橘菊太郎劇団お芝居「お化け月夜は妻恋宿の留八」・1

2014.9.27 昼の部@篠原演芸場

「愛しい恋しい嬢さん抱いて、情炎地獄へ…!」
幕が閉まる直前。
恨みを果たした後、大五郎さんから、毒がしゅるりと抜ける。

この芝居は、外題は違えど、色んな劇団で見かける。
あの、“男がお嬢さんと祝言の約束をするも、火事で顔に大火傷を負って、化け物と疎まれ、破談にされる”話だ。

男が苛め抜かれた末の、爆発する恨みが見どころ…だと思っていたけど。
大五郎さんは、最後に狂気を手放し、泣きそうにお嬢さんを見つめる。

橘大五郎座長(当日舞踊ショーより)

↑この方の女形は、艶やかなだけじゃなく、上澄みに情の濃さが乗る。

火事で火傷を負う前の、平穏な風景が丁寧に描かれるのが切ない。
優しく、親思いで、やや甘え気性の、留八(橘大五郎座長)の短い幸せ。

「俺とお嬢さんが夫婦かぁ~…!」
留八は、三吉一家に加わったばかりの若衆。
座布団に背を丸めて、ニヤニヤ喜色を浮かべている。
恋焦がれたお嬢さん(三條ゆきえさん)との縁談話が決まったのだ。
親分(水城新吾さん)からも、「気に入った、頼む、ぜひ娘と一緒になってくれ」と太鼓判を押された。

留八は、慕っている兄貴分・流れ星の源太(橘小次郎さん)がやって来たのを捕まえて、浮かれた調子で頼みごとをする。
「なぁ兄貴、仲人の件だけど…」
「ああ任しとけ、俺がどこぞの親分にちゃんと頼んでやるよ」
「違うよ。俺は源太の兄貴に、俺とお嬢さんの仲人をしてほしいんだよ」
留八の懇願ぶりが、素直な性格を伝えてくれる。
真摯な留八を見て、ためらっていた源太もついに、
「可愛い弟分の頼みだ…しょうがねぇなあ」
と苦笑する。

脱線するけど、大五郎さんと小次郎さんの会話のテンポが、抜群に噛み合うことに驚いた。
少年の甘さを残した、大五郎さんの声。
「俺がこの一家に来たのは、源太の兄貴が連れて来てくれたからだろ、お嬢さんとの縁も、源太の兄貴がいなきゃ何もなかったんじゃねえか」
そこに重なる、体の深みから響く、小次郎さんの声。
「そりゃそうだが、それとこれとは話が別だ。祝言なら、どこぞの親分が仲人をしねえと格好がつかねえだろう」
二つの声が、互いを追いかけて滑って行く。
シャン!と水を張った、やくざ言葉の応酬が、聞いていて本当に心地良かった。

さて、留八は、体中に喜びを弾けさせて走って行く。
「こんなめでたい話、早くおっかあに知らせてやりてえ!」
病がちの母(小月きよみさん)のことも、「一家で面倒を見てやる」と親分が約束してくれたのだ。

いっぱい、いっぱいの幸福はすべて、火の中に燃え落ちる。
付け火で三吉一家は火事になり、留八は命がけで、親分とお嬢さんを救い出す。
だが顔の右半分に、ひどい火傷を負った。
――化け物!
留八に返される手のひらは、あまりに冷たい。

“どうか婿になってくれ”と頭を下げた親分は、こう吐き捨てる。
「お前みたいな化け物には、何の用もないんだよ」
“留八さん”と照れていたお嬢さんは、留八の頭から酒を浴びせる。
「お酒を飲みに来たんでしょ。飲ませてあげるわよ。さっさと帰りなさい、化け物」

お嬢さんは、若衆の一人・文太郎(橘良二副座長)と祝言を挙げた。
皆が宴に行ってしまい、無人になった祝言の席で。
留八は、花婿の席にそっと座る。
暗がりの中、空っぽの花嫁の席と、交わす盃。
――あるはずだった未来は、ほんの半時の火事に焼け消えた。
片手が弱々しく、右頬の火傷を覆う。
喪失と交わす、ひとりきりの盃。

