重ね重ねの、あたたまり―柚姫将さん・龍美佑馬さん(劇団KAZUMA)―

いわゆる“化学反応”っていうのは、あると思う。
誰かの持ち味と、別の誰かの持ち味が、組み合わさって、混ざり合って。
そこで初めて出てくる、目覚ましい色。

今回は、私が大好きな、このお二人の組み合わせの話がしたい。

柚姫将副座長(11/21(金)舞踊ショー「無錫旅情」より)


龍美佑馬さん(同じく「無錫旅情」より)


片や、朗らかな笑みにも活力みなぎる、30代の副座長。
片や、元警察官というごっつい経歴の、40代の男前。
このお二人が舞台に共にいるのを見て。
なんで、私の心が最初に読みとるものは、郷愁なんだろう…。
それぞれの空気が重ねられて、とても温かい。

最初に、将さん・佑馬さんの組み合わせについて、おお…?と、胸躍ったのは。
8月のぶらくり劇場で観たお芝居「土方一代」
将さんと佑馬さんは、生き別れの親子を演じていた。
父親役の佑馬さんが、息子と知らずに、将さんに尋ねる。
「その若さで渡り土工をやっとるのは、よっぽどわけがあるんじゃろう。よければわしに話してくれ。なぁに、年寄りの暇つぶしじゃ」
「そうか、暇つぶしか」
場が和らいで、将さんの語りの場面になる。

ここに、なんとも言えない味わい深さが漂う。
佑馬さんの丸っこい目と、将さんの研がれた感じの目つきが、途切れ途切れに絡むのがいいのか。
将さんの深みのある声に、佑馬さんの頷きが挟まるのがいいのか。
「俺は、おとっつぁんが仕事から帰って来るのを、いつも橋の所で待ってた。おとっつぁんに肩車されるのが、好きで好きで…」
物語られる望郷が、胸にストーン…と落ちて来る。

何だろう。
将さんと佑馬さんの狭間にあって、客席にほわんと降って来るもの、何だろう。

もしかして、それぞれの芯から出るものが、ちょっと似てらっしゃる?

まず、将さんのこと。
この香川遠征中に、KAZUMAの常連さんが、ニッコリして私にくれた質問。
「他にどんなすごい役者を見ても、柚姫将を追いたくなる魅力って?」
答えを、真面目に考えてみた。
――土の香りがする。
おいおい、カッコいい伸び盛りのお兄さんに対して、土ってキーワードはないだろう…と、自分でもなんだかすまなく思うけど。
良い意味で、現代的な擦れがなくって。
特にお芝居での、朗らかな声を聴くとき。
みずみずしく零れる土を、掌に受ける思いがする。

佑馬さんも、これまた、ぬくぬくした雰囲気をお持ちだと思う。
ふわーっとした笑顔を見ると、こちらもすっかり嬉しくなってしまう。
「あの佑馬さんって、ホントに善人な感じがする」
と、劇団KAZUMAを数回観た知人も言っていた。
一馬座長と佑馬さん二人の口上挨拶のとき。
「彼が隣にいると、つい頼っちゃって…」
なんて言葉も座長さんから出るくらいの、強烈な安心感!
多分、これからの劇団KAZUMAで、今まで以上に要になっていかれるんだろう。

11/21(金)、将さんと佑馬さんの相舞踊が観られた。
曲は「無錫旅情」。
――君の知らない 異国の街で
君を想えば 泣けてくる――

異郷へ向かう旅半ば、別れた相手を思う歌詞が、心のど真ん中にハマった。
なんて良い曲なんだろう…

一番で佑馬さん、二番で将さんがそれぞれ踊り、三番で二人が踊る構成だった。
――上海蘇州と 汽車に乗り――
佑馬さんの、大きさを感じさせる踊り。
どっしりした高い背が、空気を締める。
――ばかな別れが くやしいよ――
将さんの、スピードのある踊り。
歌詞の心情を汲み取った表現が、旅の情景を紡ぐ。

舞台左に、柚姫将。
舞台右に、龍美佑馬。
おそろいの着物の黄色が、舞台に明るく差し込んで。
愛しさと哀しさくるみ、迫って来る異郷の歌。

眼福だ。



漂う、土の香を嗅ぐ。
遠く、暮れていく風景に手を振る。

「無錫旅情」は、個人的な“帰り歌”に殿堂入りしました。

将さんが、副座長という立場になられて。
佑馬さんは、お芝居で老け役以外も増えてきたりして。
全体の変化の中で、このお二人の絡みはますます面白い。
歳は一回り離れてるけど、送り出しでもお隣にいるのをちょくちょく見かけたりして、けっこう仲は良さそう…かな?

