都若丸劇団の衝撃

2014.7.19 夜の部・7.20 夜の部@梅田呉服座

ずんずん、ずんずん、進撃してくる。
群舞は広がって、広がって、大きな躍動が客席に迫って来る。
舞台上で、一体何人踊ってる?
13、14、15…
数えている合間にも、全員で傘をぴたりと揃えて閉じる。
くるり一回転すると、色とりどりの十数個の駒が、同時に回ったみたいに見える。

大衆演劇で、フォーメーションダンス!
驚いている合間にも、前列と後列が、鮮やかに入れ替わる。
そもそも前列・後列ができるほど、人数がいない劇団のほうが多いっていうのに…!

都若丸劇団は、見る前から「群舞がすごい」という噂を聞いていた。
そして初見の7/19(土)の夜。
どの群舞を見ても、組織としてすごく鍛えられている、ということがありありとわかった。
皆で、相当稽古しているのだろう。

特にラスト舞踊の「お祭りマンボ」は圧巻だった。
フォーメーションは、大きな三角形。
――私のとなりのおじさんは 神田の生まれで チャキチャキ江戸っ子――
軽快に踊りながらも、時計仕掛けのようにポジションを入れ替える。
三角形は、縮まったり広がったり。

その三角の頂点に、誰より激しく踊る、赤い着物。
仕掛けを動かす、真っ赤なトリガー。
都若丸座長。

若丸さんは、私の中で必ず見たい座長No.1だった。
「演劇グラフ」で写真を見ては、なんて引力のある目だろうと思っていた。

7/19(土)のミニショーラスト、曲はAcid Black Cherryの「黒猫 ~Adult Black Cat~」。
待ちに待った若丸さんを、初めてこの目で見る瞬間に、期待感が最高潮に達した時。
出てきた人が、ド派手な着物のフードを、バッと取った。

引力が、姿を現した。

「キャーッ!」
客席中から沸いた、凄まじい歓声。
盛り上がりまくる客席に、若丸さんは実に楽しげに笑いつつも、しなやかに踊る。
あれ?
私の喉も、何か叫んだ後のような感触が…
ええと、もしかして今の「キャーッ!」に私の声も含まれてたの?
生まれてこの方、そんなん言ったことないよ!

初見の客からも人生初の「キャー」を引きずり出した座長さんは、体の芯に熱く生命力を光らせて、汗にまみれた笑顔で踊っていた。
手拍子の波に乗りながら、ニカーッと…とにかく人好きのする感じの笑顔を深める。
この人を好きにならない人なんているんだろうか?

肝心要の、お芝居はというと。
7/20(日)の夜に見た「火の車」のインパクトが大きかった。
若丸さんは、死神の役。
題の「火の車」とは、死神の空飛ぶ乗り物のことだ。

おかしかったのは、死神が人間(都剛副座長)に、火の車の乗車マナー指導をする場面。
交通ルールに則って、他の火の車にどいてもらうときは、一声かけなければならないという。
「他の車どかすときは、わしの肩を叩いてみ」
言われるままま、剛さんが若丸さんの肩をドンと強く叩くと、
「どかんかい!」
と死神はドスの聞いた一声。
優しく肩を叩くと、
「どいてくれませんか?」
と丁寧な一声。
剛さんが面白がって、強弱を変えながら連続で叩く。
「どかんかい!どいてくれませんか?どかんかい!どいてくれ、どかん、どいて、どかん…」
壊れた機械のごとく繰り返す若丸さんに、場内は爆笑の渦。
「ど、ど、ど、ど、……いい加減にせえ!」
テンポが早く、綿密にエッセンスが組み込まれた笑いの生み出し方は、吉本新喜劇を彷彿させる。

私は、切羽詰まった人情と郷愁が絞り出される、やや泥くさいくらいの芝居が好みなので。
すっきり洗練された喜劇は、ど真ん中ストライクというわけではないのだけど。

私のちっぽけな好みなんか、吹っ飛ぶ。
都若丸が芝居している、踊っている、笑っている。
あの強烈な磁力は一体何なのだろう。
若丸さんが歯を見せて笑って、一つ手を叩く、それだけで差す光の明るさに焼かれる。

これだけまばゆい座長さんがいて、しかも若手も人数が多いのに。
一人一人、ちゃんと客席の目を引き付けるのだ。

たとえば、前売り券販売中、舞台では誰かが歌うというコーナーがある。
7/20(日)の夜は、あきらさんが歌の担当。
サザエさんの絵をいっぱい描いてきて、絵をサザエさんの替え歌にして歌うという演出に、場内は大笑いだった。

“自分の舞台”という責任感が、一人一人に強いのだろう。
どの人も、梅田呉服座の広い客席を、しっかりエンターテインする。
座員さんが、自分たちの成長を確信している組織というのは、なんて明るく、伸びやかなのだろう。

10月、都若丸劇団は三吉演芸場に来てくれる。
だから梅田での2日間は、私にとってはまだ序章だ。
私がきっとその魅力を噛みしめられるのは、3か月後の三吉。



近い再会に身震いがします。

普段は送り出しの写真は撮らないのだけど、若丸さんにショーの写真掲載について伺ったら、「ごめんなさい、お見送り以外の写真は載せられないっていう変な決まりがあるんですよ~」と申し訳なさそうに仰っていたので。
しかし、この送り出しの写真一枚見ても、ポーズのかっこ良さ極まりない!ですね!

