劇団KAZUMAお芝居「戻り橋」

2013.10.27 昼の部 @篠原演芸場

――二十そこらを 生きて来て
くらやみ橋から何捨てる
生きていたってしょうがない
死んでみたってしょうがない――
(大月みやこ「くらやみ橋から」)


橋は、この世とあの世の、生と死の境。
だからいつも、橋には心を折った人が辿り着く。
ふらふらと川を覗きこめば、暗い水面はいつだって手招いている。

「戻り橋の上から、川をじっと見ていたら――なんだか生きていても仕方がないような気持ちになってきてな…」

甘酒屋の主人(龍美佑馬さん)は、なぞるように過去をつぶやく。
体を壊して働けなくなり、女房には先立たれ、残されたのは幼い長男。
生活は貧しさを極め、心は惨めを極めて。
幼子の手を引いて、戻り橋から主人が覗きこんだのは、戻ることのできない仄暗い流れ。

写真・龍美佑馬さん(当日舞踊ショーより)


千秋楽も近い日曜日。
最後の休日とあって、一杯に埋まった客席の前で。
劇団KAZUMAの舞台が見せてくれた「戻り橋」の風景は、ずっと私の心に佇んでいる。
この日隣で観劇していた友人とは、その後も"とっつぁん"と"文太郎"の話を繰り返ししているほどだ。

舞台の風景はずっと同じ、哀しい橋がひとつかかっている。
橋のたもとで営まれる小さな甘酒屋、そこで物語は始まって終わる。

黄昏の影の中。
佑馬さん演じる老いた甘酒屋の主人が、息子・友蔵(柚姫将さん)の迎えを待ちながら、店じまいをしていると。
「おい、甘酒一杯頼むよ」
遅れてやってきた客の名は銀次(藤美一馬座長)。
「さっき火を落としたばっかりの、残りものでよければありますが」
「それでかまわねえや」

銀次が甘酒を啜っているうちに、なんとなく話題は主人の身の上話になる。
「元々、儲けが出ると思ってやっている店じゃありませんでな。甘酒を売りながら、人を探しとるんです」
年老いた白髪の主人が、来る日も来る日も探し続けるのは誰か。

「この戻り橋のたもと、ちょうどそこの辺りで、あの子の手を放して」
「ちょっと待ってな、とっつぁんはすぐに帰るから、ちょっとだけ待っていなと行って、場を離れました」
主人はかつて、まだ幼い、いとけない、息子・文太郎を置き去りにしてきた。
本当は、二人で川に身を投げて心中しようと思っていた。
だが、子どもを巻き添えにするのは可哀そうだと人に諭され、一人で死ぬことにしたのだ。

結局主人は生き直す決心をし、文太郎を連れに戻る。
けれど。
「どんなに探しても、もうあの子の姿はどこにもなかった…」

とつとつと語り続ける佑馬さんの声だけが、客席に沈み込んでいく。
「とっつぁん、早く帰って来てな、紅葉みたいな手を一生懸命に振っていた――あの姿が、忘れられんのです」
主人の記憶の奥深く、消えない紅葉の手の残像が、客席にも浮かび上がる。

そして佑馬さんの語りを聴いている間、その声に重なるように、私の頭に流れこんできた歌があった。
舞踊ショーでもしばしば耳にする、大月みやこの「くらやみ橋から」。
このお芝居の前日10/26(土)にも、林愛次郎さんが個人舞踊で踊っていた。
橋から身を投げて死んだ魂を寄り代に、人の心に忍び寄る死への誘いを歌う歌だ。
――昔すててもしょうがない
あしたすててもしょうがない――

橋には魔が棲む。
命をすり減らしながら生きている弱い足取りを、ついと絡め取って、暗い淵に呼ぶ。

過去の枷を抱えているのは、主人のほうだけではなかった。
「俺は、この戻り橋に捨てられた捨て子なんだ」
銀次もまた、戻り橋に心を置き去りにしていた。
まさか銀次は自分の子ではと驚く主人に、「いや、俺を捨てたのは母親だ」と歯切れ悪く否定をしてから。
今度は銀次の語りが始まる。

橋のたもとで親を待ち続けて、夜になっても戻って来ないとわかったときの失望。
角兵衛獅子の親方に拾われ、幼い体で懸命に厳しい稽古に耐えたこと。
だが、親方に盗みまで命じられるようになり、反抗すれば家から放り出されたこと。
「納屋は寒くて、体を温めようと鶏を抱きかかえて、ずっと星を見ていた」
「なんで俺が、こんな目に遭わなきゃならねえんだって何度も思った」
「親さえ、親さえ俺を捨てなきゃあ、こんな人生じゃなかっただろうって、どんなに親を恨んだことか…!」

肩を震わせる一馬座長の傍らには、甘酒の黒い湯呑みが置かれている。
その小さな湯呑みが訴える切なさ。
主人の作る甘酒には、文太郎に注ぐはずだった行き場のない愛情が、一杯一杯に込められているからだ。

“私の息子を知りませんか” 
そんな言葉を宿して、甘酒屋を訪れるお客、一人一人に手渡される。
序盤に出て来る薩摩武士(華原涼さん・藤美真の助さん)にも、町娘(香月友華さん)にも。
寒い季節、温もりを恋しがるように甘酒を啜るお客の手の中で、小さな甘酒は問いかける。
”あの小さな手を知りませんか”

振り返れば、背景には戻り橋。
父の、挫折と悔悟の年月。
子の、孤独と恨みの年月。
橋はずっとそこにあって、明日を生きようと身をよじる魂を、過去へ引き戻すのだ。
幸運に見放されて、寄る辺なくて、木枯らしは冷たくて、気づけば道行きがこんなに暗い。
――生きていたってしょうがない――…

終盤は、主人の息子・友蔵(実際は義理の息子)が再登場し、父・子・義理の息子の三者の関係が舞台に表される。
この友蔵の存在が、戻れない月日の大きさを浮かび上がらせる。

「戻り橋」は、大衆演劇では色んな劇団さんがする鉄板のお芝居だそうですね。
私は無知ながら、初めて観たので…
素直に初見の感想を書いてみました。
この演目を、最初に劇団KAZUMAで観られたこと、何よりの歓びでした。

「もし息子に会えたのなら、すまんかったと謝りたい、本当にすまんかったと…」
佑馬さんの目から、ぱたぱた舞台に落ちていた大粒の涙。
情の深いKAZUMAのお芝居でも、ひときわ濃い慕情の中に揺らぐ、橋の物語。

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