劇団KAZUMAお芝居「箱根八里の半次郎」

2014.6.21 昼の部@八尾グランドホテル

このお二人が、喜劇の中にいるだけで。
笑いがじわじわこみあげる。
何でもない場面でも、やたらとおかしくなってしまう。
劇団KAZUMAの頭・冴刃竜也さんと、藤美真の助さんのことだ。

写真・冴刃竜也さん(当日舞踊ショーより)

↑舞踊のときはクールビューティーでいらっしゃるのにな。

写真・藤美真の助さん(当日個人舞踊「乾杯」より)

真の助さんが個人で懐メロを踊ると、さっぱりした風情を感じさせて好きだ。
八尾では「乾杯」「いとしのエリー」「愚か者」と、立て続けに見られてラッキーだった。

タイトルロール“箱根八里の半次郎”を演じるのは柚姫将さん。
半次郎はやくざ一家の若衆として、親分(藤美真の助さん)のため、凶状の旅に出ていた。
3年ぶりに戻ってきた半次郎は、
「まずは、ずっと待たせていた女房に会いとうござんす」
と晴れやかに言った…が。

親分はなんだか決まり悪そうに、「うーむ、その、そのな…」とモゴモゴ。
竜也さんと、響こうたさんの若衆が、後ろから親分をせっつく。
「早く言ったほうがいいですよ!」
「どうせ言わなきゃならないんだから!」
急かされて、親分は恐る恐ると言った感じで語り出す。
半次郎の女房が、一家に泊まった晩のこと。

「お前の嫁さん、寝返りがすごくてな。俺が寝ているほうへコロン、もう一つコロン、と転がって来たんだ」
「ああ、もう一回寝返り打ったら俺の隣に来ちまう、と思ってたら。コロン…と」
「そしてお前の嫁さんの手が、その、あらぬところへ…」

やけに生々しく実況中継をする真の助さんの表情が、泣きそうに眉が下がっているのがおかしい。
半次郎の怒りを恐れて、懸命に言葉を選ぶ親分は、悪役だけど可愛げがある。
「つまりな、お前の女房は、今は俺の女房ってことになってるんだ」
まぁ、言葉を選んだところで、やったことがやったことなので、怒りを免れるはずないんだけど(笑)

余談。
真の助さんの親分の役、前回私が篠原演芸場で見たときは、華原涼さんがやっていた。
涼さんの演技は、サラッとしたジゴロ風。
「お前の女房はもう俺の女房なんだ、すまんな」みたいに淡々と言われると、うーん、涼さんだったら仕方ないかな…って思っちゃうような。

さて真相が発覚して、将さんと真の助さんの言い合いが始まる。
「親分、女房を返しておくんなさい!」
「いや、でももう世間では俺の女房ってことになってるし、今さらお前に返したら俺の男はどうなるんだ」
ここで、真の助さんの後ろに控える竜也さんに、ふと目をやると。
それはもう、実に楽しそうに真の助さんを見ていた。
真実、素で笑っている様子に、思わず噴き出してしまった。

私の竜也さんの印象といえば、笑いを隠し含んでいそうな口元。
飄々と自分のペースで、その場の空気を楽しんでいるように見える。
わけもなく楽しそうな竜也さんを客席から見ていると、わけもなく笑いの虫が、心にふわんと沸き上がる。

喜劇でのその姿は、起爆剤になる。
後半、一馬座長が、真の助さんの私生活談義(ちょっと切ないフラレ経験のお話)を投げたとき。
「やめろ!本当のことを言うなー!」
同じ舞台を見ていた方なら、この竜也さんのセリフひとつで思い出し笑いしていただけるはず!
竜也さんと真の助さん、お二人の絡みは、他のお芝居でも好きだ(例・「次郎長と旅役者」)
履き物で、すぱーんと勢いよく額を叩いたり、とにかく遠慮がないところが。

ところで「箱根八里の半次郎」って、氷川きよしの同名のヒット曲があるよね…?と思っていたら、氷川きよしが当たり始めた頃に、曲を元にして作ったお芝居であるとのこと。
(氷川きよしの底抜けに明るい笑顔は、もはや一種の力学だと思う。彼が歌番組に出ていると、絶対チャンネル変えられなくなる)
劇中にそのヒット曲もかかり、舞台景色はからりと明るい。

昼の部終演後、温泉に浸かっていたら、地元のお客さんとおぼしき二人連れが、今月は初めて来た、来月の劇団どうする?などと話していた。
「今日の昼の芝居は良かったなぁ!楽しかった!あれ、良いわ!」
そのうちお一人の感想に、私は湯の中でにんまり。

普段なら、遠征最終日はお昼の部まで見て、新幹線。
でも、夜の部に私のツボにハマる逸品と出会えるかも…と考えると、お昼で帰るのはもったいなくて。
そうだ。
夜行バスという手があるじゃないか!

