剣戟はる駒座〈倭組〉お芝居「雪と墨」

2014.2.15 夜の部@大島劇場

二つの相反する論理が、一人の人間の中でぶつかったとき。
その人は、身を引き裂くしかなくなってしまうのだろうか。
「お母はん、堪忍してや…」
ラストシーン、孝造(不動倭座長)の言葉に涙しながら考えた。

写真・不動倭座長(デジカメ忘れたため翌日2/16舞踊ショーより)


「雪と墨」というきれいな語感のお外題に、なんとなく個人的ヒットの予感がして。
前日の大雪に転びそうになりながら、一人大島劇場に駆けつけた。
このお芝居は、時間を置いてからも、幾度も芝居の場面が蘇り、そのたび心に染み込んで来る。
まさに墨の色が、じわりじわり広がっていくみたいに。

立身出世にまつわる悲劇だ。
倭さん演じる孝造は、元は町人ながら、武士の株を買って武士になった。
さらに、武家の嫁・小夜(叶夕晏さん)も迎えた。
だが、手に入れた身分が孝造を溺れさせる。

まず、同居する実母(宝華弥寿さん)を小間使い扱いするようになる。
「お母はん、なんかまた粗相したんか!小夜の言うことに全部従っとったらええのや」
「小夜が肩しんどいて。あんまさん呼んだら金がかかるやん。お母はんが肩揉んでやったらええやろ」

さらに、弟である大工の留吉(勝小虎さん)を、「貧乏人」「頭が悪い」と罵る。
「お前は仕事のときも家でも寝るときも、同じ着物や。これ一枚、着たきりすずめや。それに比べて、わしの着物を見てみい。生地もサラッサラや」
「お前とわしでは、頭に入っとるみそが違うんや。お前の頭に入っとるのは、貧乏くさい赤みそ。わしの頭に入っとるのは上等な白みそや」

嫌味を連発する倭さんの声は、心底相手を嘲った響き。
「留吉、お前はただの大工やろ、わしら現場監督夫妻のお越しやで」
年老いた母の体に材木を乗せて苛み、留吉の手のひらをギリギリ踏みつける。
顔には虚栄心の固まりがぬっとあらわれ、本来持っていたはずの情はどこにもない。

変わり果てた兄・孝造に、屈辱を滲ませながら留吉が叫ぶ。
「この大工の留吉、ボロは着てても、心に錦は飾っとりまっせ!」
小虎さんのセリフが終わるや否や、会場からはいっせいに弾けるような拍手が沸いた。
倭さんの創る孝造の振舞いが、いかにリアルに憎々しいものだったか、よくわかる。

留吉は、普請奉行(勝龍治総裁)の権力を借りて、兄に意趣返しをする。
より大きな権力をもって、孝造と妻の小夜をやりこめるのだ。
「そちの妻に、茶を入れさせよ」
普請奉行の後ろ盾の下、留吉と孝造の上下関係は見事に大逆転。

――ここまでは、この話はシンプルなカタルシスに着地するかと思っていたのに。

「兄ちゃん、兄ちゃん」
人前で恥をかかされ、俯いた孝造に、留吉が切ない声で呼びかける。
「なぁ兄ちゃん、昔お父はんが死んで、お母はんと三人っきり残されたとき。わしの手ぇ引いてくれて、泣くなて、言うてくれた。男は一生にいっぺん泣いたらええのやって…」

留吉と孝造のやり取りを見ながら、弥寿さん演じるお母さんは絶え間なく泣いている。
「親にとって子どもはなぁ、五本の指みたいなもんや。どの指切られても痛いんや」

兄弟だから。親子だから。
どんなに変わってしまっても、情の尽きることのない、血肉を分けた者だから。
舞台にしんしんと積もるのは、奥深い哀しみと情愛だ。

「なぁ兄ちゃん、わしのこの腕斬ってくれ、足りなければ足も斬ってくれ。どんな姿にされてもええから、どうか、どうか元の優しい兄ちゃんに戻ってくれ…」
留吉の哀願に、ずっと顔を伏せていた孝造が頭を起こす。
そのときの倭さんの表情!
喘ぐように口を開け、眉は限界まで寄せられ、目は興奮と涙に血走る。
やっと目が覚めた、自分の昔の心にようやく辿り着いた。
そんな顔つきで、弟のほうに手を伸ばそうとする。

でも、繋がろうとした兄弟の心を、阻むものがある。
「あなた!こんな所にいつまでもいることはありません」
妻の小夜の冷たい声が降って来る。
抵抗する夫の手を引きずって行ってしまう。

花道の上、孝造は引き裂かれる。
手をずるずる引くのは、武家の妻。
勝ち取ろうとした立身出世の論理が、その身を引っぱる。
孝造の震える視線の先には、母と弟。
いとけない慕情が、心の根っこにしがみついて離れない。

倭さんが、ぱちぱちと目を激しく瞬かせる。
…その直後、衝撃のラスト。
幕が閉まってから、糸が切れたみたいに涙が滲んだ。
最後まで舞台正面を向いて見開かれていた、倭さんの目は今も脳裏に鮮やかだ。

「雪と墨」、白い心と黒い心。
どこまでも雪を食む墨、けれどその奥に。
――幼い弟の手を引いて、泣くなと諭した。
黒に染めきれない、古い思いが凍りついている。


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