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たつみ演劇BOXお芝居「高崎情話」

2014.7.21 昼の部@八尾グランドホテル

兄弟は、敵に囲まれ、四方から刃を向けられている。
兄(小泉たつみ座長)は、ひとりで、多勢相手に刀をかざす。
だが、目の見えない弟(小泉ダイヤ座長)は、周りの空気に気づかずに三味線を弾く。
「続けろ、いいぞ、そのまま」
兄は弟に何も勘づかせまいと、斬り合いの中で声をかける。

しゃんしゃんと三味の音響く中。
ひらひらと立ち回り。
死を予感した、立ち回り。
「いいぞ、いいぞ…」
たつみさんの刀の一振り一振りから、弟への愛情が散る。

写真・小泉たつみ座長(当日舞踊ショーより)


写真・小泉ダイヤ座長(当日舞踊ショーより)


たつみ演劇BOXのお芝居で、最もぼろぼろと涙したのは「明治一代女」。
辰巳小龍さんの熱演を、昨年7月浅草木馬館で見た。
終演後何時間経っても、衝撃が冷めることなく、恍惚の気持ちで雨上がりの浅草を歩いたのを覚えている。
その胸の揺さぶりの大きさに迫っているのが、八尾グランドホテルで見てきたばかりの「高崎情話」!

生き別れの兄弟をめぐるお話だ。
たつみさんは旅の渡世人(劇中で「彦さん」と呼ばれているけど正確な役名はわからない)。
茶店で、盲目の三味線弾きの師弟(ダイヤさん・愛飢男さん)と出会う。
二人の団子を、たつみさんはペロリと盗み食いしてしまう。
愛さん演じる師匠は、弟子が嘘をついて団子を食べたと思い込み、激怒する。

師匠が怒りにまかせて立ち去った後、ダイヤさん演じる弟子は、悲痛に地面に伏せる。
「私はこのままではお師匠様に捨てられてしまう、また捨てられてしまいます」
「私は実は幼い頃、兄にも捨てられたのです」
事情を聞くうち、渡世人は、この盲目の三味線弾きが、十歳のとき寺に置き去りにした弟・定吉だと気づく。

定吉は、口元をほころばせ、ささやかな出世を思い描く。
「貴方様は知らぬことでしょうが、私たち盲人にも位がありまして、座頭、勾当、別当、そして一番上が検校様です」
「ま、検校様はさすがに無理でしょうが…お師匠様と二人、江戸へ出てお金を溜めて、お師匠様に別当か勾当あたりになっていただいて、私がその跡を継ぐんです」
目の見えない定吉にとって、それがたった一つの夢。

だから兄は、噛みしめるように決意を呟く。
「俺は、百両稼がなきゃならねえ。絶対に、命に代えても、あいつに百両渡してやらなきゃならねえんだ」
百両とは、弟とその師匠が、江戸へ出て位を買うためのお金。
たつみさんの表情が、飄々とした渡世人から、“兄”の顔つきになる。

光を見ない弟への愛しさのため。
かつて置き去りにした、小さな手への償いのため。
兄は、決死の思いで百両を稼ぐ。
無鉄砲な博打で、地元のやくざ一家の恨みを買うことになっても。

「高崎情話」はなんと言っても、クライマックスの場面が凄絶だ。
百両を手にし、いよいよ弟を送り出そうというときに。
地元のやくざ一家の親分(宝良典さん)が、若衆を引き連れて、兄弟を取り囲む。
兄に悪巧みを邪魔されたことと、賭場を荒らされたことで、恨みに思っていたのだ。

けれど、定吉は状況がわからない。
刃をいくつ向けられても、その眼には映らない。
兄は、安らかな声で告げる。
「お前の三味線を聴かせてほしいんだ。今、聴かせてくんねえかな」
定吉は素直に腰かけ、かついでいた三味線を弾き始める。
すぐ眼前で、兄が複数と斬り合っていることなど、気づくわけもなく。

