fc2ブログ

筑紫桃太郎一座 花の三兄弟お芝居『月夜に泣いた一文銭』 ―優しい言葉と百両首―

2018.2.9 夜の部@新開地劇場

「そんなこと言って、あんちゃん、牙次郎が邪魔なんやろ」
牙次郎(桃太郎さん)はうつむいて拗ねた口調で言う。大好きな兄貴分・正太郎(花道さん)に、かたぎになるために別々に暮らそうと提案されたからだ。
「そんなわけはねぇ、俺はお前が邪魔だとか嫌いだとか一度も思ったことはねえ」
「ほんとに?」
「ああ」
牙次郎はニパアと笑い、大きな体ごとうなずく。
「ありがとう!」
印象に残る場面だった。頭の弱い牙次郎が、これまで数多くの人に邪険にされてきたことを示唆するような。
冒頭近くのこの場面が、後半の“百両首”の重みにつながってゆく。


牙次郎=博多家桃太郎弟座長。登場シーン、186cmあるという体躯が、「あんちゃん、あんちゃん」と大きな泣き声とともに花道を歩いてくる。幼く見えるから不思議…。

P1180721.jpg
正太郎=玄海花道花形。実際とは逆に桃太郎さんの兄役。牙次郎に対して、正太郎が時折“思わず”という感じで見せる笑みがやわらかい。

そして筑紫桃之助座長がスリの親方。普段とは異なる配役ということだった。関西での仕事を昼過ぎで終え、新開地の夜の部へ行けたのはほんとにラッキー!
この一本を通して、『月夜に泣いた一文銭』という物語がどういう姿をしているのか、おぼろげに…ではあるけどストンと自分の心に落ちたからだ。

色んな劇団さんが演じる『一文銭』。喜怒哀楽が率直な牙次郎は、気持ちがわかりやすいことが多い。正太郎が捕らえられた後のクライマックスでは、牙次郎が泣きながら、正太郎がいかに優しくしてくれたかを語る様が見どころだ。
一方、正太郎の思いは、牙次郎への接し方の中に垣間見えたり、牙次郎の語りの中に浮かび上がってきたりする。
このペアは、どちらも同じだけ大事に思いあっているけれど、表が牙次郎、裏が正太郎のように造形されているんだなと思っていた。

三兄弟さんの『一文銭』でも、牙次郎の感情は素直に観客に差し出される。
正太郎がスリの一味を抜けさせてくれるよう親方に頼む場面で、後ろで話の成り行きを見守る牙次郎は、こわごわ…といった表情。正太郎が「俺の腕を落としてくだせえ」と言ったときは、ギョッとした顔つきで思わず手を出しそうになっていたり。
桃太郎さん牙次郎は、リアルな役作りに加えて、体格が大きい分むちゃくちゃ可愛かったです。サイズ的に花道さん正太郎の背後に収まるわけないのに、体を丸めて隠れ(ようとして)る様とか恐ろしく可愛い…!

正太郎の足抜けが許されて、
「あんちゃん、良かったなぁ」
と破顔一笑する屈託なさに、桃之助さん演じる親方も優しい声で言う。
「正太郎、この子を大事にするんだぞ」
そう、“この子”と呼びたくなる感じのピュアネスだった。

P1180709.jpg
桃之助座長&桃太郎弟座長。やわらかさと鋭さが引き立つペア。

この牙次郎に対する、正太郎の“言葉”が実に優しい。たとえば一年後に再会を果たした後、牙次郎が自分の仕事を自慢するシーン。
「牙次郎はな、悪い奴を捕まえる仕事をしてる」
「悪い奴? 殿様かなんかか?」
「ううん、そんなんやない、普通の人。捕まえたら、たくさんお金がもらえる」
役人という単語が出てこず、要領を得ない牙次郎の説明に、正太郎はゆっくり返す。
「なぁ、あんちゃん、そんなむつかしい話はわからねぇよ」
なんでもない一言だけど、胸を突くセリフだった。