場を裂くように、お嬢さんと文太郎を祝う声が響きわたる。
「おめでとうございます!」
留八に、狂気が落ちたと思った。
花道の端に膝をついて。
頭を抱え、耳を押さえて。
目だけが爛々と、声のしたほうを振り返る。
舞台は一切の無音。

観客席の視線は、うずくまった大五郎さん一人に注がれている。
目が離せなかった。
凍りついていた留八の顔は、獰猛に歪んでいく。
悲嘆から身を引き剥がし、留八の心が向かう先は、恨み。

大五郎さんの姿を、濃い影が覆う。
心の歯止めを失った留八は、憎い一家の連中を待ち伏せし、皆殺しにする。
お嬢さんの遺骸を抱いて、自分の腹に刀を突き立て、果てていく。

怨念に尽きる終焉と思いきや。
絶命していく留八の顔つきに、衝かれた。
“俺とお嬢さんが夫婦かぁ~…!”
序盤に見せていた、優しく、親思いで、やや甘え性の、あの顔に戻っていた。

どうして、こんな地獄に陥ってしまったのだろう。
どうして、幸福の中にいたはずの者が。
どうして…

降りる幕の向こう、訴えるかのような大五郎さんの悲痛なまなざしが、目に焼きついている。

この芝居では、念願の橘小次郎さんのガッツリした演技を見られた。
次の記事で書きたいだけ語ります。

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橘小次郎さん個人舞踊「夜叉のように」(橘菊太郎劇団)

2014.9.21 夜の部@篠原演芸場

一の面は、女。
二の面は、怨。
三の面は、夜叉。
四の面は…?

胸底を抉る芸だった。

橘小次郎さん「夜叉のように」より


面というアイテムの奥深さ。
私は、大学時代に民俗学・文化人類学をやっていたのもあって、やたらと好きだ。
面は憑依、面は念。
顔に付ければ、尖った情念をそのまま被る。

この夜の橘小次郎さんの面の踊りには、篠原の客席のあちこちがドォッと沸いていた。
舞踊が終わった時、右隣の連れも、
「今のすごかったじゃない、ねえ!」
と言っていた。
横の私はその十倍くらい、すごい!すごーい!と興奮しっぱなしだったのだけど。

なんたって、四枚も面を使うのだ。
その一つ一つを、瞬時に付ける。
瞬時に入れ替える。
小次郎さんが腕を眼前に上げたと思ったら、次の瞬間には別の顔。
前の顔を割り割くように、異なる人格が突き出してくる。

――燃えるいのちに赤く染まって
ああ この胸に激しい鬼がいる――


曲は、女性の愛憎を歌った、山本譲二の「夜叉のように」。
一番が終わるあたりで、最初の面が現れる。
赤い着物が、小次郎さんの顔の前で揺れ、女の面が飛び出す。
鋭い目をした女の顔が、ねっとりと首をひねる。

私の脳裏に焼きついたのは、次の二枚目の面。

――一人寝する夜の呼びかけは
あなたの胸に 突き刺り――


歌に現れる心は、苦しい恋情にもつれて。
再び、一瞬の仕草で。
女の面は、怨みを凝縮したかのような面に変わる。

小次郎さんは花道中央で歩みを止めて、腰を落とす。
全身が、苦悶に耐えかねるかのように、わななく。



――ああ ひとすじの悲しい鬼がいる――

震える腕、肩、足から、煩悶が体の外に染み出す。
けれど、“女”の一人きりのもがきは、孤独を深めていくばかり。
体の内に、さらなる憎悪を吸い上げる。

私は花道脇の席だったので、この場面は本当に目の前だった。
ぎり、ぎり、ぎりと、地の底で悶える痛みが、私の胸にも差し込まれるようだ。

小次郎さんがおもむろに立ち上がって、舞台へ戻っていく。
二枚目の怨の面が外されると、その下から三枚目の面が現れる(最初の写真はちょうどその場面)。
ついに、夜叉の面だ。

――惚れたあなたに 辿りつくまで
乱れた紅のまま――


曲的にも、“女”の愛憎は濃く頂点に達し、ここがクライマックス。

…でも、私がハッとしたのは、この後。
情念が最も尖りきったところで。
小次郎さんは、一度、面を取って素顔に戻る。
そのときの表情に驚いた。
しんどそうに目を伏せて、今にも眠りこんでしまいそうな顔つき。