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劇団KAZUMAお芝居「天神の半五郎」

2014.11.22 昼の部@四国健康村

ずしん、と飛行機が高松に着陸して、爆睡からパッチリ覚めた。
はるばる香川、はるばる四国健康村。
ちょうどうまいこと、四国で親戚の結婚式があったもので。
結婚式の前後に観劇を入れて、いざ2年ぶりのシコケン!

「天神の半五郎」は、まだ当たったことのない外題だったので嬉しかった。
登場人物たくさん、表される人間関係もたくさんのお芝居だった。

まず、半五郎(藤美一馬座長)・又五郎(柚姫将さん)が、実の兄弟。
半五郎・又五郎と乳兄弟なのが、上総の伍蔵(龍美佑馬さん)。
又五郎を自分の若い衆に入れたがっているのが、井草の菊蔵(冴刃竜也さん)。
又五郎と恋仲なのが、芸者の小染(千咲菜野芭さん)。

個人的には、上総の伍蔵の、又五郎に対する恨みがダントツで見所でした!
佑馬さんの熱演に心打たれた!

龍美佑馬さん(当日舞踊ショーより)


佑馬さんは、悪役を演じていても、どうしても素の温かみが出ているなぁと思うこともあるのだけど…。
この伍蔵役では、引け目ゆえに曲がった、性根の悪さが表現されていた。
(“コンプレックスゆえの悪役”というのが私にはたまらない)
一馬座長にも、口上で「今日は本当に悪い奴やったなあ」といじられていたくらい。

伍蔵は、赤ん坊の時、捨てられていたのを、半五郎・又五郎の両親が拾って育てた。
だが、大人になった伍蔵は、乳兄弟を裏切った。
佑馬さんが登場したとき、腰に差している、十手の朱色の房が目についた。
又五郎いわく、「俺たちやくざの大嫌ぇな二足のわらじ」=十手持ちになったのだ。

そればかりでなく。
「なあ、又五郎、悪いことは言わねえ、井草の親分の若い衆になれよ。それで俺とも、またガキの頃みたいに、楽しくやろうぜ」
伍蔵は、井草の親分の下についた。

伍蔵が、なぜ、手のひらを返してしまったのか?
ということが紐解かれるのが、天神の森で、又五郎と伍蔵が対峙する場面。
井草の親分に捕らわれた又五郎=将さんが、縄の下から、鋭くねめつける。
「上総屋、お前って野郎はそれでも人間か。犬か、畜生か」
「おっかあの右の乳房を俺が吸い、左の乳房をお前が吸って…俺たち兄弟とお前は、何の分け隔てもなく育てられたじゃねえか」

けれど、伍蔵は又五郎に憎悪のまなざしを返す。
「ふざけるな!俺は子どもの頃、世間から捨て子、捨て子と蔑まれた目で見られてきた。そんな俺を、お前たち親子はよく庇ってくれたよ。けどな、結局お前たちだって、俺を見る目は同じだ。捨て子を見る目だ」

幼い捨て子の見ていた風景が、暗くせり出してくる。
「俺がいないときに限って、お前のお父とおっかあが、お前たちにだけまんじゅう買ってやったり、飴舐めさせてやったり。それを陰から見ていた俺の気持ちが、お前にわかるか?」

佑馬さんの語りを聞くうちに、伍蔵のねじれた心の内が明かされる。
忘恩の底に浮かぶのは、捨て子が抱き続けてきた、羨望と恨みの情景。

伍蔵は口調を荒げて、又五郎への憎しみを叩きつける。
「又五郎…俺は子どもの頃から、お前が嫌いで嫌いで仕方なかった。何度叩き斬ってやろう思ったか知れねえ。絶対に、お前よりは偉くなってやると決めていたんだ」
「だから俺は十手持ちになった。井草の親分の下についた。今、俺が通れば、俺を見下していた世間の奴らがみんな、親分さん、親分さんと頭を下げるようになったぜ」
灰色の着物に、朱い十手が咲く。

