【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之拾七]舞台裏のプロたち―「浅草木馬館」の裏方さんに会いたい!

ある座長さんが、特別ショーのために作られた舞台セットを指して。
「これが木馬館ですよ!他のどの劇場で、こんなセット作ってくれますか?!」

また別の座長さんは、数年ぶりに出すお芝居について。
「この芝居は、木馬館か篠原演芸場じゃないとできないんです。ここでしかセットが用意できないから」

どんな道具でも作れる。
どんなセットでも用意できる。
だから、芝居ができる。私たちが舞台を楽しめる。
同じ時代にいてくれてよかった、浅草木馬館!

【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之拾七]舞台裏のプロたち―「浅草木馬館」の裏方さんに会いたい!



――今回、木馬館の支配人さんにインタビューさせていただこうと思った最大の理由があるんです。木馬館で公演される役者さんが、皆さんそろって、「木馬館の裏方さんは本当に何でも作れる」「どんな道具でも用意できる」っておっしゃるんです。

支配人・篠原由高さん(以下、篠)  あ、本当ですか…(笑) うちの劇場の場合は、他の劇場さんと比べて舞台が広くないですし、楽屋なんかも広くない。そこで、どこを売っていくかっていうのを考えたときに、舞台・大道具で売っていこうかっていう話になったんです。それで道具に力を入れてはいるんですけど。

――道具に力を入れるっていうのはいつ頃からの方針ですか?

篠  うちの社長の代からですね。祖父(※)の頃はまだそんなでもなかったんですけど。現在の社長の段階から、やっぱり大道具にちゃんと力を入れようって。劇場なんだからって。劇団さんに作ってって頼まれたら、極力“できない”っていうのは言わないっていう、うちの劇場のポリシーがあるんです。

――すごいですね…「できないって言わない」。

篠  “無茶”と“無理”はまた違うんで…“無茶”っていう場合は、もうできないんですけど。“無理”はある程度はきくっていうスタイルでやってるんです。


⇒全編はこちら!(SPICEサイトに飛びます)

“やっぱり大道具にちゃんと力を入れよう。劇場なんだから”
“劇団さんに作ってって頼まれたら、極力できないっていうのは言わない”
聞きながら、うわああ、むちゃくちゃかっこいい言葉…!と。
バタバタした準備中、こころよく取材をOKしてくれた支配人・篠原由高さん、棟梁さんに改めて感謝します。
そして河内十人斬りの画像を瞬時に送ってくれた、劇団炎舞のファンクラブの運営さんにもm(_ _"m)

木馬館について、学生時代に論文もどきを書いたことがある。
そのとき知ったのは、「篠原孝昌さん」という一人の興行師の挑戦が、すべての始まりだったということ。
1977年、安来節の小屋だった木馬館を「大衆演劇の劇場にしよう」と孝昌さんが決めたとき。
大衆演劇は経済的にどん底。
「もう一度旅芝居に花が咲くはずない」と、あらゆる方面から白い目で見られたそうだ。

それから今年で39年。
木馬館の開場前には、長い列が劇場を取り巻いている。
孝昌さんから息子の篠原淑浩会長へ、さらにその息子の篠原由高支配人へ受け継がれながら。

木馬館の二階へ上がるとき、階段の踊り場の壁に「木馬館思い出写真集」のコーナーがある。
すると舞台でマイクを持って挨拶する、孝昌さんの写真に出会う(記事中にも写真を掲載しています)。
「いらっしゃいませ!空いている席へご案内しますよ!」
階上から、従業員さんの声とお客さんの声が降って来るのを聞きながら。
先日、孝昌さんの写真を見つめて足を止めた。
――この人が作ってくれたのだなぁ。

CIMG1009 - コピー

記事には載せなかったけど、夕闇の木馬館も大好きです。

浅草寺を通り抜けるあたりで、観劇仲間にばったり会ったりすることもたまにある。
「奥山おまいりまち」の門まで行けば、顔見知りの人を見かけたり。
振り向く顔は、“これから観劇”という熱で、みんなどっかウキウキしている。

「大衆演劇やってます!もうすぐ開演ですよ!」
今日も元気な、呼び込みの声が聞こえてきた。

私たちの、浅草木馬館!

