですね」

心さんは今35歳なので、13年前はまだ22歳ということだ。
そんな頃から、あの穏やかな目はどんな所を見ていたのだろう。

毎日の舞台には、喜びも悲しみも怒りも、嫌になるようなことだって転がっているのかもしれない。
でも、心さんには一点の曇りも見えたことがない。
送り出しでは、常々「ありがとな~!」と笑みを深めてくれる。

穏やかな人の、内面の闘いを思う。
人に笑むために、飲み込んだものの大きさを思う。

だからなのか、心さんの笑顔は、見るたびに胸の底に温かく注ぐ。
太陽みたいな光線で灼くのではなく。
柔らかな木漏れ日が降るように。

かかるハンチョウは、「心様!」
憧憬混じりに、尊敬混じりに見上げたくなる、かの二代目。

と言いつつ、実は、アップテンポのポップスで踊る心さんが好きだ。
ラストショーとかで皆と一緒に、楽しそーにノリノリで踊っている心さんを見ると、実に嬉しい。
そして普段あんまり落ち着いているものだから、そんなときは齢相応の若さが見えてなんだかうきうきしてくる(笑)

観劇仲間達と春陽座について語っていたとき、
「春陽座っていう劇団名は心さんの笑顔のこと!」
と叫んで、満場一致をもらったことがある。

“いつも穏やか”は癒しになる。
“いつもきれい”は希望になる。
春の光は憩いを運んで、いつの日も絶えることなく、客席に差し込む。

にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村

以前も心さんの持つ品の良さ、清廉さについて言及したくなったことがあります。
そのときの記事

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)