「それでも、世間の見る目が変わっても、又五郎、お前だけは変わらねえ。相変わらず、俺を見下した目で見るじゃねえか!その目を見るたび、俺は悔しくて悔しくて、夜も眠れねえ思いがするんだ!」
伍蔵の叫びとともに、両者の尖った眼光が、舞台中央で絡み合う。
佑馬さん・将さんとも汗流して、憤怒の熱が、客席にも流れ込んでくるようだ。

佑馬さんのお爺ちゃん役が逸品なのは、誰もが知るところと思うんだけど。
最近は、こんな敵役も見る機会が増えた。
どんな役も、懸命に演技される姿が清々しい。

ところでこの芝居を見るとき、端のほうの席に座っていた。
端の席だと実感するのが、将さんのお芝居の“見やすさ”である。

柚姫将副座長(当日個人舞踊「酔っぱらって子守唄」より)


たとえば最初の場面で、又五郎は小染と話をしている。
客席から見て、将さんが左側、菜野芭ちゃんが右側。
このとき、将さんの体は菜野芭ちゃんのほうを向いているけど、顔は不自然にならない程度に、客席正面に向けられている。
「すぐに、また金策に行かなきゃならねえ…」
と喋りながら、要所要所で、客席の左手に顔を向けたりする。
だから、客席全方位から、表情がよく見てとれる。
(懐かしい1年前の篠原演芸場でも、同じ工夫に感動した)

それから、小染が用意してくれた、お金を受け取る場面では。
「ありがてぇ、これで兄さんを迎えてやれる」
と言いながら、左手に乗せられた小判の包みが、体からかなり離されて、客席に向けて差し出されている。
自然と、小判の包みに目が行く。
そういえば、昔おっしゃってたなと思い出した。
「舞台で物を持つとき、普通に持ったらいけないんです。必ず、お客さんに物がハッキリ見えるような持ち方をすることにしてるんですよ」

将さんについて、いい役者さんだな、と繰り返し思わされるのは。
派手な見せ場より何より、こういう、さりげない芝居作りを見たときである。

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近江飛龍劇団お芝居「三人の運命」

2014.11.9 夜の部@三吉演芸場

彼の芝居はすごいと、凄絶な芸の持ち主だと。
その名を聞いて、早何年。
会いたかったです、三代目・鹿島順一さん!

近江飛龍劇団に、しばらく滞在中の鹿島さん。
23歳の若者は、想像よりずっと快活で、みずみずしかった。
大きく口を開けて笑われるのが可愛い。

三代目・鹿島順一さん(当日ミニショーより)


11/9(日)の外題「三人の運命」は、九州の劇団で「三人出世」という題で見たことのあるお話だった。
(劇団KAZUMAで2回、玄海竜二一座で1回)

三人の幼友達の人情噺だ。
間抜けな目明かし・友吉=友やん(橘小寅丸さん)。
強欲な金貸し・島吉=島やん(鹿島順一さん)。
悪魔小僧と呼ばれる盗賊・定吉=定やん(近江大輔さん)。

私はどの劇団で見た時も、基本的に島やんが好き!
貧乏人からもビタ一文まからない、冷酷ながめつさだけど、その過去には幼い頃の貧困がある。
「友吉、お前、はよ家賃払え言うてんねん」
なので、鹿島さんが不機嫌そうに眉寄せて、帳簿片手に出て来たときは嬉しかった!
鹿島さんの島やんだー!

島やんは、金貸しであり、長屋の大家でもある。
家賃を溜めこんでいるのは、幼馴染の友やん。
「お前、今家賃なんぼ溜まっとるか知っとるか。見てみい(帳簿を友やんに見せながら)、ここと、ここと…ここからここまでずーっとや。十月やで、十月!わしみたいに十月も待ってくれる大家、どこにもおらんで」
島やんは帳簿をぴし、ぴしと叩きながら、怒り顔。
太い声の関西弁が、心地良く跳ねる。

「お前、友達から、そんながめつい真似すんのか!」
と友やんが咎めれば。
「いくら幼友達いうても、金は金や。払えんのなら、お前、ここ出てけ」
島やんは、くいっと指で外を示してみせる。
目元には、人を食うような陰り。
「ホラ、はよ、出てけ」

鹿島さんがスッと立っているだけで、一つ一つの場面に、何か匂いのある陰影が現れる。
背の高い佇まいには、どっしりした芯が入っているみたいだ。
確かに、熟練の役者さんの持つ澱みを思い出すのだけど。

