空をゆく女 ―大衆演劇の女優さんと、共に―

驚いた。小龍さん、旅姿だ!
『かもめはかもめ』って男に別れた女の曲なんだと思っていたけれど。

“諦めました あなたのことは”
“あなたの望む素直な女には はじめからなれない”


「あれは社会になじめない女性ですね。寂しい、孤独な…」
10/22、辰己小龍さん(たつみ演劇BOX)お誕生日公演。クライマックスの個人舞踊。旅装束をまとった女性が、悲哀の表情で空を仰ぐ。

辰己小龍さん(10/22)


舞踊を見ているうちに。
翻る合羽の影に、いくつもの顔が浮かんできた。大衆演劇の世界に生きる女優さんたちの顔。
男優の着付けをし、食事の用意をし、あくまで脇役で芝居をする――それでもなお、舞台の光を見つめ続ける顔。

ある10代の女優さんは叫ぶように言った。
「子どものとき、お母さんから、あんたは女の子だから控えめにしろーとか、どうせ女優だからーって言われるのがすごく嫌だったんです。なんで女だからって?あたしは嫌!自由にやってやる!って思って」
彼女の舞台は若さと勢いに満ち、私はこれを見せたいの!という世界がはじけている。
まぶしいパワーにワクワクさせられる一方で。
未来ある娘にそう言わなければいけなかった、お母さんの胸中を思う。女優として何十年も舞台に立って、その耳に聞こえてきたのは何であったか。

「やだあ、女ばっか。あたし正直、女優観たくないのよ」
「あたしも~。男がいいわ、どうせ観るなら」
篠原演芸場に大声で響いていた、あけすけな会話にヒヤッとして振り返ったことがある。
「女優を2人も出すなって、座長のところにお客さんから苦情がいったらしいの」
好きな劇団に届いた“苦情”について、友人が残念そうにつぶやいていたこともある。
客席の会話は、きっと舞台の上の女性たちには筒抜けなのだろう。

もちろん、女優さんがあんまり好きじゃないという人がいたって、それも一つの好みだ。好みは他人が批判することじゃない。
けれど、女の人が女の人を好きじゃない…というとき。
客席の側にも、ぬぐえない疲労があるような気がして、私は行き止まってしまう。

勉強や仕事ができれば、「女の子はお洒落もして可愛くならないと」。
誰かとつきあえば「早く結婚したほうがいいよ、リミットがあるんだし」。
結婚すれば「旦那の面倒も見ずに観劇に行くの?」。
まったくうるさい世間のリクエスト。どうしたって、女は見られる性。比較される性。男のやさしい添え花としての役割で競わされる性。あーもう!
老いも若きも、中学生からおばあちゃんまで、“女であること”に疲れていない人がいるだろうかと客席を眺める。
舞台の上の同性に対して、綺麗!とか巧い!とかいう気持ちにブレーキをかける、そんなため息はありはしないかと耳をすませる。

「女の人がこういう世界のことを書いていくのは、なかなか大変と思うけど…頑張ってな」
と、ルポライターの大先輩の男性はおっしゃった。
ズボンにジャンパーを羽織って、サクサクとした足取りでどこにでも取材に行かれる。
私はその言葉の意味を考える。スカートの膝をすり合わせて、何度も考える。

そういえば『かもめはかもめ』は、敬愛する中島みゆきさんの作詞・作曲だ。
彼女は代表曲のひとつで、こう歌っている。
“あたし 男だったらよかったわ”
“力ずくで男の思うままにならずにすんだかもしれないだけ あたし 男に生まれればよかったわ”

(『ファイト!』より)

女優さん。大衆演劇の、女優さん。
一部のお客さんの尖った声の中で。
一般社会よりも、さらに男、男、男の強権を煮詰めたような特殊な芸の世界の中で。
その小さな体は押さえつけられてきた。
目立つな、前に出るな、個性を捨てろ、男を立てろ。
頑張ったって、巧くなったって、人気役者にはなれない。
考えてみろ、女が前に出てお客が沸くもんか。

でも、一部の女たちは、押さえつける手をしなやかにかわす。
ある女優さんは嫌!と、きっぱり。
ある女優さんはやなこった、と負けん気強く。
ある女優さんはいいえ、と柔らかく首を振って。

“あなたの望む素直な女には、はじめからなれない”

