あきらさん個人舞踊「雨じゃんじゃん」(都若丸劇団)

2014.10.13 昼の部@三吉演芸場

「あきらさんの踊りって、本当、体に糸を通したみたいですね!」
興奮のまま言った私に、
「いやぁ…ありがとうございます」
と笑ってくれた。
表情が緩むと、茫洋とした陽気さがあらわれる。

芸歴の長さは、30年以上らしい。
慣れた感じのお芝居といい。
糸を手繰るような踊りといい。
あきらさんの舞台には、心惹かれる色づきが、さりげなく散らばっている。

写真・あきらさん(10/13送り出しより)


若丸さんちの内容たっぷりの舞踊ショーでも、とりわけあきらさんの個人舞踊は、私には至福の時間だ。
まず、毎回曲が面白い。
これまで見た7本の個人舞踊は、全部、ド演歌でもなく、ノリノリのJポップでもなく。
Alanとか、「君をのせて」とか、不思議な透明感を持つ曲が多かったように思う。

踊っているときの表情は、常々ポーカーフェイス。
上方をつーっと見つめて、淡々と音にのる。
感情を全然見せない踊りなのに、どうしてか…
反転する体に、ほのかな抒情があるのだ。

10/13(月)の「雨じゃんじゃん」では、降りしきる雨の慕情を見せてくれた。
紺色の着物に、薄紅色の半纏。
手ぬぐいを首にお洒落に巻いて、出てきた。

――雨じゃんじゃん 雨じゃんじゃん
この肩に この胸に 
また嘆きの激しい雨が降る――


この歌は後で調べたら香田晋の歌らしいのだけど。
じゃんじゃん、と歌う独特のリズムが、雨だれを思わせる。

その旋律の上に、あきらさんが足をしゅるりと滑らせる。

舞台中央から、舞台の右端へ移るとき。
右腕を、進む方向に向かって差し出して。
体全体を、すいっと右腕で釣り上げるように、進む。
浅見だけれど、この動き、あきらさん特有のものじゃないだろうか…?

鋼みたいに、まっすぐ差し出された右腕。
そこを軸に、体を巻き取る。
限りなくなめらかな、操り人形の美に近い。
手足の一本一本に、糸が通されていて、糸の跳躍をなぞっているようだ。

――雨じゃんじゃん 雨じゃんじゃん
涸れるまで降るがいい 
身も心もいつしかびしょ濡れて――


曲を聴くうちに、つるつるとした足さばきを見るうちに。
雨の滴が、空間に染み出てくる。
水滴が冷えるあの感じが、肌に思い出される。

不思議なのは、あきらさんの舞踊には、当て振りっぽい動作は一つもないのだ(私は舞踊の当て振り大好きだけど)。
でも、気づけば空気はしとしと湿る。
気づけば、静かな雨音の中。
揺れる半纏の袖が、重みと温もりを乗せる。

――雨じゃんじゃん 雨じゃんじゃん
傷ついた胸の底
もう涙があふれる水たまり――


この“水たまり”のところ、印象的だった。
あきらさんは軽く、ほんの一瞬、手のひらを上に向けたように見えた。
それだけで、水の感触が記憶に触る。

踊り手の目線は、始終遠くへ向けられている。
三吉の舞台を抜けて、客席を越えて。
ずっと遠くに行きっぱなしかと思いきや、ふと動きを止めたり、腕を組んで客席にポーズを決めたりして、体に意識を折り畳む。

恥ずかしながら、私は舞踊の知識が全くないので…
お隣のご婦人に、
「あきらさんって、日本舞踊の動きよね」
と教えていただいて初めて、そうなんだ!と合点がいき。
ご本人に聞いてみると、
「ああ、日舞は昔やってましたねぇ」
とほのぼの答えてくれた。