「友吉、お前、ンなことしとる暇あったら、金作る方法考えんかい!今日の暮れ六つな、取りに来るからな、金作っとけよ!」
こんなセリフ回しには、とっても若々しい勢いが迸っていて。
舞台の端から端までよく動く丸い目が、熱にきらきらしている。
この熟達の方も、“これから”を見つめる、若手役者なんだと思い知らされる。

「三人の運命」の愁嘆場では、島やん・友やん・定やん、幼馴染三人が、夜道にそろう。
友やんは、島やんの金の亡者のような冷酷さを責めて。
島やんはむっつりしながらも、自分の生き方を振り返る。

来た、私が待ってた島やんの過去語り。
この演出だとそんなにセリフ量はなさそうだけど、鹿島さんの声で聴きたい!

「小さいときからのド貧乏や。金、金、金、金で世の中回っとる。金を持ったもんが、勝ちを取るんや」
舞台中央にしゃがみ、“金”とつぶやくたびに、手の甲と平をぶっつけ合わせる。
「せやから、絶対に金持ちになってやろうと思って生きてきた…」
皮肉めいた口調が、ぴりっと哀しい味わいを与える。

この直前に友やんの口から、幼い島やんのエピソードが語られている。
「高い木になっとる柿の実があって。お前は昔っから意地汚いやっちゃなぁ、“あの柿が食べたい、食べたい”って泣きわめいて、木に登ってったやないか」
高い柿の実に手を伸ばすように。
上ばかり見て、富を、出世を、求めてきたけれど。
その果てにあったのは。
「定やん、さっきわし、酷いこと言うたなぁ、許してくれ、この通りや」
自分の欲深さを悔いて、頭をこすりつけんばかりに、幼友達に謝る。
この島やんという人物の、哀しい心のあり方に、私はいつも惹かれる。

それから、近江大輔さん演じる定やんの、温かな演技も、とっても好きだった。

近江大輔さん(当日個人舞踊「エスメラルダ」より)


友やんが芝居中に説明している。
「俺と島やんが同じ歳で、定やんが二つ上で」
この“二つ歳上”というのが、効く(三人に歳の差がある演出は初めて見た)。
定やんの目線は、島やん・友やんに比べ、どこか“お兄ちゃん”なのだ。

自分が悪魔小僧と呼ばれる盗賊になっても、捕縛の手柄は友やんにあげようとしたり。
島やんに酷い言葉を投げつけられても、決して咎めず、むしろ咎めた友やんに「よせ」と言ったり。
「小せえ頃は、お前たち二人、俺の後をいつもついてきた」
大輔さんの穏やかな声に、弟分二人への情が溶けている。
ご本人の深みのある雰囲気も、実際にお兄ちゃんっぽいような…

そういえば鹿島さんは、小寅丸さんと、どうやら仲良しみたいで。
芝居中に二人で芸談になり、鹿島さんが淡々と一言。
「一緒に芝居する人全員が、自分より上手いという気持ちでおるもん。けど、いざ舞台に出るときは自信満々で出るようにする」
舞台の上の絡みとはいえ、芸達者な方から、こんな言葉を聞いたら。
私は単純に、じーんと来てしまいます…!

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一條雷矢さんのお面踊りの話

2013.8.3 夜の部@梅田呉服座

繰り返し、思い出している。
もう1年以上前、梅田呉服座で見た個人舞踊だ。

その夜、彼は、狐みたいに跳ねたのだ。
客席を覗きこんで、出っぱった花道めがけて、舞台をポーンとひと蹴り。
強面のお面、ギラギラしたお着物、芯の通った肉体。
私の頭の中で、今も跳躍する。

一條雷矢さん(2013/8/3 夜の部@梅田呉服座)


昨年夏の大阪旅行中、訪れた梅田呉服座。
たまたま8/3(土)は、龍美麗座長の誕生日だった。
私の前列の、女の子の集団は、盛んに美麗―!と大声援。
客席の盛り上がりの波は、どの役者さんよりも美麗座長が登場したときに、格段の熱を帯びた。

その空気に飲まれずに。
自分の全力を見せてくれたのじゃないかな、と思った舞踊があった。

回転、急転、板を踏みしめてジャンプ。
柔軟に肩を落とし、腰を落とし、腕を突き出し。
お面がギュンと客席を見据える。
客に喰らいつくような、真っ赤なお口!