夜の部まで残って、本当に良かった。
次の記事で将さんの舞踊の“逸品”の話をして、劇団KAZUMA@八尾グランド編を終わります。

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柚姫将さん個人舞踊「夢一夜」(劇団KAZUMA)

2014.6.20 昼の部@八尾グランドホテル

小さな部屋の中を、覗き見るようだ。

――素肌に片袖 通しただけで
   色とりどりに 脱ぎ散らかした
   床にひろがる 絹の海――


箪笥の前、散らばった帯が見えるよう。
畳に積み重なっていく、抜け殻の着物の形がわかるよう。
舞台に紡ぎ出された、ほの暗い部屋に漂う、夢一夜。

写真・柚姫将さん個人舞踊「夢一夜」より


最近の将さんの舞踊には、ますます、お話を魅せる力がはたらいているように見えて。
客席で、私のワクワク感は大変募っている。

中でも、この女形舞踊の引力はすごかった。
物寂しいイントロに聴き入って、南こうせつの歌声を味わっているうちに。
気づいたら“身支度する女性”の情景が眼前に広がっていた。

――着てゆく服が まだ決まらない
   いらだたしさに 唇かんで
   私ほんのり 涙ぐむ――


将さんの目が、どこか悔しそうに床を眺める。
その視線の先に、脱ぎ捨てられた着物の輪郭が浮かび上がる。
布の隙間に忍ぶ、持ち主のためらいまで。

――貴方に逢う日の ときめきは
   あこがれよりも 苦しみめいて――


歌詞を聞くと、女性がせわしなく支度しているのは、これから部屋を出て、逢引きするためらしい。

曲が二番に入って、将さんは花道を歩いてきた。
少し客席の中に進み出てから、ぺったりとしゃがみこむ。
この次の瞬間の仕草が、一滴の墨のように私の心に落ちた。

――最後の仕上げに 手鏡見れば
   明かりの下で 笑ったはずが
   影を集める 泣きぼくろ――


もうほとんど支度できたけど、ほんの少し、最後の色直し。
整えたはずの髪に手をやって、右、左、と軽く首を曲げ、わずかに髪に触れて。
手鏡をひっそり覗きこむ振りの後、目を伏せる。

鳥肌……!
この場面の美しさ。
加えて、現れる心の苦しさが、見る側の胸に絡みつく。

将さんが花道から立ち上がり、舞台へゆっくり戻っていく。
舞踊の最初のほうでは、舞台の上に女の人の部屋を見ていたのに。
今や、自分の座っている客席含めて、白粉の匂いのこもる、部屋の中に閉じ込められたような感覚があった。

――貴方に逢う日の ときめきは
   喜びよりも せつなさばかり――


曇った未来を想像しながら、着物を選んで。

――ああ 夢一夜
   一夜限りと言いきかせては 紅をひく――


身を破る結末をうっすらと見ながら、化粧を施す。

曲の始めから終わりまで。
将さんが紡いでくれる世界観は、女性の着物の散らばる部屋の中で完結するのだけど。
その世界のさらに向こう、部屋の外側から、予感された悲恋が打ち響いてくる。

でも、悲苦が行き過ぎることがないのは、たまの微笑のためだろうか。

↑眼差しがとても印象的な瞬間だったのに、ライトの線さえ入らなければ…!
もっとカメラの腕を磨こうと思いました。

Youtubeにも「夢一夜」があったので、この舞踊を見てからずっと、ブログ書いてるときのBGMになっています。
2000回以上再生されてるうち、すでに50回くらいは私が貢献しているはず。

曲を聴いているうち、八尾グラの光景が蘇る。
将さんが、舞台に膝をついて、大きな目で遠くを見やる。
その姿に霞む、迷いと、儚い望み。

――ああ 夢一夜
  一夜限りで醒めてく夢に 身をまかす――


夢抱く、夢散る、夢一夜。

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劇団KAZUMAお芝居「三羽鴉」

2014.6.20 昼の部@八尾グランドホテル

出張万歳!
大阪での仕事が終われば、トランク引きずり大和路線に乗り込んで。
JR八尾駅からは無料送迎バス。
着きました、八尾グランドホテル!