そして汚泥の中から、彼女たちの舞台が花開く。
たとえば、劇団新・小龍優さんの椎名林檎的なマッド・ワールド。
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たとえば、劇団千咲・千咲凛笑さん(劇団KAZUMA在籍中)のファンタジックな儚い世界。
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たとえば、橘小竜丸劇団・たちばな千夏さんのカッチリ形の決まる芝居。
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たとえば、劇団天華・喜多川志保さんの躍動するドラマに貫かれた舞踊。
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たとえば、三河家諒さんのザラリと乾いた技巧。
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女だけど上手だね、頑張ってるねと声をかけられながら。
兄が、弟が、父が、同門の男弟子が、喝采を浴びるのを舞台袖で聞きながら。
諦めたものは何だったろう。
失くしたものは何だったろう。
今日まで貴女も、一人で泣いてきたのかもしれない…。

“青空を渡るよりも 見たい夢はあるけれど”

『かもめはかもめ』が鳴りやむ。小龍さん演じる旅人は、颯爽と去っていく。遠い新天地を見つめて。

“かもめはかもめ ひとりで空をゆくのがお似合い”

「小龍!」「小龍!」とハンチョウが重なって、新開地劇場を飛んでいった。
小龍さんは、舞台を支配するほどに大きく見えた。どんなガタイのいい男優さんよりも、はるかに巨大な。
苦渋を振りほどいて昇る龍には、誰も追いつけない。

はかり知れない涙の後に。
女だけど、は。
女だから、に転換される。

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今、空をゆく貴女は、私!
抑圧の底を生きて来た大衆演劇の女優さんが、魂を芝居や舞踊に注ぎこむとき。
悔しさも、喪失も、なお燃える心も、全部が芸に昇華される一瞬。
客席の私たちもまた、解放される。

「男の役者さんも良いけど、あたし、あの女優さん大好きなの!」
女性客が女優さんを好きだと言うとき。
そこに込められた愛は、男優さんへの“好き”よりも、時にずっと深い。
一緒に、抑圧を跳ね飛ばして。
もろい体を持つ者同士、見つめることのできる遥かな空。

遠征用キャリーの中に、丸めてもシワにならないお気に入りのスカートを放りこむ。
迷いながらでも、書いてかねば。
小さな歩幅でも、えっちらおっちら進んでいかねば。

舞台も、客席も、女の心は旅姿。
“あなたの望む素直な女には 最後までなれない”
かもめの行く先は、私たちだけが知っている。

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きらきらひかる ―劇団天華・澤村千夜座長― 

幸せな夜でありますように。

「ホントに変わったこと、変わったことを常に考えるようになって」
常々新しさを標榜する、この役者さんの舞台で。
とりわけ印象深い二つの夜がある。

澤村千夜座長(2015/12/20)


一つはかなり懐かしい。昨年11/22の夜の部。篠原演芸場には“定次郎”がいた。
「あんちゃん、祭りって行ったことあるか?そりゃあ楽しいんだ。貧乏人も金持ちも、年寄りも若いのも関係ねえんだ」
へらり笑って生きる男の、押し隠した悲しみ。
芝居『釣忍』は、千夜さんがお面を着けて舞台を横切っていく場面とともに、記憶の中の悠かなところに今も残っている。

この11月の篠原演芸場公演で、劇団天華を初めて観た。
それまで、評判から勝手に持っていた先入観は、言うなればキラキラ、ギラギラ、グリッター。
“ショーが華やか”とか。“若いイケメン揃い”とか…

シンと静まった篠原の舞台では、定次郎が一人歌うようにつぶやいている。
「祭りの太鼓はてんつくつ、てんてんつくつ…」
それまで、『釣忍』という芝居は単に夫婦愛のお話だと思いこんでいた。けれど舞台上には、人が生きていくことの哀切が沁み通っていて。
――頑迷な自分の頭の中のカーテンが、サッと取り払われる音を聞いたのだ。

それからこっち、1年。仕事の出張にくっつけて、旅行の前後とくっつけて、あるいは単身遠征で。
三重・ユラックス。石川・大江戸温泉ながやま。大阪の色んな劇場…。あちらこちらに出かけては、天華の芝居に出会いに行った。

思い出の中にひときわ賑やかな、もう一つの夜。

(2016/7/20)
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(はにかむ座員さんたちと対照的な、座長の迷いなきポージング!)

