橘菊太郎劇団お芝居「明治一代女」&嬉しそうな木馬館の話

2014.8.17 昼の部@浅草木馬館

みんなの興味を一身に集めて、“橘さん”はやってきた。

「木馬、ホントに来るんだって。8月!」
「あたしね、大勝館で見てたのよ。それ以来、何年ぶりだろ」

まだ寒い季節から、ちらりと噂は耳にしていた。
暖かくなるにつれて、客席の声は浮足立ってきた。
8月に入った途端、Twitterのタイムラインが、次々と観劇報告の写真で埋まった。

木馬館に、あの橘大五郎が初乗り!
従来の公演コースから言えば、革命みたいなものらしい。
「すごいことです」
深く頷く人がいた。

写真・橘大五郎座長(当日舞踊ショーより)


8月前半を大阪和歌山遠征に費やしたので、私がようやく見に行けたのは8/17(日) だったのだけど。
それまでに、友人達から聞いていた評判がすごかった。
芝居が本格的、演技のうまいベテラン勢が揃っている、踊りは若い座員さんも全員上手、大五郎座長の気さくなキャラがいい…
ホントに、そんなオールマイティーな劇団があるんだろうか?
実際、自分の目で見てみた。
――ホントだったよ!

お芝居「明治一代女」は、大五郎座長が全て演出したとのことだった。
芸者・叶家お梅(橘大五郎座長)は、役者・沢村仙枝(橘良二副座長)を愛するあまり、仙枝との別れを迫る箱屋・巳之吉(橘小次郎さん)を刺し殺してしまう。

「明治一代女」って、お梅の愛ゆえの業の深さとか、巳之吉の社会的低層で身をよじるルサンチマンとかが、ドロドロともつれているお話だと、これまで思っていたのだけど。
大五郎さんのそれは、清冽なラブストーリーだった。

冒頭の場面から、茶屋の一室での、二人の逢引きシーン。
大五郎さんのお梅が、スッと几帳を引くと、うたた寝している良二さんの仙枝が現れる。
「どうかしたのか、お梅?」
「あら、起きていなすったんですか」
なんでもない会話にも、ほのかな睦みが香る。

大五郎さんの女形芝居の艶はもちろん。
個人的には、仙枝役の良二さんの一つ一つの仕草が焼きついた。
このラブストーリー的演出が映えるのは、副座長さんの凄まじい美貌あってこそな気がする。

写真・橘良二副座長(当日舞踊ショーより)


なんだ…この方…
雛人形のお内裏様が、人間に変化したようなお顔立ちだ。
「悪い噂なんて気にすることはない、言いたい奴には言わせておけばいい」
言いながら、机に頬杖ついて、涼しげにお梅を見やる風情。
細く切れる目線がもの言いたげで、吸われるように見つめてしまう。

それから、軽みのある声も良い。
お梅を待つ仙枝と、茶屋で働く娘たちがお喋りする場面がある(娘の一人は三條ゆきえさん、もう一方は申し訳ないことにお名前わからず…)。
仙枝は娘たちをからかって、
「お前たち、私に歌舞伎の型を習いたいって?じゃあ何か、知っている型をやってみるといい。何ならできるんだ」
副座長さんの声、音が小気味よく切れるのに、ふわりと宙に遊ぶ軽さがあるのだ。

娘たちは、「橘良二さんの真似ならできます!」と、良二さんの「カッコつけた舞踊」の真似をしてみせる(笑)。
「へえ、その良二さんってのは、そんな風にするのかい」
と、ご本人はおかしそうに口元をほころばせながら、あくまで冷静。
役者って言葉のイメージそのもの、だなぁ。

お梅と仙枝の見せ場は、ラスト。
巳之吉を殺してしまったお梅は、必死に警察から隠れ、仙枝の公演先の劇場を訪れる。
中へかくまおうとする仙枝を振り切って、お梅は地に指を突く。
艶然と微笑んで、仙枝を見つめる。
「いってらっしゃいませ…」
大五郎さんの表情に浮かぶのは、諦念、哀しみ、それから尽きることない愛情。
この後、お梅には鉄格子が待っている。
一緒になることのなかった二人の、最初で最後の、夫婦の真似ごと。