夜叉が、人に戻った。
さっきまで、何かが憑依していたんだろうか。
面に込められた情感が、踊り手の心と重なっていったりするんだろうか。

ひそんだ呪いは、面を通して、踊り手の呪いになる。
そこには、確かな芸の力が、なんと苛烈に迸っていることだろう。

最後に、四枚目の面が客席に剥かれる。
身を焦がす“女”の行き先がどうなるか…
これは、私の文より、ぜひ実際に見てみていただきたいので、あえて書かないことにします。

橘劇団・頭、橘小次郎さん。
絶妙な粘り気のある芝居に、惹きつけられる。
哀愁と懐古をまとう舞踊も、心に染み入った。
どちらも、この役者さんの中に沈めてある、広い世界の一端を見ているに過ぎないのだろう。

お萩は、また一人、本当にすごい役者さんに出会えました。
幸せ!

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橘菊太郎劇団お芝居「出世の茶碗」

2014.9.13 夜の部@篠原演芸場

騒いで、はしゃぎまわって、びぃびぃ泣いて。
喜も怒も哀も楽もナンセンスなくらいに一杯で、でもやっぱり最後は「良い話」!
そんな人情喜劇が、私は一番好きだ。
「この芝居、あんた好きでしょ、絶対」
「出世の茶碗」の幕が閉まった途端、一緒に見ていた相手に言われた。
好み、ど真ん中です。

能天気な芝居の中に、切れる美貌が一点。
橘良二さんのポーカーフェイスを見ていると、なんだろう、こみ上げる独特の面白さがある。

橘良二さん(当日個人舞踊「惚れ神」より)


↑一筆書きのような目鼻立ちの流線は、舞台で見ると本当に映える。
イケメンとか通り越して、“きれいな生き物”という印象だ。

「出世の茶碗」の主人公は、田舎で茶屋を営むおじいさん・亀(橘大五郎座長)。
亀の茶屋に、行き倒れ寸前の旅の兄弟が辿り着く。
「さ、あと一つ山を越えれば江戸だ、もう少しだ」
兄・松吉(橘良二副座長)が、懸命に励ますも。
「兄さん、駄目だ、お腹が減って…一歩も動けないよ」
弟・松之助(橘裕太郎さん)は、力なくその場にへたりこむ。
亀は、ツギハギだらけのボロを着ているわりに、品のある兄弟だと訝る。

「何かわけがありそうじゃな、よければそのわけ、話してみんか」
亀の言葉に、松吉は「聞いてくださいますか…」と応じる。
このときの良二さんは、茶店の縁台に腰かけて、大五郎さんをまっすぐ見つめる。
結ばれる横顔と、しゃんと伸びた背筋。
どっかの貴族みたいな姿なのに。
身を包むのはボロの着物。
さらに頭を包む、妙に間抜けなほっかむり。
そのギャップに、思わず噴き出しそうになる。
「おこもさんと思われるのも無理はありませんが、私たちはおこもさんではないのです」
いや、こんな気品に満ちたおこもさんはいないよ!

「私たち兄弟は、越前高田の松前屋の息子なのです」
「え?!わしでも知っとる…あの大店の?!」
驚く亀に、松吉は頷く。
兄弟は、父の死後、奉公人が散り散りになったため、いっそ江戸へ出て一旗あげようと店を畳んだ。
が、旅の途中、全財産を盗まれた。
二人とも、もう何日も食べていないという。

亀はすっかり同情し、文無しの兄弟に、うどんを振る舞う。
「うどんの代金は要らん、出世払いにしよう。お前さんたちが出世したそのときに返しとくれ」
ここに続く、うどんを食べるシーンが、個人的には秀逸だった。

縁台に良二さん・裕太郎さんが並んで座り。
飢えた兄弟らしく、本物のうどんを、ひたすら貪る。
「さぁ、どんどん食べとくれ!次持ってくるから!」
大五郎さんが、うどんの入った器を、奥から次々持って来て。
良二さんと裕太郎さんのお碗に、どんどかどんどか、うどんを追加していく。
二人とも、かなりのハイスピードで食べるも。
「ほい次!いっぱい食べとくれ!」
空になったと思ったら、放り込まれる次のうどん。