知能が他人と違う子どもを持った、お母さんの話を読んだことがある。「アホ」という言葉を一度だってお母さんは口にしていないのに、いつの間にか子どもは「アホ」が口癖になっていた。世間の人々がその子に「アホ」と繰り返し言ったから――。
牙次郎に対し、必ず優しい言葉を投げかける正太郎。慈愛に満ちた兄弟分の関係は、一種ユートピア的に見える。

そしてクライマックスの場面では、もちろん牙次郎の語り・泣かせもあるけれど、かなりあっさりしていて。むしろ、役人に縄をかけられた正太郎の語りがメインに据えられていた。
「あんちゃんがここまでどんな気持ちでやって来たか、お前にわかるのか…?」
花道さんのよく通る声が、少しずつ震えを帯びていく。
「俺は人を刺しても捕まるわけにはいかなかった、だってそうじゃありゃあしねえか、牙次郎、お前を一人きりにしてしまう」
「でもなぁ、お前に会いたい一心でここまで来たはいいが、お前に手土産の一つも無かった。あるのは百両かかった、あんちゃんの首だけ。だから手土産代わりに持ってきた、上州土産百両首だ」
足元に伏せた牙次郎に、降りかかる正太郎の細い声。
「お前、昔はどうだった? みんなにバカだアホだと散々言われてきたよなぁ、だけど、百両だぞ」

「百両が手元にあったなら――金がなぁ、お前を利口に見せてくれるだろう…」

ここはユートピアじゃない。世間というものが、どんなに冷たいかは知っている。
“あんちゃん、牙次郎が邪魔なんやろ” 
頭の弱い子に優しい人ばかりじゃないと、知っている。バカだアホだと、罵りの言葉で満ちていると。
それでも、もう牙次郎を一人で置いていかなくちゃならないから。せめて、心の悪い者がこの子を苛めないように。
「牙次郎、わがまま言っちゃならねえよ、お利口さんにしてるんだぞ…」
あんちゃんがいなくなっても。
命がけで残していく置き土産、百両首。

『月夜に泣いた一文銭』のもう一つの題は『上州土産百両首』。この芝居の主題――の少なくとも一つ――は、“正太郎から牙次郎への”献身なのじゃないだろうか…。

400_20180216221729949.jpg
三兄弟揃うと、画面がぴしりと完成した感がある。

ラスト近く、子どものように手をつないで、正太郎と牙次郎が花道をはけていく。
「懐かしいなぁ、子どもの頃もこうやって手をつないで、お前と色々な所へ遊びに行った」
「うん、また行こうなぁ」
島流しの意味をきちんと理解していない牙次郎は、あっけらかんと笑っている。

悪意の中ではとうてい生きていけない者を、残していかなくてはいけない。
そのとき、百両の重さが浮かび上がってくる。
「あんちゃんな、やっぱりお前が一番かわいい」

残していく側の、祈りの重さが。


【筑紫桃太郎一座 花の三兄弟 今後の予定】
3月 博多新劇座(福岡県)
4月 ヤング劇場(大分県)
5月 小倉宝劇場(福岡県)

にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村
スポンサーサイト



小龍優さん舞踊【Urban Pirates】(劇団新) ―少女は海賊になった―

2018.2.3夜@大島劇場

劇団新(あらた)花形の小龍優(こりゅう・ゆう)さんは、18歳。先日、川崎・大島劇場で約1年ぶりに観て、その独自性にわくわくした。

優さんの大きな目を見ると、頭にぽーんと浮かんでくるのが…「不思議の国のアリス」! 昨年のお誕生日公演での水色のアリスの衣装が、ファンの方のブログやツイッターで話題になっていたせいだと思う。
もう一つ、理由がある。むかーし何かの本で読んだけど、「アリス」原作の挿絵に描かれた厳しい顔つきは、少女の表象として画期的なものだったらしい。それまでの少女像といえば優しげな微笑みばかりだったから、チェシャ猫やハートの女王をにらみつける女の子はエポックだったそうだ。
優さんはピカピカの笑顔ももちろん可愛いけど、むしろ。眼前を見据える、大胆不敵を絵に描いたような表情が印象に残る。