続く場面はさらに悲しい、加えて美しい。
舞台にはお梅一人が残され、明かりが全て消える。
ひとつだけ、ぼんやりした照明があるのは、舞台端にセットされた劇場の入り口。
そこから、仙枝を迎える客席の、万雷の拍手が聞こえて来る。
今日は、仙枝の襲名披露公演だ。

お梅は劇場の入り口に立って、そっと暗がりから、恋人の晴れ舞台を見つめる。
ぱち、ぱち、ぱち、ぱち。
ただ一つの望みに、たった一つの光に、消え入りそうな拍手が送られる。

若々しい、甘やかな演出がたっぷり。
27歳の大スターは、もしかするとロマンチストでいらっしゃるのかな。

一緒に見ていた大学時代の友人は、これまで何回か観劇の誘いにつきあってくれた。
感性の鋭い彼女が、メールで感想をくれた。
「今まで見た中で一番感動したし、綺麗だなーっ!っておもったよー」
名高い“橘さん”。
バランスが取れた構成は、老若男女、誰が見てもお腹いっぱいになれる。
男性客も、ちょっと驚くくらい多かった。

通路に補助席が二列(!)に並んでいる木馬館なんて、もしかしたら初めて見るんじゃないだろうか?
盛夏の小屋は、とても嬉しそうだった。

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藤美一馬座長 個人舞踊「船頭小唄」(劇団KAZUMA)

2014.8.6 昼の部・夜の部@和歌山ぶらくり劇場

藤美一馬座長は、そりゃもう、美しいです。
特に女形は、ほっそりと可憐で、品の良い令嬢みたいな魅力があって。
かつて私は友人と、“座長さんの女形みたいなお嬢さんの下女になりたい”と妄想トークをしていたことがあるくらい…。
「あんなお嬢さんに、あれ取って来てとかあのお菓子焼いてとか、命令されたいー!」
遠征先の旅館で、朝から晩まではしゃいだものだ。

ついこの前、もう一度、改めて。
この役者さんの美しさを、しっかり見つめたいと思わせられた。
華やかな女形ではなくて。
――己は河原の枯れ芒――
影に浮き沈む、ひとりの男の唄。

写真・藤美一馬座長「船頭小唄」より


ぶらくり劇場で久しぶりに出会えた、一馬座長の「船頭小唄」。
上方に照明で月を作りだし、場は薄闇。
笠で顔を隠したまま踊るので、見る側の意識は、自然と滑らかな動きに集中する。

――己もお前も 利根川の
船の船頭で 暮らそうよ――


踊る手足から、筋から、旋律が漏れ出てくるようだ。
深い川底にある、水の流れを思わせる。
音を立てることもなく、ただ決まった方向へ、脈々と流れる。

こういう舞踊を見ていると、幼い頃から踊りが体に染みついているのを、思い知らされる。
“もともと父が大衆演劇の役者だったので、僕は3歳くらいから舞台に立っていました”
“父と三波春夫さんの「船方さんよ」という曲で踊ったりしたのを覚えています”

「演劇グラフ」2013年6月号の、一馬座長のインタビューより。

それから、40年以上。
長い年月だ。
長い人生だ。
毎日、毎日、砂粒を数えるように果てのない、日々の積み重ね。
踊りの向こうに、その道程の長さが、ほんの少し透ける。

照明のやっさんが、幕に投げかける月の下。
全身は墨の色。
笠の中、どんな表情で踊ってらっしゃるのかな。

劇団KAZUMAをたった2年しか見ていない私でも、気づけば舞台の風景はじわじわと変化した。
若手さんの舞踊が増えたり。
お芝居の主役を、座長さんだけでなくローテーションしていたり。
メンバーも何人か入れ替わった。

日々変わりゆく座を、背負って立つ人の荷を思う。
2013年秋の東京公演だったか、一馬座長が口上で言っていたことを思い出した。
「最近は、どんどん若い座長さんが増えてきて。もう、私の歳で一人座長って、本当に全然おらんのですよ」
言われれば、そうかも。
あっちもこっちも、世代交代に忙しい。
わんさかいる30代座長さんは男盛り、これまたドドッといる20代座長さんは花盛り。

――枯れた真菰に 照らしてる
潮来出島の お月さん――


一人で、一馬座長は淡々と踊っている。
空の月一つを抱いて。
ため息が出るほど、しなやかに、
手足の一振りに呼応するように、凛然とした空気が客席に霧散して、小さな痺れが私の体内にも残る。