「いいぞ、そのまま続けろ」
弦の音で、刀と刀がぶつかりあう音が、かき消される。
兄がひとり、刀をかざして、自分を守ろうとしている姿を、見るすべもなく。

そして斬り合いが終わったとき、兄は致命傷を負っていた。
崩れそうになる身体を無理に起こして、声を絞り出す。
「なあ、悪ぃけど、俺はちょっとここから先は一緒に行けない理由ができちまった。ここから先は、お前一人で行ってくれねえかな」
兄の心を汲んで、旧知の鳥追い女(辰巳小龍さん)が、弟を無事に送り届けると言う。

去っていく弟に、渾身の力で立ち上がり、兄は最後の言葉を送る。
「出世しろよ」
「偉くなれよ」
「検校様に、なるんだぞ…」
たつみさんの目が、潤みを帯びて光っている。

私は二列目だったけれど、前のお客さんもみんな涙をぬぐっていた。
涙でぼやける視界の中、真正面を向いたたつみさんが、静かに事切れていく。
「定吉、定吉ぃ、さ…」
言葉が出なくなり、喉に指が這って。
人形のねじが止まるように、ぷつりと、動かなくなる。

小泉たつみ座長、33歳。
綺麗な座長さんで、綺麗な舞台を作る方という印象が強かったのだけど。
すごい芸の力を腹の底に持っているのだと、思い知らされた。
とたつみさんファンの連れに言ったら、
「あんた今頃気づいたの?! たつみさんは元々お芝居うまいのよ!」
…さいですか(笑)

これから年月を重ねて、身の内に情を折り重ねて。
深い、じとっと肌に吸いつくようなお芝居を見せてくれるようになるんじゃないかな。
そうなられると嬉しいな。

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たつみ演劇BOXお芝居「伊達の新三」

2014.7.19 昼の部@八尾グランドホテル

つい、“たつみん”と呼ぶ。
小泉たつみ座長について、観劇仲間と語るとき、口を突いて出る。
文章に落としこむと、たつみさん、たつみ座長と自然に書けるけど。
「こないだ、大阪でどこ見て来たの?」
「たつみんのところ」
友達に聞かれると、なぜかこの気楽な呼び方がしっくり来る。
あの貴公子然としたお顔に、どこかのんびりした陽気さが漂っているためかな?

写真・小泉たつみ座長(当日個人舞踊「天城越え」より)


先月に引き続き、はるばるやってきた八尾グランドホテル。
今回は、大のたつみさんファンの連れにひっつくようにして。
3連休初日のお芝居「伊達の新三」は、連れがものすごく気に入ったらしく、「絶対ブログ書いて!」と強く推されたので、今PCに向かっています。
でも、私もこのお話はとても好きだ。

序幕の「おでん屋」の展開がとにかく楽しい!
「さあさあ、うまい関東煮やで、食べていき、この商売のために大阪から江戸に出て来てん」
関東煮売り(辰巳小龍さん)の、軽妙な振り売りの声が響く。
漫然とくつろぐ、町の衆(愛飢男さん・小泉ライトさん・辰巳満月さん)。
そこへよろよろと、杖をついて登場するのが、たつみさん演じる新三だ。

新三は仙台の田舎の百姓だったが、わけあって江戸に出てきた。
口を開けば、ぼんやりしたお国訛り。
「おらな、今、腹減ってならねえんだ。だども、金は三文しかない。だから…すまねえ、おじさん、おでん、ください」
と、泣きそうな顔でお願いするも。
売り物をタダで寄こせるわけがなく、当然追い払われる。

次におでん屋に来客したのは、離れ駒の長吉(嵐山瞳太郎さん)。
続けて現れる、御家人崩れの丹三郎(小泉ダイヤ座長)。
二人は、同じ夕立一家の若衆でありながら犬猿の仲。
おでん屋の前にそろって腰を下ろし、腕組んで嫌味を飛ばし合う。
「あんな奴は、知らねえなあ」
「夕立一家にはたくさんの若衆がいるんだ、あんな三下の顔は覚えてねえな」

そして離れ駒と御家人の喧嘩が始まって、皆が逃げ出したチャンスに。
新三はタッタとおでんの屋台に駆け寄り、もぐもぐ頬張ってしまう。
が、関東煮売りに見つけられ、店の看板振りかざして、追いかけ回される。
新三が蹴つまずいて、「関東煮」の看板抱えて、倒れ込んだ先は。

「なんなんだ、俺たちの喧嘩に割って入るとは…」
離れ駒と御家人の、交えた刃のど真ん中だった。

ダイヤさんの御家人が、心底感嘆して言う。
「このお方は、どこかの大親分に違えねえ。俺は腐っても武士だ。俺の目に間違いはねえ。見ろよ、この方の眼光の鋭さ!」
釈明しようにも、新三は口の中がおでんで一杯で喋れない。
リスのように頬を膨らませて、一生懸命に自分の口を指すたつみさんが、それは可愛らしかった。
そう、この場面で私は初めて気が付いたこと。
この座長さんは、何か食べている姿がやたら可愛い!
おでんとか団子とかを(21日の芝居で団子を食べていた)、王子様みたいなお顔でぺろりと食べるギャップが、絶妙な愛嬌を生む。