けたたましい場面なのに、良二さんの食べ方のエレガントっぷりに、私は爆笑だった。
体を正面に向けて、お椀を丁寧に抱えて、箸使いも滑らかに。
淡々とした視線をつゆの中に落とし、麺を口に運ぶ。
眉一つ動かさず、生花でもやるみたいな風情で。
黙々と、うどん。
ひたすら、うどん。

ギャップは爆発力だ。
三枚目芝居の空気から、ひとつ突出する、クールな美しさ。
良二さんが、絹でも扱うかのごとく、ボロの着物をさする。
「この着物は、裸だった私たちをかわいそうに思った親切な人が、恵んでくださったのです」
美貌と言動のズレが効く。
普通のセリフでも良二さんが言うと、おかしくってしょうがない。

ようやくうどんを食べ終わったところに、亀の女房の鶴(小月きよみさん)が帰って来る。
「あんた、またお金もらわずに食べさせたりして!うちは商売なのよ」
咎める鶴に、亀は言い返す。
「ええんじゃ、出世払いにしたんじゃ!」
「見てみい!二人とも、腹いっぱいになったところで、働く意欲が顔に溢れとるじゃろ」
亀に指さされて、きりっと見つめ返す松吉。
松吉の位置はちょうど舞台真ん中、よけいに際だつ華のかんばせ。
お雛様の壇の一番上から降りてきたような姿で、口を開けば、
「これから一生懸命働いて、必ず恩をお返しいたします」。
…やっぱり、じわじわおかしい(笑)

橘劇団・副座長は、芝居での小気味いい声が素敵な一方で。
私は、三枚目喜劇と良二さんの組み合わせが、目下一番気になっています。

それにしても、「出世の茶碗」という題名が好きだ。
「出世」って言葉に乗っかった、健やかな上昇願望を。
「茶碗」って言葉の呑気さが、ほのぼのと受け止める。
お芝居に描かれるにぎやかな風景、亀や松吉の温情を、題名が想像させてくれる。
今年見た大衆演劇の喜劇の中でも、とびきり好きな一本になった。

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橘小次郎さん個人舞踊「夢追い人」(橘菊太郎劇団)

2014.9.13 夜の部@篠原演芸場

「彼ら(役者さん)は、メロディとかじゃなく、歌詞をまず見るの。自分で歌詞をこういうことなんだと理解して、それで踊るの」
大衆演劇を40年見ている方から、教えていただいたことがある。
ということは個人舞踊って、自分の振り、着物、化粧、雰囲気まで、歌詞に描かれた物語に限りなく近づけていく手仕事なんだろうか。

歌詞と、役者さんと。
二つの存在が、ぴたりと縫い合わされた舞踊を見た。
――アー惚れただけ未練だね
もう移り香さえも残ってないのに――

哀愁気味の歌詞と、小次郎さんと、水色の鬘と。
まとめて一体になって、複合的に醸される芳醇。
極上だぁ。

橘小次郎さん「夢追い人」


左手から、ゆっくり出てきた。
涼しげな水色の鬘が印象的だった。
初めは茫洋とした顔つきで。
段々、沈み込むように、曲の中に入っていく。

――馬鹿だよ いつまでも若くはないのに
きのうを心に 抱いてるなんて――

舞台右手に歩み寄って、腰を落とす。
指で、ちょいと頬に触れる仕草。
貼りつく艶に、おおう…と胸中で唸った。
いかにもキメる感じでなく、目線に力が抜けているので、さりげない姿に映るのだ。

両手を打ち合わせたり、片腕だけ掲げて客席にポーズを決めたり。
誰でもやる踊りの仕草が、とても決まって見える。
多分、速度があるから。
手足の動きが、極めて俊敏だからだ。
しかも、鷹揚な振りから俊敏な振りへ移る間が、全然ない。
シュパッと切れ味よく、旋律に乗る。

ずっと昔から、体がこういう反応を覚えているのだろうか。
芸の強さが、目に爛々と光る。

「夢追い人」の歌詞が語るのは、いくつかの懐古だ。
まず、直接的に言葉にされている、別れた女性への未練。
――アーいい女だったよね
やさしくなんか なかったけど――

それから、歌の端々に現れる、皮肉気味に人生を眺める男の心。
――幸せの真似させてくれて――
そして歌世界全体から零れるのは、ふいに過去を振り返るときの、胸の底が薄く空くざわめき。
――別れ人 思いで人 夢追い人
この雨がやんでも 帰ってこない――