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劇団天華お芝居『峠の残雪』―お前にあげよう―

2016.7.23昼の部@大江戸温泉ながやま

「兄さん、ありがとう」
目の見えない弟(澤村神龍副座長)が、子どもみたいに兄に笑みかける。
口のきけない兄(澤村千夜座長)が差し出すのは、自らの懐で温めた草履と杖。杖の先は血で濡れている。兄の懐の中で、杖は凍りつく寒さのために胸に張りつき、引っぺがしたらブツリと肌が破れたのだ。
降り続ける雪が、兄弟の身を刺すように冷やしていく。

どなたにも、観劇ライフの中で忘れられない“宝物”みたいな芝居があると思う。それは実に色んな要素の結果だ。その日の役者さんの心身の調子や、裏方さんの動き。道具のちょっとした偶然や、客席の雰囲気、そして自分の集中力や気分も大きい。
だから私にとって、ながやま座での『峠の残雪』が“宝物”になったことは、とても貴重で幸福なこと。
読んで下さってる方、少々長い記事ですが、一生懸命記憶を紐解きますので、一緒にこのお芝居を観ているような気持ちでお付き合いくださいませ~。

冒頭。右手から聞こえてくる声。
「おっかさん、さぁこっちだ」
と話しながら舞台に出て来るのは、亀甲組の次男・新吉(神龍さん)だ。

澤村神龍副座長
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新吉はねずみ色の羽織に橙色の袴。そのおっかさん(喜多川志保さん)は堂々とした姿の息子に寄り添い、喜色満面だ。
「三つ葉葵のお墨付きをいただいたからには、もう亀甲組は安泰だねえ」
志保さんの小さな胸には、<お墨付き>と書かれた封筒。
けれど水を汲みに新吉が場を外した隙に、侍・神馬弥十郎(澤村龍太郎さん)が現れる。
「そのお墨付きをよこせ。よこせと言ってるんだ!」
お墨付きを奪うため、神馬は逃げ惑うおっかさんを斬り殺してしまう。

場面転換して、丹波屋一家。
「早速のお控え、ありがとうござんす」
亀甲組の長男・新造(千夜さん)が旅人として一家を訪れ、丹波屋長治親分(澤村悠介さん)の前で仁義を切っている。

澤村千夜座長
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新造の旅姿がコテコテの股旅衣装でなく、濃い紫の単衣なのが良い。画面が色鮮やかな上、新造の悠遊としたキャラクターまで滲ませる。
「このたび、男修行の旅からこの土地へ戻って参りやした。どうぞおたの申します」
顔を伏せたまま、きれいに落ちた腰、ひょいと差し出された片手、軽みを含んだ声が重なる。あ、今、たぶん日本一男前なんじゃないかな、って思いました。←ファン…

さて事態は急転。
「亀甲組の母親を斬ってやったぞ!」
神馬の報告に喜ぶ丹波屋。実は神馬は丹波屋の食客だった。お墨付きを横取りするのに、もう邪魔者は亀甲組の兄弟だけだ。丹波屋は酒に毒を盛り、新造を宴席に呼ぶ。毒をあおった新造が、床でのたうってもがく。赤く染まった照明の中、
「神馬弥十郎、待て!」
母を殺した神馬を追って、新吉が飛び込んでくる。しかしその目には、神馬の手から目つぶしが投げつけられ、うめき声が上がる。

二幕は「前幕より一年の経過」。幕が開いて、左手からよろよろと出て来るのは。
「ああ…腹、減ったなぁ…」
驚くほどみすぼらしい姿になった新吉。神馬の目つぶしで盲目となり、髪はざんばら、おこもさんの格好で、ゴザを抱えてふらつき気味だ。
新吉が乞食をしていると、通りかかったのは、憎い仇の神馬と丹波屋、芸者(沢村ゆう華さん)に丹波屋の若い衆(沢村鈴華さん)。新吉は「おっかさんの仇!」といきりたつも、あっさり倒され、嗤われ、玩具のように引きずり回される。
「畜生…!」
涙混じりに、地を這う恨み声。神龍さんは格好つけずに、役にズドン!と没頭されるのが才だなぁと常々思うのだけど、この場面の憐憫さは胸に痛いくらい…。

そこにポーンと投げ込まれる三度笠。「あ゛、あ゛!」ていう“オシ”らしい声。旅人姿の新造が駆け出してくる。新造は、一年前に丹波屋で見失った弟を探して旅をしていた。その声を、丹波屋の毒で失いながら。