新三がおでんで口を塞がれている間に、誤解はどんどん進む。
「大親分、お名前をお聞かせもらえませんか」
と離れ駒が尋ね、新三が返せないでいるうちに、御家人が怒鳴る。
「馬鹿野郎!(新三を指して)怒っていなさるよ…。人に名前を聞くときは、まずてめえが名乗るのが道理ってもんだろうと仰ってるんだ」
そして御家人、新三の腕をとって、
「このお方に俺たちの喧嘩の仲裁をしてもらいてえ。どこか場を設けましょう。さあ、俺たちと一緒に参りましょうぜ!」
ここで「おでん屋」の幕は閉まる。
後は、誤解に基づいた“新三親分”の喜劇と、新三の過去が明かされる人情劇に続く。

私に一番印象的だった光景は、おでんを頬いっぱいに詰め込んでいた、たつみさんだ。
「何度も言ったでねえか、おら、ホントに大親分なんかじゃねえだ。仙台の田舎百姓なんだ。刀なんか、持ったこともねえ」
茫洋とした訛りが、不思議とハマる。

きりりとしたお顔立ちなのに。
どこか、ほんわりしているのが魅力だと思う。
大事に育てられた人特有の、気の優しさが、息遣いに現れている。
(弟のダイヤさんにも共通するけど、あちらはもっとやんちゃな感じ)

このたった4日前に、車の当て逃げに遭われたそうだ。
たくましく、「ひき逃げされる新三です」とか「引きずられる新三です」とか、お芝居中のネタにしていたけど。
ほっそりした左腕には、痛々しいテーピング。
3連休、八尾グラの客席には遠征客も多かったんだろう(私自身もそうだ)。
送り出しでは、心配するまなざしに囲まれていた。



↑このお写真も、当日の舞踊ショーから。
お客さんに愛されて、美人揃いの姉弟に愛されて、芝居でいじり倒している古株座員さんからも愛されて。
だからこの笑顔が出るのだろう。
腕が痛くても、注がれる愛情に答えて、綺麗な舞台を作っていくのだろう。

悪いことがあった分、きっと、必ず、良いこと起きます。
ね、“たつみん”。

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劇団花吹雪お芝居「波止場の狼」

2014.7.13 夜の部@三吉演芸場

『波止場の狼 横浜を舞台にしたオリジナル狂言』
劇団側の自作という予告チラシに、そうあった。
「今夜の演芸場のお芝居、横浜が舞台なんでしょ。お客さんにその話してくる人が多くて、ちょっと気になってるのよ」
開演前、地元の商店街の下駄屋さんと話していたら、そう言われた。

そんなわけで気になっていたその内容は、とても大衆演劇らしい母子ものだった。
おしゃれな横浜が舞台と言えど、生き別れの母とやくざの息子の物語は、『瞼の母』を彷彿させる。
ただ、よくある母子ものと一線を為していたのは。
「博、お前…なんて、なんて姿になってくれたんだい!」
母を演じる桜京誉さんの、匂い立つ色香だった。

当日の舞踊ショーでは京誉さんの女形がなかったので、お芝居の雰囲気を伝えるために、昨年の写真を引っ張りだしてきた↓
写真・桜京誉さん(2013/2/24舞踊ショーより)



2014/07/13当日の京誉さんの個人舞踊はこちら↓


京誉さんが演じるのは、横浜にあるバーのマダム。
小桜あきなさんの女給に、「ママ、ちょっと来て」と呼ばれ、舞台袖から初めて京誉さんが現れたとき。
濃い艶めきが、舞台の板にねっとりと絡み始めた。
あの、目。
映るもの丸ごと全部、軽くいなすような眼差しに、ほんのり赤いアイシャドーが色づく。
金色に近いような亜麻色の鬘が、モダンだった。
着物の黒が、姿を引き締める。

マダムが呼ばれたのは、やくざの波止場組が押し掛けてきたからだった。
組長の博(桜春之丞座長)が、じろりとねめつける。
「逃げ込んできた二人組が、奥にいるはずだ」
組から逃げ出した若い衆(桜恵介さん)とその姉(小春かおりさん)を、バーでかくまっていると疑っているのだ。
でもマダムは、ちっとも怯えず。
「何言ってるんだい。そんな二人なんか知らないよ。知ってるんなら出すけども、本当に知らないんだから出しようがないじゃないか」
肩をすくめて言ってみせて。
そして組長が去ってから、実際には奥に隠れていた二人を、「もう大丈夫だよ」と呼ぶ。

京誉さんのちょっとした仕草にも、私は見惚れっぱなしだった。
たとえば、組長に言われて、外出するとき。
「ちょっと待っておくんなさいよ」
と、着物の襟元を整えて、首をわずかに揺らす。
首筋から、立ち昇る強い甘さ。
多分、全て狙っていらっしゃるんだろうと思っていても、やられる…!