閃光みたいだ。
若さのままに迸る、強烈な光。
後で調べたら、一條雷矢さんというらしかった。

その名前をまた目にしたのは、『演劇グラフ』2014年4月号の、読者の写真投稿コーナー。
写真は、おそらく送り出しで撮られたもの。
雷矢さんはカメラに向けて微笑し、拳を握っている。
“やる気はだれにも負けません。”
と、投稿された方のキャプションが添えられていた。
全身が叫び出すみたいな、梅田での舞踊を思い出した。

三度目に名前を目にしたのは、今年の夏。
暴力事件のニュースにまつわる、喧噪の中でだった。

8月の末、金曜の夜遅く。
大衆演劇ファンの友人からのメールで、騒ぎを知った。
次第に、大けがを負った役者さんの名前も耳に届いた。

ニュース記事に散らばった言葉が、ざらざらと運ばれてくる。

“顔面骨折の重傷”

彼の顔。
白粉片手、アイライン片手に、思考錯誤を重ねた化粧顔。
より舞台映えする色は。
よりお客さんにカッコよく見える線は。
昼夜公演のたびに、鏡に焼きつけられた、役者の顔。

“目の骨を折るけが”

彼の目。
お面の下から、客席に放たれた。
若さ元気さ、溌剌とみなぎっていた。
開かれた道の先を、見つめていた目。

事件に関しては、色々なことが言われている。
私が飲み込んだ唯一の事実は、一人の若い役者さんが、大衆演劇の舞台からいなくなったということ。
もうあの踊りには、全国のどの劇場でも、どのセンターでも、出会う日は来ないということ。

梅田呉服座からホテルへの帰り道、私はスマホをぺたぺたいじっていた。
あの雷矢さんって、名字は何だろう。やっぱり南條?
いや、検索したら違うみたい。
一條。
一條雷矢さんか。

きっと今後、成長株になるだろうな。
私がずっと大衆演劇ファンをやっていたら、聞く名前になるだろうな。
覚えておこう。



覚えておこう。

8月の末、金曜の夜遅く。
スマホの画面を、逮捕者の映像が通り過ぎていった。
私の頭の中には、お面の影が走っていった。

もう寒い時期になった。
ニュースのもたらした震動は、時間が経つにつれ、弱くなっていくようだ。
私はまだ、のろのろと後方にいる。
置き去りにされたお面を、拾い上げる指を待っている。

私は雷矢さんのファンでも何でもなく、ただ一度、観ただけの客だ。
それでも、大衆演劇ファンとして、一つの舞台がこんな風になくなったこと。
繰り返し、振り返るだろう。
何年経っても、繰り返し、呟かずにはいられないだろう。

あの夜、彼は、狐みたいに跳ねたのだ。
客席を覗きこんで、花道めがけて、ひと蹴り、ポーン…

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新生劇団春お芝居「質屋の娘」

2014.11.2 昼の部@大宮健康センターゆの郷

質屋の一人娘、ヒロインの名はお玉ちゃん。
「お父様、わたし、きれいー?」
三枚目メイクに歯抜けの顔で、笑み崩れるように尋ねる。
姫川寿賀座長に抱く、愛おしさ。
「お玉ちゃんに惚れた!」
と、一緒に見ていた友人は言っていた。

ただ可愛くて間抜けなキャラクターなんじゃなくって。
女座長さんが、演じているためなんだろうか。
その息遣いに、生の女の人の痛みが滲むのだ。

たとえば、このセリフなんか、ずきずきするくらい痛い。
「ねえ清次郎、このお金、みんな清次郎にあげる。だからお玉を、好きだと言って?」
惚れている手代の清次郎を前にして、お玉ちゃんは愛の言葉を得ようと一生懸命だ。

姫川寿賀座長(11/2舞踊ショーより)


新生劇団春が面白いという話は、色んな人から聞いていたので。
久々に、ゆの郷まで足を伸ばした。
ゆの郷は、今後の外題案内・歴代の劇団紹介などが壁にわかりやすく並べられていて、スタッフの誠意を感じる。

初めての新生劇団春は、つんのめるくらい元気に前に走っていた。
そして姫川寿賀座長は、花の開くような役者さんだった。
それも陽光を呼吸して、強く香る、生花の美しさ。