体に染みついた芸は、もちろんとして。
上乗せされているのは、積もり積もった歳月の数だろうか。
重ね重ねたこころの数だろうか。

この「船頭小唄」を受け止めるには、まだ私の目も言葉も、全然足りないけれど。

――熱い涙の 出た時は
汲んでおくれよ お月さん――


幾重にも塗り重ねたものにだけ芽吹く、風合いがそこにあったのだ。

劇団KAZUMAの芝居の余韻に浸りながら、ぼんやり座っているとき。
興奮冷めやらぬ遠征帰り、夜行バスに乗り込むとき。
情の固まりを、ぎゅっと両手に握らせてもらったような、不思議な感触が残っている。

この掌に受け取るぬくさは、いつまでも変わらないといい。
劇団の要に、一馬座長がいる限り。
いつだって、しれっとギャグを飛ばしながら、陽気に太鼓を叩いてくれる座長さん。

座長さんが、若手さんと絡んでいる光景が好きだ。
たしか8/6(水)の口上では、舞台に上がった差し入れの袋を抱えて、一言。
「いただくものは、どんなもんでもいただきますよー、腐ったもんは全部コイツ(お隣のKEITAくんを指して)に食わせますから。お前は若いから大丈夫やろ~!」
私の隣の常連さんが、ぽそっと、
「若いけど、一番弱そうやんなぁ」
うん(笑)

一馬座長が楽しそうに笑ってて、今日は良い日だ。

写真・8/7(木)昼の部舞踊ショーより


藤美一馬座長は、そりゃもう、美しい。
歳月を折り込むほどに、深く笑む、やさしく咲く、藤花の面影。

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劇団KAZUMAお芝居「土方一代」

2014.8.7 昼の部・夜の部@和歌山ぶらくり劇場

私の夏休みも最終日。
以前から見たかった「土方一代」に当たった!
しかも柚姫将さんが主演と、ラッキーずくめ。
今回は2日間しか、ぶらくりにいられなかったのに、我ながら強運…
日頃、清く正しく生きている甲斐があるってもんです!

写真・柚姫将副座長(当日個人舞踊「イチマディン~永遠に…」より)


山中の飯場で繰り広げられる、父子の再会と、仁義のお話。

飯場に、渡り土工の傷の半太郎(柚姫将副座長)が流れ着く。
半太郎は、生き別れた父親を探して、あちこち渡り土工をして旅していた。
同じ飯場の松蔵(龍美佑馬さん)が、実は父親だが、半太郎は気づかない。

一つ、胸に痛切に差し込まれた光景がある。
朝の日差しの差し込む中で。
半太郎と松蔵が、隣に腰かけて身の上話をする場面。

「若いの、その若さで渡り土工をやっとるのは、よっぽどわけがあるんじゃろう。よければわしに話してくれ。なぁに、年寄りの暇つぶしじゃ」
松蔵に促されて。
ためらっていた半太郎も、「そうか、暇つぶしか」と緊張をほぐして、語り始める。

「俺のおとっつぁんも土工だったんだ。おっかさんは飯場の飯炊き女。その間にできたのが、俺だ」
「俺は、おとっつぁんが仕事から帰って来るのを、いつも橋の所で待ってた。おとっつぁんは俺を見つけると、“半太郎、お迎えご苦労さん”って言って、俺を肩車してくれるんだ」

話す将さんの視線は伏せがちで、たまに、少し遠くを見やったりする。
わずかに笑んでいるのが、子供時代の幸福を醸し出していて。
「おとっつぁんに肩車されるのが好きで好きで、俺はいつも橋の所まで迎えに行ってた」
温かな風情が、とても味わい深い。

けれど、半太郎の両親は、ある夜から、いさかいばかりになって。
父親は、仕事からまっすぐ帰って来ないようになった。

「その日から、橋でどんなに待っても、待っても。夕暮れ時におとっつぁんが帰って来ることは、二度となかった…」
将さんの“語る”という行為が、持つ力。
声のぬくもりのためか、落とされる感情の深さのためか。
聞いていると、頭に浮かぶ。
黄昏に包まれる大きな橋、そのたもとに、小さな半太郎の姿。