今回の遠征では、お昼しかお芝居がない関係で、お芝居は2本しか見られなかった…
けど、2本ともに私の目を覚まさせてくれる“気づき”があったし、柚姫将さんの舞踊でも心に残る名品に出会えました。

順を追って、まず6/20(金)のお芝居「三羽鴉」。
一番印象に焼き付いたのは、藤美一馬座長の姿。

写真・藤美一馬座長(当日個人舞踊「アメリカ橋」より)


座長さんが演じるのは、やくざの相川の竜。
冒頭の場面で、竜は弟分の徳太郎(柚姫将さん)と一緒に、島流しから帰ってくる。
竜が告げる。
「徳、お前はここで、やくざから足を洗ってかたぎになれ」
思わず目を見張ってしまったのは、その姿の美しさだ。
一つ頭の抜けた高身長が、舞台の空気を絞るようで。
萌黄色の着物も涼しげに、しんと静かな肌を閉じ込めている。
百戦錬磨の渡世人という竜の役柄通り、しゅっとした細面には、凄みがあって。

いや、座長さんの背が高いのも、細面も、今に始まったことじゃないんだけど…
この2年、見てきたはずだったんだけど…
何かこう、迫力が増した気がする。
迫力と言っても、ドンと前面に迫るようなものでなく。
ほっそりしたスタイルの最奥から、じわじわ細く吹き出る。
「かたぎに戻るなら、先立つものも要るだろう、これは俺からの餞別だ」
袂から財布を取り出してひょいと手渡す、ごく普通の所作に、目が行く。

でも、将さんの「この金、もらっていいのかい」ってセリフに、
「いいとも~」とか答えちゃうと途端に緊張感が抜けて(笑)
「いいともは終わったが、いいとも」
凄みのある表情のまま言うんだもの。
座長さんが男前のまましれっと放つボケは、思い出してもおかしい。

“当然ながら役者は、二十、四十、六十で、物の考え方、生き方がかわり、芝居の演じ方までかわってくる”
「晴れ姿!旅役者街道」に載っていた紀伊国屋章太郎さんの言葉だ。

一馬座長は、今46歳。
増しましていくものが、芝居の姿にも現れるようになるんだろうか。
「一つ、ここに忘れものをしましてね。親分の肩と肩の間にずんぐり盛りあがった、その首ですよ」
淡々と呟く、竜の背中を見ながら考えた。

それから、将さん演じる徳太郎。
この徳太郎がやくざからかたぎに戻るというエピソードゆえに、個人的にはこの芝居を「ヤンキー母校に帰る」って呼んでたり…(笑)
やくざ⇔かたぎの転換が実に鮮やかなのだ。

写真・柚姫将さん(当日個人舞踊「さくらびと」より)


かたぎに戻った徳太郎が、父(龍美佑馬さん)に向ける声は明るく優しい。
「おとっつぁん、良かったな、おきみちゃんが飯作ってくれるってよ!」
でも渡世人の白梅の長太(冴刃竜也さん)が訪ねてくると、途端にトーンを落として。
「暫く、暫く!その話、待っておくんなせぇ」
白梅の長太と対峙する、眼光も鋭く。
普通の世界に戻ってきても、隠し切れない凄惨な匂い。

まるで教師になった元ヤンを彷彿させるじゃないですか!
徳太郎は、蝮一家の親分(藤美真の助さん)への借金を工面して、
「ここに五両あります、さ、受け取っておくんなさい」
と丁寧に差し出すも。
親分に「利がついてんだ、五十両にして返せ」と突き返されれば、途端に、
「ああそうかいそうかい、ふざけるなってんだこの馬鹿野郎!」←この言葉の荒さが元ヤン。
(去年篠原演芸場で「三羽鴉」を見たときも、私的には徳太郎のギャップが見どころだった)

同じ昼の部の舞踊ショーで、将さんの個人舞踊に痺れたので、次はその話をします。

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劇団荒城お芝居「母恋し田原坂」

2014.6.15 昼の部@浅草木馬館

「薩摩軍の死者は、6800人にも及んだ」
「だが、政府軍にも6400人の死者を出した」
最後の場面、荒城真吾座長の語りには驚いた。

「両軍ともに多くの若者が死んでいった。だが、戦争は何も残さなかった」
引かれた幕を背に、木馬館の観客に向かって朗々と訴えかける。
ごまかしのない、包まない、殻を剥かれた思想――反戦!

写真・荒城真吾座長(当日舞踊ショーより)


前日の「上州土産百両首」があんまり素晴らしかったので、この機を逃すまいと連日で駆け込んだ木馬館。
この日の「母恋し田原坂」も負けず劣らずの名舞台だったので、私は荒城さんに本当に心を掴まれたのです。

時代は西南戦争。
三兄弟の正吾(荒城勘太郎若座長)・健二(荒城蘭太郎さん)・竜太(荒城月太郎さん)は、死を覚悟して、薩摩軍に参戦する。
(役名の漢字は当て字です)

長男として常に冷静であろうとするも、ふいに弟思いが覗く勘太郎さんの正吾。
生き別れた母を恋い、壮絶な最期を迎える蘭太郎さんの健二。
性根が優しく、あどけなさが悲劇に際立つ、月太郎さんの竜太。
それぞれに私が心打たれたのは、三人ともの演技が、とにかく真剣そのものだったからだ。