ええと、度肝を抜かれた…
今年の7/20の夜の部、ながやまで初披露だったラストショー『罪と夏』。ジャニーズに疎い私は知らなかったのだけど、直前に発売された関ジャニの曲だと、当時Twitterで教えてもらった。
その日の千夜さんの口上いわく、「舞台でビーチバレーする劇団観たことありますか?ないでしょ?!」
ですね!(笑)
実に上手に、ビーチボールをぽーんと打っていらした。

他にも、洋風ドレスのショーとか、空中で四回転とか、数百万円もする電飾衣装とか…。

(2016/10/10)
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こんな演出に出くわすたび、頭の古い私はマジか…と目を丸くするのだけど。

「誕生日公演が来るたびに特別的なことをするようになったんですけど、段々段々お客さんが期待するようになって」
「その期待に応えなきゃいけないというハードルが段々段々上がっていくうちに、今年何しよう、何しよう、て」
そういえば、4月にSPICE連載のインタビューをさせていただいたとき、そんな風に発言されていた…(SPICEインタビュー記事)。

2015年のお誕生日公演のDVDを見てみる。最後、座員さんがそれぞれメッセージを述べていき、ラストに座長本人が登場する。
公演後のちょいお疲れの表情ながら、カメラに向かってニッコリ、「まだまだ澤村千夜は飛び続けます!」
1回や2回のアイディア勝負ならトライする人は多いだろう。それだって十分勇気の要ることだ。
じゃあ、何年も“型破りな人”をやり続けるのは―?

ずらりと大入り数がさらされた劇場入り口の光景が浮かんでくる。20近くの劇場・センターがひしめき合う大阪。劇団天華のホームグラウンド。
東京者にしてみれば、こっちは特選狂言、あっちは珍しいゲスト、大阪って贅沢ー!と羨ましいばかりだけど。
舞台をやる側にしてみれば、こんなにオソロシイ戦場もないのだろうな。
「似たようなショー、○○劇団でも観たことあるよ」
「○○座長のほうがサービスええよ。愛想もある」
送り出しで客席で、小声であるいは大声で飛び交う。
だから、いずれの劇団の座長さんも、死にもの狂いで戦っている。
背には座員。腕には守るべき芸。

かの座長さんも、ここに参戦し続けてきた。“型破り”という極彩色の武器をかついで。
背には劇団。天華旗揚げから8年。
「たとえ変わったことやってても、他の劇団でやってたら、こんなんはあの劇団でもやってたよって言われるし…」
インタビュー、苦笑交じりの言葉はそんな風に続いた。
ぴかぴか光る電飾の下、かついだ重さは客席の想像の何倍。何十倍。

それでも日々は続く。舞台は続く。
7月、誕生日公演を間近に控えた澤村悠介さんに対して、こんな口上があった。
「悠介の『三浦屋孫次郎』では、どっか一か所でいい、俺のやり方から変えてほしい。セリフ一つでも、音楽でも、立ち回りでもいいから」
「俺も師匠のやり方から一つ一つ変えてきたし、上手くいくときも、上手くいかないときもあったけど、それでも新しいことを試していかないと…」
見たことのない何かであり続けようと。
たとえ逆風が吹くときも、美人な座長さんは意地でも前を向く。

この1年間、劇団天華の客席にちょこちょこ身を置いてみれば。
舞台を見つめるお客さんのやわらかな声が、私の耳に響いてくる。
「座長の芸者役がとても好きで…ちょっときつい女の人のようなところもあり、でも優しいようなところもあり…」
京橋羅い舞座でお隣になったご婦人のつぶやき。
「千夜さんの場合、定番のお外題でも、それぞれの芝居に独自の解釈があるのがいいよね。だからね、こんな遠くまで観に来ちゃうの」
遠征先でよく出会う同じ関東ファンの方が、熱弁する声。
「数年ぶりに天華を観たら、わ、芝居がいい!って。とにかく一生懸命演じてるし。それからオーエス毎日通うようになったの」
芝居好きの大阪ファンの方は、パッと顔を輝かせて語った。

どんな日も、毎日、続くお芝居。
演じる側にしてみれば、調子がイマイチの日も、仕掛けたことがうまくいかない日も、気持ちが入らなかった日もあるのだろうけれど。
『呪いの千曲川』の笑いを誘う愛嬌。『芸者の誠は石清水』の身を切るような悲嘆。『峠の残雪』の親愛に満ちたぬくもり。『丸髷芸者』の尽きないやさしさ。
大粒のそれらが、観客の胸に、どんなにたっぷりと喜怒哀楽を波打たせているか。
ああでもない、こうでもないと役に手を伸ばし続けてきた、絶え間ない試行錯誤のしぶきが。
どんなに圧倒的に、みずみずしいことか。