雨に見るのは、通り過ぎた日。
歳月を経ても、いまだに心の隅で呼び続ける、切り取られた時間。

今、小次郎さんは33歳とのこと。
絶妙な年齢だと思う。
まだ若者なんだけど、通り過ぎた日々も多くなったのじゃないか。
紆余曲折も指の数を越えたのじゃないか。
そんな想像が勝手にはたらく、熱と影の境目の歳。

気づくと小次郎さんが、何の感情ともつかぬ笑みの形を刷いていた。


中盤からは、笑顔が目につく。
曲中の“未練”もひっくるんで、笑ってしなやかに流す。

最後のサビ、
――アーいい女だったよね――
のところ、歌のキーが感傷的に少し上がる。
ここで舞台中央にしゃがんで、目を伏せて。
思い返す、噛みしめる。
橘劇団・頭の内側には、沈んでいるものが、きっとたくさん。

やがて、ふわりと笑顔が浮かぶ。
懐古すら楽しむように、今の舞台で、笑う。
溜めた間とともに、客席に指先を放つ。

…今はできるだけ冷静に書いてるつもりだけど、見ていたときはカッコよすぎて大変でした。
うわぁー!やられた!って叫びたかった(笑)

そして「夢追い人」を検索してみたら、またも作詞が荒木とよひさ。
「あんたの大阪」の詞に続く衝撃。
普通の言葉なのに、いつまでも耳に残る。
こういう詞はどうやったら出て来るんだろう。

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橘菊太郎劇団お芝居「水郷夫婦船」

2014.9.6 夜の部@篠原演芸場

光に、どうしようもなく、取り残されていく人生が四つ。

まずは、悲しみにくれる夫婦の影。
小さな娘(パラパラ渚さん)を手放した、父は橘大五郎座長、母は小月きよみさん。
残された夫婦の情景は、冷え冷えと暗い。

橘大五郎座長(当日舞踊ショーより)


小月きよみさん(当日舞踊ショーより)


昨年12月から、実に9か月ぶり(!)の篠原演芸場。
靴を脱いで靴箱の板を抜き取る…この感触がすでに懐かしい。

「水郷夫婦船」は、よくある“大事に育てた子を、子の将来のために手放す”お話。
けど、今まで見たこの型の芝居で、最も喪失感があったのだ。

大五郎さん演じる大次郎が、婿入り先の江戸屋を追い出される場面で始まる。
大次郎の妻・お国(三條ゆきえさん)は、心底嫌そうに言う。
「大次郎さんはね、胸を患ってるの。ずっと変な咳をしてるわ。もしかしたら労咳かもしれないじゃない」
お国の兄(橘良二副座長)に「子が生まれたばかりだろう」とたしなめられても。
「あの子は、大次郎さんにあげるわ。それであたしは、別の人のところにお嫁に行くの」

大次郎は仕方なく、まだ赤ん坊の娘を連れて、故郷の水郷に帰った。
きよみさん演じる女船頭と知り合い、やがて連れ添うようになる。

七年後、水郷名物のあやめ祭りの季節。
貧しいながらも仲良く暮らす親子三人を、江戸屋の兄妹が訪れる。
「今さら、あんたたちが、何の用で来たんです」
大次郎は冷めきって言う。
だが、兄は憔悴した様子で訴えた。
――江戸屋には、跡取りがいないんだ。
――お前の娘を、江戸屋の跡取りにくれないか。

当然、大次郎は断った。
けれど、血の繋がらない娘を溺愛していた女船頭は、「返しましょうよ」と言う。
「このままあたしたちが育てても、所詮、この子の将来は女船頭だよ。返せば、江戸の大店の跡取りになれる」
加えて、大次郎がずっと患っていた胸の病が、命を蝕むところまで進行していた。
「次に血を吐いたら、もう助からないって…」

愛娘を、貧しい父なし子にするわけにはいかない。
夫婦は泣く泣く娘を行かせた。
「お母ちゃん、遊びに来いよ。お父ちゃん、病気治せよ!」
渚ちゃんが、涙こらえて呼びかけながら、花道をはけていく。