たとえば健二が、政府軍司令官の息子・修一(蒼城莉也さん)に、「薩摩は人にして人にあらず」と侮辱される場面。
「薩摩は人ではないと、そう申すのか!我らとて、目があり鼻があり口がある、笑いもする、斬られれば熱い血潮が吹き出る――涙も流す…!同じ人間ではないか!」
蘭太郎さんは、涙を流して、声を絞り出して、全身を木馬館の板の上に叩きつける。

各人の巧みさもさることながら、その気迫に押される。
1時間半以上あってけっこう長いお芝居なのに、数秒も緩むことがない。

それが結晶するのが、最後の真吾さんの場面。
真吾さんは、月太郎さん演じる末弟・竜太が生き残り、年を重ねた姿だ。
「本当は僕も早く兄さんたちの所に行きたいけど、まだ行くことはできない。生き残った者として、やるべきことが残っているから」
最後も薩摩軍の悲惨さを裏づけて、悲劇の幕を閉じるのだろう…。

という私の安易な予想は、次の一言で打ち破られた。

「西南戦争は、日本最後の内戦だった。薩摩軍の死者は6800人。けれど、政府軍にも6400人もの死者を出した」
敵軍だった政府軍の死者にも言及して、さらに深く踏み込んだ。

「大勢の死者を出して、戦争は何一つ残さない。戦争からは何も生まれない。国は違えども、人種は違えども、この世界のどこかで!今も戦争は続いている」

ともすれば、場が固くなってしまいそうなセリフだと思うのだけど。
胸にびりびり響いたのは、真吾さんの姿が、ひたすら真摯だったから。
まっすぐな目、祈るように合わせられた両手、声、言葉と言葉の間まで。
客席の視線を引き集めて、その一つ一つに応えるように、志をセリフに乗せて放つ。

心底から、真剣な人がひとり。
その訴える力ほど強いものはない、と私は思う。
「戦争の虚しさを伝えていくことが、生き残った者の役割だ…」
今、この役者さんは、観客に対して本気でおっしゃってる…!

もう何年も荒城ファンだという女性と、休憩時間に話した。
女性は、若手さんがみんな芝居上手、莉也さんも独特の魅力で面白い、などと説明してくれた後で。
真面目な顔つきで言った。
「真吾さんはね、尊敬できるの」
「若手さんがみんな真剣なのは、まず座長が真剣だからよ」

真吾さんがまっすぐに客席を見据える様子は、切れ味の鋭い剣みたいだ。
遅ればせながら、この奥深そうな座長さんを見始めたばかり。

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劇団荒城お芝居「上州土産百両首」―2・荒城照師さんの正太郎―

2014.6.7 夜の部@浅草木馬館

その日、幼い兄はどこからか、金を抱えて戻って来た。
「兄ちゃん、このお金どうしたんって聞いても、この金は大丈夫だから、これで医者に行こうって」
弟・牙次郎(荒城勘太郎若座長)の昔語りを通して。
舞台にいない兄・正太郎(荒城照師後見)の哀切が、心の裏側から斬り込んで来る。

写真・荒城照師後見(当日個人舞踊「酒の河」より)


前の記事では、勘太郎さんの牙次郎の純朴さを語ったけど。
対照的に、兄の正太郎は、世間ずれしているようだ。
照師さんは、舞台に登場するなり、荒んだ目で辺りを見回して。
息をするように自然に、人にぶつかって財布を掠め取る。

“一年でスリを辞めて堅気になる”という牙次郎との約束も、果たせなかった。
「牙次…悪い。本当は、俺はまだ…スリやってんだ」
決まり悪そうに伏せる顔には、人生に対する諦念が、くたりと引っかかっている。

そして正太郎の命運は、やっぱり諦念に絡め取られるのだ。
今度こそ牙次郎との約束を果たすため、上州の旅籠で真面目に働き、評判の板前になっていたにも関わらず。
かつての兄貴分(姫川豊さん)が、ゆすりをかけてくる。
「まとまった金が要るんだよ。百両、用意しろってんだ」
短刀を奪いあいながらの、揉み合いの末。
「牙次―!」
と絶叫して、正太郎の手は、兄貴分の腹に短刀を突き立てる。

刺した瞬間、豊さんを押さえたままの、照師さんの横顔!
凍りついたまなざしが、どこでもない虚空に、むなしく流れていく。
何もかもを手放さざるを得なくなるときの人間は、こんな顔をしているのか。
弟との約束も、決まっていた旅籠の娘との結婚も。
未来は全部、この一突きで、おしまい。

私が一番正太郎というキャラクターの心情を感じたのは、牙次郎が十手持ちの親方に、兄との生い立ちを語る場面。
舞台には、牙次郎と親方二人しかいないのだけど。
「兄ちゃんと二人だけで、橋の下に住んでました…」
貧困の中、弟を懸命に守ってきた幼い正太郎の姿が、重なって見えて来る。