P1180648.jpg

2/3の夜、ほぼ満員の客席の前で踊っていた【Urban Pirates】。
―大海原 前に叫ぶ ヨー・ホー―
蒼い鬘のカールが背中で跳ねる。客席に下りて、ダン、ダン、と畳を踏みしめる。
―風向きにまかせ 決める 進む方向―
カッコよかった。海賊の扮装だけでなく、そのダンスのパワーが。欲しいものをもぎ取りに行くかのような、挑む目つきが。

単に可愛いとか(いや可愛いけど)、上手とか(上手だけど)、そんな簡単な言葉に収まらない。たしかに10代の女の子なのに、もっとずっと強い何かに見える。優さん贔屓の友人が、その第一印象を「おもしろい“イキモノ”」と書いていたように。少なくとも、いわゆる“少女”というベタベタに消費されつくした愛玩物じゃあない。
小柄な体が音楽に合わせて揺れながら、ダン、ダンと何度も地団太踏んだ。

こんな新しい世代の女優さんでも、まだ抑圧を感じながら日々舞台に立っていることがあるのかと思う。上の世代の女優さんたちが、様々なものと戦いながら道を開いてきたように。

女たちは、何を押さえつけられてきたのだろう。いまだに、何を押さえつけられているのだろう。
大衆演劇の女優さんで言えば――男優を立てて、座長の芝居をいかにうまく受けられるかが最大の価値で、あとは可愛く笑うのが仕事だと、彼女たち自身が思っていた時代があったのかもしれない。

でも18歳の優さんは、そんな時代を脱ぎ捨てたように踊っている。才能をお兄さんたちにもお客さんにも評されながら、愛されながら。
舞踊の合間に掛け声がいくつもかかった。
「小龍!」「花形!」
劇団新・花形は、畳の上で腰を左右に振り、舞台へ駆けていった。青い髪がぐるんと宙に浮いて、振り向いた目つきは誰よりも強かった。

女たちのまなざしは、変わらない優しさを湛えながらも。
太く。
強く。
鋭くなっていく。

P1180647.jpg

―見つけに行くスーパーお宝 狙うはOnly one just for me―
自分で欲しいものをもぎ取りにゆく。

少女を脱ぎ捨てて。
アリスは、海賊になった。

【劇団新 今後の公演先】

3月 南平台温泉ホテルみなみ座(栃木県)
4月 スパランドホテル内藤(山梨県)

※友人の書き手・半田なか子さんは、優さんの役者としての個性に初見で惚れこみ、何度も文章にしています。なか子さんの優さん語りはこちら⇒「小屋っ子の戯言」小さく優しい龍の革命:劇団新――小龍優さんのこと

※兄・龍新座長による優さん評:「静と動どっちもいける、おそらく三兄妹で一番オールマイティーなのは妹」⇒SPICEインタビュー「“ブレない強さ”を持っておきたい」26歳、龍新座長のチャレンジ(2017年3月)

にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村

「もうダメだ」と言うとき ―『雪の長持唄』に教わったこと―

そんなこと――
間髪入れずに言った人がいた。
道路の上でも、スポットライトの当たる舞台の上でも。


しばらく、心に小骨のように刺さっていた事。
昨年10月、観劇帰りの都内のターミナル駅。もう秋風が冷たくて、夕方はジャケットが必要な寒さだった。
バス停に向かって歩いていたら、目の前にいた70歳くらいの男性が突然バタっ!と倒れた。立ち上がる力がないようで、ガリガリに骨の浮いた体が、そのままアスファルトを転がっていった。
反射的に駆け寄った。周囲にいた人も集まって来た。
「大丈夫ですか?!」
男性からはどろっとした体臭がした。もう長い期間、お風呂に入っていないような。寒風の中、薄い半纏のようなものしか着ていなかった。ひげを剃っていない顔。持ち上げた指が絶えず震えている。転んだ衝撃で脱げた下駄と、タバコの箱が傍に転がっていた。