京誉さんの女形芝居は昨年も見たけど(「おとめ与三郎」)。
尋常じゃない色気だと思うのだ。
切れ長の目が、物憂い気に、一種かったるそうに開く。
目線は、斜めに傾いて、硬い線の輪郭にしゅうっと差し込まれる。
御年52歳になられるのかな。
熟しきって、渋みと甘みがぐずっと滴る実みたいだ。

「波止場の狼」のマダムは、実は“母”という設定が面白い。
組長の博が、幼い頃、生き別れた息子だということが判明したとき。
マダムが泣いて訴えるのは、「かたぎの姿で会いたかった」。
それこそ、『瞼の母』の水熊のおはまのように。

でも、京誉さんのセリフのトーンは、どこまでも“女”。
「なんて姿になってくれたんだい…!やくざなんて、良いもの着て、大勢引き連れてたって、心が汚れてるよ!」
母親らしい包容力とか忍耐とかなく、自分の落胆の気持ちを迸らせる。
「貧乏したっていいじゃないか。牛乳配達だって、どんな仕事だって、かたぎの姿で現れてくれれば…なのに、博の馬鹿!」
泣き崩れるというより、甘くしなだれる姿は、やっぱり“女”。
高い声に、心弱さがにじむのが、またたまらない。

マダムは、確かに息子に愛情を感じているんだけど。
息子から離れていた何十年もの間、身の内側では母性が培われなくって、その分、女性性だけが肥えたような…
ちょっと毒を秘めた女形芝居に、心を浸しきった。

京誉さんは、クールな面差しとは裏腹に。
お兄さんの寿美英二さんと、楽しげにお芝居の中で遊んでいる様子が、とっても好きだな。

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桜春之丞座長 個人舞踊「化粧」(劇団花吹雪)

2014.7.13 夜の部@三吉演芸場

――バカだね バカだね バカだね あたし
愛してほしいと 思ったなんて――


普段華やかな座長さんが、心破れて泣く様は。
憐れさ極まって、客席で同時に涙してしまった。

写真・桜春之丞座長「化粧」より


物語に入りこむ系の舞踊は、大好き。
役者さんの創る世界に引き込まれて、心が冴え冴えとする。

中でも春之丞さんの「化粧」は、去年の1月に見てから忘れられなかった一本だ。
だから三吉演芸場で曲名がアナウンスされたときは、「これすごいよ!」と隣の連れの肩を叩いた。
(敬愛する中島みゆきさんの曲だから、というのもある。劇団花吹雪では中島みゆき、よくかかる気がする。みゆきさんファンがいらっしゃるのかな)

曲が始まると、春之丞さんは客席から登場して、通路をゆっくり通り抜けた。
物語らず、温度を消した表情で、客席を眺めてから、舞台に上がる。

――化粧なんて どうでもいいと思ってきたけれど
せめて 今夜だけでも きれいになりたい――


曲の中で演じられるのは、去られた女。
取り残された女。
墨色の着物に、儚い花が咲いている。

まず、真顔でじっと客席の上のほうの空間を見つめて。
舞台に熱が集まってから、少しずつ、感情を表していく。
悲しげな微笑だったり、不安に慄いたり。

――あたしが出した 手紙の束を返してよ
誰かと 二人で 読むのは やめてよ――


痛いくらいリアルな詞に、段々入り込んでいく。

――流れるな 涙 心でとまれ
流れるな 涙 バスが出るまで――


舞台端まで駆け寄って、去っていく“バス”を追う。
春之丞さんの視線は、客席を通り越して、遠くへ投げかけられる。
丸い大きな目が、黒々と、無心に食い入る。
“バス”の中に、心を吸い取られたみたいに。

でも、やがて見失ってしまって。
糸が切れたように、花道でよろめく。

舞台のやや左手にたたずんで。
淡々としたメロディに合わせて、歌詞をなぞって踊る。
墨色の姿が、歌の中に沈み込んで行く。
口紅の濃い赤だけが、ふいに哀しく浮き上がる。

喪失を胸に畳みこんで。
静かに顔を覆う、ひとり。

――バカだね バカだね バカのくせに――



――愛してもらえるつもりでいたなんて――



バカだね…

零れ出る情が、涙に還る。
しぼった灯りの下、情景はくらぐらと深い。

春之丞さんは、去年も今年も見るたび、眩しいスターみたいな役者さんだ。
顔も雰囲気も、私がこだわっている美声も。
華やかそのもの、春そのもの!みたいな。

でも、こんなに淋しい、とりすがるような失恋歌を表現すると、痛烈に胸に響く。
この方が手に入れられないものなんてあるのか…と思うくらいなのだけど。
さらっとやってらっしゃるけど、すごい芸の力なのだろう。