「遠くから、あの子の幸せ、祈ってやろうねえ…!」
大五郎さんときよみさんだけが残された舞台を見て、ハッとした。
暗い。
さっきまでと同じ、あばら家の前、造花のあやめが並べられた光景なのに。
「もうあの子は今頃、水郷を出ているんだ…」
希望を失って泣き崩れる夫婦を見ていると、空気の一張り一張りに、切れる闇が深い。

花道脇の席で泣きながら、私は、もう二つの暗い人生のことを考えていた。
良二さんとゆきえさんの、江戸屋の兄妹のことだ。

橘良二副座長(当日舞踊ショーより)


三條ゆきえさん(当日舞踊ショーより)


序盤の兄妹は、裕福に育てられた者特有の傲慢さで、婿の大次郎を追い出す。
けれど、兄妹の人生にも、落とし穴が待っていた。

「二年前、江戸屋は火事になった」
「私たちが財産を失うと、お国と和泉屋の若旦那との間で進んでいた縁談話も、それきりになった」

七年後の場面で、兄妹が再び大次郎を訪れた時、変貌ぶりに驚いた。
ゆきえさんが、頼りなさげに地面に手をつく。
「大次郎さん、本当に、本当にごめんなさい」
お国は、自分が和泉屋の若旦那に捨てられて、初めて大次郎に申し訳ないと思ったという。
細い体を覆う、喪服のような黒の礼服。
七年前のピンクの振袖の面影は、どこにもない。

そして兄は、火事で失明していた。
七年前、扇子を優雅に携えていた彼は(良二さんがやると涼しげな風情ですごく似合う)、お国に行き杖を引かれて、のろのろと現れる。
「火事から懸命に立て直し、今は昔以上の江戸屋になっている、でもその江戸屋には跡取りがいない……頼む、大次郎」
途方にくれた声が弱々しい。

夫婦も、兄妹も、人生の一番良い時期を過ぎた。
あの光はどこへ行った。

「どうせ助からねえ命なら、この命、子供のために使いてえ!」
命潰える大次郎の前で、並べられたあやめの紫だけが鮮烈だ。

人生の哀しさが四つ、舞台の上で身をよじる。

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橘菊太郎劇団お芝居「鶴八鶴次郎」・2

2014.8.23 夜の部@浅草木馬館
(大五郎座長・きよみさん中心に語った「鶴八鶴次郎」・1の続きです)

今、橘小次郎さんに、ワクワクしている。
見始めたばかりの橘劇団で、個人的には最も気になる存在である。

橘小次郎さん(当日個人舞踊「帰ってこいよ」より)


初見の「明治一代女」で巳之吉を演じていたときから、何か私の心に引っかかるものを残していった。
いずれも芸達者な面々の中で、小次郎さんひとり、プラスアルファの芝居の味があるような…

それは多分、粘り気だ。
表される感情が、ペタッ…と後を引く。
たとえば「明治一代女」では、大五郎さんのお梅と包丁を取り合って、鬼気迫る揉み合いをする、山場。
歯を食いしばり、瞳孔開いて、お梅の傘を引き裂く小次郎さんの姿に、目が離せなかった。

でもって、「鶴八鶴次郎」では、番頭の佐平役。
派手な見せ場のある巳之吉とは違って、常識人で苦労人の役だ。
「ああもう、二人とも、落ちついて…。旦那、なんとか言ってやって下さいよ」
喧嘩ばかりする鶴八と鶴次郎に、頭を痛めている。
始終困り顔だけど、丸みを帯びた顔立ちのせいか、温かいものを醸し出す。

鶴次郎が鶴八と決裂してから、二年後。
佐平は、場末の寄席でやさぐれていた鶴次郎を見つけ出し、店に帰って報告する。
「鶴次郎さん、昔と同じようにとは、そりゃいかないが、渋みのある良い声だった…!」
体の底から、噛みしめるように言う。

ちょっとしたシーンなのだけど、このときの小次郎さんの表情がとても印象深かった。
ふっくらした頬に笑みを深めつつ、鶴次郎の舞台姿を思い浮かべるように目は伏せている。
鶴次郎への愛情、敬意の一方で。
二年前への懐古、一抹の寂しさ。
まとめて丸まって、正座した佐平の姿に浮き上がる。