やがて父は、母と半太郎を捨て、出て行ってしまった。
「おっかさんが迎えに来てくれても、嫌だ、嫌だ、俺はおとっつぁんと一緒に、肩車してもらって帰るんだって…」
流れ流れる、渡り土工の心の中。
原風景は、寂しい色合いに埋もれている。

また、将さんの話を聞いている、松蔵=佑馬さんにも惹きつけられた。
まさか自分が父だとは言い出せず、心苦しそうに目をそらしている。
母親が、苦労の果てに病死したと聞いたときには、悲痛に顔を覆う。

半太郎は身の上話を終えると、
「今度はお年寄りの話を聞かせてくれ。いいじゃねえか、暇つぶしだ」
と、ややいたずらっぽく笑いかける。
松蔵も、「そうじゃな」と相好を崩す。

前日の「浅草三兄弟」同様、私は昼夜連続で「土方一代」を見ているけど。
個人的には夜の部のほうが響いた。
「なぁに、年寄りの暇つぶしじゃ」「いいじゃねえか、暇つぶしだ」のセリフが、夜の部しかなかったから。
このセリフのとき、佑馬さんと将さんの間に流れる、実にほのぼのした空気が好きだった。

芝居後半は、飯場の裏の稼業である阿片製造が焦点になる。
仁義とかバトルシーンとか、やくざものの芝居っぽいカッコよさが足される。

後半、殺伐とした展開になっていくからこそ。
前半の半太郎と松蔵の対話は、つかの間の父子の情景として、いっそう切なさを増す。
障子越しに、朝日の注ぐ中。
右に松蔵、左に半太郎。
名乗れない父と、気づかない息子が、心を交わしたわずかな時。

…で、なんでこの場面が、“朝日”の中だとわかるかというと。
それはやっぱり、将さんの芸の細かさのおかげだったりする。

松蔵との場面の前、半太郎が目覚めるシーンがある。
起き上がって、戸を少し開けて。
それは眩しそうに、手を額にかざす。
外に出て、両の手をばちっと合わせて、太陽を拝む。

ああ、外は見事な晴天なんだ。
と、手に取るようにわかる。
将さんファンの方には、この晴れた空を仰ぐ仕草の、爽やかな風情だけでも必見だと思います。

こころのところ、メンバーの入れ替わりがあったり、将さん自身、副座長という新たな立場になったり。
もしかしたら、やや疲弊の日々だったのかも。
それでも、芝居のあちこちに、将さん独自の工夫が差し込まれていた。



↑涼しげな一枚が撮れたので(8/7(木)夜の部舞踊ショーより)。
いつ行っても、普通の日の普通のお芝居に、誠実なところに立っていてくれる。
毎日、昼夜、それを続けるまめまめしさ。

だからこそ、この役者さんのお芝居に、客席から身を乗り出して、見入って。
身を乗り出しっぱなしのまま、丸2年になる。

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劇団KAZUMAお芝居「浅草三兄弟」&千咲大介座長の話

2014.8.6 昼の部・夜の部@和歌山ぶらくり劇場

大阪では、玄海竜二さんの芝居も見れたし彩子さんの笑顔も見れたし、そしてずっと会いたかった物書きさんにもお会いできた。
心残りなく、8/5(火)の夜遅く、新今宮駅のホームで和歌山行きの特急を待っていた。
和歌山ぶらくり劇場の劇団KAZUMAに会いに行くため。
あー…幸せ。
大衆演劇に出会ってから、人生、俄然面白くなってきた。
蒸し暑いホームで、サイダーぐびくび飲みながら、思いました。

今回のKAZUMA観劇では、私は初めて出会う役者さんがいた。
千咲大介さん。
「劇団千咲」の座長さんは、今、KAZUMAにいらしてる。

時代劇俳優みたいな、きりりとまっすぐなお顔立ちだけど。
ちょっと傾斜、ちょっと外連味。

写真・劇団千咲 千咲大介座長(当日舞踊ショーより)


特徴的な眉の形がそう思わせるのかなあ。
正統派男前に、小さじでちょいと妖気を盛った感じ。
仕草一つ、言葉一つがうっすら艶っぽい。

8/6(水)のお芝居「浅草三兄弟」では、大介さんが主役の半次を演じていた。
(ぶらくり劇場での口上によると、一馬座長・将さん・竜也さん・大介さんの4人で芝居の主役をローテーションしているそう)