「わし、体を壊してしまって。高熱が出て。医者にかかるにも、金がないんです」
牙次郎がこう言ったとき、次の展開が想像されて、ヒヤッとした。

「そしたら、兄ちゃんが出かけていって、どこからかお金を持って来たんです」
「そのお金で医者に診てもらって、わしは元気になりました」

他になかった。
道はなかった。

牙次郎が兄のお金の出所に気づいたときには、正太郎は既にスリの名人になっていた。
「兄ちゃん、通る人に次から次にぶつかっていくんです。ものすごい速さや。通り歩くだけで、財布がごっそり」
冒頭の場面で、財布を掠め取る正太郎の慣れた手つきが、甦る。

終盤、正太郎が捕まったとき、牙次郎は泣き喚いて親方に言う。
「兄ちゃん、むやみやたらに人殺すような男と違いますよ。自分のために、自分のために、何度も危ない橋渡って、兄ちゃんは」
傍らで、縄打たれた正太郎が俯いている。

“俺はまだ…スリやってんだ”
正太郎の諦念が、どんな過去に根ざしていたか。
暗いほうに手を伸ばさざるを得なかった人生が、どんなに選ぶ余地のないものだったか。
経緯を聞いた後では、正太郎の場面一つ一つが意味を大きく含み直して、縄に括られた照師さんの細い姿に打ち響く。

牙次郎・正太郎、それぞれの愛情の深さ。
兄弟の根っこにある幼少期の暮らしが、巧みに現在と交差する構成。
待ち望んだ「上州土産百両首」は、いつまでも記憶の奥深いところで脈打つ、とっておきの情景になった。

しかし、劇団荒城さんは関東にいてくれるのに、これまで2年も見逃していた、私のバカ…!

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劇団荒城お芝居「上州土産百両首」―1・荒城勘太郎さんの牙次郎―

2014.6.7 夜の部@浅草木馬館

毎日、じめじめした天気が続きますが。
お萩は6/7(土)よりこっち、すこぶる元気です。
見たくてたまらないお外題だったのに、どの劇団さんでも当たらなかった「上州土産百両首」を、ようやく見られた感動。
そして劇団荒城さんという、新たなお芝居の扉に出会った歓び。

「あらちょっと、荒城初めてなの?ここはすごいわよ。芝居もショーも、ずば抜けて本格的だから」
木馬館で、以前からお世話になっていたご婦人と久方ぶりに再会して、言われた。
そう、私は、関東の大衆演劇ファンとしては大変恥ずかしいことに、名高い荒城さんを見るのは、実質初めて…

「上州土産百両首」は、牙次郎(荒城勘太郎若座長)と、正太郎(荒城照師後見)の兄弟の物語。
とにかく、第一に叫びたいことは、勘太郎さんの牙次郎が素晴らしかった。
「兄ちゃん、兄ちゃん」と口癖のように兄を呼ぶ声の、人懐っこさ。
その一方で、貧困を生き抜いてきた、生々しい逞しさを感じさせる。

写真・荒城勘太郎若座長(当日舞踊ショーより)


序幕は、兄弟の一年ぶりの再会。
腹ペコの牙次郎が、風呂敷包み一つ抱えて、大阪から江戸へやってくる。
スリから堅気になったはずの兄・正太郎と、一緒に暮らすためだ。

だが、待ちに待った再会は、思いがけない形に終わる。
「なぁ、牙次、もう一年だけ待ってくれ。俺は、この一年で結局スリをやめられなかった。お前との約束を果たせなかった。もう一年頑張って、今度こそ立派な堅気になってみせるから」
正太郎の言葉に、牙次郎は泣きべそをかく。
「兄ちゃん、そんなん、ひどいわ、わがまますぎるわ…また、わし一人ぼっちになってしまうやん」
だが結局折れて、
「兄ちゃん、ホントにもう一年だけやぞ。もうそれ以上、一日たりとも待てんからな」
背を向けたままの兄に、涙声で呼びかける。
「なぁ、頑張って板前になってや、体に気をつけてな、…さよなら兄ちゃん」

勘太郎さんの牙次郎には、土の香りがある。
えんじ色の着物に、汗とほこりに薄汚れた顔。
しゃくりあげるのをこらえて、全身で兄を恋しがる純粋に、胸を衝かれる。

一年後、兄弟の約束の夜。
牙次郎は十手持ちの下働きとなっていた。
その晩は、山中で捕り物があった。
「上州で人を殺めた“向こう傷の正太郎”ってのが、この峠を通るって情報があるんだ。牙次、お前どうして着いて来たんだ?危ないから、早く帰ったほうがいい」
怪訝そうな親方に、牙次郎はかたくなに言い張る。
「わし、兄ちゃん、待ってるんです。この山の中腹で会う約束なんです」