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新喜楽座お芝居「大江戸出世美談 新門辰五郎」

2014.6.29 昼の部@大島劇場

きれいな心の、きれいなお芝居。
役者の中村菊之丞(松川小祐司座長)は、汚いなりのおこもさんに、嫌な顔一つせず。
おこもさんが自分の贔屓になってくれると言うと、ありがたいと頭を下げる。
「どうか、末永く可愛がってやっておくんなさい」
「いただいたこの五文、どんな小判よりもありがたい…」

菊之丞役が肌に吸いつくような、芯からきれいな役者さんだった。

写真・松川小祐司座長(当日舞踊ショーより)


「大江戸出世美談 新門辰五郎」。
劇団によっては「稲川と新門」ってお外題でやっているところもあるとか。
“役者と贔屓”の関係を描いたお芝居だと知り、ずーっと見たいと思っていた。

役者・中村菊之丞(松川小祐司座長)は、上方から江戸に出てきたばかり。
芝居はうまいのに、知名度がないので贔屓がつかない。
大黒屋(金井保夫さん)にコケにされ、顔に傷までつけられて、屈辱に歯噛みしていたところ。
「あんたの芝居、すごいなぁ。大したもんや」
「わしが、あんたの贔屓になったるわ」
声をかけてきたのは、ボロボロの身なりのおこもさん・六助(松川さなえさん)だった。
菊之丞は、笑顔でお願いしますと頭を下げる。

六助は、実はおこも連盟(面白い設定だ…笑)の副会長だったので。
今度は、おこも連盟の会長(松川翔也副座長)が、菊之丞の家を訪れる。
「六助から、話を聞いてな。中村菊之丞っちゅうのがどんな役者か、確かめに来たんや」
「あんたの人柄が気に入った。わしも、あんたの贔屓したるわ」

菊之丞は喜ぶけど、弟子たちはドン引き。
菊之助(大和歩夢さん)も、菊太郎(松若さやかさん)も、汚い身なりの会長に嫌悪を隠さない。
「わしは、おこも連盟の会長やからな。わしが贔屓になったからには、あんたの芝居の客席に、全国のおこもたちをずらーっと呼んでやるからな!」
こんなことを言われれば、菊之丞師匠の名折れとばかり、弟子二人は真っ青になる。

だけど菊之丞は、ニコニコ笑って。
「へえ、ぜひお願いします」
このキャラクターはきれいすぎて、現実味がない…
――演じていたのが小祐司さんでなければ、そう思ったかもしれない。
小祐司さんの、可愛らしい笑顔で言われると、なんとなく腑に落ちる。
「ほら、菊之助、お客さんの履き物脱がして差し上げんと。弟子がえろう失礼いたしました」
セリフの言い方一つ、仕草の一つが、とても清廉な感じがする。

小祐司さんの演技をよく見ていると、菊之丞は完ぺきな聖者ってわけでもないみたいだ。
「贔屓と役者の盃や。飲まんかい。あちこちの居酒屋からもらってきた残り酒やけど」
と言って、会長に得体のしれない酒を差し出されると、流麗な眉が一瞬寄る。
やっぱり菊之丞だって、戸惑っているのだ。
でも次の瞬間、すぐに「いただきます」と笑顔で飲み干す。

「つまみも必要やな。これがあるわ」
と言って、会長の汚いずた袋から出て来るのは、剥き出しのちくわ(笑)
菊之丞はやっぱり一瞬顔が引きつるけど。
「おおきに。ほな、いただきます」と頬張る。

弟子たちはそんな師匠に呆れて、ついに「お暇をいただきます」と告げる。
「おこもさんに物もろうて、飲み食いするわしが、嫌か…そんなわしには、ついて来れんか」
さすがの菊之丞も、悲痛にうつむく。
それでも。
「なら、出て行け」
大事な弟子を失って、ひとりきり残されようとも。

菊之丞は、最初から、一点の曇りもない善人というわけではなくて。
身を削って、できる限りを尽くして、善人であろうと努めているのか…

この場面の小祐司さんは、並んだ歩夢さん・さやかさんのほうでなく、厳しい目線で虚空を見上げている。
まるで、言葉を自分自身の身の内に刻むみたいな、決めゼリフ。
「あの大向こうから、河内屋、菊之丞、とハンチョウかけてくださるお客様に、金持ちの大臣も、貧乏なおこもさんも、身分の上下はないんやで!」
弟子を失っても、貫くべきは。
心にあるのは。
菊之丞の人となりが、小祐司さんの醸し出す雰囲気と、さわやかに絡み合う。

小祐司さんは、2年前から、他劇団のゲストで何回か見たことがあった。
少し小柄な、ほっそりした体躯と、少女めいた顔立ち。
今年の1月1日から座長になったと聞いたときは、ちょっとびっくりした。
座長というと、みんなを引っ張る強い力が必要そうだけど。
あのちょっとおとなしそうな感じの人が、座長さんに?