それは一見目立たないけれど。
もしかしたら、どんな物珍しい出し物にも勝る“型破り”。

「みんなで一緒に飲んで踊って、三日三晩酔っ払って…楽しいぜ、祭りはよ」
打ち出される定次郎の“心”の量に。
新参ファンの中で、古びたカーテンはたしかに開いたのだ。

10/21~23は初乗りの梅田呉服座で三日連続のお誕生日公演。芝居『雪之丞変化』やショー『鷺娘』を予定されているという。
今度開くのは、どんな風景だろう。

「千夜さんの名前って、大衆演劇界の中でも良い名前じゃない?」
と友人が言った。
役者さんの名前はみんな思いのこもった良い名前だけれど、名は体を表すという意味で、千の夜という名づけは実際冴えている。
どんな日も、役は、心は、まるで星の降るごとく。
キラキラ、ギラギラ、グリッター。

幸せな夜でありますように。

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これから飛ぶ夜空は、なおきらめく。
HAPPY BIRTHDAY!!

【劇団天華 今後の予定】
10月 梅田呉服座(大阪)
11月 四国健康村(香川)
12月 後楽座(岡山)
1月 池田呉服座(大阪)
2月 大江戸温泉物語あわら(福井)

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この胸いっぱいの愛を―“大衆演劇ファン”のファンとして―

ファントークを聞くのが好きである。
あなたの大好きな役者の話、それもとびっきりの舞台の話。
4年前、大衆演劇にハマった頃から、木馬館や篠原演芸場でたまたま隣り合った人に、“イチオシの○○さん”をよく語ってもらった。

「あなた一人?この劇団、初めてなの?じゃあ、あの若手さんをよく見てて!まだあんまりセリフないけど、細かいところで表情作ったり、すごくいい演技してるから」
「母がもう、座長の女形が大好きで。体を悪くしてから家にばっかりいたのに、今じゃ外出好きになっちゃって。週に二度も三度も、早く劇場に行こう行こうって」
「一番好きなのはね、今関西回りしてる座長なの。芝居が上手なのよ。また早く関東に帰って来てくれるといいんだけど…」

喜々としてスマホに入った写真を見せてくる顔はみな、笑み崩れていて、“私、この人のファンなんです!”と全力で叫んでいる。

2年前頃から、Twitterとかを通して友人の輪が広がって、この世界はすっかり楽しくなった。
みんなで集まれば、お喋りは4時間でも5時間でも尽きない。

「彼の舞踊で好きなのいっぱいあるけど、やっぱり『田原坂』は不動かなぁ…ほんっとに感動したの」
「細かな所作が本当に昔の人みたいで、はぁ~ありがたいもん見せてもらってるなぁって。今日も勉強になります、みたいな(笑)」
「ここでこう来てからのヤマ上げ―(膝を叩いて)うまいっ!」
友人たちは、みんな高揚した様子でそれぞれの愛を語る。
賑々しい話の中に、浮かんでくる役者さんたちの姿。

観に行けないような遠い地方での公演中だって、Twitterやファンブログで動向は把握中。「お芝居泣けた~」とか書いてあれば思わずにんまり。今日もこの空の下で、彼(彼女)は人を感動させている!
逆に「体調悪そう」とか「ケガをしたみたい」とか書いてあろうもんなら、何ができるわけでもないのにハラハラと心配する。
高いところから飛び降りるようなショーに挑戦すれば、客席がオオッと沸く中で、ファンはヒヤヒヤする胸を抑えて「怖い…」とつぶやいている。
ファンってなんて愚かで、なんて愛しい。
自分自身も含めて…(笑)

けれどそんな、舞台上に捧ぐ熱を、解せない人もいるようだ。今も腹の底に引っかかっている記憶がいくつか。
知人男性とたまたま浅草にいたとき、木馬館を通りかかった。これが私がよく話してる大衆演劇です!と喜々としてチラシを渡すと、男性は苦笑い気味に言った。
「これってさ、う~ん…言い方悪いけど、ホストみたいなもんでしょ。こういうのにキャーキャー言う女性がわからない。だって、いくら観に行ったってなんにもならないでしょ」
私が手に持ったままのチラシの中では、キラキラした二人座長がこっちを向いて微笑んでいた。

またある小さなセンターで、おつまみ片手に夜の部の開演を待っていると。突然、太い声が降って来た。
「俺はね、役者っていうのは嫌いなんだ。結局、全部ウソだからね」
お風呂に入りに来た、地元のおじさんのようだった。人のまばらな館内で、見慣れなかったのか、私の顔を一瞥して去っていった。

誤解のないように書いておくと、この二人がたまたま男性だっただけで、舞台が嫌いという人は男女問わずいると思う。
(逆に、何より舞台がお好きなのだろうなぁ、という大衆演劇ファンの男性も大勢いる!)