牙次郎は、親方に自分と兄の生い立ちを語り始める。
「わしと兄ちゃんは、小さい頃に二親を亡くして。兄ちゃんがわしを、親代わりになって育ててくれたんです」
「橋の下で。ずっと二人で橋の下に住んでました」
「居酒屋とか小料理屋とかの残り物をもらって食べたり、それもないときは、食べ残しのゴミを食べたりしてました」
勘太郎さんの語り方は、全く大仰でなく、泣かせようと意気込む感じもなく、ただ訥々としている。

でも、言葉の切れ目に、たしかに兄弟二人が身を寄せ合ってきた光景が浮かんでくる。
寒さ、ひもじさ、寄る辺なさ。
小さな手に握りこめた、唯一の互いの温もり。

正太郎は、役人に追われながら、それでも弟との約束のため、峠にやって来た。
罪人の“向こう傷の正太郎”というのは兄のことだと気づき、愕然とする牙次郎。
役人たちに縄打たれた兄を見て、親方に懇願する。
「縄ほどいたってください、ほどいたってください、お願いします」
「このまま、縄にかけられたまま番所に行ったら、兄ちゃん、死罪になってしまう、それだけは、どうかそれだけは」
まるで、幼子が親にしがみつくようだ。

兄ちゃん、死罪になってしまう――
唯一の肉親を、もぎ取られる痛みにわななく。
木馬館の板の上、体を丸めて号泣する勘太郎さん。
その姿から溢れる感情に打たれて、私もぽろぽろと涙していた。

小柄な体躯に、人恋しさがいっぱい詰まっている牙次郎。
このキャラクターを、心にいつまでも住まわせておけるだけで幸福だ。

一方、照師さん演じる正太郎も、思い返すたびに深みが増す。
牙次郎によって“語られる”ことを通して、正太郎の悲哀がふつふつ沸き上がって来るのだ。
というわけで正太郎の話をするために、次に続きます。

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沢村菊乃助さん個人舞踊「番凩」(劇団荒城ゲスト)

2014.6.7 夜の部@浅草木馬館

衝撃体験。
音に合わせて踊るのではなく、音が、体から出ている!

写真・沢村菊乃助さん個人舞踊「番凩」より


6/14(土)夜の部まで木馬館に出演されるそうです。
ということを、どうしても早くお知らせしたくて。
沢村菊乃助さんは、普段は九州で公演されてて、大阪はまま行くことがあっても、関東にいらっしゃることはまずないらしい。
東京在住の大衆演劇ファンとして、この方の舞踊を目にする機会がほとんどないということに、悔しい思いさえするのです。

6/7(土)-6/8(日)で、菊乃助さんの個人舞踊を3本見た。
いずれも呆然としてしまったけど、やっぱり初見の「番凩」の衝撃度は高かった。

―かわいた木枯らし そよそよと
かわいた木の葉は ひらひらと―


菊乃助さんが紡ぎ出した動きは、まるで楽器が鳴るようだった。
音の一粒一粒に、体が吸いつく。
動作の緩急が、くるくる入れ変わる。
曲がサビに差し掛かってハイテンポになってきても、腕の一振り、脚の一筋で、音楽を軽々とコントロールする。

―焼けた故郷に 別れを告げて
木の葉の手に引かれ 走り去る―


両手を宙に持ち上げ、カク、カクと指を床に向けて、足は片足。
バランスが危ういはずのポーズをとっても、身体は芯を通したように屹立している。

愉しげに、舞台の左側へ踊り出れば、舞台に漂う澱みも引き連れられて、しなる背中あたりに薄く乗る。
今度は舞台右側へ、音を操りながら跳んでいく。
木馬館の空気が、一緒に右へとうごめく。

骨の髄まで、自在に見える。
人間の体って、あんな風に動くんだ。

―生きとし生ける
この世の者への追い風とならん―


照明を落とした舞台に、頭に被った薄紫色が映えていた。
その姿から流れ出て来るものが、水を打つように清い。



私のブログを読んでくださる方の中で、関東在住の方もいらっしゃると思います。
もし、6/14(土)までに木馬館に足を運ぶお時間のある方がいらっしゃれば、強くお勧めいたします。
私自身はもう行けるチャンスがないのだけど、関東の大衆演劇ファンが、一人でも多く菊乃助さんを見ることには、大きな意義があるような気がする。

舞い始めて、咲く花はしゃんと清水。
舞い終わって、残す色はからりと爽風。

九州・熊本の地から、とてつもない役者さんが、この東京に来てくださっていますよ!