この日、大島劇場の千秋楽で。
松川小祐司座長は、やっぱり少女みたいな美貌で、物腰柔らかだった。
だからこそ、きれいな中村菊之丞の役が、すんなりと身の丈にハマっていた。
内側にじっと思いをしまっているような、内省の深さが感じられるからこそ。
現実から浮くくらいに優しい役が、抜群に映えていた。

オマケ。
下の写真は、お芝居後の口上挨拶から。


お芝居の小道具に混ざっていた、テディベアを抱っこしての一枚。
普段口上の写真は撮らないのだけど、これは思わず激写。
こんなにテディベアの似合う成人男性は、なかなかいないと思う…!

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新喜楽座お芝居「信州決風記 小諸の夜嵐」

2014.6.28 夜の部@大島劇場

本当に死んでしまった、弟が。
自分で腹突いて、俺の言うとおりにして死んだ、死んでしまった、俺の弟が。
松川翔也さんの、目は愕然と見開かれ、唇はわなないていて。
表情から、そんな言葉が破裂しそうだ。

兄(翔也さん)が見つめるのは、突っ伏して動かなくなった弟(大和歩夢さん)。
先刻、腹突いて死んだ弟は、あどけない少年の顔をしていた。
そして、切腹を命じた兄も、まだ少年なのだ。
「銀次郎~!」
やくざ一家の親分という立場を忘れ、一人の兄として、声を限りに叫ぶ。

悲惨な場面なんだけど、翔也さんの絶叫が、不思議とみずみずしい。
…若さだなぁ!

写真・松川翔也副座長(当日個人舞踊「一千一秒」より)


私の友達で、新喜楽座がお気に入りという人が多いので、前から気になっていた。
すごいイケメン兄弟だとか、そのお母さんが素晴らしい女優さんだとか、花形のお芝居が好きという友達も。

「信州決風記 小諸の夜嵐」の幕が開いてすぐ、気づいて驚いた。
――これ、外題が違うだけで、劇団KAZUMAでいうところの「生首仁義」だ!
(私が大衆演劇にここまでハマったきっかけの芝居。かつて熱く語った記事はこちら)

血桜一家の三代目・銀次郎(大和歩夢さん)は、やくざなのに争いが嫌いで、気が小さい。
「何かあると、すぐに斬った張ったって…乱暴なことばっかりだ。だから、おいら、やくざは大嫌いなんだ」

血桜一家と敵対する横車大八親分(金井保夫さん)と、娘のおりゅう(松若さやかさん)は、三代目を陥れる。
三代目は、策略にまんまと引っ掛かり、おりゅうを無理やり茶屋に連れ込もうとした罪をでっち上げられてしまう。
「よくも、うちの大事な娘に手を出しやがったな」
「今日の七つまでに、血桜一家の縄張りよこすか、三代目の首を差し出すか、決めてこい」

兄の二代目(松川翔也副座長)は、弟の不始末に激昂する。
「銀次郎!お前、なんてぇ馬鹿な真似をしたんだ…先代から受け継いだ、この血桜一家の縄張りを!」
あろうことか、父親からの土地を守るため、実の弟に切腹しろと言う。
恐怖に泣く弟の手に、半ば無理やり刀を取らせる。

無慈悲にも見える二代目の行動。
父親への義理のため?
親分としての責任のため?

「銀次郎、お前みたいな甘ったれに育っちまったのも、無理もねえ」
――いや、二代目のセリフをじっくり聞いていると。
「親父は俺を厳しく育てても、お前は小さい頃から、ただただ可愛がられた…」
もっと単純な、父に溺愛された弟への嫉妬が混じる。

「赤ん坊のお前なら、親父にまたがって、その頭叩き割ろうとも、親父に許されただろう―!」
振り絞るような口調と、きりきり歪む翔也さんの横顔。
気弱な弟ばかりだけでなく、一見毅然とした親分の兄も、心にはまだ子ども時代が住んでいる。
演ずる翔也さんが、本当に若いのもあって(まだ20歳!)。
互いへの嫉妬や比較でごちゃごちゃ苦しむ、リアルな兄弟像が描き出される。

でも、小さい頃から一緒だった弟への愛情だって、当然あるのだ。
切腹の痛苦に呻く弟の声に、兄は背を向け、必死に両耳を塞ぐ。
そして遂に、背後で弟が絶命してしまったとき。
振り返った翔也さんの表情で、私は一気に涙が出た。

自分が死を命じたのに。
震える手に、自分が刀を握らせたのに。
いざ本当に弟が事切れてしまうと、肉親の死の重みを受け止めきれずに。
途方にくれた目で、わずかに首を振りながら立ち尽くす。

これまで、「生首仁義」の二代目といえば、成熟の中に悲哀が滲む、藤美一馬座長の演技しか知らなかったから。
翔也さんの、みずみずしい等身大の二代目は、とても新鮮だった。

それにしても翔也さん、感情が高ぶる箇所では「銀次郎~!」って声の限りに叫びまくっていた。
もうちょっと、抑え目な箇所もあってもいいんじゃ…?
ていうか、喉が心配!とハラハラ思っていたら、口上のときも、しばらくまともに喋れないほどだった。
そんな演技も、若さならではかな?

