【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之参] “新時代”を開く目 二代目・恋川純座長

炎を想像する。
この瞳を見ていると、高く高く、燃え上がる大きな火が浮かぶ。
次の時代へと走っていく、熱のかたまり。

二代目・恋川純座長に寄せて、連載[其之参]、書かせていただきました!

【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之参] “新時代”を開く目 二代目・恋川純座長
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桐龍座恋川 二代目・恋川純座長(2015/2/7)

わわ、吸いこまれる。こんな引力の強い瞳があるだろうか?視線が心臓までずぃーっと入って来るような感じがして、客席で動けなくなる。ぐぐ、と舞台の上の彼の視線が持ち上がれば、私の心身も一緒に持ち上がっていくみたい…。

その目は、新しい時代をつくる目だ。大衆演劇の未来を切り開いていく目だ。全国で130を超える劇団の中でも、トップクラスの人気を誇る「桐龍座恋川劇団」。率いる座長は、二代目・恋川純さん。


⇒続きはSPICEでお読みくださいませ



↑をクリックいただいたら、上から3枚目のお写真をぜひご覧ください。
友人の花浅葱さんのカメラがとらえた純さんと、息子の桜奨くんのショットが光っています。

友人たちの写真、発言、情報、そしていつも温かいSPICE編集部の心遣い…
SPICE記事はいつもながらに色んな方な助けられまくり、支えられまくりで書いております。

純さんについて思い出すのは2年前の「一本刀土俵入り」
そして今年4月、篠原演芸場での座長襲名記念公演での「翼をください」
芸達者なのに加えて、“もっともっと巧くなりたい”という思いが体中に弾けている役者さん。
…24歳だと何度言われても信じがたい。

SPICE記事では「一本刀土俵入り」に言及させていただいた。
長谷川伸×恋川純って…こう、ピタっ!と「ハマるべきものがハマった」感がありませんか?
情に厚く、強く、少し哀しく、揺らがない―
そんな人間像が、戯曲からも役者からもスルリと掬い出されて、舞台の上で結ばれる。

老獪さすら感じさせる純さんなので。
時々初代さん=お父さんと芝居で絡んでいるのを見ると、息子さんらしい可愛らしい表情が見えてなにか安心したりする…(笑)

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劇団都お芝居「丸山哀歌」

2015.8.15 夜の部@三吉演芸場

心は、自由だ!
この身は小さな壁に閉ざされていても。
この目は二度と、故郷の空を見ることはなくとも。
「そん人の夢の話聞いとると、うちまで一緒に夢を見られるような気がして―…」
女郎・ゆい(藤乃かな座長)は、涙を飲み込んで笑顔で語る。
15年間、丸山遊郭からついに出られなくとも。
その心だけは、夢ひとつは、どこまでも羽ばたく。

藤乃かな座長(当日舞踊ショーより)


8月も三分の一を過ぎた頃、友人から聞こえてきた劇団都の評判。
熱を上げて語る彼女いわく、芝居の構築度が高い!
いわく、かな座長がおひさまのように明るい!
いわく、座員さんが皆笑顔でさわやか!
その熱に引っ張られるように。
私も中日にようやく初の都さんへ足を運ぶことができました。

『丸山哀歌』は藤乃かな座長のオリジナル芝居。
ほとんどの場面は、丸山遊郭の一室に留まる。
その小さな部屋が、ゆいの暮らしの全てだからだ。
15年前に遊郭に来てから、故郷の母と弟に送金を続けている。
もう年増女郎になり、あまり売れっ子ではない。
馴染み客の役人・小暮(城麗斗副座長)や、遊郭の女将(光乃みなさん)からも、ぞんざいな扱いを受けている。

だが、ある晩やって来た新しい客は様子が違った。
友人に無理やり案内されてきた、藩士・桂木清之介(都京弥座長)。
「私はこんなところへ来るとは知らなかったんです、だからそういうことをするつもりはありません!」
潔癖な清之介は慌てた様子。
ゆいが酒を勧めれば、一口飲んでころりと寝入ってしまう。
「疲れとんなさるんやねえ」
ゆいは思わず笑みをこぼし、膝枕をしてやる。
子守歌代わりに口ずさむ、わらべ歌。
「出ん出らりゅうば 出て来るばってん 来ん来られんけん 来られられんけん…」
(出ていけるものなら出ていくけど 出て行けないから出て行かない)
女郎という自らの境遇を歌に託して。
清之介の寝顔を見つめる、ゆいの微笑みはそれでも慈しみに満ちている。
かなさんのゆいの情の深さ、京弥さんの清之介の誠実な人柄がふんわり演出されていた。

