劇団KAZUMAお芝居「甲州の鬼」

2013.10.19 昼の部@篠原演芸場

力弱き者たちは、いつもあたふた。
強者の前に右往左往して、どうしようもなく愚かで、愛しい。
「甲州の鬼」が劇団KAZUMAの喜劇の中でも大好きな理由は、ひとえにそこにある。

題の「甲州の鬼」は、大やくざの黒駒勝蔵を指す。
でも藤美一馬座長演じる黒駒勝蔵は、お芝居の最後に一瞬登場して、見せ場を一つ刻むだけ。
むしろ全編を通して、怯えをもって語られる影のような存在だ。

実質的な主役は、ちっぽけなやくざ一家の岡倉一家。
岡倉の親分(藤美真の助さん)と、その若衆たち(柚姫将さん・冴刃竜也さん・龍美佑馬さん)だ。

藤美真の助さん(当日舞踊ショーより)


岡倉の親分は、黄桜一家の政次(華原涼さん)と、芸者を巡って恋敵。
どうあっても政次が恋を譲る気はないと悟った親分は、若衆に政次を斬らせる。
――が、ここで一つ大問題が発生した。

将さん演じる若衆の一人が、恐る恐るといった風に親分に告げる。
「政次は黄桜一家の代貸しですよ。黄桜一家の妹いるでしょ、お吉」
「あの妹がどこに嫁いだか、親分ご存じですか」
「あの黒駒勝蔵の嫁になってるんですよ!黒駒勝蔵に狙われれば、うちみたいな一家はひとたまりもありませんよ!」

不用意にも、黒駒勝蔵の親戚筋に手を出してしまった!
慌てふためく若衆だが、親分はしたり顔で、落ちつけと諭す。
「大丈夫だ、俺はちゃんとそこも考えてるんだ」
「“死人に口なし”だろ」
「黄桜の親分が、黒駒勝蔵に俺達のことを教える前に、黄桜の野郎を殺しちまえばいいだろうが」

ここから、黄桜の親分(美影愛さん)を亡き者にするための、岡倉一家の策略が始まる。
手段は毒だ。
トリカブトと猫いらずの水銀を酒に混ぜて、黄桜の親分に飲ませれば、岡倉一家の命運は助かる。

毒を酒に入れるくだり、それをよく混ぜるくだり、黄桜の親分を酒席にどう誘うか談義するくだり…。
真の助さん演じる親分と、将さん・竜也さん・佑馬さんの掛け合いが楽しくって仕方ない。
「親分、こんなのを準備しても、黄桜の野郎が酒飲めない奴だったらどうするんですか」
「馬鹿野郎、奴が酒飲めないわけないだろ。考えてみろ、名前が黄桜だぞ!どう考えても酒強いだろう!」
そんな馬鹿な(笑)と観ているこっちは笑っても、舞台の上のやくざたちは真剣そのもの。
だって自分たちの命がかかってるんだもの。

しかし、怒りにまかせて駆け込んできた黄桜の親分は、もう抜刀して今にも斬りかかりそう。
岡倉の親分は慄きながらも、そこをなんとかなだめすかして、酒宴にもっていこうとする。
「許してくれたら、俺たち全員坊主になる!出家する!」
「そうか…解脱して坊主になるか…」
「はい!解脱する!出家する!」
だから斬らないで、と半泣きで訴える岡倉の親分の、絶妙なおかしさ。

“真剣に馬鹿なことをやる”っていうのは、古今東西のコメディの、最高におかしくて愛おしい部分だと思う。
「甲州の鬼」を観ていると、私の頭にぼんやり浮かび上がって来るのは、リバイバル上映で観た白黒のチャップリン映画だ。

いつも警官に追いかけられて必死に逃げる、貧乏人のチャップリン。
ユーモラスな逃走劇は、そりゃあ笑える。
だけどそこには、悲哀がある。
弱い者、持たざるものは、強い者の前になすすべもなく怯えるしかない。
そしてそこには、共感もある。
私も、毎日強い力に振り回されてあたふたしている、弱い小さな生き物なのだから。

「なあ…酒飲んだだろ、気分悪いところはねえか?ふらふらするとか、胸が苦しいとかはねえか?」
と必死の表情で毒の効き目を期待する、真の助さんの笑いと悲哀。

ところで10/19(土)の「甲州の鬼」には、美貌のゲストさんがいらしてた。
お吉役の女形で登場した、あおい竜也さんだ。

写真・あおい竜也さん(当日舞踊ショーより)


「どなた様も、ごめんなさいよ」
という美しいセリフで登場したお吉。
その女形の声の色っぽさに、思わず目を見張った。
お吉の出ている場面はそんなに長くはないんだけど、やたら印象深いのは、あの声の艶やかさのためだろう。

あおいさんは、長いこといた劇団蝶々を離れ、来年劇団を旗揚げされると話されていた。

「甲州の鬼」に限らず、劇団KAZUMAのお芝居を観ていると、私にはチャップリン映画の情に満ちたおかしみが想起される。
なので、これまでにも「花かんざし」を名画「街の灯」にたとえたりしてきた。
温もりの舞台に、あるいはスクリーンに描かれるのは、小さな人々の小さな生活。
愚かな、愛しき、Ordinary people。


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