この物語に強いこだわりを持つ者としては、金井さん演じる横車大八のセリフで、こんなのを聞けたのも収穫。
「生首引っさげて、生首仁義と洒落こむつもりかい」
新喜楽座バージョンでは、「生首仁義」って言葉が入ってるんだ…!
この芝居のルーツが気になって仕方ない。

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柚姫将さん個人舞踊「旅路」(劇団KAZUMA)

2014.6.21 夜の部@八尾グランドホテル

帰っていく。
巻き戻していく。
夜霧に霞む“おもいで旅路”を、心だけさかのぼっていく。

――あゝおもいで旅路の途中下車のひとコマ――

将さんの姿からは、やっぱり胸を突く郷愁が立ち昇る、と私は思う。
かざす腕は、物寂しさを引き寄せるようだ。

写真・柚姫将さん(「旅路」より)


藍色の着物もノスタルジック。
じんと痺れる、杉良太郎の低音。
視覚的にも聴覚的にも、溢れる郷愁が将さんの風情と心地良く重なっていて、私はホー…ッと息をついてしまった。

――誰が呼ぶのか誘うのか
時雨ふるわせ鳴る汽笛
二度と帰らぬ人を乗せ
夜汽車は走る――


歌詞は、追憶を汽車になぞらえる。
男の人生に立ち寄った、女の思い出を振り返る歌だ。

――このまゝじゃお互いに傷つけあうだけ
駄目になる
まだ今なら憎まず 好きで別れられると
オレに泣いたおまえ――


眉を寄せて遠くを見やり、動きを緩めてたたずむ。
と思えば、苦い思い出を振り切るように、拳を打ち合わせる。
その臨場感にフッと引き込まれて、男の“汽車”に、片足乗りこんでいる気分になる。

――通りすがりの縁日で
買った小ちゃな髪飾り
どこのどなたの土産やら
暮れゆく秋よ――


八尾グラの高い天井に、黄昏の空が広がるのを見た。

なんでこんなに、ストーリーが明確に感じ取れるのだろう。
ご本人の細やかな工夫はもちろんだけど(本当に芸が細かくて毎回びっくりする)。

元々持っている姿形とか雰囲気にも、依るところが大きいと思うのだ。
高身長ではないけど小柄でもない、中背の姿はどこか線が柔らかく、語りかけるものがある。
哀切のある目元が、静かに歌いだす。
将さんの舞踊には、自然と一本の糸が引かれて、埋め込まれた物語を、絶えず掘り起こす。

――なぜ話してくれない一人泣いたその訳
オレが惚れたおまえ――


見ながら、思いだした。
最近、将さんファンの方が、このブログにとても素敵な公開コメントを残してくれた(ありがとうございます!)。

“将ちゃんのお芝居は私自身もそこに連れて行ってくれますよね(^_−)−☆”

自分自身もそこに連れて行ってくれる…それだぁ!と思った。
頭からその世界に入ってしまうような、幕が閉まるのがもったいないような、私が言いあぐねていた感覚を、ぴたりと当てていただいた。

私の浅見だけども。
私が見始めた2年前よりも、将さんの紡ぐ舞台には、ストーリー性がさらに前面に現れてきて。
落とされる熱は、さらに心の深いところを走っていくようになった。
歳月とともに、変わっていく。
日々、進んでいく。



この役者さんの、「1年後」が見たい。
「5年後」が見たい。
「10年後」が見たい。

その変化の過程を、芸に織り込まれる人生の諸々を、同じ時代のファンとして、ともに楽しみたい…
舞踊ショーの余韻を抱えて、大阪から東京への夜行バスの中で、私はそんなことを考えていました。

あと、追っている中で自分自身もぼちぼち精進しよう(笑)
人間的にも、文章的にも。

八尾グランドの客席でも、感謝すべき素敵な出会いがありました。
遠征を賑やかにしてくれた、親子のファンの方。
役者トークに花が咲いた、休憩時間の楽しかったこと!

次、KAZUMAの客席にいられるのはいつになるだろう…と思っていたところ。
やって来た、夏休みの旅行の誘い。
「今考えてる行き先はね、和歌山なんだけど」
……縁は異なもの。
というわけで8月にはぶらくり劇場編をお送りしていると思います。

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