佐平自身は、番頭であって芸人じゃない。
だからこそ、芸人の哀しさを描いた芝居で、佐平の存在は安らぎだ。

ラスト近く、物語の眼目と思しき鶴次郎のセリフは、楽屋で佐平と二人きりのときに語られる。
「俺はこの二年で、芸人の世界がつくづく嫌になっちまった。人気があるときはみんなが回りに集まって来るが、落ちぶれれば手のひら返す」
「俺とお豊ちゃんが再び組んで出れば、しばらくは人気を取り戻せるだろう。でも、長くは続かねえ。盛りを過ぎた芸人の惨めさを、お豊ちゃんは知らねえんだ」
鶴次郎は、業の深い芸の世界から鶴八を逃れさせるため、わざと突き放した。
鶴次郎が吐き出す悲しみを、じっと佐平は受け止めている。

劇中の二年で、芸人たちの生き様は、それぞれ大きく変化した。
鶴次郎は落ちぶれ、鶴八は芸を辞めて料亭に嫁いだ。
新弟子だった小鶴(天の川光さん)は一人前の三味弾きになった。
古株だった鶴子(女優さんのお名前が申し訳ないことに不明)は、独り立ちして鶴次郎を蔑視するようになった。

でも、佐平は変わらない。
二年前と全く同様に、帰って来た鶴次郎を迎える。
芝居全体の休憩所のように。

鶴次郎の語る芸の世界は、痛いほど切ないけれど。
それを聞く相手が佐平であったことが、場面に救いを与えていたと思う。
「なあ佐平、今夜は一杯、つきあってくれよ」
と鶴次郎に言われて、深く、涙ぐんで頷く。
小次郎さんの大らかな空気が、場に満ちる辛苦をふわりと掬い上げる。

……いいなあ。
この方のお芝居、とても好きだなぁ。
巳之吉にしろ佐平にしろ、主役が引き立つように、自身は抑えた演技なのだけど。
ふいに覗く、血潮の熱さ。
気になって、そっと手を伸ばしてみれば、ペシャッと手のひらにはね返る、情の滴りがある。

↑のお写真は、個人舞踊で踊っていた松村和子の「帰ってこいよ」。
私は、望郷をテーマにした“帰り歌”にやたら執心しているので、こういう歌を軽々と踊られていたのもツボ。

さて、「鶴八鶴次郎」はもっとセリフの少ない役の方も、一人一人が真摯に演じていた。
天の川光さんの、新弟子・小鶴の純真。
橘良二さんの、料亭の息子の独善。
橘裕太郎さんは、通行人のお爺さんや、珍妙なやくざの子分の役で笑いを入れていた。

細部までぴしりと綺麗に揃った大作芝居は、“橘”の誇り、凄さを思い知らせてくれた。
…というわけで、9月のスケジュール帳には、篠原演芸場の予定を増産しています。

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橘菊太郎劇団お芝居「鶴八鶴次郎」・1

2014.8.23 夜の部@浅草木馬館

さよなら。
さよなら。
大好きな幼馴染に、さよなら。
二人の芸が紡いだ夢に、さよなら。

鶴次郎(橘大五郎座長)が、縋りつくように、三味線を抱きしめてつぶやく。
「お豊ちゃん…」
三味線を置いていったのは、相方の鶴八(小月きよみさん)。
二人が小さな頃からの、たくさんの笑い、たくさんの喧嘩に、今日でお別れ。

一編の映画のような、完璧な芝居を見たと思った。
ただの数秒もダレない、無駄がない。
「お豊ちゃんにあんな演奏をされたんじゃ、一緒に出てる俺が困るんだよ」
「何よ、もう絶対、鶴次郎さんと一緒にはやらない!」
大五郎さんときよみさんのイキイキしたやり取りが、思い出すだに耳に弾む。

橘大五郎座長(当日舞踊ショーより)


小月きよみさん(当日舞踊ショーより)


きよみさん演じる曲師・鶴八と、大五郎さん演じる講談師・鶴次郎。
鶴次郎が鶴八の母の弟子だった縁で、二人は幼馴染だ。
鶴八鶴次郎の名で、名コンビとして人気を集めている。

だが、楽屋に戻れば大喧嘩。
「今日な、一か所だけおかしいところがあった。ほら、俺が唄ってて、三味線に入るくだりだよ。お豊ちゃん(鶴八の本名)、曲に入るのが早すぎるんだよ。もっとたっぷり客に唄を聴かせてから、ゆっくり入るのがいいんだよ。亡くなった師匠は、ゆっくり弾いてたぜ」
鶴次郎に言われれば、気の強い鶴八もカチンとくる。
「どうせあたしは、おっかさんみたいな名人じゃありませんよ。もう、鶴次郎さんとは二度と一緒に出ない!」
と啖呵を切ったところで。