それにしたって、ショーの写真掲載なしのルールで、舞踊の記事を書く難しさ…!
普段、いかに写真に頼っているかを思い知った…

Twitterで「あきらさんの舞踊が素晴らしい」とつぶやいたところ、共感を寄せてくれた方がたくさんいて嬉しかった。
20代の男の子たちが、元気よく弾けている隣で。
自分の定まった居所に立って、自分の中の景色を柔らかく開いてくれる。
その姿が美しい。

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都若丸劇団お芝居「下町人情」

2014.10.13 昼の部@三吉演芸場

都若丸さんについて、私が一番すごいなと思う所は。
「つい声をかけたくなる」感じがするということ。

若ちゃん!と客席の誰かが呼んだなら。
ホントに嬉しそうに、晴れた笑顔で、はいよっ!と答えてくれるに違いない。
そんな風に、ごく自然に思ってしまう、人懐こい笑顔。
見ていると心はそぞろ、呼びたくなる、「若ちゃん」!

写真・都若丸さん(10/12)


以前若丸さんに伺ったら、ショーの写真は掲載NGとのことだったので、送り出しより。
しかし、真正面からカメラ向けるのは慣れなくて、せっかく撮らせてくださったのにブレまくり。

7月の梅田呉服座での衝撃から、3か月。
三吉の、やや上品寄りの客席が、ワッと活気づくときがある。
恒例“ミックスジュースタイム”の前の、若丸さんのお喋りだ。
「夜中のラーメン、美味いよなぁ。わかる、あの時間に食べるのは美味いんです。でも、そうやって油断して食べてたらね、“都まん丸”になってしまうでしょ!」
とか。
「僕がネギ嫌いなんで、今でもみんな、あの手この手でネギ食わせようとするんです。ネギ食べたら頭がよくなるよって。でも、雅輝とか舞斗とかがネギ食べてるでしょ、あいつらが食べてるってことは、ネギで頭がよくなるってのはどうも信憑性が薄いんちゃうかって」
とか、実に楽しそうに話す若丸さんに、本気で笑い転げてしまう。

“楽しそうな都若丸”が見たい。
“はしゃぐ都若丸”に乗っかって笑いたい。

10/13(月)のお芝居「下町人情」は、そんな願望にぴったりの一本だった。
お話は、落語の「文七元結」。
(他の劇団だと劇団KAZUMAで見ている。これは名芝居だった)

大工(都剛副座長)は借金返済のため、妹(都ゆきかさん)を、女郎屋・蔦屋に預ける。
妹の身売りでこしらえた三十両を持って帰る途中、橋のたもと。
「お許しください旦那様、南無阿弥陀仏~!」
身投げしようとしている手代・文七(都星矢さん)に出くわしてしまう。
聞けば文七は、掛け取りのお金、三十二両を失くしたという。
情けに負けて、大工は文七に、大事な三十両をやるのだった。

主人公の大工が剛さんだったので、多分若丸さんの役は…と期待していたら。
中盤で舞台の明かりがつくと、ガタイのいい奥様が、箒を手にぷりぷりしていた。
「まったく何やってるのかしら、あの人ったら、とっちめてやらなきゃ!」
やっぱり、大工の女房・お勝の役。
つつましい着物に手ぬぐい被ってお掃除する様子が、やたらおかしい。

家に帰ってきた夫=剛さんが、一通りの話をする。
妹のお鶴を蔦屋に置いて三十両をもらったというくだりで、お勝は、
「かわいそうに、なんてこと…」
とつぶやく。
「お鶴ちゃんで三十両なら、あたしが行ったら六十両だわ!」
「なんでだよ!若くて色の白い女が三十両だぞ、歳のいった色黒が行って、なんで六十両になるんだ!」

しかし、妹を苦界に沈めてまで手にしたお金が、すでに手元にないと聞けば。
お勝は、手ぬぐいをぐりんぐりんとねじって鉢巻きにして、拳にハーッと息を吐いて、戦闘態勢。
「待ちなさい、あんた!ふざけんじゃないわよ!」
武器=座布団を携えて、客席に飛び降り、剛さんと追いかけっこ。