と思ったのは、お芝居でのお玉ちゃんの言動だ。
リアリティをごくんと飲み込んだように、かなりセリフが生々しい。

姫川小台美さん演じる父(実際は祖父)との会話では、こんな風。
「ねえお父様、お玉、お玉ね…男が欲しい…」
これは、ぐふふ、という笑いつきで。
「いっぱい簪を挿していたほうが綺麗だから、男の人がみんな見るのです」
これは、ごてごてした山車みたいに、簪が大量に乗っかった頭で、えへへと笑って。
「お父様、お玉、最近眠れないのです。体が疼くのです」
これは…実際はもっとどぎついセリフだったんだけど、書きづらい…(笑)

女座長さんだからなのか、お顔の愛くるしさのためか、それとも喋り方が「~のです」と柔らかなせいか。
欲求的なことを口にしても、決して下品にならない。

このお玉ちゃんは、手代の清次郎(姫川春之助座長)に惚れていて、一緒になりたがっている。
だが、清次郎は密かに、お玉ちゃんのお付きのおさよ(姫川世李さん)と恋仲にあった。

つまり、お玉ちゃんはフラレてしまう運命にあるのだ。
「清次郎、おさよが好きなの?」
「はい…!申し訳ありません、お玉お嬢様」
頭を垂れる清次郎を前に、困った子供のような表情。

なんとか清次郎の気を自分に向けさせようと、大枚の小判やら、高値がつく国定忠治の刀やら、質屋の蔵の鍵やらを持ってくる。
「私と一緒になったら、これ全部、清次郎のものよ。だから、お玉を、好きだと言って?」
歯抜けの顔で、にへら。
けど、清次郎は頑としてなびかない。
「これだけ頼んでも、ダメなのですか…?」
お玉ちゃんの頑張りは、痛々しく胸に落ちる。

女の人の、ひたすら身を削る懸命さ。
なんかこれ、覚えのある感じの痛みだ。
自分ばっかり一生懸命で、でも欲しいものは全然手に入らなかった、そんな記憶がぼやぼやと頭の中に沸いてきてしまう…

結局、基本的に人の良いお玉ちゃんは、清次郎を諦める。
気丈に笑ってみせて、故郷へ旅立ったおさよの下へ、清次郎を送り出す。
「さらばじゃ!」
おどけて腕を高く掲げて。
そして、清次郎が見えなくなった瞬間。

じわじわ。
腕が下がる。
ふるふる。
笑顔が崩れる。
一つの恋が終わってしまった。

う・う・う…
そんな泣き声が聞こえてきそうな、寿賀さんの表情。
ゆの郷の柱の後ろで、私はもらい泣きしました。

「お父様、お玉はつくづく男の人と縁がないのですねえ…」
質屋の娘・お玉ちゃんは不細工で、でもいつもヘラヘラ能天気。
そんな演技の向こうから、無類の哀しみが滲んでくる。
「お父様死なないでね。でないと、お玉は一人になってしまいます」
報われない者の哀しみが、舞台にヒリヒリ塗りこまれる。

むき出しの情感が、熱たぎる九州のお芝居っぽいのかな?なんてわかったような口をきいてみる。
両座長とも福岡出身の新生劇団春は、ひたすら元気な劇団さんだった。
お芝居も、舞踊ショーも、座員同士の絡み合いがとにかく多くて、元気が迸っている感じ。

ショー後の挨拶では、座長の言葉の隙間に、若手さんが茶々を入れるので。
「あんたたち、うるさい、ホントに!」
と、寿賀さんは笑い混じりに叱る。
「バカと元気だけが取り柄の劇団ですが、どうぞよろしくお願いします」
そのトップに、この女座長さんがいるというバランスが、私は好きだ。

陽の熱に巻かれて、なまめく花の香。

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飛ぶ教室―都若丸劇団の話―

2014.10 三吉演芸場公演から

題は懐かしの児童文学。

10月、三吉演芸場を一杯にしていた都若丸さんは、去ってしまいました…
来年の関東公演はないとのこと。
寂しいことに、あの明るい空間にはご無沙汰になりそうだ。

ミックスジュースの時間になると、若丸さんを先頭に、座員さんがゾロゾロ並んで。
座長は、奔放な口火を切る。
「こんな雨の中、台風来てる中、お客さん来てくれてるんですよ!ありがたいでしょ、もっとサービスせんと!」
恒例の歌が終わっても、
「これだけで終わるん?5人、残って!今日来てくれたお客さんのために、なんか踊ってください」
若丸さんは、始終楽しそうだ。
さあ予想してなかっただろう、君たちどうする?と言わんばかりのスマイル。