清之介は、足しげくゆいの元へ通うようになった。
外国へ行くという夢を、熱弁する清之介。
「私はこの日の本を飛び出して、外国の文化をたくさん学びたいんです。それを日本に持ち帰り、この国を良くしたいんです」
「ゆいさん知っていますか、エゲレスという国には、蒸気機関車というものがあるんです。その機関車に乗ると、江戸から京までの距離を半日で行くそうです」
「それからメリケンという国の大統領のワシントンは、百姓の出身です。百姓が一国の将軍にまでなったんです!」

都京弥座長(当日舞踊ショーより)


外国の空に思いを馳せる清之介のイキイキした顔。
ゆいは心底興奮して、清之介の腕を取ってせがむ。
「もっとお話を聞かせてください。もっと色んな国のお話をしてください!」

ある晩、清之介はゆいに真摯なまなざしを向ける。
「私はエゲレスへ渡るつもりです。ゆいさん、どうか、一緒に来てくれませんか」

同じ頃、15年会っていなかった故郷の弟・長次郎(京乃廉さん)がゆいを訪れる。
「今度、商家との縁談があるんです。あなたのような身内がいることが先方に知れれば、破談になります。ここに十両ありますから、これで私たちとは縁を切ってください。汚らわしい!」

何も縋るもののなくなったゆいは、清之介と共に行く決意をする。
二人の約束は、思案橋に兎の刻。

――約束は、果たされることはなかった。

尽きる命の間際、ゆいはそれでも笑う。
傍らの弟・長次郎(京乃廉さん)に語りかける。
「姉ちゃんの人生、悪いことばっかりじゃなかった。大きな夢を持った人がおった。そん人の夢の話聞いとると、うちまで一緒に夢を見られるような気がした!」
清之介との時間。
心は遊郭の壁を駆けあがって、広い空を見ていた。
思いは、懐かしい故郷へも、未知のエゲレスへも、どこへでも飛んで行けた。

悲愴極まる場面でも、かな座長はゆいに笑顔を持たせた。
傍らの長次郎は泣いていて、舞台の照明は落とされていて、ゆいのクシャッとした笑顔だけが闇に向かって咲きかける。
その姿の強さ、明るさ!

“出ん出らりゅうば 出て来るばってん…”
出て行けない運命を歌いながらも。
この人の胸に伸びやかに広がっていく慈愛を、誰が止められよう。
女郎でも、汚れていると罵られても、殴られても蹴られても。
この女性の体に詰まっている光を、誰が踏めよう。

この芝居を創ったかなさんには、人間の持っている確かな光源が見えているんじゃないだろうか。
どんな状況でも希望のほうへ顔を向ける……そんな人間の姿が。

嗚咽をこらえ、タオルを顔面に押しつけながら観ていたラストシーン。
夢か、まぼろしか。
場面はようやく丸山遊郭ではなくなって。
ゆいと清之介は、手に手を取って。
自由の空の下、どこまでも共に行く。

劇団都の明るさに照らされて、泣きながらも、どこか爽快な心持ちでお芝居を見終えることができたのです。

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【SPICE】8/18(火)あの名コラボを再び!大衆演劇×浪曲in浅草

8/18(火)に木馬館で公演される、国本武春氏×橘劇団コラボ。
昨年、私の周囲では大変話題になっていた浪曲×大衆演劇コラボだ。
どうしてもニュース記事にしたくて、あちらこちらに詳細を確認し、ファンの方の情報に助けてもらいまくり。
8/11(火)に【SPICE】でニュース記事としてリリースさせていただきました↓

【SPICE】8/18(火)あの名コラボを再び!大衆演劇×浪曲in浅草
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橘劇団・橘大五郎座長(2015/5/5)

8/18(火)、あのコラボ公演が今度は浅草で行われる!