女物の着物のまま、鮮やかなシャドーボクシングを見せてくれたり。
そこから、連続腕立て伏せ(軽々とこなす!)に移行したり。
若丸さんの肉体派ぶりを味わっているうちに、大工の家には、大勢の客人が訪ねて来る。

客人は、文七と、文七の店の主人(都城太郎キャプテン)、そして奉公人たちだった。
文七の命を救ってくれた礼に来たのだ。
大工は、お勝が粗相をやらかしたらいかんと、
「飼っている猫ですから」
と、お勝を衝立の陰に隠してしまう。
若丸さんはゴロニャーなんて言いながら、何か企むように客席と見つめ合う。
舞台の隅の隅で、じたじたと暴れる大きな体のかわいさ。
衝立の上から、ひょっこり覗いたり。
出された礼金を、端から手ぬぐいで巻き取ろうとしたり。

若丸さんは次、何をやるんだろう?
みんなの期待を一身に集めて、コメディアンは、任せとけとばかりにほくそ笑む。

しかし私が一番笑ったのは、次のやり取り。
「お鶴ちゃんが三十両なら、あたしなら六十両だわ」
「まだ言ってんのか、お前は売れねえって言ってんだろ!」
という若丸さんと剛さんの言い合いを、都城太郎キャプテンがひょいと受けて、
「世の中には売れるものと売れないものがございます」
キャプテーン!
このお茶目には胸を打たれた。
すかさず、手ぬぐいをキャプテンに投げつける若丸さんも、大層可愛かった。

若丸さんの客席は、賑やかな宴会の席にいるみたいだ。
「舞台終わったら、もう体がヘロヘロですからね。鍋の中で最後まで残っててペラペラになった白菜みたいな状態ですよ」
と笑いをとった日。
二度もアンコールを受けて。
「もう僕はヘロヘロですよ皆さん、今、白菜ですよ!」
と汗まみれで言った後、
「でも、俺はやるよ!」
拍手喝采の中、二つ目のアンコールの曲がかかった。

その笑顔を見ると、心がほがらかに引っ張られる。
「人に好かれる」という強い強い才が、光るのを見る。

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劇団美山お芝居「小諸の血しぶき」

2014.10.12 昼の部@篠原演芸場

長らく待ってました、「小諸の血しぶき」!
先月から、劇団美山公式サイトで公演予定をチェックし、時には劇場に電話し…
なぜかというと、これ、私がこだわり続けている芝居、「生首仁義」だからだ。
劇団KAZUMAの「生首仁義」にあぶり出された、人間の宿命とかすかな希望。
それが私を劇場に縫い止め続けている。
(新喜楽座の「信州決風記 小諸の夜嵐」とも同じ)

劇団美山がこのお芝居を持っていると教えてくれたのは、大阪でお会いしたライターさん。
10/12(日)昼の部と教えてくれたのは、Twitterで知り合った大衆演劇ファンの友人。
皆様のおかげで、私は公演日に、篠原演芸場に座っておれました。
ありがとうございます!

まず、噂高い里美こうたさんは、やっぱり名優だった。

里美こうた若座長(当日ミニショーより)


白鷺一家三代目・銀次郎(里美こうた若座長)は、やくざに向かない気弱な青年。
兄の二代目・佐太郎(里美たかし座長)が旅に出ているので、仕方なく一家の看板を背負うハメになっている。
しかし、三代目を披露に行く道中でも、すっかり弱気を起こして。
「おいら行きたくないよ~。仙蔵(里美裕樹さん)、長吉(里美京馬さん)、今回はお前たち二人で行っておくれよ」
などと、お付きに頼る始末。