残った5人の若手さんは、虎徹さん中心に、ポンポンを使って、その場を盛り上げてくれた。
奮闘に、拍手が沸いたあと。
茶目っ気たっぷりに、座長が中央に進み出る。
「これは、皆さん覚えておいてほしいんですけど……座長になるとね、気分次第で5人も踊らせることができるんです(笑)」

私は、こんな風に、座員さんみんなを可愛がっている若丸さんが、一番好きだ。
リーダーとしての、都若丸。
元気な教室の、とびきり元気な“先生”としての、都若丸が好きだ。

若手さんの中でも、まだ経験の浅いメンバーに対しては、もはや親心が沸くらしい。
たとえば、紗助さんのファンの方が、舞台に差し入れをして、紗助さんと握手されていたとき。
ご本人以上に、若丸さんがニコニコしていた。
「紗助はね、元々なかなか前に出られない子だったんで…こういう風にお客さんに好かれてるの見ると、嬉しいんですよ。本当に、嬉しい」

また、雅輝さんと紗助さんの頑張りに話が及ぶと。
「雅輝や紗助は、劇団に入って来た頃、踊っても足元も全然おぼつかなくて…それが、今しっかり踊って、一生懸命お客さんにアピールしてるの見ると、こう、感慨深いんですよね」

そして、共に劇団を支えてきた、長年のメンバーへのねぎらいも忘れない。
花形の星矢さんが、お客さんの笑いをとったとき。
若丸さん自身も笑いながら、
「これからも頑張ってくださいよ!」

全員が中にはけて行くとき、副座長の剛さんに一声。
「剛、いつもありがとう!」

こういう先生にならついて行きたい…
と、思わずつぶやいてしまう。
お客さんの前で若手を褒める・人をねぎらう・労わる。
組織としてのモチベーションの高め方を、実演で見せられている…!
『都若丸に学ぶ教育論』とか本が出せそうな気がします。

若丸さんとそのお弟子さんたちのやり取りに、笑い転げていると。
風通しのいいベンチャー企業とか、健全な熱血指導の部活を連想する。
大衆演劇独特のくさみ(これが魅力と個人的には思っているけど)がなく、空気が爽やかだ。

もちろん、舞台の表側に出てこない人間関係は、たくさんあるのだろう。
口上だっておふざけだって、演芸の一部なのだから。

けれど、若丸さんが休演日にディズニーに行きたかったという話をした後に。
「また、ディズニーみんなで行こうな!」
と声をかけたら、
「「「「「「「はい!」」」」」」」
と、舞台上の全員が笑顔で返していた。
そこにはやはり、相手を慕う心の大きさが読みとれる。

普段、こんな風に見えているだけに。
10/5(土)のお芝居「しじみ売りと八兵衛」の、“指導”場面は面白かった。
やくざの仏一家は、しじみ売りの娘(都ひかるさん)の懇願で、一日だけ織物問屋の振りをすることになって。
若丸さん扮する親分が、子分たちに織物問屋らしい振る舞いを教える。

みんなで、「いらっしゃいませー」の練習をしていたはずが。
「らっしゃっせー、らっしゃっせー、らっしゃっせの、せっ!」
いつの間にか伸びやかに歌い出した親分に、7人の子分が続ける。
「らっしゃっせー、らっしゃっせー、らっしゃっせの、せっ!」
7人全員、ちゃんと背筋を伸ばして、手を前で組んで。
この場面は絶妙におかしかった。

愉快な指導役と、笑いながらついていく生徒たち。
舞台の上の教室を見ているうちに。
なんだか、私にとっても、若丸さんが先生みたいに思えてきたりする。

「一本釣り」で釣られて飛び上がるの、私は慣れない劇団さんだと、なかなか恥ずかしくてためらってしまうんだけど…
若丸さんの場合は、しっかり参加してます。
だって、もう汗だくの“先生”が、2度目のアンコールで、それでも一本釣りをかけるのだもの。
そのサービス精神への敬意を表現するため、釣り竿目がけて、飛びます。
いっせいに飛び上がる、三吉演芸場の客席前方と一緒に。

きらきらした目で、客席=教室を見回して、おっしゃるのだもの。
「今日も釣るぞ~!」
飛びますとも、ぴょんぴょんと!

都若丸座長(10/25送り出しより)


↑ようやく慣れて、ブレずに撮れました、“先生”!

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