「浅草三兄弟」の半次といえば、その行動原理はすべからく、弟分・吉松。
吉松にありったけの金を渡し、商売道具の飴も丸ごと渡し、最後は命まで投げ出してしまう…
半次は、ひたすら“無私の贈与”の人物像だ。
(2013年5月の感想.2013年10月の感想)

私がこれまで見て来た半次の滋味深さは、一馬座長ならではだったと思うのだけど。
一方、大介さんの半次はというと、軽妙でみずみずしかった。

たとえば、吉松(柚姫将副座長)に対して、
「お前、堅気になるったって、持ち合わせはあるのか。金がなきゃあ、何もできねえじゃねえか」
と、半次が手持ちの金をあげる場面。
財布を懐から出した、と思ったら。
もう一つ帯から出して、さらにもう一つ足袋から、もう一つ袖からぽろっと。
大介さんの体から、手品みたいに財布が次々出て来る(笑)
「すごいっしょ?」
と、財布の束を全部まとめて、吉松の手にポン。

それから3年後、堅気になった吉松と半次が再会する場面も楽しかった。
飴売りになった半次が、大店の婿養子になった吉松の店を訪れる。
「吉松、お前、嫁さんとの間に、子供はいるのかい」
「一人いるよ。男の子だよ」
「一人ってのは寂しいなぁ、兄弟がいねぇと……いっそ15、6人つくりゃあいいじゃねえか。ポポポンと!」
こんな感じで、笑いをぽんぽん放り込んでくるのだ。

あのセリフを受ける将さんは大変かもなぁ…
と思いつつも、大介さんが次は何を言ってくるだろうかと、ワクワクしながら見ていた。

笑いを取れるって、すごいな。
あっという間に、その役者さんを好きになってしまうもの。

私が一番好きな場面――半次が商売道具の飴を、吉松に丸ごとあげてしまう場面は、こんな風。
「土産も何も持ってねえからな…ちょうどいい、この飴、お前の子供にやるよ」
と、大きな飴の箱を将さんのほうへ押しやる。
これで終わらず、
「お前にじゃないぞ、子供にやんだからな、お前は食べたらダメだから」
大介さんの一言に、一仕草に、客席が笑う。

笑わせて、惹きつける。
笑わせて、その手に乗せる。
その自然な引力が、どこまでも“座長”のものだった。
自分の双肩で座員を率いて。
自分の息吹で客席を魅了して、小屋を埋めてきた方の、圧倒的なエネルギーだった。

この日の個人舞踊では、とてもオモシロイ曲で踊っていた。
歌詞を聴き取る限り、ギャンブル大好きなお坊さんの歌らしい(曲名は調べたけどわからなかった…)。
リズミカルに腰をひねり、重心が自由自在にうごめく。
足さばきも軽々と、躍動が、客席に飛び出してくる。

大きな瞳に、外連味たっぷりの陰と艶。
視線をちゃんと一人一人に投げて、客席丸ごと、飲み込むようだ。



座長さんなんだ。
たとえ今は、その背後に座員さんがいなくとも。
今は、一人で踊っていても。

ところで、大介さんは竜也さんと、大層仲が良いみたいだ。
芝居の最中でも、相舞踊でも、すっごく楽しそうにじゃれあっている。
馴染みの常連さんが微笑ましげに、
「たっちゃんと大ちゃん、ラブラブやろ~」
ですねえ。
三十路の丈夫二人捕まえてなんだけど、可愛いですねえ。

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破顔一笑―鈴木彩子さん―

“彩”って字は、なんて優しい姿だろう。
“あやこ”って音は、なんて温かな響きだろう。

今回は、大好きな女優さんの話をさせてください。

写真・鈴木彩子さん(個人舞踊「お嫁においで」2013/9/16@浅草木馬館)


↑の写真は、2013年9月の木馬館で見た個人舞踊「お嫁においで」。
ピンクの振袖、縞のパラソル。
くるくるくる、ピンクの笑顔が回る。
(この舞踊がツボすぎて、「2013年珠玉の一本」にも入れている)