「浪曲と大衆演劇が見事に融合した、それまでに味わったことがないような楽しい舞台でした」。

2014年、カリスマ浪曲師・国本武春氏と、大衆演劇団・橘劇団のコラボ公演に寄せられた感想だ。浪曲と大衆演劇。大変珍しいコラボだと、事前告知の時点で浪曲ファン・大衆演劇ファン双方から大きな注目を集めていた。公演は昨年の9/25(木)、十条の篠原演芸場で行われた。演目は忠臣蔵だった。


⇒続きはSPICEでお読みくださいませ



昨年観たというファンの方の提供してくれた情報で、記事が書けました。
本当に、本当にありがとうございました。

まだ【SPICE】サイトがリリースされる前、編集さんとの打ち合わせのとき。
そういえば昨年、大衆演劇と浪曲のコラボをやった劇団もあったんですよ、と話題になった。
(この時点では橘劇団の今年のコラボは未発表)
「いいですね~!そういうのが今後あったら、ぜひニュース記事にしてくださいよ!そういうのがいいんですよ!」
…この編集さんの言葉に、私はひとり感動していた。

そうだ。
それって芸能の価値的に、すごいことなんだ。
これから始まる【SPICE】では、そういうことをニュースとして扱っていただけるんだ。
…嬉しさを一番噛みしめたのは、その瞬間だったかもしれない。

コラボ公演当日を、心待ちにしています。

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橘大五郎座長 個人舞踊『Forget me not』(橘劇団)

2015.8.2 昼の部@浅草木馬館

確信している。
橘大五郎座長の『Forget me not』を、この夏の衝撃の一つとして、私は長いこと記憶しているだろうと。
感情の栓は、全部全開。
目つき、眉、指先、たたずまい。
そこに乗っている情のひだ一つ一つが、ドッと観客の内側に入り込んでくる。

『Forget me not』は、恋人に愛を語る熱烈なラブソングだ。
若い役者さんが流し目決めつつ踊ったら、さぞハマるだろう。
なのに、大五郎さんのそれを観た後、カッコ良かったとか素敵だったとか言うより。
「す、すごかった…」
私と友人は異口同音に、呆然とした面持ちで呟いていた。
“観た”というより“体験した”のだ。

まず、出てきてすぐに舞台の左端に座る。
客席に語りかけ始める。

―小さな朝の光は 疲れて眠る愛にこぼれて
流れた時の多さに うなずく様に よりそう二人―

(なんて書き出すのが恥ずかしい歌詞だ…)

座ったまま、表情だけで描き出される風景の、なんと鮮やかな。

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笑みには、芯からの幸福が響いていたり。

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何かに驚いて、子どものようなまん丸な目になったり。

これだけ陶酔しろと言わんばかりの曲でも、当然カッコつけてはいるのだけど、酔っていない。
飾っていない。
この座長さんの表現は常々まっすぐで、その硬度に毎度驚いてしまう。
剥き身の、健やかな愛情が曲に流し込まれる。

―初めて君と出会った日 僕はビルのむこうの空を
いつまでも さがしてた―


サビを過ぎたあたりで、舞台中央に踊り出て客席を振り返る。
目に光を湛え、300人超を相手に、古くからの知り合いに出会うように笑う。
ビーンと直線的に放たれる、圧倒的な情感の量!
心と身体の間に何の境目もないんですか…?と問いたくなる。

―時々僕は無理に君を 僕の形に
はめてしまいそうになるけれど―

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歌詞に合わせて、こんな当て振りもあったりする。
ふいに、舞台から降りてきて。
赤のシースルーの衣装が、ひらひらと客席の間をうごめく。
二階席まで、一人一人を覗きこむ。
木馬館の全員のまなざしを、余すところなく身体へ惹きつける。