ぽわんとした三代目は、敵対する横車一家の罠にアッサリ引っかかる。
「横車一家のお竜さん(中村エクボさん)が、初めて手紙に返事をくれたんだ」
浮き浮きと逢引きに出かければ、相手の思うツボ。
銀次郎は、お竜をかどかわそうとした不届き者にされてしまう。
横車大八親分(里美虎次郎さん)は、償いとして、残酷な条件を突きつける。
「白鷺一家の縄張りを寄こすか、そうでなければ、三代目の首を寄こすんだ」

こんなに可愛い子に首を寄こせだなんて…
こうたさんは、ふわふわした甘え声で、(多分かなり意識的に)とてとて…と子供っぽい歩き方をする。
白い大きな羽織に、ポンと包まれて。
「それじゃ仙蔵、先に帰ってるからね、早く帰って来ておくれね」
呑気な笑顔には、18歳というこうたさんの実年齢よりも、はるかに幼さが醸し出される。

たかし座長の二代目のセリフで、
「銀次郎、お前だけは、いつまでもやくざというより、どこかの大店のボンボンみてえだな」とあったり。
京馬さんの長吉のセリフ(というかおそらくアドリブ)で、
「子供なんだか大人なんだか、わからねえナリしやがって」とあったり。

良くも悪くも、子供のまま育ったような三代目なのだ。
その彼が、芝居後半では、望みを絶たれて、自らの手で腹を掻き切る。

場は、二代目と三代目の二人きり。
二代目は、宣告するように匕首を渡す。
「俺は、お前のために縄張りを捨てる気はない。義理と人情を秤にかけりゃ、義理が重てぇのが俺たちの渡世だ」
兄ちゃん、と信じられない様子の三代目に、二代目は背を向ける。
「死ね。あとは、お前一人で勝手にしろ」

独り、打ち捨てられて。
白い羽織の三代目は、怯えきった目で床の匕首を見る。
お付きの仙蔵と長吉は、兄に外に出され、助けの手は来ない。
その兄は、死ねと言った。
無音。
ぎいぎいネジを締めあげるように、三代目の目つきが変わっていく。
「死んで―やらあ…」
甘やかだった瞳は、昏いところを覗きこみ、もう光は差さない。
こうたさんから発せられる空気が、禍禍しいまでに歪んでいく様に、身震いした。

仙蔵と長吉が帰って来て、三代目の亡骸と対面する場面もまた、情が深かった。
裕樹さんの仙蔵の押し殺した涙、京馬さんの長吉の迸る悲しみ、どちらも。

里美裕樹さん(当日舞踊ショーより)


里美京馬さん(当日ミニショーより)


裕樹さんの演じた仙蔵には、厚みと愛情があった。
事切れた三代目を抱き起こして、
「なぜ、なぜ若を手にかけなすった!」
と涙ながらに二代目を問い詰める場面は、芝居前半の冷静さとの落差が効いていた。

それから、率直な性格の長吉。
芝居前半は、三代目の情けなさに立腹して、
「一家のために死んでください」とか、ズケズケ言っていたけれど。
死んだ三代目の首を切るため、仙蔵に「若を連れて行こう」と言われた時、反射的に言い返す。
「俺ぁ嫌だよ!」
京馬さんの泣き声、胸を抉った(これが一番私の涙線に来た)。
やくざ仁義を押しのけて、等身大の、長吉という青年の心の叫びが飛び出してきた。
“義理を選び取るべき心が、どうしようもなく情けの側に押し出されてしまう”あり様が、舞台に開かれていた。

一番好きな芝居を、これで3劇団見たことになる。
死んでいく「白鷺一家の三代目」の影を、追っているような気分だ。
最期に意志を放つ柚姫将さん(劇団KAZUMA)兄の愛情にもたれて目を閉じる大和歩夢さん(新喜楽座)、そして絶望と哀憐を描く里美こうたさん…

いずれも匕首を手に、動かしがたい運命と対峙する姿が、私の奥底を震動させる。
このお芝居を自分の中に積み重ねていけば、何かを見つけられるだろうか。

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橘劇団お芝居「小町やくざ」&たくさんの“誰か”への感謝をこめて