彩子さんは、特定の劇団に常にいるわけではなく、時期を区切って色々な劇団に滞在されている。
私が聞いているだけでも、劇団KAZUMA、劇団秀、花柳願竜劇団…
でも大衆演劇以外の演劇にも出演されているので、いわゆる大衆演劇のフリーの役者さんとも、ちょっと違うのかな。

2013年5~9月は、劇団KAZUMAにお手伝いとしていらしていた。
私が初めて出会ったのは、 5月の広島遠征だ。
今は無き夢劇場で、あのスマイルに出会った。

「ここの藤美一馬せんべいは美味しくてね~、あたしはこれに目がなくて。この味、この味」
お芝居「浅草三兄弟」の冒頭の場面で、彩子さんは茶店の店子の役をやっていた。
店子なのに自分でおせんべいを食べるという、謎の展開(笑)。
その笑顔があんまり明るいもんだから、懐に飛び込んでくるもんだから。
一体何者なんだろう?と、興味を惹かれた。

続く舞踊ショーでの個人舞踊は、オレンジの着物でニコニコと踊っていた。
彩子ちゃん!とアナウンスがかかると、丸い頬のあたりに、ぎゅぎゅっと嬉しさが飛び跳ねる。
ときめきました。すごく。
「何あの可愛さ~!」
と、遠征仲間と大騒ぎした。

いつも、輪郭ごと弾けるように、ぶわっ!と笑ってくれる。
私は勢いづいて、「笑顔は他の誰にもない彩子さんの武器だと思います」とお伝えしたこともあるくらい。

思いきり明るくて、とびきり可愛くて、元気印!
…でも、この女優さんは、決してそんな一面だけで終わらないのである。

先日8/4(月)木川劇場で、「劇団秀」に出演中の彩子さんの舞台を、約1年ぶりに見た。
その夜の個人舞踊は、「化粧」。
中島みゆきの名曲の桜田淳子バージョン。

写真・個人舞踊「化粧」(2014/8/4@木川劇場)


白いお着物、赤の帯締め。
元気な彩子さんだけど、不思議と中島みゆきの曲が似合う。
――今夜死んでもいいから きれいになりたい――
哀しい歌声が、舞踊の底をしんしんと冷やしていく。

――流れるな涙 バスが出るまで――
そして、虚空をふー…っと見上げる。

この女優さんが、“見上げる”という動作に、いつも強く衝かれる。
子供が、何か知らないものに出くわしたときのような顔つきだ。
童心が、何か大きな暗がりに戸惑っているような目だ。

ぽっかりと、瞳に黒い穴。
ろうろうと、行き先の霧。

女優・鈴木彩子さんが立ち向かっているものの大きさを、私は知らない。
ただでさえしんどい業界で、しかも一人であちこちの劇団を異動していて、次々に新しい環境に適応しなければいけない。
想像を超える苦労があるのだろうと思う。
舞台の準備、人間関係、組織、もしかしたらぶつかる悪意も。

でも、そんなのはお客様には関係ない、と彩子さんはブログで書いていた。
そういうものも、全部全部昇華して。
舞台でお客様を魅せるのが仕事だと。

だから、彩子さんの笑顔はまた深くなる。
苦労や痛みをひっくるんで、小さな彼女の姿は、また優しくなる。



木川劇場では、「昭和枯れすすき」のコントをぐいぐい引っ張っていた。
「この毒で死にましょう、あなた!」
「毒」ってモロに書いた紙切れを、次々懐から引っ張り出す(笑)
勢いが炸裂している死にっぷりがおかしかった。

私を見て、ぱぁっと顔を輝かせて、再会をとても喜んでくれた。
私ごときの小さな声ではあるけれど。
おすすめの女優さんを聞かれたら、「鈴木彩子さん」と万人に答えることにしています。

彩子さんのブログに書かれている今後の予定は、以下の通り。
8月「劇団秀」@木川劇場
9月「逢春座」@かっぱ王国
11月「花柳願竜劇団」@鬼怒川温泉ホテルニューおおるり
12月「花柳願竜劇団」(場所は不明)

大衆演劇世界の濃さにへばったときは、彩子さんのことを思い出します。
こんな清らかに舞台に立っている人がいるというだけで、嬉しくなります。

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玄海竜二一座お芝居「天竜親恋鴉」

2014.8.3 夜の部@浪速クラブ

「あっしはやくざでござんす」
ぽとり。
「やくざでござんす」
ぽとり。
「仁義を切りやす」
玄海竜二さんが、置き土産のように、ぽとりぽとりと言葉を残す。
「親もおりません。親という名のつく者は一人もおりません」

きれいな役者さんの、きれいな芝居を見られたと思った。

写真・玄海竜二座長(当日舞踊ショーより)


会社員にも夏休みがあって。
これを書いている現在、まだ夏休み真っ最中なので書き手はかなり浮かれ気分。
そして、私はまた大阪に来ておりました!