右側の通路から舞台へ戻り、再び舞台に腰かける。
熱っぽく人を想う風情。

―狂った街では
二人のこの愛さえ うつろい踏みにじられる―


ふっと笑みを消して、恋の歓喜は鳴り止む。
上半身が舞台にもたれるようにかたむき、目線が舞台=地面に落ちる。
伸びた手が小さな花をすくう。

―君がおしえてくれた 花の名前は
街にうもれそうな 小さなわすれな草―


歌に心身を溶かすように。
大五郎さんの大きな目が真摯な哀しみに行き当たる。
幸福の影に咲く、哀しみ。

エモーショナルな曲を、踊り手のエモーションがはるかに越えていく。
じんじんじん、と木馬館の奥の奥まで広がる、感情の波紋。
流しこまれる生々しい息吹に溺れそうになりつつ、舞台を見上げれば今度は吸うような笑み。

無題

嬉しくて、驚きもあって、時に哀しくて、でも底に揺らぐのは確かに幸せ。
“恋”という演技が、爆発していた。

そして、矛盾するようだけど。
甘く濃く煮詰めた恋の熱の根底に、温かく溶ける情愛をも感じ取れたのだ。
だから『Forget me not』は個の物語に留まらず、どこまでも広がりがあった。
この持ち味が、“大ちゃん”が幅広く愛される理由なんだろうか。

大五郎さんの魅力については、お仕事の「SPICE」連載でも書かせていただいたばかりなので、よろしければぜひ。
大衆演劇の入り口から[其之弐] “清らかさ”にふれたくて 橘大五郎座長(別窓に飛びます)

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【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之弐] “清らかさ”にふれたくて 橘大五郎座長

まずいーまずいよーお前に 惹かれ 惹かれ過ぎてさ♪
…このフレーズ、一回聞いたら耳から離れませんね(『惚れたってことは』)。
さすが作詞作曲小椋佳先生。

この歌を気持ちよさそうに歌う橘大五郎座長は、若干28歳。
まぶしく元気な笑顔が印象的だ。
けれど、その芝居・踊りの空間には溢れる詩情がある。
中でも純度を極めるのは――哀しみの表出だと、勝手に思うのです。

私の観られたお芝居だと『明治一代女』『悲恋 涙の馬子唄』、踊りだと『おつう』『願わくば桜の下で』とか。
悲しい、さみしい、切ない、ひとりきり。
そんな情感が現れるとき、息をのむほど濃い哀しみがパッと発散して。
…演者の身体を中心にして、また綴じていく。

その空間をSPICE読者にも共有してもらいたく、紹介させていただきました!

【SPICE】大衆演劇の入り口から[其之弐] “清らかさ”にふれたくて 橘大五郎座長


わかりませんか、届きませんか、私の心が。女の姿をしているけれど、私は鶴です。あなたに命を助けられた鶴です――。悲しげな目は訴えかけるようだ。8~9月、この女形に東京で出会える。

昔ばなし「鶴女房」は、多くの読者が聞いたことがあると思います。“あなたの所にお嫁に来たのです”…貧しい男のところに嫁いできた美しい女。その正体は、かつて羽に刺さった矢を抜いてやった鶴だった。けれど最後は男が約束を破ったために、女は鶴の正体を現して飛び去ってしまう。
大衆演劇の役者さんに、この話の名演者がいる。三代目・橘大五郎座長(橘劇団)。舞踊ショーで「鶴女房」をモチーフにした演歌をかけて踊る。寂しそうに結ばれる両手の小指、紅を引いた唇を耐えるみたいにきゅっと噛みしめる。


⇒続きはSPICEでお読みくださいませ




深い、たくさんの表情を持っている役者さんであるほど、私の筆力が追いつかず。
かといって長すぎる文は読者に負担をかけるし、大五郎さんを知らない方にも最後まで読んでいただくには…
とグルグル考えて、実はかなり書きあぐねていました。

読んでいただけばわかる通り、友人の発言に全編が支えられている。
大五郎座長の芸質の中心をつく、この一言があったのでようやく書き上がった。

しかし、5月の三吉演芸場公演、6月のゆの郷公演、8月の木馬館公演。
いずれも初日近くに行くことができて、気付いたのは。
地元のお客さんが、この1年間どれだけ“大ちゃん”を心待ちにしていたかということだった。
舞台に現れたとき、会場から弾けた「三代目!」「大ちゃん!」の声。

抒情性に満ちた芸風。
何より、観客との垣根を一瞬にしてフイッと消す、心の在り方。
この座長さんの舞台を観ることで、大衆演劇という芸能の原型に近いものを、少し読みとれるような気がする。

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