ただ、世間には。
ファンという生き物を、冷ややかに見ているまなざしもあるということだ。
“いくら観に行ったってなんにもならないでしょ”
じゃあ、何か実になる関係って何だろう。
家族とか、友人とか、恋人とか?
ふだんの暮らしで関わる人たちへの愛情は、たしかに“見返り”的なものはある。好きになれば、好かれやすくなる。相手を助ければ、自分も助けてもらえる。
自分に優しくしてくれる人たちへの好意は、生き物としてある意味自然で、とてもシンプルだ。

舞台への愛は、そうじゃない。完全に一方通行。
どんなに好きでも、遠くまで観に行っても、何ももらえるわけじゃない。
会社で残業した後、いそいそとカートを引きずって、夜行バスに乗って、8時間も揺られて、少々しんどい腰をさすりつつ、目的の劇場へ。
ATMに行くたびに、預金残高をこわごわ確認しつつ。
世間の一部の人たちには、よくやる…と呆れまじりの奇行に映るのかもしれない。

でも、劇場に着いて。
観たかった劇団の幟がはためいているのを目にした瞬間から、腰の痛みなんか忘れているのだ。
観たかったその人が舞台に出て来たときから、残業も金欠も忘れているのだ。



だって舞台は、“物語”であってくれる。
昔ながらのやさしいお芝居が。さみしい情景が浮かんでくる舞踊が。
暮らしの中で溜まった澱みをすくう。
この世を上からながめて、私の心を洗い直す。
生きているのは、やっぱり悪いことじゃない…と明るいほうを指し示す。

芝居の中で。
舞踊の中で。
かつて貴方に出会った瞬間から、小さな風船のようだった世界が割れた!

「“人が人を好きになる”って、良いなぁ」
友人は、よくそんな言い方をする。
好き――この2文字の情熱が、すべてを動かす。

役者さんが舞踊ショーの最中に客席に降りて来ると、私はよく客席を振り返る。
お客さんが、笑顔になっていくのが見たくて。
踊る身体の周り、“好き”が花開いていくのが見たくて。

また私、キレイごとばかり書いているだろうか…(^^;
そりゃ、ファン同士で、ときどき大衆演劇特有のゴタゴタがあることくらい承知だけれど。
距離の近すぎる客席では、“好き”が曇ることもあるかもしれないけど。
けれど、ふと視線を上げて遠くを見れば。
「さあ旅人さん、俺と一緒に来ておくんなせえ!」
舞台はいつでも、晴れているのだ。

もったいないね、かつて木馬館のチラシに苦笑いした彼は。
“なんにもならない”って?
目の前の劇場の木戸をくぐったら、彼にだって、狭い世界の扉をバンッ!と開いてくれる役者さんがいたかもしれないのに。

センターのおじさん、“結局、全部ウソだからね”って?
ある芝居の愁嘆場。
「ひとり涙に頬を濡らした夜は、一度や二度じゃあなかった…!」
悔しさと悲しみに震えるセリフ。
最大の賛辞をこめて、座長っ!とかけられるハンチョウ。
待ち構えていたファンの怒涛の拍手。
劇場に響く、いくつもの“真実”を聞き取るのに、この耳じゃ足りないくらいだ。

心に温かい灯りをくれた、あのセリフ。
病みへの涼しい薬になった、あの踊り。
もらったものは、返しきれないほどたくさん。

「ほら、出て来た!」
舞台端の若手さんを指して、私の肩を叩く人がいる。
スマホで座長さんのブログを開いて、明日は特選狂言だって~!とはしゃぐ人もいる。
デジカメから今日のベストショットを見せて、美しいでしょ!と顔を輝かせる人もいる。
――みんな、出会えてよかったね。

はずむ声、紅潮した頬、くしゃくしゃに細まった目。
記憶の中にそんな顔がいくつもあって、いっせいにお喋りしだす。
“私、この人のファンなんです!”