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劇団悠お芝居「弁天小僧」

2014.6.1 昼の部@三吉演芸場

振袖姿で、ヤンキー座り。
松井悠座長の丸みを帯びた目が、客席を覗きこむ。
可愛らしい顔をコテンと曲げて、かったるそうに首をポリポリ掻く。
弁天小僧のちょっとした仕草から、仇っぽい色気が飛んで来てどっきりした。

写真・松井悠座長(当日個人舞踊「千本桜」より)


劇団悠は、必ずもう一度見たいと、去年のお正月から思っていた。
たった一度きり見ただけだけど、全員ののびやかな演技と親しみやすい空気が印象に残っていたからだ。

ブログとツイッターを通して知り合った方が、たまたま遠方から東京にいらっしゃるというので。
お会いするのを機に、うちからやや遠い三吉演芸場へGO。

開演前、座員さん一人一人、そして座長さんまで、「いらっしゃいー!」「お久しぶりです!」と客席にご挨拶に来たのに驚いた。
みなさん、客席を一列一列見ながら、笑顔で。
そういえば去年観た時も、こんな風に挨拶されていた記憶がある。
感服して、隣席に「丁寧ですねえ…」と何度も言ってしまった。

お芝居「弁天小僧」では、松井悠座長の弁天小僧菊之助が痛快に活躍する。
藪蛇一家に乗り込んで、新五郎親分(竹内春樹さん)をやりこめ、女郎屋に売られそうになっていた娘二人(高野花子さん・なおとさん)を救い出す。

私の心に焼きついたのは、本当になんでもない場面。
「親分、今、えれえべっぴんがやってきましたぜ!」
玄関口に現われた菊之助に、藪蛇一家の若衆たち(嵐山錦之助さん・吉田将基さん・田中勇馬さん)がワイワイ騒ぐ。
戸一枚、隔てられたところで。
菊之助は実につまらなそうに、足を開いてしゃがみこんでいる。
戸の向こう側で、べっぴんだと色めき立つ若衆たちを、小馬鹿にするように首をポーリポリ。

赤い袖が床に振りかかって、色っぽぉい…と私は見惚れた。
悠座長の拗ねたみたいな口元が、艶めいている。
華やぐ姿を支えるのは、丈夫の骨ばった足。
甘やかな女の子の容れ物にくるまれた、男が零れて来る。

「お待たせいたしやした、どうぞお入りくだせえ」
戸が開けば、足をシュスと閉じて、また女。
「失礼いたしますぅ…」
声も可愛く、しとやかにお嬢さん。

弁天小僧、好きっていう人が多いの、わかるなぁ。
島田を結った“女”の中から、花びらが目覚ましく開くように、“男”の肌が飛び出してくる。
「心配いらねぇ、万事は俺に任せておけい!」
お嬢さんの振袖から、突如として男性の生の手足が突き出すときの、活力に満ちたみずみずしさ。
もちろん見せ場の「知らざあ言って聞かせやしょう…」もあったよ!

―牡丹のようなお嬢さん 
 しっぽ出すぜと浜松屋―

ラストの立ち回りのときには、小粋に歌謡曲がかかって(多分三浦洸一?)、舞台の雰囲気は軽快に明るい。

それからもう一方、気になる役者さんがいらした。
物語冒頭で藪蛇一家に騙される、百姓を演じていた北城竜さんだ。

写真・北城竜さん(当日舞踊ショーより)


北城さん演じる百姓は、断腸の思いで娘を売ったのに。
手にした二十両を藪蛇一家に奪われ、失望の底。
「ああ、今まで気がつかなかったが、あんなところに松の木が。いっそ、あそこで首をくくって、きゅっと……いや、やめとこ、やめとこう」
悲愴なんだけど、ユーモラス。
訥々としたセリフが、絶妙なおかしさを連れて来る。

結局、川に飛び込もうと覚悟を決めて、川=客席を向く。
「この川、なぜだか笑い声が聞こえて来る…普通は年寄りが死のうとしたらかわいそうだと言うところじゃが、なぜだか笑い声じゃ」
恐る恐る、客席をじぃっとのぞきこんで、
「川の底をよく見れば、でかい石ころがごろごろしとるわい」
石ころ(笑)
北城さんの表情が真剣なので、やたらおかしかった。

見えないけど、84歳になられるらしい。
きびきびした個人舞踊の後で、「どうぞ松井悠をよろしくお願いします」と、深深と挨拶されていた。

艶やかな弁天小僧も見れて、お会いしたかった方とも会えて、嬉しい昼下がり。
隣席で楽しい観劇タイムにしてくださり、改めて、ありがとうございました!

送り出しで、悠座長の「ありがとね!」と言う笑顔が眩しかった。
若いパワーに加えて、歪んだもののない、極めて健やかな印象を受ける。

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橋本正樹さん著「晴れ姿!旅役者街道」

待ってました!
「演劇グラフ」名物連載「あっぱれ役者街道」、単行本第2弾!