2014.9.28(千秋楽) 夜の部@篠原演芸場

10月も3分の1を過ぎてしまったけど。
いまだ私は、体半分くらい9月の余韻の中におります…。

千秋楽の夜のお外題は「小町やくざ」だった(ハイセンスな外題!)。
大五郎さん演じる青年が、美しい娘“お染”に化けて、
やくざの親分を騙して人助けをする、痛快なお話。
客席の大多数が一番見たがっている、橘大五郎の女形を、最後に存分に見せてくれた。

…が、美しい大五郎さんと同じくらい、もしやそれ以上。
私が釘付けになったのは、水城新吾さんだ。

水城新吾さん(千秋楽は個人舞踊がなかったので9/27舞踊ショーより)


水城さんの舞踊は、「男はつらいよ」のテーマとか、前川清の「昔があるから」とか、自分のイメージを知り尽くした選曲に唸る。
一方で、情けがジュッと染み出るこの方のお芝居が、私は大好きだ。

「小町やくざ」の水城さんは、悪役のやくざの親分。
親分は、茶店のおみつ(三條ゆきえさん)に惚れている。
子分たちに命じて、おみつを自分の家にさらって来てしまう。

風神雷神の描かれた屏風を背に、子分たちを集めて、話し合う場面のユルさが面白い。
水城さんは独特ののんきな声で、順に子分の言葉を聞いていく。
「うむ、なるほど、で、…裕太郎、お前は?」
と問う先は、後ろ。
「親分、それ絵です。風神です」
「何?だって裕太郎そっくりだぞ、お前。この顔のでかさ!」
「…まさか風神雷神に間違えられるとは…」
「で、なんだね風神くん」
「俺が裕太郎です!親分の後ろのが絵です。風神です!」
屏風の絵とか、予想外なところから笑いが降って来た…。
裕太郎さん自身も不意打ちに驚いてたみたいだし、子分役の一人だった小次郎さんも、本気で笑っていた。

親分のところに、おみつを救出するため、お染=大五郎さんがやってくる。
「年期が明けたら、あたしのこと女房にしてくれるって、約束したじゃありませんか。親分さん、忘れちゃったんですか…?」
お染の涙混じりのでまかせに、親分はコロッと引っかかって、
「そうだったなぁ、いや悪かった、お染ちゃん」
でろでろ笑み崩れる様が、なんだか可愛い。
水城さんの笑顔は、あの細い目をさらに細めて、喜色の中に埋もれるようだ。

そのうち子分の一人が、どうもお染は男ではないかと気づく。
「親分、てぇへんだ、てぇへんだ!」
子分の慌てた声に、水城さんはきりっと返す。
「底辺かける高さ割る二!三角形の面積!」
ナンセンス極まりないギャグに、場内爆笑。

笑いの質が自由自在だ。
水城さんは、ただ面白そうと思ったことを、思いつくままに口にしているように見える。
実際は、芸人の体に刻みこまれた測りが、客席の呼吸を読みとっているのだろうけど。
芝居中、バナナを食べているお客さんを見つけて、
「バナナなんてそんなバナナ!」
とか寒すぎるのに、なんで水城さんだとこんなに笑えるのか。
隣の女性客も、「寒っ」と言いながら爆笑していた。
風貌から滲むユーモラスな雰囲気が、舞台と客席を取り巻く。

芝居の最後に、菊太郎総座長演じる清水次郎長が登場する。
水城さんは慄いて腰を抜かし、
「ええ、あなたが、あの有名な…!」
一呼吸置いて、
「自分に甘く他人に厳しいという、あの方ですか!」
芝居とはいえ、こんなこと水城さん以外に誰が言えようか…!