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【SPICE】梅田より速報!劇団天華・澤村千夜座長の「鷺娘」とは?(大衆演劇の入り口から・番外編)

漲っている。
張りつめている。
今月ならではの“熱”がある!

梅田2日目の昼公演。
セリフ、所作がひりひり刺さって来るのを感じながら、だいぶ興奮していた。
天華の皆さんに、「梅田」の緊張感が良い方向に作用しているのだろうか。

「今回はね、3日間、全編に渡って鷺娘が絡んでるんですよね」
10/21(金)・10/22(土)・10/23(日)のお誕生日公演で企画中のアレコレを、語っていただきました!

【SPICE】梅田より速報!劇団天華・澤村千夜座長の「鷺娘」とは?(大衆演劇の入り口から・番外編)

(2016/10/1)


(2016/10/2)
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千 芝居は一日が『雪之丞変化』で、もう一日は思いっきり大衆演劇っぽいのやろうかなと。あとの一日は、オリジナルの新作芝居を。

――本当ですか!オリジナルをやるっていうことは、記事に書いてもいいですか?

千 大丈夫ですよ~。オリジナルの内容明かしても全然いいですし。

――ぜひ明かしてください!

千 『鷺娘』(※)を題材にしたお芝居です。鷺娘を得意とする女形の役者さんがおって。旦那さん、つまり男のご贔屓ができたんやけど、その人の女房さんが足が不自由で。昔って男が男の役者さんに惚れるとかよくあったんで、女房さんが役者さんにやきもち焼くんです。で、『お前も私みたいに足を不自由にしてやる』って思って、目を離した隙にその役者さんに薬飲まして、そういう目に遭わせる。それで役者さんは舞台に立てなくなって…っていう話です。

――めちゃめちゃ気になってきました…!

千 『鷺娘』って、結果叶わぬ恋で死んでいく話なんです。それにちなんだ部分も出てきたりします。でもそんなにね、大衆演劇的に、おお~っと盛り上がる話ではないかな…。しんみりとしてて。


⇒全編はこちら!(SPICEサイトに飛びます)

オリジナル芝居『鷺娘』、気になって気になってしょうがないんですが…!
“あまり大衆演劇っぽくない、しんみりとした話”というのがいい。
役者さんが役者さんを演じる、という構造がまたいい。
常に壁を突破していく座長さんの、清新な道がまた一つ、開くんだろうか。

「天華の芝居が大好き!」
というお客さんに、ちらほら出会う。
もちろん、華やかな天華さんの舞台だから、ショーだって見応えあるけれど。
心の底までどすんと落としてくれる、芝居の情の重さが。
私含め、多くの人を惹きつけているのだろうと思う。

あの芝居の影はなんだろうか。
電飾とか宙づりとかの装飾の向こうに、ぽっかりと口を開ける暗がりのような。

あの芝居の光はなんだろうか。
どろりと溶けた心が、とてつもない濃度で押し寄せるような。

それらは、もしかしたら、この劇団の先頭に立つ千夜さんが。
物語を噛み砕いてくれていることの結果なのかもしれない。
私たち観客にわかるように、届くように。

――古典って「わかる」っていう段階で終わりがちなんですけど、ちゃんと感情移入できるようになっていて、感動したっていうところまで持って行ってくれる。

千 それが大衆演劇やと思うけどね。うちの芝居『籠釣瓶』もそうです。色々『籠釣瓶』の古典とか歌舞伎も観て、俺自身が最初はわかんなかったし。2、3回観て、やっと理解したかなみたいな。だからうちの『籠釣瓶』では、ここは絶対っていう名台詞は残しつつ、要所要所はわかる言葉に直してやってる。自分の解釈のところもあるけどね、ホントはそういう解釈じゃないのかもしれんけど…。でも多分、お客さんみんなが理解できるようになってると思う。

(記事中より)

初乗りの梅田呉服座。
きっと悩みや苦労は尽きないのだろうけれど、とっておきの芝居や古い芝居も引っ張り出して。
とにかく梅田のお客さんを魅せきろうとしているようだ。

余談。
インタビューの録音を書き起こしていたら、『雪之丞変化』の説明のところ。
ところどころ「闇太郎さん」って、登場人物を“さん”付けで呼んでらっしゃる…
物語に対してひょいとのぞく、ナチュラルな愛情。
この座長さんの持つ、不思議な愛嬌を感じた瞬間でした。

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