だが目の見えない新吉には、一年ぶりの兄だとわからない。新造の喉は名乗れない。兄弟を助けるのが、通りすがりの奴の親分(澤村丞弥さん)だ。
“俺はお前の兄の新造だ”
新造が地面に書いた文章を、奴の親分が読み上げる。
「兄さん?!ほんとに兄さんなんだね?!」
赤の他人の温情で、ようやく兄弟は繋がる。再会の喜びに抱き合う二人。その姿に前幕の立派な男の面影はなく、声を奪われ光を奪われ、いまや幼い子どものように心もとない。

「この道をずっと行ったところに、どんな眼病にも効くというお地蔵様がある」
奴の親分に教えられ、新造は新吉を先に行かせることにする。ちらちらと白い雪が降ってきたので、弟が冷えないよう自分の合羽を着せてやって。
「寒いなぁ…うう、寒い…」
合羽に包まれていても、新吉は雪に震える。見つめる新造は無言だが、その心は千夜さんのクルクル動く表情を見ていたら手に取るようにわかる。
新吉が寒がってる、どうしたらいい、温めてやりたい、でもここには何もない――

新造は弟の草履を手に取る。温めるには懐に入れるしかない、いやでも、この雪のついた草履を肌に当てたら極寒だろう、いやいや…てな具合に、草履と弟を交互に見て躊躇する(この間がすっごくユーモラスw)。
「それにしても、寒いなぁ…」
新吉のか細い声を聞いた瞬間、新造は意を決して、ずぼっ!と草履を懐に入れる。
「~~~~!!」(文字化できない悲鳴)
「兄さん、どうかしたのかい?」
心配そうな弟を制し、新造は懐の中の冷たさと痛みに耐える。
千夜さんがあまりの冷たさに目を見開き、腰を折って跳ねる様はコミカルに演じられるけれど。おかしさの皮一枚下に、哀切が膨らんでゆく。

次に新造は、新吉の杖を手に取る。雪の中、杖は氷のような冷たさ。
これはさすがに無理だろう…いや、でも新吉は震えてるし…けど杖は凍ってるし…てな具合にまた迷う。
「ああ、冷えるなぁ…」
しばらくの逡巡のあと。
「~~~~!!」(文字化できない悲鳴2回目)
「兄さん?!さっきから、何かあったのかい?」
そしてこの後、寒さのあまり肌にひっついてしまった杖を無理やり引き剥がして流血し、3回目の悲鳴が上がる。

もう、弟にあげるものが、他には何もない。
亀甲組も。親も。立派な袴も。朗々と名乗りを上げた声も。一年前にあったもの全て、今はもう。
あるのは体一つ。温度一つ、お前にあげよう――

草履と杖を受け取った新吉が、温もりにホッと笑む。
千夜さんと神龍さん、二人の演者と雪の舞台から。
小さな子どもが、もっと小さな子どもの手を握りしめるときの、最も根っこの慈しみが、こんこんと湧き出る。
「ああ、なんだかすごくあったけえ…」
雪の底、夜の底、隣り合わせに兄弟ふたり。

杖を手に歩き出そうとして、新吉はふと気づく。どうしてこの杖は濡れているのか。ぬるりとして血のような…。
やがて新吉は、くしゃくしゃに泣きながら頭を下げる。
「何にも言わねえ、この通りだ…!」
見えずとも、言えずとも、手を握り合わせて兄弟ふたり。

この後の展開はさらに惨い。ラストでは仇を討ち果たすものの、兄弟は死ぬ。今年の2月、『峠の残雪』初見のときは冷え冷えとしたラストが強烈な印象だったけれど(当時の鑑賞録)。
「この話、誰が考えたのか知らないけど、なかなか良い話だと思います」
と千夜さんが話してくれたように。ながやま座での『峠の残雪』は、芝居の通奏低音として響く情愛が流れ込んできた。

それをいつまでも心の宝として抱いていられること。劇団天華の皆さん、裏方さん、ながやま座のスタッフさん、あの日の客席、そして石川旅行中なのに付き合ってくれた連れのおかげ!

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(澤村千夜座長、当日の舞踊ショーより。こういう角度が滋味深い)

「兄さん、ありがとう、あったけえや…」
最後に残った指先で、人は他者を慈しむ。

劇団天華 今後の予定
8月 お休み
9月 オーエス劇場(大阪府)
10月 梅田呉服座(大阪府)

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