日によって、凄まじい技巧の芝居を見せてくれたり、やたら噛んでいた日もあったり。
そんなところがまた人間くさくて、この役者さんはベテラン勢の中でも、とかく魅力的だ。
来年の再会まで、どうかお元気で。

そして橘劇団最後の記事には、やっぱりこの方のお写真を載せずにおれない。

橘大五郎座長(9/27舞踊ショーより)


「小町やくざ」での、お染のぶりっこ仕草は、大五郎さんならではの絶妙な愛らしさ。
「お染、悲しい…」とか「もう、お染のバカ、バカ」とか。
高い女形の声に、あざとさと可愛さが炸裂して、可愛い~っ!と歓声が上がっていた。

本来の巡業コースだったら、橘劇団は木馬館・篠原演芸場にのることはなかった。
10月現在興行中の、劇団美山・新生真芸座もそうだ。
興行の事情は知らないけど、この改革には、東京大衆演劇協会の内外部で、多くの人が働きかけたのだろう。

規定の何かを変えるって、想像を絶する大変さだろうな。
トラブルは?リスクは?責任は?
おそらく、反対意見もたくさんあって。

でも、客席には顔が見えないけれど、誰かが提案してくれた。
誰かが、しんどい反対を乗りきってくれた。
最終的に決断してくれたのは、やっぱり篠原会長なんだろうか。

たくさんの“誰か”がいなければ。
私は、橘劇団の完成された「鶴八鶴次郎」にも、幸せな笑いに満ちた「出世の茶碗」にも、頭が激震した「夜叉のように」にも、出会えることはなかった。
本当に、ありがとうございます。

すでに、来年はあそこが木馬初乗りらしいとか、ちらほら耳に届く噂話もあって。
東京の大衆演劇に、新しい風が吹いている感じがする。

この東京で、次はどんな役者さんに、どんな芝居に出会おうか。

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橘菊太郎劇団お芝居「お化け月夜は妻恋宿の留八」・2

2014.9.27 昼の部@篠原演芸場

篠原に通った9月、私の最大の目的は。
劇団の頭・橘小次郎さんの芝居を、ガッツリ見ることだった。

よく見る、やくざの若衆の一人みたいな役だって、芝居を太く締める声とか、場全体を計算した動きとかは、よくわかるけれど。
「明治一代女」の巳之吉や、「鶴八鶴次郎」の佐平に垣間見えた、あの絶妙な粘っこい演技にもう一度出会いたい!
願っていたら、当たった。

「お化け月夜は妻恋宿の留八」の流れ星の源太。
留八の兄貴分であるこの役は、唯一、最後の最後まで留八を裏切らない。
(大五郎座長の留八の切なさを語った前回の記事)
「親分、留八にも語るべき話があります。こいつ(留八)が言えないようであれば、代わって話させていただきましょう…」
小次郎さんの声の中に、義と情が膨らむ。

橘小次郎さん(当日個人舞踊「酒の川」より)


この人の芝居は、なんでこんなに見事なんだろう。
私が目を見張ったのは、前半の火事の場面。

赤い照明に包まれた舞台で、三吉一家の若衆たちが立ち往生している。
燃える屋敷には、親分(水城新吾さん)とお嬢さん(三條ゆきえさん)がまだいる。
小次郎さん=源太は「親分!」と叫んで、舞台右手の屋敷に飛びこもうとするけれど。
火の勢いと煙に押されて、地面に転がる。

そこに大五郎さん=留八が駆けつけ、無理やりに屋敷の中へ飛び込んでいく。
弟分が火の中に消えるのを見て、源太は跳ね起きる。
「留八――留!」
今度はどんなに火勢が強かろうが、ためらわずに、火の中へ突進する。
だが、他の若衆に「やめろ、死ぬぞ!」と押さえつけられる(裕太郎さんだったか…?)。
源太は、止める腕を振りほどこうともがく。

これより前の場面の留八のセリフで、
「俺がこの一家に来たのは、源太の兄貴が連れて来てくれたからだろ。お嬢さんとの仲人を頼みたいのは、兄貴しかいねえんだよ」
と、兄弟分の縁の長さがほのめかされているのが、効く。