番頭の佐平(橘小次郎さん)に、「二人とも、落ちついてくださいよ」と困り顔を向けられたり。
旦那(水城新吾さん)に、「お前たち二人とも大人になれ。お客は、鶴八鶴次郎の息の合った芸が見たいんだ」とたしなめられたりで。
しぶしぶ揃って舞台に出れば、お客の拍手を浴びて、今度はほくほく笑顔で楽屋に戻って来る。
「ねえ、鶴次郎さん、こんな風に二人の呼吸がぴたっと合って、弾けたことってないわね」
「ああ、一緒にやってて気持ち良かった!」
「さっきはごめんなさいね。あたし、言い過ぎたわ」
「いやいや、さっきは俺が悪かったんだって」
毎日がこんな調子で、周囲は呆れながらも、微笑ましく見守っている。

序幕で、鶴八・鶴次郎のなんとも甘酸っぱい関係性が、時間を割いて描き出される。
きよみさんの鶴八は、芯が強く、懸命に気を張って生きている姿が可愛い。
大五郎さんの鶴次郎は、軽口をすぐに叩くけど、根っこが純粋そうだ。

鶴八と鶴次郎は、鶴八の母の納骨をきっかけに、互いの思いを告白する。
「鶴次郎さん、おじいさんとおばあさんが、見てるわよ…」
「かまうもんかい!」
と、大五郎さんがきよみさんを抱きしめる、少女漫画ばりのシーンが挿入されたりして。

けれど、幸せな未来を損ねたのは、鶴次郎の短気だった。
以前鶴八に言い寄っていた料亭の息子(橘良二副座長)が会いに来たことに、烈火のごとく怒る。
鶴八が、彼に気を残していると疑い、鶴八を鋭くにらみつけて。
「お豊ちゃん、二度と会わねえよ…」
と、全てを捨てて立ち去ってしまう。

二人の再会は、二年後。
佐平の計らいで、鶴八鶴次郎の復活公演が実現する。
壁に並んだ大入り袋に、誰より目をきらきらさせていたのは、鶴八だった。
鶴八は料亭の息子と結婚し、大きな料亭の女将になっていた。
二年ぶりに客席の喝采を浴びて、芸人の喜びを思い出したのだ。
「ねえ鶴次郎さん、このままずっと出ようよ。丸の内のホールだって、どこだって、二人ならやれるわ」

けれど、鶴次郎は凍てついた目で口を開く。
「おい、お豊ちゃん、今日のくだりで一か所だけ、おかしいところがあった…」
言葉は昔の喧嘩と同じでも、違う。
「やっぱり、二年も間が空いてりゃ、無理なんだよ。お客にだってすぐにわかっちまうぜ」
冷たいまなざしが、二年前とは違う。
鶴八が泣き崩れて出ていくまで、罵倒は続いた。

なぜあんなことを、と掴みかからんばかりの佐平に、鶴次郎は語る。
「俺はこの二年で、場末の小屋を転々とするうちに、芸人の世界ってのがつくづく嫌になっちまった。盛りを過ぎた芸人の惨めさっていったらない」
「お豊ちゃんは、このまま料亭の女将をやっていれば、普通の女の幸せを手に入れられるんだ。そのほうがよっぽどいいじゃねえか…」

ひとりになった鶴次郎は、そっと鶴八の三味線を抱きしめる。
万感の思いを込めて、何度も呼んだ名前を、もう一度。
――お豊ちゃん。
想い続けた人には、穏やかな幸せを送った。
その傍らに、自分はいなくとも。

暗い舞台のスポットライトが、三味線を抱える大五郎さんを照らし出す。
歳月を、全身で噛みしめているような絵が、胸を衝いた。
この前週の「明治一代女」同様、みずみずしいロマンチックな演出が本当に映える。

大五郎さん・きよみさんの主人公二人がすごいのはもちろんだけど。
他の座員さん全員が、ぱちっとパズルのように要所にハマっているからこそ、完璧な芝居だったと思うのだ。
そんなわけで、続きます。

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