毎日の通勤電車の中で、繰り返し読んでいる。
思えば単行本第1弾にあたる「あっぱれ!旅役者列伝」も、学生時代のバイブルだった。

知らない方のために説明すると、「あっぱれ役者街道」は名役者さんや劇場を巡る人間模様を描いた、「演劇グラフ」の長期連載。
著者は大衆演劇ライターの橋本正樹さん。

「晴れ姿!旅役者街道」では、以下19名の役者さんが、一人ずつ章に分けて取り上げられている。
見海堂駿さん、紀伊国屋章太郎さん、二代目南條隆さん、二代目小林隆次郎さん・小林真弓さん、旗丈司さん、二代目都城太郎さん、勝龍治さん、かつき浩二郎さん、澤村新吾さん、大導寺はじめさん、橘魅乃瑠さん、二代目梅田英太郎さん、不二浪新太郎さん、三咲てつやさん、高峰調士さん、美影愛さん、近江竜子さん、明石たけ代さん。
(各地方の劇場の歴史を書いた「劇場物語」も収録されている。これもものすごく面白い)

中でも私の琴線に響いた章を、いくつか紹介させていただきたいと思う。
まず見海堂駿さんの章は、1980年に行われた、浅草木馬館での座長花形大会の描写から始まる。

“『よろしかったら』を踊った見海堂の、謎に充ちた表情、緩急自在に変転する身体のライン、退廃すれすれの妖艶さに、新しいタイプの役者像を発見したのだ。”

34年経つ今も、そんな感じの方だった!と膝を打った。
私が見海堂駿さんを4月にゆの郷で見たときは、強烈に毒の効いた悪役芝居をしていた。
舞踊の表情も、ふらりとつかみどころがなくて、何かを企んでいる感じの笑みに色気が乗っかっていた。

読み進めていくと、見海堂さんが若い頃自衛隊にいたことや、東京で人気が高まってきた頃にいきなり消息を絶ってしまったことが、克明な取材に基づいて記されている。
まさに自由人としか言いようのない奔放な人生が、浮かび上がって来て。
私の記憶の中にある見海堂さんの舞台が、深く色づいていく。

それから、真っ先にめくったのが勝龍治さんの章。
剣戟はる駒座の芝居が大好きな者として、敬服する総裁のことは知っておきたかった。
本書によれば、龍治さんは14歳に座長に就任したときに、幹部たちから凄まじいしごきを受けている。

“「……な」と言うべき台詞の語尾を、「……ね」と一字言い間違えただけで、芝居を受けようともしない。十四歳の座長が右往左往するのを冷ややかに見つめ、舞台そっちのけで楽しんでいるようにも思えた。”

加えて、龍治さんの父・嵐一郎さんの仕打ちはもっとすごい。
必死に座長を務めていた龍治さん(当時のお名前は小泉いさを)に、本番中も(!)容赦ない叱責を浴びせたそうだ。

“そのころ父親はたいてい木戸番をしていて、小泉いさをの演技が気に食わないと、木戸席から舞台袖へとんできて、「下手や、下手や。もっと勉強せぇ、クソ大根」と叫びはじめた。”

不動倭さんや勝小虎さんが、「いてくれるだけで安心感がある」と語っていた存在。
ファンの方が口々に、「龍治さんがいる日はお芝居が締まる」と語る存在。
その龍治さんの若き日に、こんな苦労が刻まれていたとは…。

橋本さんの文章からは、役者さんの人生はもちろん、各時代の空気も随所随所で伝わってくる。
たとえば小林真弓さんの章より、小学生時代を描写した一文。

“大好きな天地真理や麻丘めぐみの話を友達とゆっくりしたかったが、終業べルが鳴るととんで家に帰り、きれいに掃除し、夕食をつくり、風呂をたいた。いまのガス風呂のようにスイッチを押すだけでなく、新聞紙を丸めて点火し、たきぎを燃やすのは、小学五年の真弓には至難のわざだった。”

小林真弓さんは1958年生まれとあるので、計算すると、1969年頃ということになるかな。
風呂を焚く時の手元の火の熱さとか、小学生の女の子がしゃがみこんでいる背中の形とかが、皮膚に伝わってくる。
私の知らない時代に漂っていた澱のようなものが、文の中にフッと掬い上げられる。

19人の役者さんお一人、お一人の人生が、どんな世の匂いの中をくぐってきたのか。
一ページめくるたびに、時代の渦の中に飛びこむようだ。

長いこと憧れだった橋本正樹さんとは、昨年末にお話する機会を得て以来、折に触れてお世話になっている。
私のような新参者の無知な質問にも、心を尽くして答えてくれる、とても温かい方である。

「晴れ姿!旅役者街道」、普段私のブログを読んでくださってる方も、ぜひ手に取ってみてください。
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