事が起きる数分前にも彼を見かけた。駅前のコンビニに入ったら、彼がタバコを買って出て行くところとすれ違ったのだ。彼の薄着と虚ろな表情、ふらついた足取り、ずっと震えている指先が視界に入った。

転んだ彼は、駆け寄って来た人々に囲まれて。誰に聞かせるでもなく、虚ろに言った。
「もう、ダメだね」
深い皺の下の眼球が光っていた。

彼はちょうど私の目の前。反射的に何か言わなきゃと思った。でも一体何が言える。この人のことを何も知らない。他人が勝手なことを言えやしない。口ごもって、目をそらしてしまった。

すると横から、
「そんなことないですよ!」
まるで先生が子どもを励ますような声がした。若いカップルの男性だった。彼は、倒れた男性の肩を優しく抱き起こした。
「ありがとう…ありがとう」
痩せた体がゆっくりと起き上がっていく。
自分が何もしていないのが恥ずかしくなって、せめて転がっていた下駄を揃えて差し出した。男性は「大丈夫だから」と言い残して、ぺこりと頭を下げて立ち去った。

芝居は、現実の上に浮かんでいる影のようだ。
2か月後、大阪・オーエス劇場で観た芝居の中のセリフが、この出来事と重なった。下町かぶき組・三峰組お芝居『雪の長持唄』
医者を目指していた佐吉(三峰達座長)は、はずみで人を刺してしまった。それ以降、坂道を転げ落ちるようにすべてがうまくいかなくなり、人生を捨てたも同然の気持ちで盗賊の三下をやっている。知り合った娘・おこう(舞鼓美さん)にも、苛立ち混じりに告げる。
「お前も早く出て行け、俺と居たって良いことなんか何もねぇぞ!」
でも、おこうは肩をいからせ、大きな声で叫び返す。

「そんなこと、ねぇ!」

必死に拳を握るおこうの姿。
「おめぇはおらを助けてくれた。故郷(くに)の長持唄も歌ってくれた。もうおらには良いことがあった!」
この場面で、散々泣いてしまった。

膝をついて、もうダメだと諦めの言葉を口にしたとき。
心の底で、それを打ち消す言葉を、その人は渇望していることだってある。
日常の隙間の断崖絶壁を覗き込みながら、他者の温かな言葉を投げかけてもらいたがっていることもある。

そんなこと、ねぇ。
そんなことないですよ。

あのとき何も言えなかったけど。
何の根拠もなかったけど。
他人だけど。
私も、そう言ってよかったんだ……。

誰もが、足の下は崖なのだから。


三峰達(みつみね・とおる)座長

P1160215_201802031322568d3.jpg
舞鼓美(まい・つづみ)さん

『雪の長持唄』は、同じ下町かぶき組の星誠流座長が脚本を書いたという。セリフがリアルで、かつ温かい。たとえば、佐吉が盗人の兄貴分(飛雄馬さん)に、胸を押さえて訴える言葉。
「俺だって、娑婆に戻って何とかやり直そうとした。それでも何もかもうまくいかなくて、心ばかりが擦り切れて――」
一日一日を生きるたび、心はボロボロになっていく。もう修繕できないほど。

大衆演劇の芝居は、声高に「生きていれば良いことあるさ」とは言わない。人生の素晴らしさ的なものを謳ったりもしない。そんな作り物が、客席の一人一人の抱えている重さに釣り合わないことを知っているのだろうと思う。

P1160162.jpg

でも誰かが「もうダメだ」と言ったとき。
小さな舞台から、「そんなことねぇ」と返って来る声がある。


【下町かぶき組・三峰組 今後の予定】
3月 大湯温泉 ホテル鹿角(秋田県)

にほんブログ村 演劇ブログ 大衆演劇へ
にほんブログ村