「離せ、おい離せ、留がいる、中に留八がいる!」
赤い照明に浮かぶ、小次郎さんの横顔は、牙をむいて噛みつかんばかり。
自由のきかない体が、それでも必死で燃え盛る屋敷に向かう。
腰を捕まえられているので、足がずりずり地面を滑る。
とにかく、凄まじい臨場感だった。
火中の弟分に伸ばされる腕に、子を守る親にも似た、庇護の心が噴き上がる。

源太の愛情深さは、後半の祝言での長ゼリフに響いてくる。
お嬢さんと、文太郎(橘良二副座長)の祝言の日。
憤怒のあまり、幼子のように肩で息をする留八を、源太は背後に庇い、親分に向き合う。

「こいつはね、親分、あの火の中に飛びこむ前、こんな可愛いことを言ったんですよ。“お嬢さんは俺と夫婦になる人だ、親分はおとっつぁんになる人だ、おとっつぁんを俺が助けないで誰が助けるんだ”って」
「命がけで親分と嬢さんを助けた留八に、化け物、化け物と…もっと違う、言うべきことがあるんじゃないんですかい」

留八本人でなく、源太がその心を代弁する光景に、わずかに救われる気持ちになった。
生傷にまみれた恨みは、せめてもの兄貴分の情けの膜に包まれて、観客に晒される。

「留八が歩けば、町の女衆たちが、まあ良い男ねと騒いだもんだったのに。それがほんの一時、半時で、こんな化け――こんな顔に…」
小次郎さんの語り口に、静かな悲嘆と怒りが浮き沈む。
いくら説得しても態度を改めない親分に、源太はとうとう告げた。
「留八一人にはさせやしません。この流れ星の源太も、親分子分の盃は、今日限りで水にしていただきたい」
矜持は、親分子分の義を捨て、兄弟分の義を選び取った。

そして、義を超えて。
「さ、留八、家に帰ろう。おふくろさんのところへ帰らなきゃな」
小次郎さんの表情・仕草一つ一つに、“人としての情け”が大きく脈打つ。
――化け物はさっさと帰れ!
先ほどまで舞台に響いていた、三吉一家の連中の冷酷な言葉と相反して。
「ちょいと待ってなよ?ん?」
と、あやすように留八を覗きこむ源太の姿。
そのまなざしに溶ける温情は、見る側の心にねばぁっと、滴る糸を引く。

…引くんだけど、湿り気は一瞬だけ。
「留、ここを出るまで、誰にも顔を見られたくないだろう。俺が今から行って、提灯を全部消してきてやるから、それまで待ってなよ」
晴れ晴れとした笑顔が、場の感じをカラッと乾かす。
芝居に感情が沸き上がったと思うと、くどくなる前に、あっけらかんとした窄まりに落とされる。
このバランスが、どうにもこうにも、妙技…!

衝撃を受けたばかりの私は、酩酊状態みたいなものなので、ちとアタマを冷やすべく。
同様に、この東京公演で初・橘劇団の観劇仲間達から、小次郎さん評を聞いてみる。
ある友人は「小次郎さんの芝居、存在が好きです」と言い、私が見逃した女形芝居の良さを教えてくれた。
ある友人は、凄みのある悪役と楽しげな舞踊姿のギャップに触れて、「この方はどれだけの引き出しをお持ちなのだろうか?」

うん、やっぱり、引き出し、底なしよね?
ひそむ世界が、深そうだよね?
たった2ヶ月の東京公演。
幕は開いたばかりで、瞳の妖気を一瞬閃かせて、すぐに閉じてしまった。
続きは、来年の関東公演で。

ところで、9月の篠原通いを通して友人になれた橘ファンの方が。
小次郎さんについて可愛いたとえをしていた。
「くしゃっと笑う表情が、狛犬みたいで可愛いですよねー」
に、似てる…!
以来、近所の神社の狛犬を見ると、かの頭を重ねてしまう日々。

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