台風で列車が運休と遅れを繰り返し、遅れて駆け込んだ浪速クラブ。
「天竜親恋鴉」の一幕目に間に合った。
天竜村の茶屋を舞台に、茶屋を切り盛りする宗兵衛(大島竜志さん)と、娘のおみつ(愛京花さん)が談笑している場面だった。

宗兵衛とおみつは、橋の欄干に引っかかっていた旅のやくざ(玄海竜二座長)を助ける。
宗兵衛には、やくざになりたいと飛び出して行ったきりの息子・正太郎(沢村菊乃助若座長)がいた。
そこで、旅人は約束する。
「命を助けていただいた礼に、その正太郎さん、あっしが探しやしょう」
「でも、あんまり長くなっちゃあいけねえや。今から一年後、また祭りの頃に、正太郎さんをここに連れて来ますよ」

初めて見る玄海竜二会長は、とにかく“きれいな役者さん”という印象だった。
九州演劇協会の会長さんだもの、確かに歳は、重ねておられる。
でも、軽やかな股旅姿が美しい。
目の筋を鼻を唇を、り、り、り、と墨で引いたような形が美しい。

そして何より、セリフの言い方が。
「あんた…」
聞きやすい声で。
「あんた」
合間に絶妙な間を挟んで。
「正太郎さんか」
間の中に、ポーンと音が並べられると、その意味が増しまして響いてくる。

約束の一年後。
親子の再会は、嘆きに終わる。
旅人は、正太郎の遺骨を天竜村に持ち帰ったのだ。
しかも、悪党に騙されて、旅人自身が正太郎をその手にかけてしまった。

せがれの遺骨を抱きしめて泣く宗兵衛を、旅人は見つめる。
やがて、その口から、身を切るように紡ぎ出す。
自分には親がいないこと。
やくざが世間からつまはじきにされるのも、当然だと思っていること。

「親にはぐれて、こんな世界に足を踏み入れてしまいました…」
玄海さんの伏せられた目が、じっと地面を舐めている。

「天竜親恋鴉」という外題の“親恋”は、まず宗兵衛と正太郎の親子のことだと思うけど。
この場面で、私には、もう一つの想像が打ち響いてきた。

玄海さんの視線は、徐々に、徐々に、空を見上げる。
苦しそうに、切なそうに。

「やくざの世界の中で、裏街道を歩きながらも、表街道を歩きたいと…自分の信じる正義を刻みながら、一つ一つ…生きておりやす」

旅人が、“表街道”の生き方を、市井の人間のもの柔らかな暮らしを渇望する心が、滲んでくる。
子供が親を恋うる姿にも似て。
「正太郎さんのことを、あっしは一生背負っていきます…」
しゅるりと投げられた縞の合羽が、一瞬傘のように膨らんでから、大きな体に巻きつく。

やくざもののお芝居を、これだけ毎週のように見ているというのに。
やくざであることの哀しみが、こんなに深く伝わってきたお芝居はなかった。
昔から、やくざものがどうして人々の心を惹きつけてきたのか、少しだけ分かる気がした。
親を持たない、帰るところを持たない、その孤独。

終演後、連れと近くの居酒屋に駆け込んで、「玄海さんの芝居がすごい」「声がすごい」「間の取り方がすごい」とひとしきり騒いだ。

ところで玄海さんは、やくざの芝居とか渋い舞踊をやっているときと、打って変わって。
舞踊ショーで「小林旭メドレー」をニコニコ踊っている姿は、とっても親しみやすかった。
というか失礼ながら、めちゃめちゃ可愛かった。
こんな感じである。↓



ある方の「玄海さん、くまモンみたいじゃない?」というたとえを聞いて、合点。
そうだ…何かに似てらっしゃると思ったんだ…

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